第4話 小説家はアパートに入居する①
鍵を開け、自分の部屋へ入る。
御者のおっちゃんが言っていた通り、家具は一通り揃えられていた。
「アパートには少し似つかわしくない家具だな……まあ、これくらいは仕方ないか」
ただし、用意されていた家具はどれもそれなりに高級そうなものばかりだった。
細かい指定まではしていなかったが、両親としては俺に少しでも良い生活をしてほしかったのだろう。
その気持ちだけは素直に受け取っておこう。
……とはいえ、ドイル家にそこまで余裕があるわけじゃない。
この家具を買った資金源はほぼ間違いなく俺が家に入れていた印税収入だろう。
そう考えると、自分で買ったようなものか。
「ふむ……」
広さは2LDK。
一人暮らしには少し広いくらいだ。
まだ家具を置けそうな空間も十分にあるし、必要になったものから揃えていけばいい。
部屋の中を歩き、リビング、寝室――そして最後に作業部屋へと足を運ぶ。
そこには窓際へぽつんと置かれた一台の机があった。
その上に置かれていたのは、数年使い込んできた黒いタイプライター。
横には原稿用紙が山ほど詰め込まれた木箱。
さらに近くの本棚には、これまで買い集めてきた小説たちが綺麗に並べられていた。
もちろん、俺が刊行した本もある。
シャッとカーテンを開ける。
すると柔らかな日差しと共に風が流れ込み、カーテンがひらひらと揺れた。
そのまま窓へ顔を近づけ、外を見下ろす。
「いいじゃないか……」
見えたのは、活気に満ちた城下町だった。
高台に建っているからだろうか。
思っていた以上に景色の良い場所らしい。
「――とりあえず、街を回る前に挨拶でもしておくか」
この世界に近所へ挨拶する習慣があるのかは知らない。
だが、やらないよりはやっておいた方がいいだろう。
俺はヘミングさんにも渡したお土産の紙袋を手に、再び外へ出た。
このアパートは全部で六部屋。
俺を含めて五部屋は埋まっており、一部屋だけ空室らしい。
まずは一番近い隣の部屋へ向かい、ベルを鳴らす。
しばらくすると、中から一人の男が姿を現した。
「んあ……なんだ? 身なりの良い少年じゃないか」
出てきたのは、俺より少し背が高く、長い銀髪をぼさぼさにした眼鏡姿のイケメンだった。
もし俺が女だったら、一瞬で惚れていたかもしれない。
年齢は二十代後半くらいだろうか。
ただ――なぜか少し臭う。
「今日から隣へ引っ越してきたシャルロック・ドイルと言います。こちら、ご挨拶の品に――」
「っ!? こ、これは……カルヴィーノ社の焼き菓子じゃないか!?」
「ええ、そうです。王都でも人気だと聞いています」
持ってきたのはドイル領唯一の都市型の街にある、カルヴィーノ社の焼き菓子だった。
王都でも知られているくらい人気らしい。
「君、よくやった!! ここ三日まともに飯食ってなくてさ! もう腹ペコだったんだ!」
「そうでしたか。それは……」
三日まともに食べていない。
なんだろう。
妙に前世の自分を思い出す発言だった。
髪が乱れているのも、ひょっとすると風呂にも入っていないからかもしれない。
だから臭うのか……。
ふと、開いたドアの隙間から部屋の奥が少し見えてしまった。
大きな机の上には機械のようなものがいくつも置かれ、棚にも同じようなものが大量に並んでいる。
「あー、見ちゃった?」
マズい。
見てはいけないものだったのか?
