32/70
32話
男は歩いていた。
ゆっくりと。
石畳の上を。
コツ……コツ……
その音だけが広場に響く。
男は立ち止まる。
中央を見る。
剣が刺さっていた。
何十本も。
鎖で束ねられている。
風が吹く。
カチャ……
鎖が鳴る。
男は小さく息を吐く。
「……またここか」
昔来たことがある。
まだ若かった。
逃げていた頃だった。
男は剣の束を眺める。
「変わらないな」
一本の柄に触れる。
冷たい。
男はすぐ手を離した。
広場を見回す。
石の地面。
崩れた柱。
静かな空。
何も変わっていない。
男は少し笑った。
「羨ましい」
空を見る。
夕焼けだった。
遠くで鳥が飛んでいる。
男は目を細める。
「……いい空だ」
少し沈黙。
風が吹く。
鎖が鳴る。
カチャ……
男は剣を見る。
「俺の世界は」
少し考える。
言葉を止める。
そして小さく笑った。
「まあいい」
男は背を向ける。
ゆっくり歩く。
コツ……コツ……
その時。
男はふと思い出した。
昔、ここで
一人の女に会った。
名前も知らない女。
男は小さく呟く。
「元気か」
風が吹く。
鎖が鳴る。
カチャ……
次の瞬間。
男の姿は消えた。
広場には誰もいない。
夕焼けと風だけが残っていた。




