第11話 小説家はコーヒーメーカーを探す
翌朝。
日課と執筆作業をして、昼食を食べた後、良いコーヒーメーカーはないかと、俺は一人街に出た。
やってきたのはほとんどの生活用品が揃う西地区。
魔道具が販売されている量販店を目的に俺は石畳を歩いていく。
王都には様々な場所に水路が流れており、この水がどこかの浄水施設を通して、それぞれの家の水道で使われる綺麗な水となっているのだろう。
街中に水が流れているだけで、景色がより良く見える気がする。
ドイル領で一番栄えていた街と比べると緑は少ないが、建物一つ一つがしっかりとしていて、もちろん劣化している場所もあるのだが、それでも都会と感じさせられる場所が多い。
「ここか……」
五階建ての白いビル。入口のガラス扉の前には訪れる客に声を出しながらチラシを配っている店員がいて、活気あふれる場となっていた。
「いらっしゃいませー! よろしければどうぞ!」
近づくと店員からチラシを渡される。
受け取り見てみると、現在セール中の商品やお買い得商品などが写真つきで記載されていた。
ビルの中に入ると、魔道具がずらっとジャンル別に並べられており、まさに日本で言う家電量販店だった。
チラシにはどの階に何が売られているのかも記載されてあった。
コーヒーメーカーは三階らしいので、俺は階段を登って三階を目指した。
「いや、マジかよ……」
さすがに驚いた。
コーヒーメーカーのあるコーナーに来たのだが、コーヒーメーカーだけで何十台も並べられていたのだ。
そんなに需要があるのだろうか。
ひとまず機能とデザインを見つつ、比べてみよう。
最初に目にしたのは、超高圧で浄水してくれるコーヒーメーカーらしい。
俺にはよくわからないが、入れた水をさらに美味しくしてくれるのだろうか。確かにコーヒーは水も大事だからな。
「これ、カフェで使うヤツだろ」
次に目にしたのは、日本のカフェでも見たことがあるエスプレッソマシンのようなデカいコーヒーメーカーだった。
どう見ても業務用なのだが、こんなもの個人で買う人がいるのだろうか。
ふむ……この棒のようなものから水蒸気が出てミルクをフォーム状にするのか。
これを使えたら家でもカフェレベルのコーヒーが飲めるってことだよな?
技術は必要なんだろうけど、人によっては需要があるのかもしれないと考えを改めた。
「――シャルロックじゃない!」
と、コーヒーメーカーを眺めている時だった。
背後から聞き覚えのある声したので振り返ってみると、そこにいたのはなんとアリサ・クリスティーだった。
今日もピンク色の艷やかな髪をお洒落にまとめており、お嬢様のように可憐な姿だった。今日も胸がデカい。
「アリサ。一昨日ぶりだね」
「どうしたのこんなところで――コーヒーメーカーでも欲しいのかしら?」
「そうなんだよ。でも、これだけの数があるから、何を選べば良いのかわからなくて」
「へえ……まだ若いのにコーヒーに狂ってるのね」
「狂ってるは言い過ぎだろ。ただのコーヒー好きなだけだ」
毎日飲むくらいには好きだし、執筆ルーティンの一つにもなってる。
狂っているほどではないが、コーヒーを飲むなと言われれば何かしらの禁断症状が出るかもしれない。……カフェイン中毒ってやつだろうか。
「私が選んであげましょうか?」
「え、良いのか? アリサだって目的があって来たんだろ?」
「私の用事はもう済ませたわ。ほら」
アリサは持っていた紙袋の中身を見せてくれた。
そこには大量のインクリボンがあった。
インクリボンとは、タイプライター専用のフィルム状のインクだ。タイプライターを使う上では必須であり、インクがなくなればもちろん交換が必要だ。
「そうか。ならお願いしようかな」
「じゃあこっちから説明していくわよ!」
アリサはとても優しい。
ただのファンだと思っている俺に対してここまで丁寧に接してくれるのだ。
もしかして何か思惑でもあるのだろうか。
「ふむ……聞いた限りだとこの赤いコーヒーメーカーが良さそうではあるんだけど、一番のネックはここでは味を確かめられないってことなんだよな」
俺が選んだコーヒーメーカーは、日本でも一度買いたかった有名メーカーに近い見た目とデザインのもの。あちらでは三十万以上したので、簡単には手が出せなかったが、今のこちらの収入ならどのコーヒーメーカーにも手が出せる。
問題は味が確かめられないこと。
買ったが良いが使わないというのは、さすがに勿体ない。
「なら、私の家で試せばいいじゃない」
「……………は?」
