第15話 小説家はサイン会をする①
配送業者にサインをし、大きな箱を受け取ると、部屋にそれを運び込んだ。
「おおお…………!」
何が届いたのか予想はできたが、その予想通りのものだった。
届いたのはアリサが買ってくれたコーヒーメーカーだった。
しかもコーヒー豆まで入っていた。
これもアリサの優しさだろうか。
俺は早速コーヒーメーカーをリビング壁際の棚の上に置いて、水とコーヒー豆を投入。
説明書を読みながら、カップを用意し、ボタンをポチっと押した。
ゴゴゴゴと豆がコーヒーメーカーに吸い込まれ、大きな音を立てながらゆっくりとコーヒーがカップへ抽出されていく。
ああ、良い匂いだ。
湯気が立つカップからヘーゼルナッツバニラの匂いがして、部屋がその匂いで充満していく。
「どれどれ…………ん、んんっ……美味しい……」
一口コーヒーを飲むと、アリサの家で飲んだものと同じ味が口の中に広がった。
飲みやすく、匂いの良いコーヒーに、俺は舌鼓を打った。
――カランカラン。
ちょうどその時だった。
部屋の外のベルが鳴ったのだ。
「こんにちはー! シャルくんできたわよ!」
扉を開けるとそこにいたのは斜め向かいに住むジェイミーさんだった。
何ができたのかと思えば、彼女が手に持っていたのは、仮面だった。
「わざわざすみません。とても助かります」
「いえいえー! 入居祝いみたいなものだしね!」
今日も美人なジェイミーさん。
体のラインが見えるシンプルな服装だが、それだけで胸が強調されている。
ジェイミーさんに頼んだあの日、彼女は二日酔いで頭が回っていないようだった。
でもちゃんと俺の仮面のことはちゃんと覚えていたらしい。
「ありがとうございます――って、これ、なんですか?」
お礼を言いながらジェイミーさんから仮面を受け取る。
しかしそのデザインはどこかで見たことのあるような見た目だったのだ。
どんな仮面でも良いので好きに作ってほしいとは言ったが、まさかこんなものが出てくるとは思わなかった。
白を貴重とした色に複数の小さな穴が空き、少しだけ赤のラインが入った仮面。それは――
「ああ、名前とかつけてなかったけど、そうね……ジェイソンかしら!」
「…………」
その仮面はまさにジェイソンのマスクだったのだ。
チェーンソーを持ったあの『13日の金曜日』のジェイソンである。
「あれ、もしかして気に入らなかった? 一応スペアとしてこっちも作ったんだけど、これもわげるわね」
「…………」
「こっちの方がマスクっぽいかしら? 普通じゃ面白くないから、色は緑にしたんだけど」
ジム・キャリーの『The Mask』じゃねえか!
渡されたのは緑色の木製の仮面だった。そのマスクをすると顔が緑色になり、超人的な力を手にいれられるというあの映画である。
小さい頃はテレビで放送されてたもので何度か見たことあったなぁ……。
「これ、つけたら変な力が出るなんてことはないですよね?」
「ふふ。何言ってるのよ。私は魔道具師じゃないのよ? そんなことできるわけないじゃない。――呪いでもあるまいし」
「そ、そうですか。それなら良かったです」
そういうヤバい仮面でなくてよかった。
当日はどちらを被ろうか。なんというかジェイソンの方は見た目が怖いんだよな。
緑のマスクの方も怖いっちゃ怖いんだけど、ジェイソンよりはマシかもしれない。
当日にまた考えよう。
「ジェイミーさん、ありがとうございます」
俺はお礼を言って、ジェイミーさんを見送ろうとした。
だが、まだ彼女には何か伝えたいことがあるようだった。
「ねえ、シャルくんってお貴族様じゃない?」
「まあ、そうですけど」
「実はね。私、仮面を提供している貴族から仮面舞踏会のチケットをもらったのよ。しかも二枚――一緒に行く人もいないから、よかったら一緒に行かない?」
まさかの仮面舞踏会へのお誘いだった。
ジェイミーさんは貴族に対して仮面舞踏会用の仮面を作っていると言っていた。
通常、貴族関連のパーティーは貴族中心であるとは思うが、全員がそうではない。
