第八話 私のせいじゃ、なかったんだ
剣の柄に触れると、親指で押す突起のすぐ下が赤く浮かび上がった。
どうやら内側でそれを支える小さな部品が割れているようだ。
「強く握ったときに、動かなくなりませんでした?」
「……そうです。斬り込もうとしたときに」
紗月さんが身を乗り出した。
肩から滑り落ちた銀色の髪が、店の照明を受けて光る。俺の手元を追っていたエメラルドグリーンの瞳が、すぐにこちらへ向いた。
「分かるんですか?」
彼女は目を見開きながら俺に尋ねた。
「中の部品が割れてます。強く握るとずれて、引っかかるんだと思います」
こんなに近い距離で目を合わせられると正直かなりドキッとしてしまう。俺は無意識のうちに目を反らしながら柄の端を開けた。
割れた部品を取り出して見せると、彼女は眉を寄せた。
「こんなに小さいところ……」
それは指先でつまめる程度の部品だった。
だが、これが定位置からほんの少しずれるだけで、押した力が伝わらなくなる。
紗月さんはしばらくそれを見つめていた。
「私の押し方が悪いのかと思ってました」
「これだと、普通に押しても動かないことはありますよ」
返事をすると、彼女の肩が少し下がった。
「……私のせいじゃ、なかったんだ」
ほっとしたような声だった。
俺は部品を敷かれた布の上へ置いた。
なまじ動くときもあるのだから余計故障に気づきにくい。
「同じ型なら、部品用のがあるよ」
横から覗いていた店主が、奥の棚へ向かった。
持ってきたのは、魔力をためる部分が壊れた[振動剣]だった。彼女が愛用しているものに比べたら品質は劣るが、ここまで細かい部品であれば大差はないはず。
必要な部品を確かめると、こちらは無傷だ。形も合っている。
「これを移せば、直せそうです。部品代と動作確認を含めて、二万円でどうでしょうか」
「お願いします」
紗月さんは、ほとんど間を置かずに答えた。
俺は二本の剣を机に並べ、工具を手に取った。
*
部品を交換すると、突起は引っかからずに押せるようになった。
強く握っても、異常はない。
最後の確認は、店の裏にある試し斬り場で行った。もっとも試し斬り場なんてのは名前だけで、普通の民家の庭に二つほど試し斬り用の魔物の甲殻が置かれているだけだ。
「いつもの握り方で、使ってみてください」
俺が入口の脇へ下がると、紗月さんは台に固定された魔物の甲殻へ向き直った。
「はい……ではっ」
剣を構えた途端、表情が変わった。
そして、
「……!!」
一歩、踏み込んだ。その時、
「「うおお!」」
青い光が走り、刃が甲殻を抜けたのだ。俺と店主はその迫力に腰を抜かして変な声を上げてしまった。
切れ端が床へ落ちる。
紗月さんは剣を下ろさず、切り口を見ていた。
「……もう一回、いいですか?」
店主がうなずくと、今度は逆側から斬った。
先ほどと同様。また、甲殻の端が落ちた。
「……」
剣を見下ろしていた彼女の口元が、ゆっくり緩む。
「これ。これです」
こちらへ振り向いた瞳が、さっきより明るく見えた。
「前は、こうだったんです。押したら、すぐに動いて」
「遅れる感じは、ないですか? 突起の部分を押してから反応にタイムラグみたいなのがあったり」
子供のようにはしゃぐ紗月さんに俺は問うた。
「全然。最近、私の踏み込みがおかしいのかなって、ずっと練習してたのに……」
彼女は首を振りながらもう一度、剣へ目を落とした。
「なんだ。ちゃんと斬れるじゃん」
その声を聞いて、俺もようやく肩の力を抜いた。
*
店へ戻ると、紗月さんは財布から一万円札を二枚取り出した。
「ありがとうございました。助かりました」
「こちらこそ。もしまた違和感があったら、連絡してください」
「じゃあ、連絡先を教えてもらってもいいですか?」
端末を差し出されたので、俺も携帯を出した。
登録を済ませる途中、彼女の画面に探索者証が表示された。
【桐谷 紗月/探索者ランクB】
「……Bランクなんですね」
「はい。一応」
紗月さんは鼻にかける様子もなく答えた。そして端末を受け取ると今度は少しだけ唇を尖らせた。
「早くAに上がりたいんですけどね。最近、どうにも調子が悪くて」
腰に差された剣を一瞥すると、彼女は、
「今日ので、少しは変わるかな」
ボソリとそう呟いた。
「剣は、ちゃんと動くようになったと思います」
「そこは、はっきり言ってくれるんですね」
彼女は苦笑を浮かべながら、俺の顔をもう一度見た。
「俺に分かるのは、そっちなので」
試験で何をするのかも、彼女がどれほど強いのかも、俺には判断できない。
下手に励まして、無茶をされても困る。
紗月さんは一瞬きょとんとしてから、笑った。
「じゃあ、そっちは私が頑張ります」
俺はうなずき、外した部品を小袋へ入れた。
何が壊れていたのか、持ち主にも分かるように返しておく。
「瀬尾さんは、何ランクなんですか?」
「Eです」
「……E?」
袋を受け取る彼女の手が止まった。
二秒程沈黙が走る。彼女は俺の顔を見たあと、工具箱へ視線を落とした。
「こんなことができるのに?」
「魔物は倒せませんから。スキルも【故障診断】ですし」
「でも、私が次にこの剣で倒したら、瀬尾さんにも手伝ってもらったことになりません?」
俺は返事に詰まった。
そういう数え方は、したことがなかった。
剣を振るうのも、魔物の前に立つのも彼女だ。
ただ、さっき彼女が試し斬り用の甲殻を切ったとき──俺は腰を抜かしながらも内心ではかなり喜んでいた。
彼女が俺から渡された袋をしまうと、手袋の隙間から銀色の指輪が見えた。
「指輪ですか?」
誰かに話しかけられない限り口を開かない俺だが、その指輪のことが妙に気になってしまったため、彼女にそう尋ねた。
「[蓄魔の指輪]です。昨日、拾ったんですよ」
紗月さんは手袋を外し、右手を見せてくる。
三日月の模様には薄い青色が灯っていた。
「剣を買い替えるなら、これを売らないと厳しいかなって最初は思っていたんです。せっかく手に入れたのに、使う前から手放すのは嫌だったので本当によかった」
「武器に使う魔力を、ためておけるんでしたっけ」
そうだ。いつだったか通りがかった魔道具ショップのショーケースに入っていたんだった。もちろん値段が高すぎて俺なんかじゃ手が出せる代物ではなかったが。
「はい。今日は少しずつためて、明日から使ってみます」
彼女は指輪を眺め、それから腰の剣へ手を添えた。
「剣も直ったし。ちょっと、楽しみになってきました」
俺は昨日の[追従灯]を思い出した。
あの時、修理されて浮くようになったあれを連れて、店の机の周りを何度も歩いた。
今の彼女を見ていると、あのときの自分も相当嬉しそうにしていたんだろうなと、ふとそう思った。
「使った感じ、あとで教えてもらえますか。試し斬りだけだと分からないこともあるので」
「もちろんです。倒せた魔物の写真も送りますね」
「……剣の調子だけで大丈夫です」
朝飯の横に、魔物の死骸が表示されるのは避けたかった。




