菽汁
夕刻の営中、輜重兵たちが煤まみれになって巨大な青銅釜、鬲を囲んでいた。固い地面を掘って作られた臨時の竈からは、生乾きの薪が吐き出す青白い煙が容赦なく立ち上り、兵たちの目を真っ赤に腫れ上がらせている。
「おい、もっと灰を掻き出せ! 火が消えるぞ!」
怒声が飛び交う中、兵糧袋から麻筵の上に大豆がぶちまけられ、からからと乾いた音が響く。兵糧として集められたその豆は、お世辞にも上質なものとは言えなかった。虫食い穴だらけで、小石や砂が大量に混じっている。石臼で粉にするような手間はかけられず、粒のまま、大きな木製の桶で泥水を使い、ざっと洗う。浮いてきた軽石や未熟な割れ豆を素手ですくい捨てると、すぐに黒ずんだ大豆がそのまま沸騰した大釜へと放り込まれる。この時代の兵食における菽汁とは、脱穀の行き届かぬ雑穀や豆を、文字通り湯でただただ煮崩したものである。
火力が足りなければ豆は固く、芯が残って腹を下す。逆に煮すぎれば粘り気が出て焦げ付く。調理兵は汗と煤まみれになりながら、太い木の棒で釜の中を絶えず掻き回していたが、于禁の直属部隊であるこの営中には、他隊との違いがあった。調理兵の長が、懐からずっしりと重い麻布の包みを取り出したのである。中から現れたのは、灰色に濁った岩塩の塊であった。当時の塩は、前線の一兵卒にまで行き渡るような代物ではなく、多くは将軍たちの特権、あるいは傷病兵への褒賞として扱われる貴重品である。
「于将軍からの差し入れだ。余さず溶かせ。……他隊に気付かれるなよ」
長の指示で、塩の塊が鉄の小刀で削られ、沸き立つ大釜へと落とされる。さらに、于禁が私財を投じて買い付けたという、通常なら将官しか口にできぬ豉の塊も投げ込まれた。青臭い豆の臭気が、塩気とわずかな旨味の混じった、濃厚な汁の香りへと変わっていく。
「他隊の飯を見てみろよ。ありゃただの濁り水だ」
若い兵が配られた椀を箸でつつきながら、忌々しげに呟いた。椀の中には、水分を吸って不格好に膨れ上がった大豆が、みっちりと詰まっている。その表面には、豆の油分がわずかに浮いていた。
「于禁の野郎、俺たちを明日生きて帰す気がない証拠だ。腹一杯に食わせて、死兵として突撃させるつもりなんだよ」
若い兵は吐き捨て、ふやけた豆の塊を口に押し込んだ。ごり、と不快な音が響く。取り切れなかった小石が奥歯に当たったのだ。若い兵は顔をしかめ、小石を地面に吐きだした。大豆特有の渋みが口に広がる。しかし、後から追ってくる塩気が、疲弊した身体の芯を揺さぶった。
隣に座る古参の兵は、若い兵の文句など耳に入らぬかのように、黙々と椀を傾けていた。彼は知っている。他隊の飯は、一握りの粟を大量の水で薄めた、粥とも呼べぬ代物だ。それに比べれば、この菽汁は塊として胃袋に収まる。咀嚼するたびに、大豆の皮が歯に挟まり、喉を通り過ぎる時には不快なざらつきがあるが、満腹感を与えてくれる。
「于将軍は、朝廷からの恩賞の絹も、収奪した家畜も、すべて塩と豆に変えて兵に配っている」
古参の兵は汁を飲み干し、椀の縁に張り付いた豆の皮を指ですくい取りながら言った。
「規律に厳しいのも事実だ。昨日も、荷を盗んだ輜重兵が一人首を斬られた。けどな、あの人は俺たちと同じ、この菽汁を食っているんだ」
「それが偽善だって言うんだよ!」
若い兵は熱い汁で火傷しそうになりながら、むきになって言い返した。
「首を斬る基準が厳しすぎる。陣幕の影で少し横になっただけで鞭打ちだ。飯を良くして、兵の不満を圧し殺しているだけだろ。俺はあいつを信じねえ。あいつは俺たちを動く盾としか思っちゃいねえ」
古参の兵は空になった椀を地面に置き、遠くに見える将軍の帷幕を見つめた。他の将軍たちが酒を囲んでいる時間、于禁の帷幕からは簡牘を繰る音と、灯の明かりが漏れている。
「盾で結構さ」
古参の兵は溢す。
「飢えて動けぬ盾など敵に切り刻まれるだけだ。でもな、腹が膨れていれば、敵の刃を押し返す力が湧く。俺は、飢え死にさせる優しい将より、腹を満たしてくれる厳しい将を選ぶ」
二人の会話をかき消すように、営中には何千もの兵が椀を啜る、ず、ずずっという地響きのような音がしていた。大豆が胃の中で膨らみ、五臓六腑が熱を帯びていく。明日の戦の現実と生きるための力が、潤滑な塩と豆の菽汁を通じて、兵たちの肉体へと沁みていった。




