第18話 小説家は仮面舞踏会に向かう②
どんどん燃え広がっていく火に、参加者はもうその場にはいられなかった。
悲鳴を上げてホテルを出ていく者がほとんどで、あっという間に会場には人がいなくなっていく。
貴族の中には水魔法を使える人がいないらしい。
炎の勢いは止まらず、会場が赤に染まっていく。
犯人ははっきりと自分の名前を宣言した。
それは、俺のペンネームだった。
「ふははははははっ!!」
逃げ惑う参加者を眺めながら高笑いする黒ローブの男。
その男は魔法を使ったのか高くジャンプすると、二階の窓ガラスを割って、会場から消えていった。
「――アシド・ローですって……?」
「アリサ! 今はいい、とにかく会場から出るんだ!」
アシドリアンのアリサは、アシド・ローと名乗った男のことが気になって仕方ないらしい。
まさか、本当にアシド・ローだと思っていないよな?
「許せない……許せないわ……!」
「え……」
アリサは握りこぶしを作り、二階の窓ガラスを見つめながら怒りに震えていた。
まさに鬼の形相といったところだ。
「あいつよ! アシド・ロー様を騙って! あんなのがアシド・ロー様のわけないじゃない! ねえ、シャルロック!」
「いや、俺は会ったことがないからわからないけど……」
「あれはアシド・ロー様じゃない! サイン会で会ったアシド・ロー様はもっと高貴でイケメンで良い匂いがした! あんなこと、絶対にするわけがない!」
高貴でもないし、顔を隠していたからイケメンでもない。
匂いは姉からもらった香水をつけていたが、それは今日と同じのはずだが大丈夫だろうか。
匂いにも気を遣わないとバレる可能性があるな。香水変えとかなきゃいけないな……じゃなくて――
「アリサ! いいから早く出よう!」
「わ、わかったわよ――って、シャルロック!?」
「俺は大丈夫だから、先に行って――!」
「っ……早くしなさいよ!」
アリサを先に会場の外に向かわせた後、俺は倒れたハイデガー伯爵のもとへ駆け足で近づいた。
そしてポケットに入れていたハンカチを取り出し、それをワイングラスへと入れ、液体を染み込ませた。
「死んでる、か……」
首に触れてハイデガー伯爵の脈を取ってみた。
たった一瞬の出来事だったが、既に脈はなかった。
誰もハイデガー伯爵を助けには来なかった。
もしかして、彼の死を望んでいた人が多かったのだろうか。
でも、ここで死体が燃やされては、よくない気がする。
だから俺はなんとか彼を背負って、会場の外へと逃げ出す。
「大人……重い……!」
ただ身長が高いせいか、痩せていても重たいハイデガー伯爵。
既に火はかなり燃え広がっていて、最悪の状況だった。
でも、俺はなんとか会場の外へと出ることができ、ハイデガー伯爵の遺体を守ることに成功した。
だが、ここからが本当にマズい。
なぜなら、犯人はアシド・ローを名乗ったからだ。
このままでは警察隊に追求されるだろう。
だから俺は行動に出なければいけない。
少しでも疑いが晴れれば良いとは思うが、そううまくはいかないだろう。
◇◇◇
ホテルでの火災は、しばらくしてやってきた王国軍騎士団所属の魔法使いによる水魔法によってすぐに消化された。
幸い、騒動に気づいたのが早かったらしく、ホテル全体が燃えることはなかった。
燃えたのは三階まで。上階に宿泊していた客は全員無事だったらしい。
魔法の力というのは本当に凄まじい。
消防車の何十倍の消化スピードで鎮火されていった。
「――さてと。事情を聞かせてもらえるかな、シャルロックくん」
ホテル前にいた俺に声をかけ事情聴取を始めたのは、ミラー・ウェイズさんだった。
ミラーさんは大家であるヘミングさんの旦那であり、王国軍騎士団の警察隊に所属している。
今回の事件を担当することになったらしいが、彼は俺の正体がアシド・ローだと知っている人物だ。
「ミラーさんならご理解していただけると思いますが……その、俺ではありません」
「ああ、既に報告は受けている。君は実行犯とは別の場所にいて、しかもハイデガー伯爵の遺体まで運んできてくれたと」
「はい。そうなんですが……」
「今の時点で拘留されることはないが、立場は悪いかもしれない。君の正体を知っている人は少ないだろうが、出版社は違う」
「まさか――」
「出版社を通じて警察隊はアシド・ローを調べる可能性がある。その場合は君の身元が公になってしまう可能性が大きい」
そうだった。スラマガ社のことを失念していた。
第二編集部の皆は俺の正体を知っている。
であれば、警察隊は簡単に俺にまで辿り着けてしまうのだ。
俺がやっていなくとも、犯人が名乗っただけで、相当に立場が悪い。
第二編集部に口止めなどできるはずがない。
俺の想像以上に困ったことになっているようだ。
「ミラーさん。このハンカチを渡しておきます」
「ん、これは――」
「犯人はワインに毒を仕込んだと言っていました。成分を調べることで、何かわかるかもしれません。どこで毒を入手したとか」
「……わかった。受け取っておく」
俺はミラーさんに証拠品であるハンカチを渡した。
「私ができることは少ない。――シャルロックくん。時間は少ないかもしれないぞ」
「わかりました。僕は僕ができることをしてみます」
「ああ、無茶だけはするなよ」
ミラーさんは俺がアシド・ローだと伝えないでくれるらしい。
それだけでも十分だ。
そういえば、ジェイミーさんは大丈夫だろうか。
会場で別れてから姿を見ていない。
周囲を見渡してもどこにもいないように思えた。
「あ――アリサ。迎えは?」
同じく事情聴取を終えたアリサを発見して、近づく。
今は仮面はつけていない。
他の参加者も事情聴取では仮面は外さなければいけないようだった。
「あそこにいるわ」
アリサが視線を誘導する。
その場所にはロストさんが馬車を連れて立っていた。
アリサの無事を確かめたからか、落ち着いているようだった。
「――もう、苛ついてしょうがないわ。この激情、どうしてくれるの……!」
「でも、本当にアシド・ローの仕業だったどうするんだ?」
「あなた、殺されたいの?」
「い、いや……そうだとは思いたいけどさ……なんでアシド・ローの名前なんて騙ったんだろうな。恨みでもあるのか?」
小説家ってだけで恨みを買うだろうか。
俺は最近の小説家だし、少し売れはしたが、ラブロマンスのジャンルにはまだまだ負けるだろう。
もしかして、ラブロマンスを書いている誰かが、邪魔者だと思っているとかあるだろうか。犯人は同じ小説家……?
