第14話 小説家はアドバイスする
一週間が経過した。
俺はヘンリエッタさんに見せた原稿についての意見をもらうため、再びスラマガ社を訪れた。
「「アシド・ロー先生! お疲れ様です!!」」
第二編集部に入った瞬間、社員全員が椅子から立ち上がり、頭を下げて俺を出迎えてくれた。時間指定していため、俺を待ち構えていたらしい。
俺社長じゃないんだから、そこまでやらなくても……。
他に作家がいたらすぐにバレちゃうじゃないか。
「アシド・ロー先生。早速ですが、こちら気になる点をまとめさせていただきました」
ヘンリエッタさんから渡された数枚の紙。
そこにはびっしりと改善点や意見が書かれていた。
俺が先週提出したのは、男性だと思っていた犯人が女性だったという叙述トリックを用いた内容だ。
「ふむ……ヘンリエッタさんが特に気になったところはどこですか?」
「私が特に気になった点ですか……あえて選ぶのであれば、女性の犯人がメイクをして男装していたところですね」
それにしてもこうして顔を見ながら小説について話せるのは本当に貴重だ。
前世ではメールやチャットでやり取りしていたが、この世界では手紙が最速。対面することですぐにレスポンスが返ってくるのは本当に仕事が捗る。
「メイクですか……そのどこが気になりましたか?」
「先生もおわかりの通り、小説の読者は大半が女性です。メイクをするという行為は理解できるのですが、その細部が少し気になりまして。具体的に言えば、使った化粧品についての言及がなかった点です」
痛いところを突かれた。
俺はそういう美容品やメイク技術についてはかなりの素人だ。
だからあえて書かないようにしたのだが、女性読者的には気になってしまうのだろうか。
「先生にご意見するのは心苦しいですが、メイクではない別の何かで男装する、といった事にしてみてはいかがでしょうか?」
さすがは敏腕編集者だ。
俺の顔色を伺いながらもしっかりと意見を言ってくれる。
違和感をそのままにしないで指摘してくれるのは本当に助かる。
「そうですね……メイクでないとなれば、もう魔法とかどういったことになりますけど……うーん」
「この作品では魔法はほとんど登場しませんもんね。それを考えたら魔法以外が好ましいですが……」
顔を男性に見せることができれば良いんだよな。
だとすれば、今まさに俺が必要としているものを使えればいいんじゃないだろうか。
「マスクはどうでしょうか? 男装マスクです」
「……面白いです。ただ、どう表現しますか?」
「男性の型を模した精密なマスクを作ってそれを被るという設定はどうでしょうか」
「うーん……この国では聞いたことのない技術ですね。できなくはないと思うのですが読者がどこまで想像できるかです。まあ、これまでにも国にはない機器を登場させてはいますが、マスクはどうでしょうか。ただ前面だけを隠す仮面とは違うんですよね?」
やはりマスクの技術はないのか。
ヘンリエッタさんのマスクという言葉のイメージはほぼ仮面なのだろう。
そう考えたら、男性の顔をしたマスクを被るだなんて発想はなかなか思いつかないのかもしれない。
「そうですね……メイクでないとしたら、頭をまるっと隠せるくらいで考えてました。仮面なら顔から浮いて違和感が出ますからね」
「……あ! 良いこと思いつきましたよ先生!」
難しい顔をしていたヘンリエッタさんだったが、ぱっと顔を輝かせた。
「殺した相手の顔の皮を剥ぎ取って剥製にしたものを被れば良いんです。そうすれば、リアルな男性のマスクが使えます! 死体を腐らせないようにする魔法薬だって国にはありますし、これなら問題ないのでは!?」
この人、嬉しそうな顔で結構えげつないことを言うなぁ。
人を殺しまくっているの俺の作品を見ているから、感覚が麻痺してるのだろうか。
でも、この案は良さそうだ。
「良いですね。そうすれば犯人もさらに猟奇的な人物に仕立てられますからね」
「ありがとうございますっ!」
ヘンリエッタさんは自分の案が採用されて嬉しそうだ。
編集者の気持ちはわからないが、作品の内容に関われるというのは嬉しいのだろうか。
