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第九話 話を聞きに行くくらい


 紗月さんを見送り、店主へ部品用の剣の代金を払った。


 三千円。


 分解した際に余った剣のパーツも持っていっていい、と言われたので包んでもらう。ほかにも使える部分がありそうだったのでありがたい。


 ここで工具箱を閉めようとすると、



「あれ……?」



 留め具がうまくかからない。


 使った道具を、少し雑に戻しすぎたらしい。


 嘆息して肩を竦めると俺は中身を並べ直し始めた。すると店主がカウンターの下から、



「瀬尾さん。こういうのも、興味ある?」



 木箱のようなものを引き出した。中には、売り物にならなかったドロップ品が詰まっている。


 割れた飾り。


 留め具のない腕輪。


 底のほうに、薄汚れた茶色い鞄がある。



「これは?」


「[収納鞄]。今は壊れて、ただの鞄だけどね。本来なら、見た目よりずっと入るし、重さも軽くなる」



 俺は、閉まりかけていた工具箱へ目を落とした。


 その横には、今から持ち帰る剣の包み。


 帰りの電車では、また両手が塞がる。



「……見てもいいですか?」



 俺は差し出された鞄の口元に触れた。


 すると金属枠の内側が透け、その奥にある薄い板が赤く浮かび上がる。蓋を開けて抜き出すと、真ん中には亀裂が入っていた。



「この板を替えれば、動きそうです」


「その部品なら、確か一枚残ってるよ」



 そういうや否や店主が棚の引き出しを開け、中をまた探り始めた。。



「あった。これだ」



 出てきたものと比べると、形も刻まれた印も同じだった。



「鞄が八千円。部品が六千円で、合わせて一万四千円になるけど──」


「買います」



 今度は、被せるように即答。


 そのまま会計を済ませ、そのまま新しい板を差し込む。


 蓋を戻し、口元の金具を押すと、枠に沿って青い光が走った。


 言葉で表現するのが難しいが、底の浅かった鞄の底が、すっと奥へ遠っていったように見えた。



「……おお」



 感嘆のため息を吐く俺、まずは店主に借りた空箱で試してみる。


 入る。


 もう一つも、入る。


 教わったとおり、中身を思い浮かべて手を入れると、取り出すのも簡単だった。



「じゃあ、こっちも」



 俺は工具箱を持ち上げた。


 鞄の口へ差し込むと、箱の角が引っかかることもなく、そのまま中へ収まった。


 続いて、部品用の剣。


 小物をまとめた袋。


 机の上に残っていた荷物を、一切合切詰め込んだ。


 鞄を持ち上げる。



 ……軽い!



 肩に掛けてみても、全然平気だ。さっきまで目の前に散らかっていたあの荷物が全部入っているとは思えなかった。


 

「……これは、いいですね」


「うん。あの[追従灯]が直った時と同じ顔してるよ」



 そう言いながらあの時と同様、店主が腕を組みながら笑った。


     *


 店を出て、駅まで歩いた。


 右手が空いている。


 左手も空いている。


 肩には鞄があるのに、工具箱の重さで体が傾いたりなんてしない。


 帰路の途中にある丁字路を曲がる。


 いつもならここで一旦立ち止まり荷物を反対側の肩に掛け替えるのに、今日は立ち止まらずそのまま歩けた。



「……」



 信号待ちで携帯を取り出した俺は澪へメッセージを送る。



『今日、剣を一本直しました。それと、[収納鞄]を買って直しました』



 すぐに返事が来た。相変わらず返信が早い。



『一日で二つも? 使えそうですか?』


『全部入りました』



 それだけでは分からないと思い、肩に掛けた鞄の写真も送った。


 彼女から電話がかかってくる。



『工具箱も、その中ですか?』


「はい。剣も、部品も。全部」



 自分でも未だに信じられないがそうなのだ。



『よかったですね。いつも重そうでしたから』


「しかも、まだ入りそうなんですよ」


 

 隣で信号を待っていた人が、こちらを見た。どうやら無意識のうちに少し声が大きくなっていたらしい。


 口元を手で覆いながら声を落とし続けた。



「……家に置いてる道具も、持っていけそうです」


『今、すごく嬉しそうですね』


「まあ。便利なんで」



 電話の向こう側で澪が笑った。



「……」



 さっきこちらを見た中年の女性が前へと歩を送り出したのが視界の端に映った。信号が青になったらしい。俺も信号を渡り始めた。口元が緩めながら。


     *


 

 鍵を出すのにも、鞄を地面へ置かなくていい。


 アパートの階段を、軽い足取りで駆け上がった俺はそのまま部屋へ入り、肩から鞄を下ろす。


 試しに工具箱を取り出して、いつもの場所へ置いた。


 次に、剣の包み。


 うん。どちらも、ちゃんとある。


 俺は工具箱をもう一度鞄へ戻した。


 何度やるんだ、と自分でも思うが仕方ない。これがとても楽しいのなんの。



 携帯の画面をオンにして口座の残高を開く。同時に財布の中身も合わせてみる。



 新しい計測器に、三万六千円。


 今日買った[収納鞄]は、修理の部品も含めて一万四千円。


 合わせて、五万円だ。


 家賃一か月分と、一万円しか違わない。



 少し前なら、払ったあとで何日分の飯を削るか考えていた金額だった。それを道具に使ったのに、次の家賃を払えるかどうか、心配する必要すらない。



「……五万も使ったのに、全然困ってない」



 思わず笑ってしまった。


 急に修理がうまくなったわけではない。故障した場所を見つけて、部品を替えて、動くか確かめる。やっていることは、以前と全く同じ。


 ただ、それを必要としている人から、仕事に見合う金をもらえるようになった。



「俺、今まで相当安く引き受けてたんだな……」



 それでも、まだこれだけ残っている。


 俺はしばらく画面を眺めてから、机の脇に挟んでいた物件の案内を手にとった。



 一階に広い土間のある、古い一軒家。



 紙の上の間取りへ、指を滑らせる。



 ……ここに修理を頼まれたものを置いて……こっちに道具を並べて……



 ここで俺の視界の端に、その下に書かれた初期費用がチラついた。



「……」



 携帯の残高と見比べる。



 ……一度、話を聞きに行くくらいは、いいかもしれない。


【所持金(預金含む):約八十九万円】

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