「……私、考えたの」
「ん、何をだ?」
「あの犯人……毒を仕込んだと言っていたわね」
「まあ、そうだな」
ワイングラスの中のワインに毒を仕込んだのか、もしくはワイングラスの縁に毒を塗ったのか。どちらのパターンもあるが、毒を仕込んだと自身が言っていた。
「――『ザ・ポイズンマン』よ」
「…………は?」
『ザ・ポイズンマン』とは、俺の第一作目の小説。毒の効かない主人公が、毒を使って殺人事件を起こす犯人を追い詰めて、最終的に逮捕する話だ。
毒……殺人事件…………まさか。
「そして最後に言ったわ。『今からご覧にいれてみせましょう。世紀の殺人劇の始まりを』と。この意味……わかる?」
既にハイデガー伯爵という殺人を終えたはずなのに、そんな言葉を発したとなれば、それは――
「犯人がアシド・ロー様の名を騙った理由――それは、『ザ・ポイズンマン』のように連続殺人事件を起こすつもりってことよ!」
「……うそ、だろ」
もし本当にアリサの言う通りなら、犯人は『ザ・ポイズンマン』を読んだことのある人物ということになる。
それなら登場人物のハブとかマングースっていう名前を使って欲しかったが…………わざわざ作者の名前を使ったということは、どういったことだろうか。
俺に挑戦でもしてるつもりか? 探偵でもなんでもない俺に。
「尚更許せないわ……これはアシド・ロー様の作品を汚す行為よ! ……それに、アシドリアン過激派の仕業に決まってる……!!」
「ちょっと待て、過激派ってなんだよ。聞いたことないんだが」
「あなた知らないの? ――アシドリアンには私のような遠くから崇拝しているだけの穏健派とギャーギャー騒ぐ熱狂的な過激派がいるの」
アリサってぎゃーぎゃー叫んでる方だよな。
俺からすれば過激派なんだが……。
「それだけアシド・ロー様に心酔しているのであれば、もしかしたらサイン会にも犯人が来ていた可能性だってあるわ。くっ……私がアシド・ロー様のことしか目に入っていなかったばかりに、アシド・ロー様の顔以外全く覚えていないわ」
いやいや、顔出してなかったけどな?
でも、あのサイン会に犯人がいたとするなら、怪しい人物はいただろうか。
「過激派はどんなことをしているんだ?」
「アシド・ロー様の小説を置いていない書店に行って勝手に小説を並べたり、壁に『アシド・ロー最高!』と書いて汚したり、アシド・ロー作品を見ていない小説読者を貶したり……何よりもその活動が激化したのは、三作目の『死憶探偵レトロ・ウィーク』シリーズからよ」
なんというか、めちゃめちゃ実害が出てるんだが……マジかよ。
ちなみにアリサが指摘した『死憶探偵レトロ・ウィーク』は、死体に触れるとその人物が死亡した時刻を起点に、一週間前まで遡れるといった能力を持つ探偵レトロ・ウィークが、その能力を使って事件を解決していくシリーズ。
死んだ時間までしか遡れないので、被害者を救うことはできない。そして、被害者が一週間以上前に死亡していた場合でも一週間しか時間を戻すことができない制限付きだ。
いわゆる一週間限定のタイムリープものなのだが、今までのシリーズの中では一番売れ行きが良い作品なのだ。
日本人もそうだが、タイムリープという概念はこの世界の住人にもかなりウケが良かった。
「私も過激派とは関わりたくないから、基本的にはアシドリアンってのを隠してはいるんだけど、話はよく聞こえてくるのよね」
「そうだったのか……」
「もし、このまま真犯人が見つからなかったら、アシド・ロー様が本を出せなくなるなんてことにもなりかねない。そして、もしそうなった場合は、過激派の連中が何をしでかすかわかったものじゃないわ」
出版社の前に行ってデモでもするのだろうか。
もしそうなればヘンリエッタさん達にも大迷惑だ。
「その通りかも知れない」
「だから私――」
最後、アリサは不穏なことを言い放った。
「絶対に真犯人を見つけてやるんだから!!」




