5話:選抜試験
体育祭『術大祭』の開催は十一月の初週(一日から七日まで)にかけて行われる。
その間、エニストル中の小中高の学校は普通の授業を一旦停止して、学校単位で『術大覇校』の称号を狙って競い合う。
というのが昨日ロロから聞いた話だ。
「なんかどっかで聞いた事あるような内容だな……」
「え?他にやってるとこあるの?」
「いや、こっちの話」
概要だけだとどっかで聞いた事ある気がすんだけどなぁ……。いったい何で聞いたんだっけか。
まぁいいか。覚えていないっていうことは割とどうでもいい事なんだろうし。もしかしたら前の世界で聞いた話かもしれない。
それよりも、今はこの状況だ。
「ではこれより、1学年からの代表者を選抜する試験を始める」
九月三日の一時間目。いつもならこの時間はC組と合同の体育のはず。
それがどういうわけか、演習場にA組からE組までの約二百名がずらっと並んでいる。二百名が集まっても演習場のスペースに全然余裕がある所を見ると、やっぱり異常な広さだと改めて感じる。
そして担当の教官もいつものゴリラ教官に変わって、俺たちの担任のミーナ教官となっている。ミーナ教官の本来の担当は『魔術実技』と『魔術基礎』の二つだ。
おーっとこれは何か嫌な予感がしてきましたねぇ……。
「……一応聞いておきますが、何をするんすか?」
ウルスがおそるおそる尋ねる。
ミーナ教官は何故か木刀を持っている。まさかだとは思うが、一学年全員VSミーナ教官とかいうシチュエーションになったりしないよな?
「例年通りなら、制限時間内で私に攻撃を当てた奴を代表として選抜していたが……。それだとPTAから「怪我が多い」だの「大人気ない」だのと苦情が来てな」
そりゃそうだろうな。全員が一気に攻撃をしたら混戦になることは必至だ。
てかPTAとかあんのかよ……。
「なので、今年からは別の方法で選抜する。5分間私の攻撃を掻い潜り、最後まで立っていた奴らを1学年代表とする」
もっと酷くなってない?
大体、そんな条件でやったら何人が代表として出るんだ。二百名を五分で全員片付けたとしても、一秒か二秒で一人を相手にする計算になるぞ。
「……教官、それは流石に我々を舐め過ぎではないでしょうか」
当然、そんな条件を提示されたらプライドの高い奴らからは反感を買う。ファングが真っ先にミーナ教官に食らいつく。
「200名を相手に、たったの5分で何名を倒すつもりかは分かりませんが。我々はそこまで弱くありません」
「ほーう?頼もしい事を言ってくれるじゃないか。
……今の言葉、5分後でも同じように言えたなら評価を満点にしてやる」
ミーナ教官は笑う。その笑みを見た瞬間、俺はゾッとした。
――この教官、ガチで俺ら全員を殺すつもりで攻撃してくる。そんな気配がした。
「お前らは迎撃のための手段なら何を使っても構わない。他人を盾にするも良し、殺傷力のある魔術を使うも良し。ただし、一度でも地に顔を伏せたらその時点で失格とする」
そう言うと、ミーナ教官は右手に持った木刀の先端を天に向ける。
「私がこの木刀で地面を叩いた瞬間から開始だ。
10秒間だけ時間をやる。このメインアリーナ内ならどこに居ても構わん、私から距離をとれ」
群衆にどよめきが起こる。苛立ちを見せる生徒が大半だったが、数十名の生徒は教官の言う通り、列を離れてダッシュで距離を離す。もちろん俺も距離をとった。
「じゅう、きゅう、はち……」
教官がカウントしだすと、残りの生徒も渋々といった感じでバラバラに散開した。
「いち」
カウントが終わる。
「――ゼロ」
数え終わると同時に教官が木刀をそっと地面に触れさせる。
来る。
「『反重力』」
教官が魔術を発動させると、全生徒が一切の時差なく体を宙に浮かせる。
重力系統など存在しない。という事は『系統外魔術』の内の一つだろう。
「うお……!!?」
俺ももちろん例外ではなく、地上からどんどん上空へと飛ばされる。他の生徒からは悲鳴や狼狽えが聞こえてくる。
マズい。高度が上がるほど受身を取るのが難しくなる!
地上から三メートルほどの地点で上昇はピタリと止まり。
「『解除』」
体を支えていた力が一気に無くなり、俺たちは本来の重力に引かれて落下を始める。
何か対策を考えなければ、俺たちは地面に叩きつけられてそのまま失格だ。
……ん?
別に失格になったところでデメリットなくね?
