6話:準備開始
「おーい、誰か釘貰ってきてくれー」
「わたし取ってくる!」
「材料の注文の方は誰が行くの?」
「グリコットにでも行かせとけ。交渉上手だろ、アイツ」
九月十五日。校内はすっかり術大祭に向けての準備で慌ただしくなっている。
午前中は普段通りの授業を受け、昼食を挟んでからの午後は術大祭の準備。術大祭で行われる競技の練習だったり、学園祭みたいに出し物の準備だったりでやる事はたくさんある。
『校旗衛奪戦』の一学年代表に選ばれたとはいえ、それは俺も例外ではない。
「ロロー、看板のレイアウトこんな感じでいいー?」
「うん、大丈夫。ありがとね」
俺が教室の扉を開けると、ちょうどロロとレイが屋台の看板の製作を終えた所のようだ。人の身長ほどの長さがある看板には『タコヤキ』と書いてあり、その傍らにはたこ焼きっぽい球体がデザインされている。
俺たちのクラスの出し物は販売の部門で売る物はたこ焼き、もとい『タコヤキ』だ。日本語なんて無いからね、しょうがないね。
「あ、ユウマ君。看板出来たよ」
「おう、いい感じだな」
「でしょでしょー、褒めてくれてもいいよー」
「はいはい」
ロロがレイの頭を撫でると、レイは猫のようにロロに頬を擦り付ける。
ロロ・フレイナとレイ・アスティル。二人は貴族で赤ん坊からの幼馴染だという。貴族間で幼馴染という存在はそこそこ珍しいらしい。
貴族だということで、皇族のシャーリィはもちろん、ファングとも面識があるようだ。
貴族って人付き合いとか大変そうだなぁ……。
「それにしても、私たちの知ってるタコ焼きとは随分違うよね。ユウマ君ってどこから来たの?」
「う゛っ」
異世界に来て半年経った今でも、「どこ出身だ」系統の質問は答えに詰まる。
だって地理とか分かんねぇもん……。授業でもやってくれないしさぁ……。
「東の方だよ」
「東かー。ダースコルにはこんな美味しいものがあるんだねー」
いつも使う返答で誤魔化す。深く聞かれない限りはこれで切り抜けられる。
次からは『ダースコル』とやらの地名を使うか……。
——遡ること十日前、九月五日の出来事だ。——
「1-Dが担当する項目は『販売』に決まった。というわけで、これから皆で売る物を決めるぞ」
クラス委員長であるファングは、教卓の前に立ってクラスの出し物を決める会議を取り締まっていた。
「誰か提案はあるか?」
ファングが意見を促すが、誰も提案を挙げようとはしない。
原因は分かりきっている。お嬢様のせいだ。皇族の人間を差し置いて意見を出すなんて、恐れ多くて誰もやろうとしない。
というより、こんなのお嬢様が「やりたい」って言った物になるに決まってる。皇族の決定には誰も逆らえんだろ。
「……では、わたくしから1つ提案があります」
ようやく手を挙げて意見を言うのかと思いきや、お嬢様の言葉は出店の内容に関することでは無かった。
「——ユウマさん、あなたが決めるというのはどうでしょう」
「はぁ?????」
何で俺が決定するんだ。
「皇女殿下?お戯れは程々に……」
あまりの衝撃にファングの野郎も苦笑いしてやがる。
「いえ、このクラスで一番知識が深そうな人間となると、やはりあなたしかいないかと思いまして」
「んなわけあるかい」
「ですので、わたくし達には思いつかないようなアイデアがきっと飛び出てくるかと思いまして!」
ああ、俺きっとこのお嬢様に目ェ付けられたな……。
「……」
後ろのファング君は物凄い形相で、こちらを睨みつけながらチョークを手の内で遊ばせている。あの顔は「下らないものを出したら貴様の顔面にチョークを飛ばす」って言ってるな、多分。
「はぁ……。出し物ねぇ」
前の世界の高校でも学園祭ぐらいはあった。底辺校だったんで人が集まるようなものでは無かったが。
その時に出店していた物と言えば、焼きそばだとかホットドッグだとか、よくあるジャンクフード的な奴ばかりだったな。それが普通か。
そんなの出したら間違いなくファングがブチ切れるなぁ。でも、出し物っつったら普通そういう物だよなぁ。
祭りとかでも、わたあめとかりんご飴とか、甘いものが多いだけで出してる物のクオリティは大差無いはずだ。
一分ほど悩んでみたが結局良さげな物も無かったので、俺が「久々に食べたい」と思った物を提案することにした。
「たこ焼きはどうドゥアッ!」
豪速でファングのチョーク投擲が繰り出された。まぁそりゃそうだよね。
「何しやがる!」
「タコを焼いただけの物などを皇女殿下に出させる気か?!貴様殺すぞ!」
「だから何でこんな下らねぇ事で死なないといけないんだよ!!」
てか「タコを焼いただけ」ってなんだ。『たこ焼き』知らんのか?
