第16話 小説家はサイン会をする②
まさかの質問に、ヘンリエッタさんも動揺を隠せない。
これは侮辱行為とも捉えかねてしまう発言だった。
ただ、このくらいの質問は俺にとっては想定内だった。
なぜならミステリーというジャンルはこの国には元々なく、そして殺人をメインテーマに扱う話だからだ。
では、作者である俺はどこでそんな殺人方法を思いついたのか――となるわけだ。
もちろんその方法は空想で考えたものだが、俺には前世の知識がある。
人の殺し方などいくらでも知っているのだ。
「――そうですね。僕は、人を殺したことがあります」
言った瞬間、会場がさらにざわめく。
俺のファンだったであろう客も表情が強張り、俺を見る視線の色が変わる。
「や、やはり――」
「――ただし、殺したことがあるのは、頭の中だけですけどね」
なぜか男性客は、俺が人殺しをしたことに興奮しだした。
だが、その先は続けさせない。
「僕の小説を読んだことのある人ならわかると思いますが、殺人トリックを考えるのはかなり大変です。ですから、日々人を殺すことを考えながら過ごさなければ、面白い小説なんて書けません」
本気で人を殺そうと思ったことなどないし、興味もない。
キャラクターを創り出しさえすれば、そのキャラがどう行動するか考え、俺の代わりに頭の中で人を殺してくれる。それだけで十分なのである。
「――失礼な質問にお答えいただき、ありがとうございます」
男性客は満足したのか、お礼を言って椅子に座った。
「少しひやひやしましたが、アシド・ロー先生は人殺しなんてしませんからねー! でも、こういうミステリアスなお方だからこそ、あのような素晴らしい小説が書けるのかもしれません!」
ヘンリエッタさんのフォローが凄い。
ちょっと申し訳ない回答をしてしまったかもしれない。
そんなこんなで抽選が当たった客の質問コーナーも終わりを向かえ、ついにサイン本を手渡すこととなった。
俺のテーブルの前にはずらっと五十人が一列で並んでいる。
「アシド・ロー先生の小説、本当に大好きで、全シリーズ集めています! これからも頑張ってください!!」
「ありがとうございます。――はい、こちらをどうぞ」
「わああああっ! ありがとうございます! ありがとうございます! あ、あぁっ……握手まで……っ!?」
本にサインをして、握手をする。
書店員にも喜ばれていたので、これくらいはサービスで良いだろう。
「先生ぇ〜? ふふ、案外可愛いお方なのねぇ……?」
次にやってきたのは、胸元がぱっくりと開いたドレスを着た妖艶な人物だった。
左目が長い髪で隠れており、右目しか見えない。
近づくと香水なのかめちゃめちゃ良い香りがした。
「はい、こちらです」
「あぁ……ありがとう。これで私も執筆を頑張れるわぁ……」
「え――もしかして小説家の方なんですか?」
嬉しそうにサイン本を受け取った女性だが、その発言から、同業者にも思えた。
「ふふ……私、これでもラブロマンスで結構有名なんですよぉ……スラマガ社に顔を出していれば、いずれお会いできると思うわぁ♡」
他の客に聞かれないよう、俺の耳元に近づいて小さな声でそういった女性。
まさかの出版社も同じらしい。
「そうでしたか……であれば、お互い切磋琢磨しましょう」
「ふふ……若くてすべすべなお手々ね……それじゃあねぇ」
握手をした女性は両手で俺の手をすりすりと堪能した後、ひらひらと手を振って横へと流れていった。
確かヘンリエッタさんも、他の小説家も俺の小説を読んでくれてるって言ってったっけ。
サインを次々と書いていくと、あの男性客の番になった。
俺に殺人について聞いてきた客である。
目深な帽子ではあったが、近くで見ると、その美形ぶりがよくわかった。
それに、どこか花のような良い香りがした。
「先ほどは本当に失礼しました。アシド・ロー先生の小説にはいつも感動しております」
「そうでしたか。それは嬉しい限りです」
