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僕の選択 (後)

 ふと上を見上げると、空は灰色の雲に覆われていた。

 雲の切れ間から漏れる夕日の朱い光の筋が、点々と道を照らしている。

 これから自分が何をしようとしているのか、それを僕自身は、はっきりと理解しているつもりだ。

 だけどその意味を問われれば、きっと誰にも理解はされないだろう。

 真っ直ぐに矯正されたはずの僕の思想は、こうしてまた歪に形を変えていく。

 だって根っこの部分は、いつまでも僕なのだから。


 この行動の先に何が待ち受けているのかは、いまだ未知数であったけど不思議と恐くはなかった。

 なんでだろうか、とできるうちに少しだけ考えてみる。

 浮かんできたのは言葉ではなく……

 僕の周りにいてくれる大切な人たちの姿だった。

 誰かのために……人の役に立ちたい。

 それが、僕の根底に根差すもの。

 それが僕の全てなのかもしれない。

 たとえ自己を満たすためだけの偽善であったとしても、僕にできることはそれだけだったから。


 賑わいを見せる街の中心部から近すぎず、遠すぎず。

 街の中に居ながら、まるで人目を忍ぶように延びる道を延々と歩き続ける。

 どこに向かうわけでもない。

 なぜなら僕は”エサ”だから。

 エサはただ獲物が食らいついてくるまで、ゆらゆらと漂っていればいい。

 美味しそうに、無防備そうに、安全そうに。

 そうすればきっと彼らは食らいつく。

 鼻の利く獲物がこの絶好の好機を見逃すはずがない。


 作戦、と呼ぶには我ながらあまりにもお粗末なものだった。

 虎穴に入らずんば虎児を得ず。

 自分を囮にして、犯人たちに接触を計ろうなどと……

 だから、誰も巻き込まない為に一人になる必要があった。

 勇敢とは言えない、無謀にして愚かな行為だと誰しもが言うだろう。

 でも、わかっていたとしても歯止めが掛けられないからこそ、僕は人間として歪んでいるのかもしれない。

 運命とは実に数奇なものだ。

 この無謀とも思われる愚策はあまりにも上手く功を奏し────


「──こんにちは、カミヤ君」


 僕と彼らを引き合わせたのだった。




 僕の前に現れたのは二人の男。

 片方には見覚えがあった。

「よお。また会ったな、小僧」

 目深に深緑のパーカーのフードを被る男は、そう僕に声をかけ、口からガムを膨らませる。

「どうも」

 一応挨拶を返し、視線をその隣の男に向けた。

 彼も仲間の一人なのだろうか、初めて目にする人物だった。

 フードの男よりは小さいが、180センチ近い身長に長い手足。

 黒い革のジャケットを着て、顔にはサングラスをかけている。

 特に顔を隠している、というわけではなさそうだ。

 服装はどこにでもいそうな若者だが……

 ニット帽から流れ出るように腰まで伸びた長い銀色の髪が、この男の異質さを際立たせていた。

「ふーん、キミがねぇ……思っていたより小っちゃいね」

 銀髪の男は僕を一目見て、そんな感想を口にする。


 わかっていたことだが、この状況は僕にとって不利。

 なればこそ、状況を焦らず冷静に対処しなければならない。

 僕は己の中に生まれた不安を悟られぬように、男たちの目を真っ直ぐ捉えながら口を開いた。

「僕に何か用ですか?」

 それを聞いた銀髪の男はへぇ、と何事かに感心したかのように声を漏らすと、自分の髪を左手で一度かき上げる。

「突然で悪いけど、ちょっと顔を貸してもらうよ────と言っても、キミに拒否権はないけどね」

 僕が何かを言う前に、男は話を終わらせる。

 そして拒否権がないと言うとおり、僕の背後から新たな男が一人、現れた。

 ちょうど、僕がさっき曲がってきた路地の先から……


「つけさせてもらったぜ。お前が学校を出てから、な」

 なるほど、罠を張って獲物を待っていたのはお互い様と言うわけだ。

「さあ、どうするカミヤ君。おとなしくついてくるか、少し痛い思いをしてついてくるか」

「抵抗してもいいぜ。今なら俺が相手をしてやれる」

 フードの男の言葉は、むしろ抵抗してくれと言わんばかりにも感じられた。

 今の僕では、どう抵抗してもすぐに取り押さえられてしまうだろう。

 しかし、どういう形にせよ、こうして出会うことができたのなら問題ない。

 それにこの流れは僕にとっても好都合かもしれない。

