第5話 小説家はアパートに入居する②
残る二つの部屋。
俺は少し警戒しながら、ジェイミーさんの隣の部屋のベルを鳴らした。
「んん……誰ぇ……?」
この人もハックさんと同類だろうか。
もう昼だというのに、どうやら寝起きらしい。
現れたのは、俺とほとんど同年代に見える少女だった。
眠そうに目をこすりながら出てきた彼女は、癖のある長い赤髪が印象的で、パジャマ姿のままだった。
男の俺の前にそんな格好で出てきて大丈夫なんだろうか。
「初めまして。今日からこのアパートに引っ越してきた――」
「って、ええええっ!? 男の子〜〜〜〜っ!? ちょ、ちょっと待って! 待ってぇぇぇぇ〜〜〜っ!!」
俺が男だと認識した瞬間、顔を真っ赤にして部屋へ飛び込んでいった。
それから十分ほど待たされた後、ようやく彼女が再び姿を現した。
どうやら急いで着替え、髪だけ整えてきたらしい。メイクまではしていないようだった。
「あはは……寝ぼけてた」
「大丈夫です。急な訪問でしたし――では改めて。今日から引っ越してきたシャルロック・ドイルです」
「えっ、シャルロック!?」
「はい、シャルロックですが……?」
名前に何か引っかかるものでもあったのだろうか。
この世界では珍しい名前だったりするのか?
いや、ドイル領の学校では特に何も言われなかったし、そこまで変わった名前じゃないはずだ。
「私、シャルロッテっていうの! ほら、名前が似てる! これって運命的じゃない!?」
「確かに似ていますね。もしかして愛称は『シャル』ですか?」
「それがさー、向かいの子――同級生なんだけどね、普通ならシャルなのにシャーリーって呼ぶのよ。それが家族にまで浸透しちゃって、今じゃみんなシャーリー呼び」
「へえ……シャーリーですか」
「うん! だから私のことはシャーリーでいいよ! 私はシャルって呼ぶから!」
「えっと……はい」
なかなか距離の詰め方が早いタイプらしい。
というか、さっき同級生と言っていたな。
若い年齢からも考えられるのは――
「あの、もしかして学生なんですか?」
「そうだよ! 王都の魔法大学に通ってるの! 将来は研究者になりたくて!」
「研究者ですか……素晴らしいですね」
魔法と言っても色々ある。
戦闘に使う魔法もあれば、生活を便利にするものだってある。
研究者なら、新しい魔法を生み出したりもするのだろうか。
よく見ると、部屋の中には瓶のようなものがいくつも並んでいた。
もしかすると、魔法薬みたいなものを研究しているのかもしれない。
「あ、渡すの忘れてました。こちら、ご挨拶の品です」
「ええー!? 嬉しい! シャルくん出来る子〜! しかもよく見たらなかなかのイケメンだし!」
なんとも明るい子だった。
シャルロッテか……まあ一応、聞いておこう。
「あの、シャーリーさんの家名って何ですか?」
「私の? 私はシャルロッテ・ホームズ! 綺麗な響きでしょー!」
「…………ソウデスネ」
もう驚かない。
絶対に驚かないぞ。
俺は深呼吸し、息を整えた。
「せっかくだから、向かいの子も紹介してあげる! ちょっとー! お客さんだよー! 出てきなさーい!」
シャーリーがベルを連打し始めた。
めちゃくちゃ迷惑な鳴らし方だった。
「ちょっとシャーリー!! うるさいのよ、このバカ!!」
「バカって何よ! そっちこそバカじゃない!」
「わざわざそれ言いに来たの!?」
「違うって! この子、新しく引っ越してきたんだって! 挨拶しなさいよ!」
「ん……」
怒りながら出てきたのは、青髪のロングボブの少女だった。
こちらはちゃんと身なりが整っている。
貴族ではなさそうだが、どこか上品な雰囲気があった。
シャーリーとは正反対のタイプに見える。
だからこそ、こうしてよくぶつかるのかもしれない。
