1 sideアドルフ
昔から怯えられていた。人から怖がられることには慣れていた。学生の頃、隣の席になることを拒まれ、泣かれたこともある。睨んでいるつもりはないのに、鋭い瞳や大きな体が周囲を威圧してしまう。荷物を持ったり落とし物を拾っただけで、謝られるか逃げられる。筋肉質な体も、成長とともにますます威圧感を増していった。
こんな見た目に生まれたくなかったと、何度も涙した。やがて他人と関わることを諦め、特に女子供は苦手になった。どう接していいのか分からない。
実家は伯爵家だが、三男の自分は放任され、好きなことをさせてもらえた。両親や兄たちからは愛されていたが、自分だけが家族と似ていないことに、羨ましさと妬ましさを感じていた。「あなたはお祖父様に似たのよ」と母は優しく言ってくれたが、心の奥底では孤独を感じていた。
学園を卒業する頃には身長が2メートルを超え、騎士団にスカウトされる。実家から逃げるように寮に入り、王宮での勤務が始まった。だが、職員食堂で羊獣人の文官とぶつかった際、謝ろうとしただけで相手は泣き喚き、王宮中に噂が広まった。それ以来、騎士団専用スペースで過ごすようになり、昼休憩もずらしてもらった。騎士団長は「お前は悪くない、そんなこと気にするな」と言ってくれたが、自分は慣れっこだ今後も同じようなことがあると面倒だと押し切った。
騎士団は思ったより性分に合っていた。獣人部隊は厳つい奴らばかりで、最初は警戒されていたが、共に過ごすうちに打ち解けていった。男所帯の空気も心地よかった。やっと自分の居場所を見つけた気がした。
同期の狼獣人ゼノンとは特に仲が良くなった。最初は愛想が悪いと思っていたが、特殊任務で互いを庇い合ったことをきっかけに、今では誰よりも信頼できる存在だ。
27歳になり、親から見合い話が持ち込まれた。家族のためにと婚約したが、顔合わせの日、相手は現れず、後日婚約破棄の手紙が届いた。令嬢は俺との婚約が嫌で自殺未遂までしたと聞き、家族は憤慨したが、自分は正直婚約破棄できてホッとしていた。
こうして婚約は数ヶ月目破棄され相手の顔も知らぬまま幕を閉じた。
その後は騎士団長の配慮で、一般人の前に出る任務は避け、特殊任務や新人指導を担当する日々。穏やかな日常が続いていた。
そんなある日、ゼノンから巡回任務を代わってほしいと頼まれた。断れず引き受けたが、巡回中に迷子の子供に話しかけて泣かれ、周囲に囲まれてしまう。制服と説明で誤解は解けたが、落ち込んだ。
残りの時間、何も起きないよう祈りながら歩いていると、ミルクティー色のふわふわふわした髪の少女が目に入った。田舎から来たばかりなのだろう、建物や人々に目を輝かせている。だが、突然誰かにぶつかられ、手にしていた包みと財布を落とした。
「あっ……!」
少女が慌てて拾おうとした瞬間、ひったくりが財布を奪い、群衆の中へ消えていく。少女は呆然と立ち尽くし、どうしていいかわからずオロオロしていた。
(困っているな……俺が近寄っても泣かれるか怯えさせるだけだろうが仕事だからな)
俺は少女に近づき、できるだけ低く落ち着いた声で話しかけた。
「大丈夫か?」
少女は涙目で「さ、財布が盗られて。あそこには当分の生活費が入ってるんです!!」と訴える。
俺は一つ頷き、すぐにひったくりを追いかけた。人混みをかき分け、あっという間に財布を取り戻す。少女に触れないよう注意しながら財布を手渡し、すぐに背を向けた。
「ありがとうございます!!お名前だけでも教えていただけませんか?」
「いや、俺は、その……」
まっすぐに礼を言われ、戸惑いが隠せない。少女は首を傾げて俺を見上げる。その澄んだ瞳に見つめられると、胸がざわつく。
「俺が怖くないのか?泣かれもせずお礼を言われるのなんて初めてで……」
思わず本音が漏れる。だが、少女はきっぱりと「怖くなんてありません、助けてくださり本当にありがとうございました」と頭を下げる。
その姿に、思わず小さく笑みがこぼれた。
「こちらこそ怖がらないでくれてありがとうな」
顔を上げた少女の目が輝いている。俺はそのまま背を向け、人混みに紛れて歩き出した。胸の奥が妙に熱い。あの少女のまっすぐな瞳が、しばらく頭から離れそうになかった。




