第17話 小説家は仮面舞踏会に向かう①
――仮面舞踏会。
それは本来、参加者が仮面を着用し、身分や階級を忘れて交流を楽しむパーティーのことだそうだ。
とは言っても、上流階級の楽しみとして開催されることが一般的だったため、そこに集まる参加者は皆、階級が高い者だった。
そんな仮面舞踏会に、底辺貴族の俺が参加することになるとは、なんとも数奇な運命である。
サイン会で大勢の人に見られた上に話したり接触したりするという大ストレスを受けたすぐ後に、この大きなパーティーだ。
でも、今日は俺が誰なのか参加者には伝わらない。なぜなら仮面をつけているからだ。
「シャルくん、そっちの仮面にしたんだ。似合ってるよ♪」
「そうですかね。ちょっと怖い雰囲気だと思うんですけど」
「行けばわかるよ。そんなに目立たないからさ」
ジェイミーさんと共に馬車で貴族街にある会場へ向かう途中、彼女は俺が身につけている仮面に言及した。
今日身につけてきたのはジェイソンマスクである。
先日のサイン会では緑色の仮面を使ってしまった。
大勢に見られたので、同じ仮面を使用すれば俺がアシド・ローだとバレる可能性がある。
侯爵令嬢のアリサだっていたのだ。あの場に他の貴族だっていてもおかしくない。
できれば俺が参加していることは、内緒にしておきたい。
「仮面舞踏会って、具体的に何をするんですか? やっぱりダンスを踊ったりとか……」
ふんわりとイメージは掴めているが、実際に何をするのかはよくわかっていない。
「ふふ。そんなことはないわよ。音楽は流れているけれど、ダンスの時間なんて設けられていないし」
「なら、何を?」
「一言で言えば――出会い、かな」
その言葉だけを聞くと、少し不純な意味にも聞こえた。
交流とするべき所をジェイミーさんはわざわざそう言ったのだ。
「それって、もしかして怪しい出会いですか?」
「実際にそういう場でもあるでしょうね。でも、参加者は皆、ある程度の階級――だから真剣に縁談相手を探している人だっているのよ」
そういうものなのだろうか。
不純なパーティーに参加しているというだけで、相手に嫌悪感を抱いてもしょうがない気もするが、その中でもちゃんとした婚活目的で参加している人もいるとなれば、その人にとっては不純ではないのだろう。
会話しているうちに、俺たちは会場へと到着した。
今日の会場は、貴族しか利用できないとされる、高級ホテルの中で行われるらしい。
貴族街にホテルというのも少し景観を損ねている気もするが、王都の貴族の考えることは、田舎貴族の俺ではよくわからない。
◇◇◇
ホテルの中に入り、招待券を二名分、受付へと渡すと、俺たちは会場の扉へと足を踏み入れた。
赤い絨毯が広がる会場の天井には豪華絢爛なシャンデリアが飾られており、見渡すと二階部分にキャットウォークのような人が通行できる通路あった。
既に百名以上の参加者が集まっており、ワイングラスを片手に歓談しているようだった。
それぞれがタキシードやドレスに身を包み、顔には特徴的なマスクをつけていた。
最初は自分の仮面が目立ってしまうのではないかと思ったが、ジェイミーさんの言う通り、そうではなかったらしい。特徴的な仮面をつけている参加者が複数いたのだ。
食事中心のパーティーではないのだろうが、端にはたくさんの料理が並んでおり、ビュッフェスタイルで楽しめるようにもなっていた。
料理はどれも美味しそうで、ドイル領では見たことのないものばかりだった。
さすがは上級貴族の催しといったところだろうか。
ジェイミーさんによれば、仮面舞踏会は既に始まっているそうで、好き勝手動いて良いそうだ。
「じゃあ、ここからは別行動で行きましょ。何かあったらいつでも呼んでね」
「あの、自分でつけてきてなんですが、この仮面つけたまま食べ飲みできないですよね?」
「あ、それなら大丈夫。よく見たら鼻の下のラインに継ぎ目があるから、そこをずらせば口元だけは露出できるようになってるよ」
ジェイミーさんの言う通りの場所を指で触れてずらしてみると、カパッと鼻から下が外れ、口元が解放された。
「ほんとだ……ありがとうございます」
「じゃあ、今度こそ行くわね。――さぁーて、懐の紐が緩い太客探しするわよーっ!」
ジェイミーさんがここに参加した目的は楽しむことではない。
服作りを依頼してくれる客探しである。
既に貴族との繋がりもある彼女だが、思いのほか拝金主義なのかもしれない。
「じゃあ、俺も適当に歩くか――」
ウェイターから炭酸水の入ったグラスをもらい、まずは軽く食べ物を胃袋に入れようと考え、料理が並ぶエリアへと移動した時だ。
「……よければ、僕が取りましょうか?」
既に両手に皿を抱えた女性が、他にも料理を取りたかったらしいが、あいにく皿をおけるスペースがなく、どうしようかと右往左往していた。
だから俺は彼女に声をかけて、手伝ってあげようとしたのだが――
「シャ、シャルロックっ!?」
「…………まさか、アリサか?」
先日のサイン会では、全く気づかれなかった。
そのはずが、なぜかすぐに俺だとバレてしまったのだ。
もしかして、口元が見えるだけで違うのだろうか。
それよりも俺は、ここにアリサがいることの方が気になった。
「な、なんであなたがここに……!」
「俺は知り合いからチケットがあるからって誘われたんだよ。別に興味があってここに来たわけじゃない」
「へ、へえ……なら、女性を探しに来たわけじゃないのね」
ここに参加する男性はやはりそれ目的が多いのだろうか。
見た感じ、指輪を身につけている人はほぼいないみたいだし、独身が集まる場なのかもしれない。