「初めまして。今日から引っ越してきたシャルロック・ドイルです。こちら、ご挨拶です」
「あら……シャーリーと違って丁寧な子じゃない。ふふ、好青年って感じで、私結構好みかも」
おっ。
この子だけは俺を少年じゃなく青年扱いしてくれた。
「ちょっとミア! いきなり何言ってるのよ!」
「ふふ、ごめんごめん。えっと、シャルくん? シャーリーと名前似てるのね」
「はい、そうみたいです」
青年とは言ってくれたが、結局呼び方は『シャルくん』らしい。
やっぱり年下扱いか。
そして、俺は聞かなければならない。
「あの、ミアさんでしたよね。よければ家名も教えてもらえますか?」
「――私はミア・ワトソンよ。ちなみにシャルくんは何歳?」
「…………」
ホームズにワトソンまで出てきた。
しかもこのアパートにはジャック・ザ・リッパーにモリアーティまでいる。
いや、本人じゃないのはわかってる。
でも俺にはどうしても、この住人たちが事件に関わる人物たちにしか思えなかった。
「……シャルくん?」
「あ、すみません。僕は十八歳です。お二人は?」
「私たちは十九歳。魔法大学の二年生になったばかりよ。一歳だけ私たちが上ね」
一歳差は地味に大きい。
まあ年下らしくしていた方が可愛がられそうではある。
「ミアさんも魔法大学なんですよね。何を研究してるんですか?」
「私は研究っていうよりモノづくりかな。将来、建築士になりたいの」
「建築士……?」
魔法大学と建築士。
あまり結びつかない。
「魔道具の建物版って感じかしら。この国ってまだ魔法が使われた便利な建物が少ないのよ。王城の結界とか、建物を補強する魔法とかはあるけどね」
「へえ……」
「だから私が発明するの。新しい技術を作って、この国、初の魔法建築士になるんだから」
「魔法建築士……素敵な響きですね」
「わかってるー! シャルくんこそ素敵っ!」
「わぷっ!?」
褒められたことが嬉しかったのか、ミアが俺を抱き寄せてその膨らみに顔をうずめさせた。
柔らかい弾力ととっても良い匂い。
姉は小さい頃から一緒だったので、いくら抱きつかれても異性とは感じなかったが、ミアの場合はどうしても異性に思えてしまう。
「あー! ミアがセクハラしてるー!」
「セクハラじゃないわよ。ね、シャルくん?」
「ええと……こういうのはちょっと……」
「シャルくん顔赤くなってるー。ミアの胸を堪能してるんだー」
「ふふ、可愛い」
クソ……俺は前世含めた五十年、ずっと独身だったんだぞ。
家族以外の女性に耐性があるわけがないじゃないか。
普通に喋れはするが、こういうスキンシップは未だに苦手だ。
「と、ともかくですっ。これからよろしくお願いします」
「はーい。今度ご飯にでも行こうねー!」
「引っ越してきたばかりなら尚更だね。てか、歓迎パーティーしようよ。うん、それが良いよ!」
「はい。ぜひお願いします」
明るい二人の学生と別れた後、俺は自分の部屋へと戻った。
ボフン、と新品のベッドへダイブする。
高級品だからか、思った以上にふかふかだった。
……なんだか濃い人たちばかりだった。
挨拶しただけなのに、妙に疲れてしまった。
これからこういう生活にも慣れていくんだろうか。
それにしても、このアパートの住人たちは事件を起こしそうな名前ばかりだ。
だが、それだけじゃない気もする。
ファッション、魔道具、魔法薬、建築。
まるでゼロから何かを生み出すクリエイターたちが集まっているみたいだった。
もしかすると、俺がこのアパートに引き寄せられたのも、小説家だからなのかもしれない。
思うのは、事件だけは簡便だということだ。
ただ、それに巻き込まれたりしたら、小説のネタになる――そう思わずにはいられなかった。
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