3 sideアドルフ
昼休憩、いつものように第二書庫の奥で静かに昼食を取っていた。誰にも邪魔されないこの場所は、俺にとって唯一心が落ち着く場所だ。
ふと、扉が静かに開く音がした。誰かが入ってくる気配。警戒しつつ振り返ると、そこにいたのはアリスだった。
(なぜここに……?)
彼女は胸に小さな包みを抱え、緊張した面持ちで近づいてくる。俺は思わず視線をそらし、低い声で「ここには俺しかいない」と言ってしまった。自分に会いに来る人なんていない、そう思い込んでいたからだ。
だが、アリスは震える手で包みを差し出してきた。「あの、これ……お礼です。前に助けていただいたお礼で……」
しばらく黙って包みを見つめる。こんな風に誰かから何かをもらうのは、いつ以来だろう。家族や仲間以外はなかったな。静かに受け取り、「……ありがとう」とだけ言った。短い言葉しか出てこないが、胸の奥がじんわりと温かくなる。
アリスはほっとしたように微笑み、「また……お会いできて、うれしいです」と言った。
(なぜ、俺なんかに……もしかしてからかっているのか?それとも罰ゲームか何かか?)
思わず口をついて出た。「……なんでおれなんかに?」
彼女は戸惑いながらも、まっすぐに俺を見て答えようとする。だが、好意を向けられることに慣れていない俺は彼女の言葉の真意がわからなかった。もしかしたら俺が貴族だと知ってか?「俺は伯爵家の三男だが、いずれ貴族席から抜ける。俺に媚を売ったって無駄だ。」
その瞬間、アリスの顔が苦しそうに歪む。そして、思いがけない言葉が飛び出した。
「違います!!私はただ、あなたに一目惚れして!好き過ぎて!!」
その叫びが耳に届いた瞬間、頭が真っ白になる。驚きと戸惑いで、尻尾が思わず大きく膨らみ、背中の毛が逆立つのが自分でもわかった。耳もピンと立ち、無意識にピクピクと動いてしまう。
(な、なにを言っているんだ……!?)
心臓が激しく跳ね、手のひらに汗がにじむ。普段は無表情を保っている顔も、今は目は見開き、口も開いたまま。
尻尾が落ち着かずに左右に揺れ、椅子の脚が床を引っかく音が静かな書庫に響く。自分の動揺が、身体の隅々まで伝わってしまっているのが恥ずかしくて、ますます視線を合わせられない。
アリスは顔を真っ赤にして、包みを置いたまま書庫を飛び出していった。
しばらくその場に立ち尽くし、手の中の包みを見つめる。胸の奥が熱く、苦しいほどに高鳴っている。尻尾が落ち着かずに揺れ、耳もピクリと動いてしまう。
(本当に……俺なんかを……?)
信じられない気持ちと、嬉しさと、戸惑いと、いろんな感情が渦巻く。自分が誰かに好意を向けられるなんて、思ってもみなかった。
気づけば昼休憩が終わる時間になっていた。慌てて演習場へと向かう。
午後は実戦形式での訓練だった。だが、どうしても昼休憩の出来事が頭から離れない。剣を握る手にも力が入らず、動きが鈍る。
「アドルフ止まれ!」
団長の鋭い声に我に返ると、目の前には十数名の騎士が倒れていた。ゼノンが呆れたようにこちらを見ている。
「すみません、集中できていませんでした。罰として走り込みしてきます。」
なんとも言えない周囲の視線に居た堪れなくなり、逃げるように走り出す。体を動かしてへとへとになれば、余計なことを考えずに済むはずだった。
だが、胸の奥の衝撃は、いくら走っても消えてくれない。アリスの叫びが、何度も耳の奥で反響していた。
その夜、包みを開けてみる。焼きたてだったであろうパンと、色鮮やかな果物。ひと口食べると、優しい甘さが広がり、思わず涙がこぼれそうになる。
(あんな言い方をしてしまったんだ、もうえないだろうな)
そう思いながら、アリスの温もりを感じる差し入れを大切に味わった。