すらすらとサインを書き、彼にサイン本を手渡した。
ただ、握手をした際、少しだけ違和感があった。
「またお会いする機会があれば、その時はよろしくお願いします」
「はい、こちらこそ」
彼の手は男性にしては、少しばかり細く、綺麗だったのだ。
まるで、女性のような手だった。
そうしてサインを書くのも終盤――そこへ、見覚えのある人物が俺の最初の小説である『ザ・ポイズンマン』の第一巻を手渡してきた。
「あわわわわっ……ア、アシド・ロー様……っ!!」
アリサだった。
いつも以上におめかしして、肌の露出も覆い服装をしていた。
サイン会で俺を誘惑でもするつもりだったのだろうか。
アリサは、俺を前にしてかなり取り乱しており、目すら見れないでいた。
顔も真っ赤で、うまく声も出ていなかった。
「ゆっくりで大丈夫ですよ」
「はわぁっ!?」
シャルロックである俺と接している時と全然態度が違う。
本当にアシド・ローが好きなんだな。
「わ、私……その、神の作品が好きで好きで……に、似たようなお仕事をしているのですけど……とっても影響を受けまして…………」
「嬉しいです。これからも頑張ってください」
サインを書き終え、アリサに本を渡す。
そして握手だ。
「こ、これがアシド・ロー様の手……あぁ、あぁっ……なんて神々しいの……!」
アリサには俺の手が光っているように見えるのだろうか。
というかアリサ。既に二回も俺の手を掴んだことがあると思うんだけど、気づかないのか?
俺はちょっとからかってみようと思い、アリサの右手を両手で包んで、しっかりと握手をしてあげた。
「はわわわわぁっ!? 神の両手がっ、神の両手がぁぁっ!?」
目が完全に正気を失っていた。
かなり興奮していて、アリサは今にも、ぶっ倒れそうだった。
「わ、私は……アシド・ロー様のことが……ほ、本当に、だいしゅ……だいしゅ……だいしゅきれすぅぅぅぅぅぅ〜〜〜〜っ!?♡」
「ぁ…………」
その興奮が頂点に達したのか、アリサは盛大に鼻血を噴き出して、背中から床へと倒れ込んでいった。
「――と、危ない」
頭を打ちそうだったので、なんとかアリサを抱えて支えた。
すると後方で控えていたであろう人物がスタスタと前にやってきた。
「お嬢様が失礼を――後はこちらで引き取らせていただきます」
クリスティー家の家令であるロストさんだった。
俺は彼にアリサを引き渡した。
「あひっ、あひどろーひゃま…………」
「ここまでお嬢様がご執心になっていたとは。着いてきて正解でした」
「ええ。お気をつけて……」
アリサは心ここにあらずで、夢の世界で俺の名前を呟いていた。
「今後とも、アリサ様をよろしくお願いします――シャルロック様?」
「――――っ!?」
俺にだけ聞こえる声でそう言い残したロストさんは、アリサをお姫様抱っこで抱えると、そのまま書店を後にした。
マジかよ……これでバレるのか……。でも、あの感じだとアリサには言わないでいてくれるだろう。そう信じたい……。
大きなトラブルはなかったが、なんとかサイン会は終わりを迎えた。
書店員に挨拶をしてから、俺は裏口で持ってきた大きな紙袋から中身を取り出す。
そうして裏口の扉を開けて、左右を確認。
仮面を外して紙袋に投入。
ヘンリエッタさんには書店員に挨拶してから帰るとのことで、俺は先に店を出た。
堂々と大通りへと戻るも、誰も俺に気が付かない。
それもそうだ。俺は着替えてから外に出たのだ。
念のために着替えを持ってきておいたのだ。
書店にはまだ大勢のお客さんがいた。
もしかしてサイン会をすることによって、書店の売上も上がるのだろうか。
この日のために俺の本のデカいコーナーも作ってくれたみたいだしな。
「ふぅ……なんとか終わったか……」
緊張と人前に出る大変さ。結構気疲れしてしまった。
読者の生の感想や嬉しがっている様子を見れたことについては、頑張ろうという気持ちが出たが、サイン会はしばらくはしなくても良いとも思ったのだった。