アリサはあっけらかんと答えた。
さも当たり前かのように。
「い、いや……俺たちまだ会って二回目だぞ? てか、そんなにコーヒーメーカー持ってるのか?」
この世界でも女性の男性に対する態度は基本的には同じだ。
男性を家に連れ込むことなど、そう簡単にあることじゃないのは俺だって知っている。
そのはずが、このアリサはどういう考えで俺を誘っているのか。
「あなた、ドイル男爵家の子息でしょ」
「……気づいてたのか」
前に言及されなかったことを今ここで言われ、少し驚く。
「当たり前じゃない。確かにドイルって家名は一つじゃないけれど、あなたの身なりを見ればすぐにわかったわ」
「マジか……」
「ちなみに私は侯爵家の長女よ。今までにどれほどの貴族を見てきたと思っているの。一般人と貴族の違いくらい見分けることができるわ」
「侯爵家!? いや……すごいなアリサ」
まさかの侯爵家。貴族階級でも上から数えた方が早いくらいには高い地位だ。
アリサも貴族だったとは……というか、相当な上位貴族だけど、小説なんて書いてて大丈夫なのだろうか。
「男爵家は確かに貴族階級では最下位だけれど、それでも貴族には変わりない。――それに私、あなたを一目見た時から気に入っているの。なんていったって、私の小説のファンじゃない!」
いやぁ……それは勘違いというか……。
そういえばまだ購入したアリサの小説には手を付けてないんだよな。
ミステリーらしいが、どんな内容なのか全くわからない。
「私に変なことをしたら、お父様とお母様が黙っていないわ。すぐにあなたの実家にも連絡が行くはず。だからあなたが変なことはできないってわかってるの」
「た、確かに……」
一昨日は若くて猪突猛進すぎるところがあると思っていたが、アリサはアリサなりに人を見る目はあるらしい。
でも、アリサほどの貴族ならお近づきになりたいと思う男もいるのではないだろうか。その点が抜けている気もするが……。
「まあ、あなたがどうしても私の家に行くのは嫌っていうなら仕方ないけれど」
「行く! 行くよ、アリサ!」
そんなことを言われて断れるわけじゃないじゃないか。
するとアリサはニッと笑って、俺の手をとった。
「ふふ。最初から素直にそう言えばいいの。――ほら、行くわよ!」
「あぁっ……手! 手っ!」
一昨日のデジャブだろうか。
俺は再びアリサに手を捕まれ強引に連れていかれることになった。
◇◇◇
「貴族街まで送ってもらえる? 残りは取っておきなさい」
「かしこまりました。ありがとうございます」
外に出たアリサは近くに停車していた高級そうな馬車を見つけると、札を渡してそれに乗り込んだ。御者へのチップも忘れないらしい。
「ほら、早く乗りなさい」
「お、おう……」
王都の貴族ではこれが当たり前なのだろうか。
ドイル領では街中の移動専用の馬車は一度も見たことがなかった。
王都ではたくさんの馬車を見かける。
王都内の移動で使う人がたくさんいるということになるが、もしかして貴族以外でも結構使ったりするのか?
貴族じゃなくても社長などは金持ちだろうからな。
「アリサ。一つ聞いてもいいか?」
「いいわよ」
馬車の中から窓の外を眺めていたアリサに声をかけた俺は、気になっていたことを聞くことにした。
「侯爵令嬢なのに、小説家なんてやっていて大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃないわよ。当たり前でしょ」
「なら――」
「――二十歳になるまで」
「え……」
「二十歳になるまでに、小説家として認められる結果を残さなければ、私は小説家をやめて、真剣に縁談に向き合わなければならないの」
アリサが抱えている問題は、貴族あるあるでもあり、彼女にとって重いものだった。
一昨日のスラマガ社にいた時の顔を見ればわかる。アリサは本気で小説が好きで、物語が好きで、創作活動が好きなのだ。
でも、あと二年以内に結果を出さなければ、その道を諦めて貴族令嬢として振る舞わなければならないのだろう。
しかもアリサは長女だ。小説家になろうがなるまいが、避けては通れない道の気もする。
「…………」
「何か言いなさいよ。それとも同情した?」
「そりゃあ……な」
それでも二十歳か。
この世界では貴族はもっと早く結婚相手を見つけることが多い。
早い人なら十歳になる前から婚約者がいたりする世界だ。
それを考えると二十歳まで待ってくれているだけでも、アリサの両親は優しいのかもしれない。