「すみません。目に入ってしまいました」
「あはは、別に隠してたわけじゃないって。――俺、魔道具師なんだよ。作業場に行くの面倒だから、家で作ってるってわけ」
「魔道具……」
魔道具とは、魔法を込めた道具のことだ。
日本風に言うなら、魔力で動く家電製品みたいなもの。
魔道具師は魔石を埋め込んだり、魔法を付与したりして、人の生活に役立つ道具を作る職人らしい。
俺の家にも既にいくつか置かれている。
コンロやドライヤーなんかがそうだ。
ちなみに俺には魔法の才能はなかった。
まあ、小説が書ければいいので、別に気にしていない。
「たまーに大きな音するかもしれないけど、許してくれよなー」
「それは迷惑なので、できる限り控えてほしいのですが……」
「ははっ、大丈夫大丈夫。うるさかったら他の住人が怒りに来るから」
なるほど。
どうやらこの男のストッパーは住民たちらしい。
「あ、言い忘れてた。俺、ハック・ザリッパーな! んじゃっ!」
バタン、と勢いよくドアが閉まる。
「…………は?」
ハック・ザリッパー?
ジャック・ザ・リッパー……?
いやいやいや。
アーネスト・ヘミングウェイに続いてジャック・ザ・リッパーって。
もう勘弁してくれ。
まさかこの人、魔道具で危ないものでも作ってるんじゃないだろうな。
そんな人物が隣人だなんて……。
でも、名前だけで判断するのは良くない。
俺は気持ちを切り替え、向かいの部屋のベルを鳴らした。
「はーい! あら、可愛らしい子ね!」
「ひっ!?」
出てきたのは女性だった。
長い金髪が印象的な女性で、タートルネックのニット越しにもはっきりわかるほど胸が大きい。
背も高く、スタイルも良い彼女は、シンプルな服装なのにモデルのような佇まいだった。
だが、彼女は目元以外を隠す白い仮面をつけていて、その手にはハサミを握っていた。
先ほどハックさんが怪しいと思ったが――まさか本命はこっちだったのか!?
「あ、ごめんごめん。仮面したままだったわね。はい、これで顔見えるでしょう?」
「えっと……はい」
二十代前半くらいの美人だった。
普通ならかなりモテそうだ。
ただ、その仮面とハサミだけは、どう見ても普通じゃない。
「初めまして。本日からこちらへ引っ越してきたシャルロック・ドイルです。これ、ご挨拶です」
「あら〜! カルヴィーノ社じゃない! シャルくんって気が利くのね!」
また、くん呼びだった。
確かに年下だけど、俺は身長もそこそこあるし、同年代より大人っぽく見えていると思うんだけどな……。
「いえいえ。これからよろしくお願いします」
「それにしても――素敵なお洋服ねぇ。ふーん……あなた、貴族?」
「え……わかるんですか?」
シャツにベストというフォーマル寄りの服装ではあるが、そんなにわかりやすいものなのだろうか。
「ふふん。私こう見えてファッションデザイナーなの。全部自分で企画して、型紙作って、裁断して、縫ってるのよ」
「だから仮面とハサミ……って、仮面!?」
「ふふ、仮面はお貴族様の依頼よ。そういうパーティーもあるから」
なるほど。
仮面舞踏会みたいなものか。
あれって会場で配られるんじゃなくてこうして発注するものなのだろうか。
「そういえばドイルって言ってたわね。だからカルヴィーノ社なのかしら」
「はい。ドイル領から持ってきました」
「へぇ〜。じゃあ服が必要になった時は私に任せなさい! 素敵なの作ってあげる!」
「どうでしょう。あまりそういう機会はないと思いますけど……」
「未来なんてわからないじゃない! 私だって毎日、まだ見ぬ流行を考えてるんだから!」
……確かにその通りだ。
前世の俺も、何が売れるのか考え続けていた。
今だってそうだ。
まずは生きていくため、小説という武器で新しい市場を切り開いたのだから。
「あなたの言う通りですね。必要になったらお願いするかもしれません」
「ふふ、良い子ね。――あ、私はジェイミー・モリアーティよ」
――ガタッ。
思わずその場でずっこけそうになった。
「どうかしたの?」
「い、いえ……ジェイミーさんですね。よろしくお願いします」
「ええ、よろしくね、シャルくん」
ドアが閉まる。
俺はしばらくその場で固まっていた。
「さすがに出来すぎだろ、神よ……」
ジェイムズ・モリアーティではない。
……だが、いつか黒幕になりそうな名前ではある。
最初の時点で気づくべきだった。
この後挨拶する残り二人も、同じ系統だったのだから。
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