そんなこんなで打ち合わせは進んでいき、俺の原稿についてはひとまず終わりとなった。
荷物をまとめ帰ろうかと準備していた時だ。ヘンリエッタさんがふと、こんなことを言った。
「――アシド・ロー先生。もしかして、アリサ先生に何かアドバイスしましたか?」
「え…………もしかして、メモのことですか?」
「やっぱり……アリサ先生はまだ気づいていなかったみたいですけど、あのアドバイスの仕方じゃすぐにバレてしまいますよ」
ということはアリサはあのメモをヘンリエッタさんに共有したのか。
でも、あれだけで俺が書いたとすぐにわかるもんなんだな。
さすがはヘンリエッタさんだ。
「あはは……まあ、アリサの事情を聞いてしまったものですから、どうにかアドバイスしたくてしちゃいました」
「アシド・ロー先生も聞いたんですね」
「ヘンリエッタさんもその辺の事情は知っているみたいですね」
コクリと頷いたヘンリエッタさん。
編集者だ。アリサがどれだけ小説に入れ込んでいるのか、その理由くらいは聞いただろう。
ここは王都だし、俺以上に会話を重ねてきただろうしな。
「ただ、『冒頭で必ず殺せ』は理解できたのですが、『男同士のバディ』と『被害者の死は幸福であっても良い』が私にもまだ理解できなくて」
「ということはアリサもまだ答えに辿り着いていないんですね」
「そうなります」
少し難しくしすぎただろうか。
アリサにマーケティング的な能力はないだろうし、しょうがないことでもあるか。
なら、ヘンリエッタさんにはちゃんと答えを教えてあげておかないとな。
「今回アリサにアドバイスしたことで、わかったことがあるんですが、ヘンリエッタさんにもミステリーの常識をしっかりと理解してほしくて」
「ミステリーの常識ですか?」
「はい。『冒頭で必ず殺せ』がその一つなんです。僕の小説を振り返れば必ずそうなっているはずです」
「……確かにそうですね」
俺の作品の内容を手繰るように思考を巡らせたヘンリエッタさん。
メモ帳を取り出し、そこに俺の言葉をカキカキと書いていく。
俺はいくつかのミステリーの常識やテクニックを教えた後、アリサに渡したメモについて説明していった。
「――それで、『男同士のバディ』なんですけど、この国ではほとんどが女性読者というのはヘンリエッタさんも先程言っていましたけど、そこが狙い目なんです」
「どういうことでしょう?」
「かっこいい男同士の絡み合い……女性は好きではないですか?」
「…………はい」
ヘンリエッタさんはなぜか周囲を確認しながら、正直にそう答えた。
少しだけ頬が赤くなっているような気もする。
「実は今後の需要で必ず当たるのが男性同士のラブなんです」
「だ、男性同士ですか!?」
「実際は恋愛はしなくても良いんですけどね。ともかくかっこいい男同士の絡み合いが好きな女性は一定数いるんです」
「確かにそういう趣向の方もいるような気もしますけれど……」
話を聞いている限り、やはりBLというジャンルはこの国ではまだ確率されていないようだ。
以前所定を巡った時にも調べたが、ラブロマンスといっても女性主人公と男性との恋愛が中心だったのだ。
だから俺はそこに今後の需要を見出した。
もしかすると、俺の作品も主人公の恋愛描写はほぼないが、男性とのバディを作ったから人気になったのかもしれない。
「なので、アリサにはその先駆者になってもらおうかと」
「アシド・ロー先生の作品にもバディものはあるようですけど、アリサ先生がですか?」
「はい。もう少し濃いめの描写があれば良いなと思っています。恋愛はしなくても良いです。ただ抱き合ったり、命がかかるシーンで男の友情を見せられれば一番良いですね。――と言ってもアリサに男の友情がわかるかな」
「ふむ……同じ宿に宿泊するとか、片方が寝ている時に髪を撫でるとか、そういったものでも良いのでしょうか?」
「まさにそういうのです! こいつら付き合ってんじゃないの? みたいな感想をもたせるくらいが良いかも知れませんね」
ヘンリエッタさんはすぐにこちらの意図を理解してくれる。
こうしてポンポンと意見を出してくれるので、かなり話が早い。
「――それで、もう一つの『被害者の死は幸福であっても良い』ですけど、人の死というのは大体が悲劇ですよね」
