第五話
「お嬢さん」
「どうしたの」
「いえ、あの」
弥一はしかめ面をつくり、下を向いてしまう。いつにない幼い姿だ。
まさかの結末を迎えたお千佳の恋騒動は、かかわった人間それぞれに傷を残していった。
夕暮れに染まるお滝の部屋。
ふらふらとしながら帰っていくお千佳を満足に見送ることもできず、二人は茫然と座り込んでいた。
お千佳は弥一のすさまじい『笑顔』を前に、何をしに小野屋へ赴いたのかをスッカリ忘れることにしたのだった。
これがお千佳の抱いていた想いだったのか? こんなにあっさりと終わってしまうものだったのか!?
ぐるぐるぐる、と駆け巡る疑問。
お滝は頭を抱えたくなってしまった。いや、実際に抱えてしまった。
それは弥一も同じだったようだ。
何度か逡巡したあと、弥一はようやく切り出した。
「お嬢さん、おれの顔、怖くて気持ち悪いでしょう」
「え」
ぎくり、とした。こんなにも率直に、自分から言ってくるとは思ったこともなかったからだ。というより、自覚していたことに衝撃を受けた。
「まぁ、まさか走って逃げられるほどとは思っていなかったのですが」
いつもは逆の反応をされる弥一にはやはり酷な事件だったか。
だが、それは別にいいんです、と弥一は言う。
「どうしてもだめなんです」
はあ、と大きなため息をつき、大きな手で己の顔を覆ってしまう。指は長いが節が目立つ、働き者の手だ、とお滝は頭の片隅で思った。
「お嬢さんの前だと、お客人に向けるような顔がつくれないんです」
「あ……。弥一、なんでだかはわからないけど、もう十年たっても治らないんだから仕方ないよ」
「いえ、そうじゃないんです!」
気にするな、と続けようとしたお滝だが、言い終える前に弥一にさえぎられた。
「おれは、お嬢さんの前だと顔がこわばってしまうんです! 戻そうとすると余計にひきつって……祖父にも『どうにかしろ』言われましたが、治らないし、正直気づいたのは五年も前だけど今はそんなの自分でもわかっているし、あ、いや、それはどうでもいいんですけど……。その、あの、なぜか、というと……」
「と、いうと?」
こんなに脈絡なく話す弥一は初めてだ。お滝はとりあえず自分の悩みはおいて、大切な守役の話をうながす。どういうわけか、弥一は土の中までもぐりこみそうなほどに身を縮めていた。
そして大きく息を吸うと、弥一は真っ赤になった顔をがばりとあげた。
「あ、あんまりお嬢さんが綺麗だから!」
弥一を見て、お滝は首をひねって三つ心の中で数えた。すると、胸の中が急にかあっと熱くなり、頭が熱に負けてぼんやりしてくるのを感じた。
「ええー? なんでー? どうしてー?」
どういうわけだか、口から勝手に飛び出てきた。自分でも意味がわからない、ひたすら疑問をなげかける言葉ばかりだ。
自惚れではなく、綺麗だ、とは言われ慣れていた。それなのに、どうして弥一から聞いた言葉で、自分はこんなになってしまうのか。
今までそんなこと言わなかったくせに、急に何を言い出すのか。
「いや、なんでと言われましても……」
「だって、今までそんなそぶり見せたことなかったじゃない」
「……そうでしたか? それでもおれは、初めてお会いしたときからずうっと想ってきました」
だからずうっと、顔がこわばっていたのだ。
お滝は、弥一の『想ってきた』、という言葉に胸をうたれた。
ぐるぐるぐる、の悩みの答えの一つが目の前にあるような気がした。だが心は落ち着かない。
心なしか肩を落とす弥一を見ようともせず、お滝はわたわたと腕を振り回す。
「うわぁー、こういうのってあるのねぇ。驚いたー」
「……そういう反応もあるんだなぁって、おれも驚いています」
はは、と軽く苦笑する弥一。
「お嬢さんも最初は怖がってらしたみたいですけど、いい加減慣れたようだったので、いっそこのまま通そうとしていました。でも、さきほどのお千佳さんのおびえようを見て、白状しようと決心したんです」
なんだか、スッキリした。
弥一は小さくつぶやく。
肩の力が抜け、目元が優しくゆるんだ。口角が少しだけあがり、おだやかな弧を描く。
今まで見たことのない、弥一の笑顔だった。
「あ」
「お嬢さん?」
声をあげたお滝に、弥一は首をかしげるが、顔は穏やかなままだ。初秋のさわやかさでも地獄の悪鬼でもない、弥一の笑顔。
しばし無言で、弥一を困らせるほどに、お滝は弥一の笑顔に見惚れた。
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次回で最後です。