「そんな脅しをかけなくても、ついていきますよ。だって僕にはそれしかないんでしょう?」

 諸手を上げて、僕は答えた。

「おーおー、今日はやけにおとなしいじゃねぇの」

「聞き分けが良くて助かるよ。いくら人目につきにくいと言っても、外はいろいろ面倒だ。じゃあ案内するぜ、俺たちのアジトに────」




 僕たちの住む街は、大きく分けて三つの区分に分類される。

 この街の駅を中心とし、大型ショッピングモールなどが展開されている商業地。

 そこから少し外れた位置にある、住居の並ぶ住宅地。

 そして、住宅地とは逆。

 商業地を挟んで、存在する工業地。

 この工業地はこの街が発展する以前から活発に工場が稼働し、一時代の産業を支えていたようだが、いわゆる不況の影響を大きく受け、時代の流れと共に衰退していったそうだ。

 今では使われていない工場も数多く存在している。

 そんな、半ば廃れてしまった工場たちに囲まれ、潜むようにうっそりとそびえ立つオフィスビルであろう建物の前に僕は案内された。


 門を開き、敷地の中へと招かれる。

 外から見た限りでは六階ほどの高さの建物だが、敷地の広さもあって横に長いような形をしていた。

 いつのころに使われていたのかはわからないが、この建物も時代の流れに置き去りにされてしまったのだろう。

 すでに廃墟に成り下がった建物は長い間放置されていたためか、白い外壁には汚れが目立ち、ところどころに傷や亀裂も多く見られた。

 劣化が進んでいたのは外見だけでなく屋内も同様。

 物は使われなくなった途端にすごい速度で劣化するとは聞いていたが、壁や床にもかなりのガタがきているようだった。

 いつ取り壊されてもおかしくないほどのボロさ。

 まさしく幽霊屋敷さながらだ。

 こんな場所にこんな建物があったなんて……

 はぐれ者の隠れ家には打ってつけ、と言う訳か。


 階段を上り、廊下を歩き、ある室に通された。

 ドアがなく、ただの穴と化した入口。

 室内は広く、そして薄暗かった。

 かろうじて窓から入ってくる、淡い光だけがこの室を照らしている。


「ようこそ、カミヤ君。俺たちのアジトに」

 辺りを見回すと、この室内には銀髪やフードの彼らのように、禍々しい雰囲気を纏った男たちが、暗がりに紛れるように集っていた。

 数えたところざっと十二人ほど。

「よお、元気にしてたか? この前は世話になったなぁ、ああん?」

「…………」

 聞き覚えのある声。

 今日はヘルメットをかぶってはいなかったが、あのとき君と一戦を交えた木刀の男だった。

 そしてもう一人の黒ずくめの男の姿も見られる。

 となれば、ここにいる全員が今回の暴行事件を実行したグループの一員であり、ここがその巣だということは予想に容易い。

 ついに彼らの尻尾を掴んだ。

「おい、シカトこいてんじゃねぇーぞ」

「やめろ。まだ許可を出した覚えはないぞ」

 木刀の彼を銀髪の男が制止させる。

 彼は舌を打つと僕の近くから離れていった。


「喧嘩っ早い連中で悪いね。さて、カミヤ君。キミとは少し話をしてみたいと思ってたんだ」

 奥に移動し、残骸の上に腰を落とした銀髪の男は僕に向かい合うと、そう言葉を投げかけてくる。

「……僕からもいろいろと聞きたいことがあります」

「この状況でもそんなに落ち着いてるなんて、さすがだねぇ。でも、まだ信じられないんだよなぁ。キミみたいな学生が、俺たちの『後輩』二十人以上をまとめて病院送りにしたなんてさぁ」

「後輩?」

「そう。覚えてるだろ? 黒い学ランを着てた連中。俺たちはそいつらの学校のOBなんだ」

「ほんと情けねぇ連中だぜ。こんなもやしみてーなガキ一人にやられるなんてよ」

「ウチの学校も落ちたもんだぜ」

 だんだんと解けてきた謎。

 そして、見えてきた事の真相。


「つまり、あなたたちの目的は、その後輩たちの敵討ちってことですか?」

 今のところ最もつじつまが合うのは、これだろう。

 しかし銀髪の男は首を横に振って否定する。

「いいや、後輩共がどんな目に遭おうが、俺たちの知ったことじゃない。集団でキミ一人に返り討ちに遭う程度の奴らならなおさらだ」

「だったら、どうして?」

「それに答える前に、キミに会わせてやりたい奴がいるんだ。さっきから君と話したくてうずうずしている奴がね。キミの言った敵討ちってのは、そいつ個人になら当てはまるんじゃない?」