「そうですね。ラブロマンスでも大体が悲劇の死ですので」
そうだったか。
俺が実家で読み漁ったラブロマンスもそんな感じだった。
大抵が報われない死なのだ。
「これも新しい視点かもしれませんが、可能ならアリサにやってみてほしくて。――被害者は犯人に殺された。だけどそれは被害者が犯人にお願いしたことだった。例えば元は親友同士だったとかでも良いです。被害者は『病気で死ぬよりも、親友の手で殺されたかった』とか。この場合、被害者は望んだ死であり、望んだ殺人でもあります」
だが、この設定には懸念点もある。
「……それだと、犯人は殺人犯にならなくても良かったのに、殺人犯になってしまった、ということになりませんか?」
ヘンリエッタさんはよく気づく人だ。
そう、まさにヘンリエッタさんが言った通り。
殺人犯にならなくても良い親友が殺人犯になってしまうのだ。
「そこはやりようではあります。殺人犯が元々の連続殺人犯でも良いですし、病気で親友を失うくらいなら、この手で殺したいほど愛していたとかでも良いです。一緒に死んでしまっても良いですが、その場合は犯人を捕まえるというより謎解きメインになりますね」
「…………アシド・ロー先生は、いつも本当に新しい気付きをくれます。あなたの頭の中はどうなっているのですか?」
全ては前世の知識だ。
ただ、この世界にはない物語の設定を話しているだけ。
もし俺以外に前世と同じ世界からの転生小説家がいたとしたら、同じようなことができるだろう。
「はは……僕なんて大したことはないですよ。もっと凄い人はたくさんいます」
「……それ、信じてくれる人いると思います?」
「どうでしょうね……」
既に俺は小説界ではそれなりに有名人になりつつある。
自分が大したことないといっても信じてくれる人はいないだろう。
だが、元々の性格からして、自分や、自分の作品に自信を持ったことなんて一度もない。
試行錯誤し、考えを煮詰めて絞り出したものを小説にして、不完全で納得が行かなくても刊行にこぎ着けた。
本を出した後に、ああすればよかったこうすればよかったと悩み、いつになっても満足できる小説が作れない。
上を見ればいくらでも天才はいたから。
でも俺は小説を書くことは好きだった。
それが人生で、生活の一部で、なければならないことだった。
だから神が俺をこの世界に転生させてくれたことには感謝している。
この後もしばらく『男同士のバディ』と『被害者の死は幸福であっても良い』についての内容をヘンリエッタさんに話していった。
一つの設定をとっても、いくらでも差別化はできる。なら、その数をたくさんヘンリエッタさんに教えておくことで、アリサへのアドバイスも精度を増していくだろう。
「――そういえばサイン会のことですけど」
完全に忘れていた。
帰り際、最後にヘンリエッタさんが声をかけてきた。
「とりあえず第一回ということで、王都の書店でアシド・ロー先生の最新刊を購入してくれた読者に対して、抽選券を配ることにしました。応募期間は一週間と短いですが、既に書店には応募用紙を渡しています」
「そうですか。色々とありがとうございます」
「いえいえっ! こちらこそですよ。先生のサイン会、どうなるか楽しみですね」
「ええと……はい」
全然楽しみではない。
残り三、四週間でサイン会だ。
すぐにその日はやってくるだろう。
前世であれば、こんな短い期間の抽選など普通はありえないが、今回は試験的な意味合いもあるのだろう。
もしくは短い期間でも応募枠がすぐに埋まると考えているのだ。
どちらにせよ、少し憂鬱である。
「――では、原稿をアップデートさせたらまた提出しにきます。一ヶ月ほどお待ちください」
「はい。お待ちしています」
ヘンリエッタさんと編集部に別れを告げ、俺はスラマガ社を出た。
と、家に帰ると、ちょうど家の前で誰かが立ち往生していた。
「あ! シャルロック・ドイルさんですか?」
「はい、そうですが」
「こちらお届けものです! サインお願いします!」
近くには馬車も停車していた。
見るに、それは俺宛ての荷物だった。