「私は貴族令嬢として許されないことをしている。それは重々承知でお父様とお母様に頭を下げて小説家になったの。私のことをバカにする貴族だっているわ。その貴族だって小説を好んで読んだりしているくせにね」
「アリサには小説家になれるだけの才能があった。……それだけじゃ足りないのか」
「アシド・ロー様みたいになれれば一番良いのだけれど、そう簡単にはいかないわ。でも、誰が見てもわかるくらいには実績を残さなければいけないの」
具体的な数字はないのだろうか。
何十万部とか、何百万部とか。
もしかすると両親も、小説だけではなかなか食ってはいけないとわかっているから、アリサが納得するまで自由にしてあげているのかもしれない。
ふんわりと、俺もアリサに協力したい気持ちが芽生えてきた。
でも、小説とは、物語とは生き物のようなもの。簡単にヒット作を出せれば、誰だって人気小説家になれている。
◇◇◇
「――ここよ」
馬車から降りて辿り着いた北地区の貴族街。
初めて足を踏み入れたが、他の地区と比べて圧倒的に地面が綺麗に舗装されていて、全てが高級で驚かされた。
クリスティー侯爵家があったのは、その一角。
デカすぎる鉄門と中に見える敷地の庭の広さ。俺の実家の何十倍かと思うほどの大きさだった。
アリサは首にかけていたペンダントを服の内側から取り出し、それを鉄門に軽くかざした。
するとギィと音を立てながら鉄門が開いていった。
魔道具での解錠をするとは、手の込んだ家である。侯爵家だからこそのセキュリティだろうか。
こういうのもミアが目指している魔法建築士と関係あるのだろうか。どちらかと言えばハックさんの領分か?
「――アリサお嬢様、おかえりなさいませ」
広大な庭を進んだ先にあった屋敷の玄関。
そこで待っていたのはスーツ姿で白ひげを蓄えた老齢の人物。
恭しく一礼すると、ちらと俺へと視線を向ける。
「じい。お客様よ、丁重に扱いなさい」
「かしこまりました――わたくし、クリスティー家で家令を務めているロスト・マクドナルドと申します」
「丁寧にありがとうございます。僕はドイル男爵家の三男、シャルロック・ドイルです」
ロストさんが礼をしたので俺も挨拶を返した。
それにしても家令か……家令とは使用人のまとめ役の事だ。となればここには複数人の使用人がいるのだろう。
うちには一人も使用人もいなかった。雇う金がもったいなかったからな。
「ドイル男爵家の御子息様でしたか。クリスティー家でもドイル領の野菜を扱っております。皆、美味しいと喜んでおられますよ」
「あら、そうだったの。意外と縁があるのね」
ほう。うちで作った野菜がアリサの胃袋にも入っていたか。
アリサは産地など気にしていないようだが、侯爵家でも食べられるほどだったとは。少しだけ我が領地が誇らしい。
クリスティー家の屋敷は二階建てで奥行きがあり横に長い造りのようだった。
玄関をすぎると左右に階段が見え、そこから各部屋へ向かえるのだろう。
案内された先は厨房ではなく、その隣にあるらしい部屋だった。
入るとすぐにわかったコーヒー豆の香り。袋詰めにされたコーヒー豆や瓶詰めされた紅茶の茶葉が並べられており、目的のコーヒーメーカーがいくつも並んでいた。
「何かありましたら、遠慮なくお申し付けください」
「ありがとうございます」
ロストさんがいなくなると、俺とアリサの二人きりとなった。
「てか、ご両親に挨拶しなくてもいいのか?」
「……まあ、したほうが良いとは思うけれど、あなたを紹介すると面倒なことになりそうなのよね」
「面倒なことってなんだよ」
「な、なんだっていいでしょっ! 今はコーヒーメーカーよ。好きなもの使いなさい」
アリサの考えは不明だが、とりあえずコーヒーメーカーに向かう。
魔道具量販店にあった目的のコーヒーメーカーもあった。
まずはこれを使ってみよう。
「豆も良いのか?」
「ええ、好きなの使いなさい。最初はあなたが飲んだことのある豆を使ってみたらどう?」
「ああ、そうだな」
俺が普段飲んでいる安い豆があるかどうか不安だったが、探すとちゃんとあった。
実はこのコーヒー豆もドイル領で栽培している豆なのだ。
俺は選んだ豆を適量コーヒーメーカーに投入し、横にあったコーヒーカップを備えた。
既に水は入っているらしいので、ボタンをポチっと押すだけで完了だ。
「おお……すげえ」
コーヒーメーカーらしい音を響かせながら、十数秒でコーヒーが抽出された。
湯気が立ち上り、コーヒーの良い匂いが香る。
アリサに伺いをたててから、俺は一口コーヒーを含んだ。
