第2話 小説家は家族に恵まれる
――なんというか、失敗した。
もっと神に色々聞いておけば良かったと、今になって思う。
次の人生。目を覚ました時、俺はゼロ歳の赤ん坊だったのだ。
転生と聞いていたから、もう少し大人の姿で始まるものだと思っていた。
いや、でもそれだと転生というより憑依になるのか?
ともかく俺は、この世界に存在する五大国の一つ、ロンドリス王国の田舎にある男爵家の三男として生を受けた。
これも神の調整なのかはわからないが、おかげで俺は家業を継がなくてもいい立場だった。現在、家督を継ぐのは長男か次男と決まっている。ちなみに家業は、主に領地の統治や管理だ。
「まさか十五歳で小説家デビューするだなんて、我が子ながら天才ね!」
「ああ! 小説家なんて稼げない職業だと思っていたが、我が息子は天才だ! ガッハッハ!」
この世界での両親、ヘルマン・ドイルとクラーラ・ドイル。
俺はこの二人の間に生まれた子供だ。というか、家名が妙に小説家っぽいのは、おそらく神の調整なんだろうが……別にそこまでは望んでいない。
そして俺の名前はシャルロック・ドイル。
……惜しい。
なんというか、有名小説家の名前と登場人物の名前を混ぜたような、しかもちょっとズレた感じになっていた。
まあ、いいんだけどさ。
家族の髪色はほとんどがアッシュブラウンで統一されている。母だけはオリーブ系なのだが、その血を少し受け継いだのか、俺の髪色はアッシュブラウンにオリーブを混ぜたような色合いになっていた。
――そういうわけで、生まれた時からそれなりの知性を持っていた俺は、兄たちよりかなり頭が良かった。もちろん異世界の常識を一から学ぶのは大変だったが、勉強や剣術、体術、さらにピアノやバイオリンも頑張る代わりに、父には大量の小説を買ってもらっていた。
神からは、この世界で売られている小説のほとんどがラブロマンスだと聞いていた。だが実際にどんな作品が売れていて、どういう内容が人気なのかを知るため、俺は片っ端から本を買ってもらった。
そして読み漁り、分析し、調べ尽くした結果――今の十五歳に至っている。
この世界にも出版社があり、原稿用紙を送って書籍化されるかを判断してもらう仕組みがあるらしい。そして俺が屋敷で書いた小説の一つが、一年前に認められ、めでたく刊行された。
それまで存在しなかったジャンルだったこともあり、ヒットを記録。結果として、家にもそれなりのお金が入ってきた。
貴族と言っても男爵程度では、そこまで裕福というわけでもないらしい。だから俺の印税収入は、家計に大きく貢献したらしい。
まあ、今の俺に金は必要ないが、将来一人暮らしを始めた時には、しっかり印税をもらう予定だ。
「お前が継いだほうが絶対いいだろ? なあ、そう思うよなトーマス」
「同感だ、オリバー兄さん。別に武力が必要なわけじゃないしね。領地を繁栄させて統治できる能力の方が大事だ」
執筆中の俺の部屋へ来て、ぶつぶつと文句を言っているのは二人の兄だ。
三歳年上の長男がオリバー。二歳年上の次男がトーマス。
ちなみに一歳年上の姉もいるのだが、今はこの場にはいない。名前はマリーナだ。
「兄さんたちもわかってるだろ? 俺は小説にしか興味ないんだ。それに、兄さんたちと変な争いもしたくないし。俺は小説を書きながら平穏に暮らしていければ、それで十分なんだよ」
「シャルロック……お前、本当に何歳なんだ?」
「普通ならもっとわがままとか言う歳だろ」
三十五年と十五年。
合わせれば五十年生きている計算になる。
だからなのか、俺は少し人生を俯瞰して見れるようになっていた。
「でも何か相談したいことがあったら言ってよ。体は貸せないけど、口くらいなら出せるからさ」
「ああ、その時は頼む」
「やっぱりシャルロックは頼りになるね」
この家に、末っ子をいびるような人間がいなくて本当に良かった。
まあ、小さい頃から二人の兄に対しては、とにかく持ち上げて育てたけどな。
すごい、すごいって褒めまくっていたわけだ。
「――どうでもいいけど、執筆の邪魔だからそろそろ出てってよ。集中できない」
「悪い悪い。今出ていくって――」
そうオリバーが言った、その瞬間だった。
ドタドタと廊下から足音が聞こえてくる。
……嫌な予感がする。
「シャァァァルッッ!!」
バタンと勢いよく扉が開いたかと思うと、女の子みたいな愛称を叫びながら飛び込んできた。
ドイル家の猛獣こと、一歳年上の姉、マリーナ・ドイルである。
「やっと帰ってこられたわ! ああ〜、シャル成分補給よ〜っ!」