「タコの丸焼きなどを出すぐらいなら、まだスルメを出した方が数段マシだ!そもそも『タコ焼き』など聞いた事が無い……!」
ああ、マジか……。『たこ焼き』知らんのか……。
どうやらファングは、というよりクラスの奴らはたこ焼きがどういう物か分からないらしい。
一応、念の為に聞いてみる。
「なぁファング。『たこ焼き』って何か知ってるか?」
「知らんと言っただろう!そんな物があるのなら作って見せろ!」
「……今、「作って見せろ」と言ったな?」
「実在しない物を作れはしないだろう」
実在するんだわさなぁ、これが。
たこ焼きといえば大阪民のソウルフード(偏見)。大阪では毎日と言っていい程食されていて(偏見)、日本全国でも有数の知名度を誇る人気食だ。
このクラス、というかこの世界の奴らは『たこ焼き』を知らないと見た。初めて食べるその味と食感に腰を抜かすこと間違いなしだ。
「誰か調理器具もってこいやオラァ!」
炎の料理人アイサカ。ここはいっちょ、腕の見せ所だ。作り方知らんけど。
「「「……」」」
俺が気合を入れた号令を出しても、誰も料理に必要な器材を持ってこようとはしない。
「アレ?」
「いや、だって何が必要か知らねぇしよ」
あーそいえばそうですね……。
そもそもたこ焼きが存在しないなら、たこ焼きを作る為の丸いアレも無いだろうな。焼くための器具が無いと作れんわ。
リーナに言われてへなへなと席に着く。
「『タコヤキ』とはどのような物なのですか?」
「「へ?」」
お嬢様が興味津々な顔で聞いてくる。予想していなかった好反応に、ファングと一緒に素っ頓狂な声を上げる。
「いいではないですか、『タコヤキ』!それに致しましょう!」
——こうして、お嬢様の気まぐれによって、俺たち1-Dの出し物は『タコヤキ』に決定した。——
「楽しみだねー、『タコヤキ』」
「そうだねー、どんな味なんだろ?」
俺たちクラスの奴らは、食べたことも無いたこ焼きに興味が尽きないようだ。
それに似たような何かを出してみようと考えたが、みんなの初めての反応を見てみたかったのでそれは止めた。
そんな楽しみにされると俺もかなりプレッシャーなんだが……。お嬢様に「不味い」なんて言われた日には、ガチでファングに殺されかねん。
今は出来ること——屋台の組み立てなど——をやっている。実物を口に出来るのは、よく見るあの窪みのある鉄の鋳物が完成してからだ。
そっちのオーダーメイドは皇族特権でお嬢様が受け持ってくれた。持つべきものは偉い人だねぇ。
「すまない、ここにアイサカ君は……いるな」
教室で二人と話していると、サクラが俺たちの教室の入り口に立っていた。
「どうしたんだ?」
「そろそろミーティングの時間だぞ」
「……もうそんな時間か」
教室に掛けられた時計を見ると、針は既に三時を指そうとしていた。
三時からは『校旗衛奪戦』一学年代表の集まりがある。代表が決まって以来、二回目の集合だ。
一回目の集合では各自の自己紹介、それと簡単なルールの確認だけに終わった。二回目は、詳細なルールの確認とチーム分けを行う予定だ。
「分かった。行こう」
教室の確認を程々に切り上げ、サクラと一緒に代表メンバーの集会に向かうことにした。




