最終話
後々会ったお千佳は、やけにさっぱりとした顔でお滝に言った。
「なんだか全部ふっきれたの。急に体が軽くなったみたいだわ」
まだ十五、恋をしたりないわ、と例の縁談話ともしばし距離をおくそうだ。
弥一はそれを聞いて、小さく笑う。
「きっとお千佳さんはもともとそのつもりだったんですよ。縁談が嫌で、それを避ける理由がほしかったんでしょう」
舞い込んできた縁談を前にとまどったお千佳は、身近なちょうどいい男を相手にして自分をだまそうとしていたのだ。だが、弥一の尋常ではない凶相は計算外だった。恋い焦がれた相手を見て恐怖のあまり逃げだした、では話の通りがつかない。だから、開き直って正直になり、すっきりしたのだろう。弥一はお滝にそう語った。
「でも、それで振り回されちゃ弥一がかわいそう」
「それもわかっていたんじゃないでしょうかねぇ。おれがお千佳さんに惹かれるわけがないって」
お滝は弥一から目をそらし、手元の小さな包みを広げた。気恥ずかしかったからでもあるが、弥一の言うことが全ての真実とは思えなかったからだ。お千佳の赤い頬が頭をよぎる。だが、それを口に出す必要はない。
包みから出てきたのは、いつか見た、小さな小さなお饅頭。
「あら、かわいい!」
小さいだけではない。今日のお饅頭は、それぞれが違う色をうっすらとつけているのだ。薄い赤、茶色、白、薄黄、緑の五色。
「今日からの新作です」
喜ぶお滝を弥一はまぶしそうに見つめる。その顔からは、以前より少しばかり、ほんの少しばかりしわが減っていた。
お滝は大店の娘、弥一はその守役。
その関係はもうしばらく続くことになるだろう。
それでも弥一はずっとお滝の側にいて、話をして。
お滝だけに、特別な笑顔を向け続ける。
――――とりあえず、小野屋騒動これにて了。
完結です。
長々とお付き合いいただき、ありがとうございました!
感想などいただけたらとても嬉しいです。
それを励みに次回作もがんばっていきたいと思いますので、よろしくお願いします。