「ちょ、姉さん……邪魔」
「もう、おませさんなんだから。恥ずかしがっちゃって」
一ミリも恥ずかしがっていないんだが……。
ほら、兄たちも呆れた顔でため息を吐いている。
マリーナはなぜか俺にだけ、こうしてやたらと抱きついてくる。
……まあ、その理由は把握しているんだけど。
「今日も学校で『アシド・ロー』が話題だったのよ!」
「その正体が俺だって言ってないよね?」
「もちろん! でも皆が『面白い!』って褒めてるのを見ると、つい言いたくなっちゃうのよ。アシド・ローの正体は、私の自慢の弟なんだって!」
俺に抱きついたまま、マリーナは嬉しそうに話す。
どうやら学校から帰ってきたばかりらしい。
彼女のクラスでは、俺の小説がかなり人気らしく、それで上機嫌になっているようだった。
アシド・ローは俺のペンネーム。前世の名前、芦戸未知郎をもじったものだ。
小説を刊行してからはずっとこの調子で、マリーナは俺のことが大好きになった。
それまでは「小説なんて何が面白いの?」と言っていたくせに、今では俺の作品の大ファンになり、他の小説にまで手を出しているらしい。
「絶対言っちゃダメだからね。ペンネームにしてる意味なくなるから」
「わかってるわよ♪ ――で、新作はいつ?」
「うーん……三ヶ月後くらいかな」
「三ヶ月も!?」
そこでマリーナはハッとした顔をする。
「……いえ、これは強制することじゃないわね。シャルが自分のペースで書けるからこそ、素敵な小説になるんだもの!」
姉さんは気を遣ってくれる。
ただ、のんびり生きることが良い作品に繋がるのかと言われると、俺にもわからない。
切羽詰まった時にしか出てこない発想というものもある。
脳みそを限界まで絞った先に出てくるものは、その瞬間にしか生まれないこともあるからだ。
だから姉さんの言葉が正しいのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。
ただ、俺はもうそんな生活は御免だった。だからこそ今は、のんびり執筆スローライフを送るための準備をしている。
十八歳で義務教育学校を卒業した時から、俺の本当の小説家人生が始まるのだから。
「じゃあ私は行くわね。ほら兄さんたちも出るっ」
「へいへい。じゃあなシャルロック」
「またね」
三人は軽く手を上げ、そのまま部屋を出ていった。
◇◇◇
「ふぅ〜〜〜っ」
一人になり、ぬるくなったコーヒーを一口飲んだあと、俺は大きく息を吐いた。
ちらりと視線を横へ流した先にあるのは本棚。そこには俺が刊行した四冊の本が綺麗に並べられていた。
まだ刊行しているシリーズは一つだけだが、この一年で四巻まで出すことができた。
タイトルは『ザ・ポイズンマン』。
国内で起こる連続毒殺事件を解決していく探偵ミステリーだ。ただし、そこに少しだけSF要素を加えている。
主人公のハブ・ヴァイパーは、幼い頃に森で遊んでいた際、猛毒を持つ蛇に噛まれて生死の境を彷徨った。しかし奇跡的に一命を取り留め、目を覚ました時には、あらゆる毒への耐性を獲得していた――という設定だ。
ハブは犯人を追う中で何度も毒殺されかけるのだが、毒耐性のおかげでまったく効かない。
さらに、毒に触れたり、ぺろりと舐めたりすることで、その毒が何なのかを解析できる能力まで持っている。
要するにハブは、毒殺事件を起こす犯人にとっては天敵みたいな存在というわけだ。
ちなみに助手の名前はマングースにしておいた。
しょっちゅう口喧嘩している設定である。
この世界にはミステリー小説というものが存在しなかった。
神が言っていた通り、小説市場はラブロマンスばかり。しかも小説自体、基本的には女性が好んで読むものらしい。
だが、俺のミステリー小説が登場したことで、新しいジャンルが開拓された。
それによって、これまでほとんど小説に興味を示さなかった男性読者層も少しずつ取り込めているらしい。
今では俺は、この国では小説界の神童なんて呼ばれているそうだ。
……とはいえ、これはまだ始まりに過ぎない。
俺がやったことは、前世の知識を使って小説を書いただけだ。
せっかく異世界へ転生したのなら、いつかは異世界にいるからこそ書ける物語を書いてみたい。
そのためには、世界を旅してみるのも悪くないだろう。
だから俺は十八歳になり、学校を卒業した時――この家を出ていくつもりだ。
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