第十話 Eランクの、その先
翌朝、紗月さんからメッセージが届いた。
『剣、絶好調です! 今日は一度も引っかかってません!』
写真もついていた。
写っているのは、彼女の愛用剣──[新振動剣]と、拾ったばかりらしい[魔石]が三つ。
魔物の死骸ではなかったので、俺は安心して食パンをかじった。
『よかったです。また何かあれば連絡してください』
返信を送り、写真をもう一度開く。
俺が直した剣で、彼女が魔物を倒した。
――瀬尾さんにも手伝ってもらったことになりません?
昨日の言葉を思い出す。
修理の代金は、もう受け取っている。
机の脇にある[収納鞄]へ目を向ける。
俺は戦えない。
だが、魔物を倒しながら迷宮を攻略していくことを生業とする攻略組と呼ばれる探索者達の道具を直したり、探索に必要な設備を動かしたりすることならできる。
それは探索者としての仕事には、数えてもらえないのだろうか。
俺は胸ポケットから探索者証を出した。
【瀬尾 律/探索者ランクE】
俺の目に飛び込んでくるのは「E」という文字。登録したときから全く変わらない。
そして昨日までは、これからも変わらないと思っていた。
*
『それ、調べてみましょうか』
昼前、澪との電話で何気なくあのことを話した時、彼女はそう答えた。
「あるんですか。戦わなくても、ランクを上げる方法って」
『私も詳しくは知らないです。でも、探索って戦うだけじゃないですし』
電話の向こうで、何かを打ち込む音がした。
俺は椅子に座り、探索者証を机へ置いた。
「試験では、全然駄目だったんですよ。スキルを使おうにも、相手は魔物でしたから」
『壊れた機械を出してくれればよかったですね』
「それなら、少しは何とかなったかもしれません」
そんな軽口を叩き合っていると澪が小さく笑った。
『ちゃんと確認してから連絡しますね。それと、昨日の鞄なんですけど』
「はい」
恐らく[収納鞄]のことだろう。
『使っているところ、動画に撮れませんか? 修理のお仕事を紹介するのに丁度良いと思って』
俺は棚の脇へ目を向けた。
[収納鞄]の中には、工具箱と予備の部品をまとめてある。
「俺が喋るんですか?」
ただでさえ人と喋るのは苦手なのだ。画面越しとはいえ、大勢の前で喋る事になるだなんて考えただけで目眩がする。
『説明は私が入れます。律さんは、道具を出し入れしてくれれば』
「それなら……」
『[追従灯]もお願いします。ずっと壊れていたものが、こうして使えます、って見せたいんです』
どうやら一言も喋らずに済むらしい。ほっとした俺はうなずきかけ、返事をした。
「分かりました。足は、どうですか?」
『まだ探索はお休みです。でも、家で編集する分には大丈夫ですよ』
少し間を置いて、明るい声が続いた。だが、心なしかどこか寂しそうだ。
『その代わり、撮影は律さんに頑張ってもらいます』
*
撮影は、思っていたより難しかった。
一度目は、鞄から工具箱を取り出すところが、俺の腕で隠れていた。
二度目は、[追従灯]について歩いたせいで、俺も明かりも画面の外へ消えた。
三度目にして、ようやく澪から丸をもらった。
『これなら伝わります!』
届いた返事を見ながら、俺は机へ突っ伏した。
「ふう……」
剣を直しているときより、疲れた気がする。
それでも、送られてきた編集後の映像を見ると、少しだけ背筋が伸びた。
机の上に並んでいた道具が、次々に鞄へ収まっていく。
全部入れた鞄を、片手で持ち上げる。
その上に、澪の声が重なっていた。
『動かなくなった道具だって、ちゃんと直せばまた使えるようになることがあります』
映像が切り替わり、[追従灯]が俺の肩の横をついてくる。
床の洗濯物は、映っていない。
片づけろと言われて、隅へ寄せておいたからだ。
『修理できるかどうかは、現物を調べてから。お困りの方は、まずご相談ください』
動画が終わる。
俺はもう一度、再生した。
自分の手なのに、こうして見ると、ちゃんと仕事をしている人間の手に見えた。
『これ、公開しても大丈夫ですか?』
澪からのメッセージ。返事はもちろん、
『お願いします』
────イエスだ。
*
夕方、澪から再び電話がかかってきた。
俺は、動画に早速相談が来たのかと思って携帯を取った。
だが、彼女が最初に口にしたのは、
『律さん。ランクの件、協会に聞いてみました』
「……どうでした?」
探索者ランクの話だった。
『制度、ありましたよ。探索を支えた実績で、昇格の審査を受ける方法です』
同時に澪から、一枚の資料が送られてくる。
【探索支援実績による昇格審査】
見たことのない見出しだった。
「これ、いつからですか?」
『律さんが試験を受けた頃には、もうあったそうです。ただ、修理の仕事で申請した例は、ほとんどないみたいで』
俺は画面を拡大した。
説明の中に、探索経路の復旧や、活動拠点の機能回復という言葉がある。
「……機械を直しただけでも、対象になるんですか?」