 そう言うと銀髪の男は、メンバーの中から一人を呼び寄せる。

「まあ、敵討ちってより、復讐って方が当てはまるかもね」

 部屋の隅からぬらりとこちらにやってきたのは……

「紹介するよ。俺の弟だ」

 顔中をミイラのように包帯でグルグルに覆った人物。

 今の話の中に出てきた黒い学ランを纏っている。

 体格からしても男で間違いはないだろう。


 僕を見る包帯男の目は、なぜだかとても嬉しそうに笑っているように思えた。

 得体の知れない男に不気味さを覚え、思わず息を飲み込む。

 ここに来て、初めて緊張をしている自分に気がつく。

「久しぶりだな……カミヤ……リョウ……」

 久しぶり?

 僕はこの人物にどこかで会ったことがあるのだろうか?

 男はゆっくりと顔にまかれた包帯を外していく。

「お前はっ……」

 その素顔を見て、僕は驚愕に声を上げた。

 忘れるはずもない、この顔。

 そして短髪になってはいるが、金色に染まっている髪。

「へへ……へへへ! やっと会えたな……待ちわびたぜ、この日をよぉ!」


 あの、学校での文化祭の日……

 僕たちの教室を訪れ、僕たちの文化祭をめちゃくちゃにした金髪の男。

「良い顔だろ? お前につけられたこの傷の恨み、今日まで一日たりとも忘れたことはねぇ」

 男の顔面には、無数の小さな切り傷跡が、痛々しく刻まれていた。

 もう思い出す気にもなれないが、あのとき、顔面で戸ガラスを突き破ったときの傷跡だろう。


「僕たちの学校の生徒を襲わせたのも、全部お前が仕組んだことなのか!?」

 思わず、僕は金髪の男に向かって声を荒げた。

 男は傷ついた顔を醜悪に歪ませ、僕の問いに答える。

「俺の目的はお前一人だ。病院に担ぎ込まれたあの日からというもの、疼きが止まられねぇんだよぉ。お前の顔を思い出すたびにこの傷の疼きがよぉ!! あのときの自分にもムカッ腹が立つ。てめぇごときにビビってた自分になあ!!」

 言いながら、男は狂ったように顔面を掻きむしる。

 そんなあられもない姿に僕は声を出すこともためらった。


「さて、感動の御対面が済んだところで本題に戻ろうか」

 困惑する僕に銀髪の男が再び声を投げてくる。

 男はポケットからタバコを取り出しながら話を始めた。

「さっきも言ったけど、俺たちの目的はカミヤ君個人への復讐じゃない。そこのできの悪い弟を除いての話だけどね」

「ならあなたたちと彼は、別々の目的のために手を組んでいる、ということですか?」

「まあ、有り体に言えばそうかな。元を辿れば、一か月くらい前に弟たちからキミの話を聞いたのがきっかけだよ」

「いったい何のためにこんなことを……」

「他校に乗り込んで、好き放題したはいいが、たった一人の学生に返り討ちにされた。これがどういう意味かわかるかな?」

 唐突な男からの問い。

 僕はその意味を真面目に考えてみた。

 が、なかなか答えが見つからない。

 男がタバコを口に咥え直し、紫煙を吐き出したところで時間切れ。

「キミらの学校で醜態をさらしたってことだよ。あいつらは俺らの『後輩』であると同時に『手下』なんだ。そして君の行いは、その馬鹿どもだけじゃなく俺たち上の人間のメンツにも傷をつけた」

「メンツ? まさか……そんなことのために?」

「そんなこと? いやいや、これは非常に大切な事だ。なんで不良と呼ばれる連中が好き勝手できるのか……それはね、それだけの強さがあって、周りの奴らがそれにビビるからだよ。舐められてちゃお話にもならない」

