第10話 小説家は仮面を作る
「どうしたものか……」
スラマガ社からの帰路で食材を購入し、家に戻ると昼飯を作りながら考える。
パスタの麺が売っていたので、俺は適当に鍋でソースを作り、オリジナルのパスタを作っていた。
「大勢の人に顔を知られるのは良くないよなぁ……」
有名人はそれだけで面倒事に巻き込まれる。
これまでは少し軽く考えていたが、今日の編集部の騒ぎを考えると、サイン会も大変なことになるのが目に見えている。
となれば、あまり大勢に顔を晒すのはよくないだろう。
俺の正体はアパートの住民か編集部くらいで、それ以外の人にはあまり知られずにいたい。
出来上がったパスタを皿に移し、テーブルへと運ぶ。
それをフォークで口に運びながら、さらに考える。
「……コーヒーが欲しいな」
ふと、コーヒーが飲みたくなった。
ドイル領では全てハンドドリップだったが、こちらにはコーヒーを作る魔道具があるだなんて話を聞いたことがある。つまりコーヒーメーカーのようなものだ。
明日は魔道具量販店にでも行ってみようかな。
「――じゃなくて、サイン会のことだ」
コーヒーのことを考えていたらサイン会のことを忘れかけた。
でも早めに手を打たないといけない。
『サイン会は、一ヶ月後を予定しましょう。場所は大型書店。全員は難しいと思うので、抽選で五百名にしましょうか! 抽選方法などはこっちで手配しておきますので!』
ヘンリエッタさんは五百名と言ったが、バカじゃないのかと思った。
なので、俺はそれをなんとか説得して百名まで減らした。
サイン本を部屋にこもって書くのとはわけが違うのだ。
その場で読者と話しながらのサイン会になるだろう。
五百人もいれば、いつまで経ってもサイン会は終わらない。
それにトラブルがあって顔バレした時に、少ない人数の方が助かるしな。
「顔……顔を隠す…………あ!」
考えていると、一つの案が思いついた。
顔を隠すというシンプルな方法――それは簡単なことだった。
「仮面をすればいいんだ!」
◇◇◇
昼食を食べた後、俺は向かいの部屋のベルを鳴らした。
「…………いないんだろうか」
と、思ったその時だった。
ギィとゆっくり扉が開いた。
「んぅ……シャルくんだったか。おはよ〜〜〜」
「ジェイミーさん。いきなりすみ――って、ええっ!?」
出てきたジェイミーさん。
昨日ならこの時間は起きていて、仕事をしていたはずだが、今出てきたジェイミーさんは上は肩や胸元が露出したキャミソールに下はなんとショーツ一枚。あまりにも薄着な格好だったのだ。
スタイルが良く、胸も結構大きいので視線に困る。
「何か用事ぃ……?」
「あっ、えっ……このままでいいんですか?」
「いいよぉ……あー、頭いたぁ……」
「もしかして二日酔いですか? そういや昨日お酒飲んでましたね」
昨日、俺の歓迎パーティーで結構お酒を飲んでいた気がする。
でも、一向に酔っている気配がなかったので強いのだと思っていたが、遅れて症状が現れるタイプらしい。
「んぅ……でも、だいじょぶ。――まあいいや、とりあえず中入って〜」
「いいんですか!?」
俺だって男だぞ。そのまま襲っちゃうかもしれないだろ!
……まあ、そんなことはしないんだが。
中に招き入れられる。
ジェイミーさんのお尻がぷりぷりと揺れている。
めちゃくちゃ形が良い……俺はどちらかと言えば胸派なのだが、この時だけは尻派になっても良いと思えた。
ジェイミーさんの部屋は、挨拶の時に少し見えたので知ってはいた。
リビングの中央のテーブルには服作りの痕跡が見え、布やハサミなどが散らばっていた。
部屋の構造は俺の家と同様で2LDK。案内されたのは奥にベッドがある寝室で、ここだけが生活スペースらしい。もう一つの部屋にはぎっしりと服を並べられたハンガーラックがあった。
そして寝室の窓際にはなんと、布面積が少ないえっちな赤い下着が干されていた。いわゆるTバックである。
マジで俺ここにいて大丈夫なの?
「あ……お茶とかいる?」
「だ、大丈夫です。用事が済んだらすぐ出ますので」
「そう……」
頭が痛いのか、手で頭を抑えながら話すジェイミーさん。
金色の髪も乱れていて、そんな姿すらエロく見えてしまう。
ベッドの横には小さなローテーブルが置かれていて、俺たちはテーブル腰に向かい合わせに座った。
「あの……それでですが、ジェイミーさんに仮面を作ってほしくて」
俺が彼女の部屋を訪れたのはこれが理由だった。
「仮面……? いいよぉ……入居祝いもあげてなかったしねぇ」
「え、いいんですか? お金をしっかり払おうと思ってたんですけど」
「いいのいいのぉ〜……なんで仮面が必要なのぉ?」
「ええと、実はサイン会をすることになってしまって……あまり顔を知られたくないなと」
「あぁ……サイン会…………」
ジェイミーさんは昨日、仮面舞踏会に参加する貴族の仮面を製作していた。
だから俺も作ってもらおうと思ったのだ。
顔を隠すなら仮面。とても単純な方法である。
「僕としてはどんな仮面でも良いので、ジェイミーさんの好きに作ってもらえたらと思います」
「わかったぁ……期限はいつぅ?」
「サイン会は一ヶ月後なので、それまでにお願いできますか?」
「おっけ〜……任せておいてぇ……」
……大丈夫だろうか。
俺がお願いしたこと、ちゃんと覚えているだろうか。
一応、別日にも確認しよう。
「じゃあ僕はこれで。体調が悪いのにすみません」
「んぅ……ベッドまで運んでぇ」
「えっ……」
ジェイミーさんは座ったまま両手を俺の方へと伸ばしている。
なんだか凄い甘えん坊だぞこの人。
「……しょうがないですね」
昨日はとても大人に見えたが、今は子供のようだ。
まあ、この世に完璧な人なんていないだろうからな。
俺はジェイミーさんに近づいて、彼女を持ち上げて肩を持った。
「じゃあ、ゆっくりって――うわぁっ!?」
ジェイミーさんの体には少しに力が入っておらず、そのせいかバランスを崩してしまった。
「あははぁ……シャルくんのえっちぃ……」
ジェイミーさんを怪我させまいと、俺は下敷きになった。
でもそのせいで俺は彼女の胸元に顔がくる位置で受け止めてしまい、大きな胸にうずまる形となってしまった。
「んぷ……息が……っ」
「そんなに私の胸が好きなのぉ……? というか、シャルくん良い匂いがするぅ……やっぱりお貴族様だからかなぁ……爽やかぁ……」
「んっ……んむっ……息っ……息っ……!?」
「きゃっ!?」
死因:ぱふぱふによる窒息死。
小説家として長生きしたいと神にお願いしたのに、こんな簡単に死んでたまるか。
俺はジェイミーさんをなんとかどかして、呼吸を整えた。
「ジェイミーさん……きょ、今日のことは忘れますから、ちゃんと安静にしていてくださいね」
「んむぅ…………」
ミアよりもさらに大きくて柔らかかった……やはり大人の魅力というものは胸に詰まっているのだろうか。
少しだけ幸せな気分になったものの、同じアパートに住む者同士、色恋はない方が良いだろう。
それに、俺は小説さえ書ければ女は必要ない。
女性との交際方法だってよく知らないしな。
ともかくサイン会についてはこれで問題ないだろう。
俺はジェイミーさんに部屋を出て、自分の部屋へと戻った。