『その修理で、探索にどう役立ったかを確認できれば。店で剣を直して、後日その剣が使われた、というだけだと評価は難しいそうですけど』
なるほど。
修理した剣で誰かが魔物を倒すたび、俺にも実績がつくという単純なものではないらしい。
だが、澪はそこで言葉を切らなかった。
『七〇四号隔壁の話をしたら、復旧の記録を見せてほしいって言われました』
「扉の?」
俺が初めて澪と出会ったあの時のことか。
『はい。通れる道を取り戻した実績ですから。搬送装置のほうも、作業記録を出せるなら確認したいそうです』
俺は机の引き出しを開けた。
小田さんに見せた写真。
故障箇所と、確認した数値を書いた紙。
仕事が終わったあとも、まとめて残してある。俺は心配性なのだ。
「あります。記録は」
『じゃあ、提出してみませんか? 審査なので、必ず上がるとは言えませんけど』
返事をする代わりに、紙を一枚めくった。
試験を受けた後、俺がやる仕事といえば持ち込まれた古い機械の修理くらいだ。そのほとんどは近所の老人が持ち込んできたファックスみたいな簡単な機械。
探索の役に立ったと説明できる仕事も、その証明を頼める相手も、ほとんどいなかった。
戦闘試験で駄目だったから、それで終わりだと思っていた。
だが、今なら。
俺は机の上の探索者証へ目を移した。
「……俺でも、Eから上がれるかもしれないんですね」
『はい。今の仕事が、そのための実績になるかもしれません』
俺は、紙の端を指で揃えた。
何度も読み返した記録だった。
今度は、修理代をもらうためでも、黒崎に説明するためでもない。
俺がやってきたことを、俺自身の評価につなげるために使える。
「出してみたいです」
『分かりました。必要なもの、一緒に確認しましょう』
俺は椅子に座り直し、ペンを取った。
*
翌日の午後、澪から修理の相談が届いた。
写真に写っていたのは、迷宮の中にある小さな休憩所だった。
壁沿いに石のベンチが並び、中央には青い皿のような設備が置かれている。
その下の水鉢は、乾いていた。
『[湧水盤]という設備です。ここが止まって、奥へ行く探索者が困っているそうです』
俺は写真を拡大した。
青い皿の下に、小さな蓋が見える。
中には何か、仕組みがありそうだった。
通話をかけると、澪はすぐに出た。
「水を出す設備ですか?」
『はい。この休憩所で補給できていたんですけど、今は入口から運ぶしかなくて。水が足りなくなる前に、引き返す人もいるそうです』
「迷宮の管理側からの依頼なんですね」
『そうです。動画を見た探索者の方が、管理事務所へ紹介してくれました』
俺は画面を見直した。
昨夜公開した、あの短い動画。
それを見て、俺に頼めないかと考えた人がいる。
澪から、続けて依頼の資料が届いた。
【休憩所・[湧水盤]機能復旧】
【成功報酬:五〇〇、〇〇〇円】
【現地調査費:一〇、〇〇〇円】
【交換部品代・護衛費:別途相談】
五十万円。
思わず、背筋が伸びた。
『窓口は、今回も成功報酬の一割でどうでしょうか』
「お願いします」
返事をしてから、写真の端へ目を向けた。
休憩所へ続く通路は暗い。
旧採掘区のように、作業員が行き来する場所とは違うらしい。
「護衛が必要なんですか?」
『現場までの道に、魔物が出ます。そこは手配してから行きましょう。現地へ行く人の名前も、先方に伝える必要があります』
俺は携帯の連絡先を開いた。ちょうど一人適任者がいたからだ。
「……」
そこには一昨日、登録したばかりの名前がある。
剣は絶好調だと、昨日の朝、知らせてくれたあの人。
「一人、聞いてみてもいいですか。護衛を頼めるか」
『心当たり、あるんですか?』
「一昨日、剣を直した人です。Bランクの探索者で」
『Bランクですか!? それは頼もしいですね!』
澪は、感嘆の声を上げた。無理もない。Bランクの探索者とCランクの探索者との間には相当の実力差があるのだ。喩えるならチワワとドーベルマン、猫とライオン、トカゲとティラノサウルス。いや……流石に最後は盛ったか。
彼女はぜひそのBランクの探索者と連絡を取ってみてほしいと言った。
俺は通話を終え、紗月さんへのメッセージを開いた。
そこへ、別の用件を打ち込んでいく。
『迷宮へ設備の修理に行くことになりそうです。護衛の仕事をお願いできるか、相談してもいいですか?』
送信すると、すぐに既読がついた。澪もそうだったが若い女性は全員、そうなのだろうか。
『場所、どこですか?』
すぐさま資料を送る。
少ししてから、返事が来た。
『ここなら、何度も通ってます。日程と条件、聞かせてください!』
行きつけのカフェかと一瞬思ってしまった俺は、棚の脇に置いた[収納鞄]を一瞥した。
今度は、これを持って迷宮へ行く。
紗月さんが道を開けてくれるなら、その先で俺にもできる仕事がある。
期待に胸を膨らませながら机の上の探索者証を取り、胸ポケットへしまった。