招待さえされれば一般人だって参加できるのだ。
ただ、俺はパーティーには全く興味がない。
というか社交場がかなり苦手である。
知らない相手と無理に交流したくないのだ。
しかも俺は貴族の中でも最下級だ。へこへこしなければいけないに決まっている。
まあ、仮面舞踏会ならば、そんな階級も取っ払われる社交界だとは思うが。
「じゃあ、決まりね! 社交界は一ヶ月後だからよろしくねー!」
「あっ…………」
俺が返事を躊躇っていると、勝手に参加を決められてしまった。
ジェイミーさんはそのまま自分の部屋へと戻ってしまい、俺は返事をしないまま参加となってしまった。
一ヶ月後か……サイン会の後くらいの日程ぽいな。
憂鬱なことが増えてしまった。
でも、ジェイミーさんがせっかく誘ってくれたんだ、迷惑だけはかけないようにしないとな。
◇◇◇
あっという間に日々が過ぎ。
サイン会当日になってしまった。
先にスラマガ社に顔を出し、編集であるヘンリエッタさんと共に書店へと向かう。
裏口から入るとのことだったので、俺はそこで仮面をつけてから中に入ることにした。
書店員にもできれば顔はバレたくないからな。
「……不思議な仮面ですね」
「あはは……ちょっと怖いですかね」
「いいえ、あまり見たことのないデザインでしたので」
俺がつけたのは緑色のマスクである。
そもそも木製の仮面というのが珍しいっぽい。
最初にもらったジェイソンの仮面の方が主流らしく、あちらは前世でいうプラスチックに近い素材だった。
「「アシド・ロー先生! 書店員一同、お待ちしておりました!!」」
裏口から入ると、いつぞやの編集部のように、書店員が揃って俺を出迎えてくれた。
なんだか恐縮である。
俺が引っ越した当日に書店でアシドリアンについて教えてくれた女性の書店員もその中に混ざっていた。
「初めまして。アシド・ローです。本日はこの場をお借りしさせていただきます。仮面をしているのは……その、察していただければと思います」
仮面をつけているせいか、声がこもっていて、元の声がわからないようになっている。
これで誰なのか判別することはなかなか難しいのではないだろうか。
「いえいえ! こちらにお越しくださっただけでも感動しております! そ、その……握手していただけませんか!?」
女性店長がかしこまりながらも手を差し出してきた。
なんだかデジャブを感じた。
そのデジャブとは編集部でのことだ。
「ああ! 店長ずるい!」
「店長だからって、何でもしていいと思うな!」
「店長のあんぽんたん!」
「店長死ね!」
「おい! 今どさくさ紛れて誰か死ねって言っただろ!!」
店長、嫌われているのだろうか。
それでも店員同士は仲が良さそうに見えた。
「握手くらいならいくらでも」
「やった! お、お願いします!!」
「私もお願いします!」
「俺もお願いします!!」
店長の後ろに次々と書店員が並び、俺に手を差し出してくる。
書店員でこれだ。この後のサイン会は大丈夫だろうか。
それから俺は裏で少しだけ待ち、ついに時間になる。
心臓が暴れまわっている。凄いドキドキしている自分がいる。
中身が五十を超えても、そういう感覚はしっかりとあるらしい。
「ではこれから、新進気鋭の天才ミステリー作家、小説界に現れたルーキーゴッドと言っても過言ではないお方――アシド・ロー先生をご紹介します!」
ヘンリエッタさんの盛りに盛ったとんでもない紹介がされる中、俺は裏の扉に手をかけた。
そうして店内へと足を踏み入れた瞬間、驚くことになった。
鼓膜が破れるかと思ったくらいの拍手と歓声が響き、俺を出迎えてくれた。
「アシド・ロー先生〜〜!!」
「きゃああああ!」
「ついに、ついにこの時が……!!」
「思ったよりも、若い……!?」
「あの不思議な仮面も素敵……!」
「アシド・ローしゃまあああ!! うぎゃああああああああ〜〜っ!!」
中には聞き覚えのある声が混ざっていた気がしたが、聞き間違いだろう。
奇声のような歓声も俺の本が好きだからこそだと思いたい。
サイン会の定員は五十人だったはずだ。