「ん……ハンドドリップと全然違うな。美味しい……」
ハンドドリップもそれなりに好きだが、こちらの味も好みだった。
そもそも好き嫌いがない俺には、大抵のものが美味しく感じられるので、こういうテイスティング的なことは苦手だ。
「じゃあ、同じ豆で他のコーヒーメーカーのも飲んでみなさいな。違いがわかるはずよ」
「ありがとう」
コーヒーメーカーは手入れも必要だろうに、わざわざ俺のために……アリサは優しいな。
魔道具量販店と同じ数揃っているわけではないが、アリサの家には五台のコーヒーメーカーがあった。壊れた時の予備ってのもあるのだろうか。
それぞれ飲み比べてみたのだが、個人的に一番美味しかったのは最初に飲んだものだった。
「うん。やっぱりこれが良いかな」
元々買いたいと思っていたコーヒーメーカーだった。
デザインも好みである。
「じゃあここからは私の時間よ」
「な、なんだ?」
家に招待されたのだ。
そういう何かを覚悟するべきだったのだろうか。
俺は少し身構えたものの、アリサの次の行動は驚くものではなかった。
「これを飲んでみてほしいのよ」
「ん、別のコーヒー豆か?」
アリサは棚から持ってきたのは、とあるコーヒー豆だった。
その袋には『バニラ』『ヘーゼルナッツ』と記載されていた。
見るからに甘い成分だが、どんな感じなのだろう。
アリサは手際よく、コーヒー豆を入れ替え、袋を開いた。
「うわ、めっちゃ良い匂いじゃん」
「でしょ。これすっごい香りが良いのよ」
豆の時点でとんでもなく良い匂いだった。
ただ、この甘い匂いがコーヒーになるのは大丈夫なんだろうか。
「ほら、飲んでみなさい。飛ぶわよ」
「……おう」
その言い方。
自信満々なアリサの表情。
俺は抽出されたコーヒーが入ったカップを受け取った。
匂いがとんでもなくよい。
部屋中にバニラとヘーゼルナッツの匂いが広がっている気がする。
それだけで幸せな気持ちになる。
「――うまいな」
「ふふ。でしょ?」
「飛ぶって感じではなんだが、なんというか口当たりがあっさりしていて、何度飲んでも飲み飽きない気がする。それにこの香り。すごい癒される……」
浅煎り……いや、中浅煎りだろうか。
豆本来の酸味とフレーバーがほど良く、砂糖を入れていないのに香りだけでなぜか甘さを感じる。
コーヒーが苦手な人でもかなり飲みやすいのではないだろうか。
「ちょっと私にも飲ませなさいよ」
「ぁ……」
「うん……やっぱりいいわね」
俺が持っていたコーヒーカップをぶん取り、アリサはそのままカップに口をつけた。
なんで俺がこいつにドギマギしなければいけないんだ。確かにこういう間接キス的なものはほとんど経験ないが……。
「はい、返すわ」
「お、おう……」
ほんのりとカップの縁にアリサのリップがついていた。
俺はカップを回し、そこに口づけしないようにして、再度口に含んだ。
「私と間接キスするのがそんなに嫌なのね」
「ぶふぉあっ!?」
気にしていないと思われたアリサからのその言葉に驚き、俺は吹き出してしまう。
ギリギリ、アリサの高そうな服にはかからなかったようだ。
「お、おまっ……」
「ふふ……シャルロックって、意外と女性に免疫がないのね。一見クールに見えるけれど、そうじゃないってよくわかったわ」
「クソ……今に見てろよ……」
なんだか下に見られたようでムカついてきた。
こいつはいつかわからせなければいけない女のようだ。
「それで、満足した?」
「ああ、満足したよ。これにする」
「そう――なら私がプレゼントしてあげるわ」
「えっ」
突然の申し出に俺も困る。
アリサにそんなことをされるほどの関係ではないはずだからだ。
「あなた、王都に引っ越してきたばかりなんでしょ?」
「ああ。アリサに会ったのは引っ越してきたその日だからな」
「なら入居祝いでいいじゃない」
入居祝いなら、ハックさんにももらった。
腕に身につけている効果不明のブレスレットだ。
アリサは別にアパートの同居人でも大家でもない。
本当にたまたま出会っただけの相手。
「俺、アリサとそんなに仲良くないと思うんだが……そこまでされるのは申し訳ないだろ」
「あのねぇ。人の好意は受け取っておくものよ。――全部とは言わないけれど、この私がプレゼントするって言ってるの。素直に受け取りなさいっ!」
有無をも言わせないその圧。
嬉しいことは嬉しいんだがな。変に借りを作ったなんてことはないだろうか。
「じゃあ、お茶にするわよー」
こいつ、本当に自由だな……。