「アリサはなんでここに?」
「わ、私はその……同行者がいるわけではないけれど、知り合いに招待されたのよ。正直、行きたいなんて気持ちはこれっぽっちもなかったわ。でも、考えを改めたの。――小説の良いネタが見つかるかもしれないって……!」
こいつ、職業病だ。
良いことではあるんだろうけど、少し危なっかしい気がする。
小説のために、変なところにまで頭を突っ込まないか心配だ。
「じゃあ、アリサも仕方なく参加したって感じなんだな」
「そ、そうよ――で、取ってくれるなら早くとってちょうだい?」
「ああ、そうだったな。どれがいい?」
「それ……ああ違う。そっち。エビ! エビよ!」
俺はアリサに指定されたエビ料理を取ってあげた。
その後は、彼女と一緒に端に設けられた小テーブルの前で食事をしながら仮面舞踏会の様子を眺めることにした。
「俺、こういうパーティー初めて参加したんだけどさ、やっぱり婚活目的で参加する人が多いのか?」
ジェイミーさんにも聞いたが、アリサにも聞いてみる。
「まあ、そういう人もいるんじゃないかしら。でも、顔が見えない分、この場を商談の場とする貴族もいるわ。――顔は隠しているけれど、私は貴族の特徴が頭に入っているからね。それなりに知っている人もたくさん参加してる――ほら、あそこの小太りの貴族が話している相手は、アクセサリーショップを経営している社長よ」
アリサの視線の先には、小太りの貴族と、全身宝石だらけの女性がいた。
商談しているのか、手には飲みものすら持っていなかった。
「じゃあ、本当に色々な人が来るんだな」
「まぁね……でも、これじゃあいつも通りの仮面舞踏会だわ。小説のネタになんて何もならない。事件でも起これば別なんだけど――」
恐ろしいことを言う。
せめて俺がいる場で事件なんて起こらないでくれ。
そう思ったのが運の尽きだったらしい。
「さぁて、皆さん! こちらをご覧ください!」
すると、前の小ステージに上がった男性が、参加者の注目を集めると、大きな声で話しはじめた。
何か催しがあるのだろうか。
「今日はわたくしハイデガーが開催する仮面舞踏会へのご参加、誠にありがとうございます」
あの、ハイデガーという人物が今日の主催者らしい。
アリサに聞けば伯爵だとか。
仮面をしていて顔ははっきりとはわからないが、細身で身長が高い人物で、手にはワイングラスを持っていた。
「実は本日、皆様にご報告があるのです。よろしければ、少しだけお時間をください」
そう言ってハイデガー伯爵は手を挙げて俺たちの視線を二階へと向けさせた。
するとそこには、真っ黒なローブを羽織った何者かがいて、俺たちに向かって丁寧に一礼した。
何が起こるのか、本当にわからない。
「彼は私の右腕のような人物でして。今日この場をお借りして、ご紹介したいのです。今は仮面をつけてはいますが、名前だけでも覚えていってください」
少しだけわかってきた。
自身の事業のための宣伝なのだろう。
右腕というくらいだ、それなりに信頼のおける人物なのだろうが、ここで名前を売って、貴族や社長たちにアピールするつもりらしい。
ただ、違和感があった。
黒ローブの男はなぜか顔の全て覆い隠す仮面をしていたのだ。
俺は飲み食いするために、口元を晒すようにした。
他の参加者も皆、口元が見える仮面をしていた。
それなのに、黒ローブの男だけはそうではなかったのだ。
「ではご紹介しましょう――私の右腕の…………」
彼の名前を言うつもりだったのだろう。
でも、ハイデガー伯爵の様子がどこかおかしい。
「みぎ、うで…………の………ゔ、ぐ…………っ」
ハイデガー伯爵は苦しそうに喉を押さえたかと思えば、ワイングラスを床に落とし、そのままステージ上で倒れてしまったのだ。
一瞬、何が起こったのかわからなかった。
でも、その惨状を目にした参加者の一人が悲鳴を上げた。
「きゃあああああああっ!! 伯爵がっ、伯爵がぁぁっ!!」
ハイデガー伯爵が突然倒れた。
その事実が一気に広がり、会場の空気が一変する。
ふぁさっ。
そのタイミングで、二階にいたはずの黒ローブの男が一階へと降りてきたのだ。
どうやってか、あの高さなのに着地は軽やかで重力に反発しているようでもあった。
「――静まりなさい!!」
黒ローブの男が大きな声で制する。
ハイデガー伯爵の右腕の彼だからこそ、冷静にその場を諌めようとしてくれた。
誰もがそう思った。
でも、そうではなかった。
「彼のワインには毒を仕込みました」
「――は」
表情は見えないが、黒ローブの男が仮面の奥で笑ったような気がした。
「っ……お前がヤッたというのか! お前がハイデガー伯爵をっ!!」
一人の参加者が怒りの声を飛ばした。
するとローブを翻した黒ローブの男は天井に向かって、手を掲げた。
「答えなさい! 君は誰なんだ!」
何かマズい気がする。
あれは、どこかで見た。――そう、兄たちが使っていた魔法の、その発動前の魔力揺れ。その感覚を黒ローブの男の手から感じた。
「〈ファイアーボール〉」
瞬間、天井に向かって火球が放たれ、シャンデリアに直撃。
その衝撃でシャンデリアは地面に落下。
点いた火がシャンデリアの破片から広がり、赤い絨毯に燃え広がっていく。
「な、なんなのアイツ!?」
隣のアリサもこの状況に焦りを隠せない。
小説のネタになるなど、考えている余裕もないようだった。
そして、黒ローブの男はついに名乗ったのだ。
「私の名前は――アシド・ロー。今からご覧にいれてみせましょう。世紀の殺人劇の始まりを」