 タバコの煙が僕たちの間でゆらゆらとくゆる。


「人の上に立つのってさぁ、気分が良いだろ。カミヤ君になら、この気持ちわかるんじゃないかな?」

 僕にしてみればくだらない、と一蹴してしまいたい意見。

「俺は他人を見下すのは好きだけど見下されるのは大嫌いなんだ。俺の顔に泥を塗る奴は誰一人として許しちゃおけない」

 だけどこの男は本気だ。

 自分に酔っているわけではない、状況に流されてこんなことを言っているわけでもない。

 この男からは、そういう人生を歩んできたんだと思わせるほどの真剣味が感じられた。

「だから、キミは勿論のこと君の学校の奴らを全員ボッコボコにしてさ、キミたちは俺ら以下の存在なんだってことをもう一度しらしめてやろうと思ってねぇ」

 狂人とさえ思える倫理観。

 似ていると、ふと僕はそんなことを思った。

 自分に仇なす者は、誰だろうと容赦しないという他人を顧みない圧倒的な自我。

 頭で否定していても、どうしても”ある人物”を連想してしまう。


「こんな馬鹿げたことを続けていれば、いずれあなたたちは牢の中だ」

「そうなったとしても死ぬわけじゃない。いずれはまた外に戻って来られる。まあ捕まるなんてヘマはしないけど。最悪の場合は俺らの内の一人が実行の罪を背負えばいい、弟のためだ仲間のためだと同情を引くってのもアリだ。結局はどうとでもなることだよ」

「ッ……あなたたちは!」

 男に向ける視線に自然と力が入る。

 そんな僕の抗議の視線を男は一笑に付した。

「俺たちを非難するか? でもカミヤ君だって同じことをしてるだろう?」

「僕が……?」

「君に病院送りにされたって連中の中には、腑抜けてダメになった奴も多くいた。結局、キミのやっていることも俺たちとそう変わらない。だから────お前も俺たちと同じなんだよ」

 銀髪の男は僕たちが同類だと主張する。

 僕はそれを肯定も否定もせずに聞き入れた。

 どんな理由があれ、僕たちが多くの人を傷つけてきたのは事実なのだ。

 僕は似ていると思った、けれど彼は同じだと言う。

 そんな僅かなくい違いに気づいたからこそ、僕は彼にこう尋ねたのかもしれない。


「なんで自分がこんな目に遭っているのかと、理由もわからずに傷つけられることが、どれほど辛いことなのか……あなたにはわかりますか?」


「知るわけないだろ、そんなこと。俺たちはそれをする側の選ばれた人間なんだからさ」

 確かに『彼』と『君』は似ている。

 でもそれは自己を重んじるという、薄皮一枚の表層的なところだけ。

 似ているだけで、決して同じなんかじゃない。

 彼らは知らないのだ。

 理由のわからぬ痛みが、どんなに理不尽なものなのか。

 誰も助けてはくれぬ痛みが、どんなに辛いものなのか。

 選ばれた人間だって?

 ふざけるな……

 人の痛みも知らないくせに、痛みを振りまく自分の行為に責任を持つわけでもなく、背負う覚悟もない。

 彼らは────ただの卑怯者だ。


「もう質問はお終いかな? そろそろ、キミへの制裁を始めようと思うんだけど」

 言って、男は立ち上がった。

 同時に僕にも選択の時がやってくる。

 できれば、こんなことはもうこれで最後にしたい。

 同じ過ちも後悔もしないように僕は慎重に自分の答えを選び取った。

「最後に一つ、いいですか?」

「どうぞ」

「こんなことはもう、僕で終わりにしてくれませんか?」

「それは、どういう意味かな?」

「僕はあなたたち二十人に匹敵する強さを持っている。それなら僕一人でもあなたたちのメンツは十分に回復できるはずだ。僕はどうなろうと構わない。だからもう、無関係な人たちを巻き込むのはやめてください!」


 僕の言葉に一瞬、静まり返る室内。

「────ぷっ、あっはっはっはっは!!」

 そして噴出したような誰かの笑いが、次々に連鎖していく。

「お前が俺たち二十人分? そいつはいくらなんでも調子に乗り過ぎだぜ」

「あんな雑魚どもと俺たちを一緒にされちゃたまんねぇよ」

 お腹を押さえて笑っていた銀髪の男も僕の言葉に答える。

「あっはっはっ! 面白いこと言うね。でもダメだ。もうカミヤ君一人の犠牲じゃ俺の気が収まらない」

 男は一歩、僕との距離を詰めた。


 僕がここに来たのは彼らの話を聞くためでもあった。

 彼らがこれだけのことをする理由が、どうしても知りたかったのだ。

 もし原因がすべて僕にあったのだとすれば、僕は喜んでこの身を捧げていただろう。

 だって僕は、それだけ多くの罪を重ねてきたのだから。


「心配しなくともキミの学校の奴ら全員シメたらさぁ、キミの彼女とか家族とか、みんな君と同じ目に遭わせてやるよ。カミヤ君個人の罪はそれほど重いんだからねぇ!」

 どのみち、いつか罪を清算する日はやってくる。

 でも、今ハッキリとわかった。

「そうですか。だったら────」

 それは、今じゃない。


「────お前たちをこのまま野放しにしておくわけにはいかない!!」


 これが、僕の選択だ────

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