テープで規制線が引かれていたが、その五十人の後ろには書店全てを埋め尽くすように客が立っていた。
「すみません、アシド・ロー先生。こうなることは想像できたのに……」
「いえ。しょうがないです。ともかくサイン会を進めましょう」
サイン会があると知ったファンが、抽選に当たっていないにもかかわらず来てしまった。
場所も告知していたため、サインをもらえなくとも直接観に来てしまったのだろう。
こそこそとヘンリエッタさんと話した後、彼女は元の位置に戻り、俺はネームプレートとペンが置かれたテーブルの前に座った。
サイン会と言えども、ただサインをするだけではない。
大抵はインタビューだとかQAなどもあるのだ。
と、いうことで――
「――さて。アシドリアンの皆様。この時をどれほど待ったでしょうか。私、担当編集であるヘンリエッタも、このような日を迎えることができて、とても嬉しく思います……!」
凄い力の入った演説である。
ヘンリエッタさんって結構感情的だよな。
普段はそんな風には見えないのに。
「早速ですが、事前にいただいた質問がありますので、アシド・ロー先生にお答えいただきましょう」
ヘンリエッタさんは手元の紙を見ながら、質問コーナーへと入る。
通常サイン会は、新刊が出た時に行うものだが、今回は試験的なため、特に新刊というものはない。
なのでサインしてほしい本を一冊持ってくることで、それにサインすることになっている。
「まずは……好きな女性のタイプを教えてください」
「ぶはっ!?」
目の前にあった水を飲んでいたところ、いきなりのプライベートすぎる質問に水を吹き出してしまう。
「え、ええとですね……大人っぽい女性でしょうか。僕はそれほど話すタイプではないので、たくさん話してくれたり、グイグイと引っ張ってくれる方がタイプです。――とはいえ、小説家という特殊な仕事をしている以上、結婚などは考えていません」
会場にいる客にざわめきが起こる。
もしかして俺の好みは変だったろうか。
中身は五十年生きてきてるからな。若者よりも少し大人の方が好みだ。
それに小説家として仕事をしている以上、執筆に注力するため、他人にかける時間はそれほど多くはない。
家族なんてできてしまったら、本当に執筆ができなくなりそうだ。
「声がお綺麗で若い……あれがアシド・ローボイス……♡」
奥の客から声が聞こえた。
ただ喋っただけなのに、とんでもない褒めようである。
自分の声が良いと思ったことなど一度もない。
「ありがとうございます! アシド・ロー先生は大人っぽい女性が好みとのことです。――では次の質問です。アシド・ロー先生が小説を書く上で大事にしていることはありますか?」
おお、次は小説家志望がする質問のようだった。
こういうのでいいんだよ。俺のプライベートなんかどうでも良いだろ。
ただ、どう答えようか。
前世での小説家生活と、転生後の小説家生活は全く違っている。
今はこの世界にミステリーというジャンルを広めたいと思っている。
だから俺の回答は――
「そうですね。巻を出すごとに、新しい何かを取り入れることです。そうすることで、まだ開拓されはじめたこのミステリーというジャンルで、こういうやり方があるんだ、こういう方法も使えるんだ――と、他の小説家にも役立てるような内容を書けるよう意識しています」
俺がやっていることは、前世の知識を使っているだけ。
でも、本当の天才はここからもっと出てくるだろう。
その天才も、知識があれば、天才になるスピードはより早くなるだろう。
とは言ったが、俺は俺のことしか考えていない。
好きな小説で食っていければそれでいいのだ。
こうして質問コーナーが続いていき、サイン会の当選者からの直接的な質問になった。
「では、ここからは挙手制で当てていきます。――では前のあなたどうぞ」
上品な帽子を深く被った二十代後半ほどの男性客だった。
当てられたその男性客が立ち上がると、こう言った。
「――アシド・ロー先生は、人を殺したことがありますか?」
会場の空気が一気に張り詰めた。




