第二十三話 『尾行』
昼下がり、一人の男が司法局から釈放された。
会員制バー『ノエル』で逮捕されたその男は表向きには証拠不十分とされたのだが、実のところ『囮として泳がせたい』という司法局の思惑が働いていた。
男の名前はクロート。裏ギルドの『代理人』である。
「アガーテ、大丈夫かなぁ⋯⋯」
サクはそのクロートの尾行任務を一つ返事で引き受けたものの、司法局に置いてきたアガーテが少々気掛かりだった。
というのも、
「えー! また置いてきぼりですか? 私だってサク様の活躍が見たいです!」
と、出発直前にむくれてしまったからだ。
——ヤンセン達が機転を利かせてくれたお陰で機嫌を直してくれたのは幸いだったけど⋯⋯。
しかしその機転というのも『サクの旦那のノエル奮闘劇』とやらを聴かせるとかで、それはそれで変な脚色がないか心配なのだ。
——しっかりしているようで子供っぽい所があるんだから。そこが親しみやすい所でもあるんだけど⋯⋯。
「サクさん、行きますよ!」
思案にふけている間にアイソポスに呼ばれ慌てて追いかける。
尾行メンバーはアイソポス、ゴーリキ、トレーシー、そしてサクの四人。危険性も考慮し能力者で固めた司法局が出せる最小かつ最強メンバーだろう。
少し先を行く対象のクロートはセントラル広場を横切りマーケットを抜けると、不意に十字路を左折し視界から外れてしまった。
「大丈夫。目標は変わらず歩行中よ」
同時にトレーシーは能力を発現し壁越しに監視を続けていた。
「トレーシーさん、昨日も思ったんですが凄い能力ですね。なんでも透視できるんですか?」
サクは初めて組むトレーシーの能力に興味津々だ。
「基本的に無機物だけね。それと任務中は『テレスコピウム』と呼んでちょうだい!」
『任務中はコードネームを呼称する』という約束を無邪気に破られた事でトレーシーはピリッした空気を漂わせた。
「しまった。すみません」
サクは素直に謝ると、トレーシーは我に返ったように態度を改めた。
「ごめんなさい。捜査に付き合わせているのは私達なのに。なんだか新人のような気がしてしまって⋯⋯。頼りにしてるわ『来訪者様』!」
やがてクロートはアストラ湾に辿り着くと埠頭の一つに向かった。そこはサク達がアムネジアの村から王都に降り立ったのとは別の場所だった。
「奴、何処へ行くつもりでしょうか?」
「恐らく『南王都』への渡し船を待ってるんじゃないっスかね」
サクの疑問にゴーリキが答えた。
「南王都?」
「ええ、『旧市街』ともいいますが。元々王都はアストラ湾を挟んで北側が王宮、南側が市街地でした。しかし著しい人口増加に伴い、百年を掛けた区画整備を経て現在の形になったんス」
「なるほど、そんな歴史があったんですね」
到着した船は『渡し船』と聞いてサクが想像していた物より遥かに大きな後輪船だった。
クロートがそれに乗り込んだのを確認すると、四人も大勢の乗降客に紛れて飛び乗る。
「あれ? 運賃を支払ってないですけど⋯⋯」
「大丈夫。この渡し船は税金で運営しているので無料なんですよ」
アイソポスがそんなサクの心配を拭い去る。
「いくつかルートがあるんですが、これは最短距離を結ぶ便なので五分程で着きますよ」
その言葉通り、既に対岸が近づいていた。
船が接岸するや、クロートは桟橋を足早に渡り大通りを進んで幾つかの運河を渡ると路地の一つに姿を消した。
尾行する四人も時間差で路地に足を踏み入れる。
そこには間口の狭い建物がひしめき合っていた。
王都特有のその建物は歪曲し生活感も無く路地裏に暗い影を落としている。
光と影のコントラストの美しさに反して、辺りの空気が一変したのをサクは感じていた。
それを察知してかトレーシーが小声で説明し始めた。
「南王都は全体的に建物が老朽化しているの。中には傾いたり沈んでしまっているものさえあるわ。住宅不足に悩まされ区画整備をしたものの、裕福層は旧市街を捨て残ったのは底辺層と元からの地主ばかり。その結果、南王都は一部でスラム化が進んでしまったの⋯⋯」
なるほどトレーシーの言葉通り、よく見ると住宅に空き家が目立つ。
さらに人相の悪い人間が路地のあちこちに認められ一人で立ち入れば面倒な事になりそうだ。
しばらく路地裏の尾行を続けるとクロートは不意に立ち止まった。
「隠れろ!」
と、四人は慌てて物陰に隠れ息を殺す。
クロートは後ろを振り返り、キョロキョロと周囲を見回すとそそくさと煉瓦造りのアパートへ消えて行った。
「どうやら寝床のようね。ちょっと待って⋯⋯。部屋には他に誰もいないみたい」
透視で中の様子を窺っていたトレーシーが呟く。
「しばらく張り込みコースだな⋯⋯」
アイソポスは軽く溜息をつくと、アパートから死角になる場所を探して壁に寄り掛かった。