大体、「代表者」とか「選抜」とか詳しく説明されないまま、その場の流れでこんな状況になってる。代表者とやらになったら何をさせられるのか知らないし、何されるか分からないのに代表とかやりたくない。
このまま失格になるのも一つの手だ、と傍観しようかと思っていたが……。
「――はっ」
ファングの野郎が魔術も使わずに軽々と着地しやがった。
ああ、アイツに負けるのだけは嫌だなぁ。
代表者とやらになるつもりは無い。しかし、ファングに負けるのはもっと嫌だ。
ここはファングがくたばるまで生き残って、アイツがくたばった瞬間に俺も失格になるか。
そう決めたのならやる事は一つ。
「『旋風』」
俺の着地予想地点に弱めの旋風を発生させる。
その風に上手く乗り、どうにか顔を地面に付けずに着地する事が出来た。
他の生徒を見てみると、俺と同じように魔術を駆使して着地する者、ファングのように自身の身体能力で乗り切る者など、最初の攻撃を往なす奴らはそこそこいた。
そして、着地出来ずに地面に突っ伏した奴らに教官は追い討ちをかける。
「『鎖茨』」
地面に突っ伏した奴らが立ち上がるのを防止するために、脱落した全員を地面から生えてきた茨のような植物で身動きを封じた。
「さて、残ったのは……と。
……ふむ、70名弱といったところか」
残った生徒を呑気に人差し指で数えると、教官は大きな欠伸をした。余裕の表れなのか、それともただ単にやる気が無いのか。
いや、多分両方だろうな。
「残り4分。必死に抵抗しろよ?」
そう告げると、教官の眼差しが一気に変貌した。
それはまるで獲物を仕留める獣のような。狙いを定める狩人のような。
その眼差しは、開始前に啖呵をきったファングに向けられていた。
「!!」
ファングは自分に狙いが定まっているのを悟ると、すぐさま迎撃の岩石砲を撃ち放つ。
「そりゃ悪手だ」
何かを呟く教官は、放たれる岩石砲に向かってゆっくりと歩いていく。
ただでさえ速度のある砲弾に突っ込んでいく。すぐに縮まるであろう大きな距離は更に早く縮まっていく。
そして、砲弾の一発目が教官を捉える。
――バアァァァァンッッッ!!!
大きな音と凄まじい砂煙を巻き上げながら、立て続けに岩石砲が教官に直撃していく。岩石の砕片が砂煙の中から勢いよく飛び出し、風を切る。
「ぐっ……!!」
岩石砲の砕ける音が聞こえなくなると、今度は男の苦痛の声がどこか遠くから聞こえてきた。状況を考えると、おそらくファングが教官に何かされたのだろう。
「ぐあっ!!」
「きゃあぁぁぁ!!」
「うわぁぁっ!」
……いや、違う!
教官は、視界が見えないこの状況を利用して他の奴らを潰しにかかっている!
「『煉獄剣』!!『旋風』!!」
すぐさま焔の剣を作り出し、周囲の砂煙を風魔術で吹き飛ばして視界を確保する。
「ふん、勘がいいな!アイサカ!!」
「……上!?」
声がする方に目をやると、刺突を構える教官が跳び降りてくる。
迎撃の魔術は間に合わない、ここは剣で捌くしかない!
「おっと!」
教官は俺が剣を構えるのを見ると、風魔術で俺の視界の外に飛び移った。
木刀と焔を纏った剣で鍔迫り合いをすれば、当然木刀が燃える。それを危惧して正面からかち合うのを避けたのか。
「ガラ空きだっ!」
「っ!!」
右側から迫る教官に意識を向け、剣を構える。が、教官はやはり真正面からは相手取ろうとしない。
俺と真正面から戦うことは難しいと判断したのか、「チッ」と小さく舌打ちをすると他の生徒の方へと向かっていった。
退けた訳では無いが、ひとまずの脅威が去った事に安堵する。
さて、ファングの野郎はどうなったか……。俺の知り合いに誰か残っている奴はいるか?
「…………」
ざっと見渡してみた限り、リーナとウルスは既に脱落している。ファング、お嬢様、それにテールナー兄妹はまだ残っているようだ。
現在残っているのは大体二十名ほど。さっきの爆発で生じた目眩しで大半の奴らが潰されたようだ。
「迷惑なことしやがって……」
アイツが早計な行動に出なければ、まだ残れた奴だっていただろうに……。
「ソーマ、防衛!」
「分かってる!」
さらに四名の生徒を叩きのめした後、教官が次に標的としたのはテールナー兄妹だった。
俊敏性のある獣人二人で攪乱しようと試みたようだが、教官は全く惑わされずに的確に木刀を振るう。
攪乱が効かないと悟った二人は、数の有利を活かして連携プレーの迎撃を謀る。
「『土壁』!」
「『煙幕』!」
ソーマが盾を展開。教官の攻撃を盾で防ぐと同時に、シーナが煙幕をその場に放ってその場から脱出する。
「「罪人を捕らえよ、『土檻』!!」」
教官の目を眩ませた一瞬の隙をついて、二人掛かりで魔術を唱える。
すると、教官ごと煙幕を隠すようにドーム状の土壁で覆い、その上からさらに同じような土壁で完全に捕縛する。
「やった!」
「これで残った俺たちが代表だ!」
二人は手を合わせてハイタッチを交わす。完全に行動を封じたと思っているのだろう。
だけど、俺は見てしまっている。
二人からの死角、教官は土壁で行き場を失う前に煙幕の中から脱出しているのを。
そこからは一瞬の事だった。
「甘い」
「なっ――」
教官は音も立てずに二人の後ろに回り込み、ソーマの右足に木刀を引っ掛けて転ばせて身動きを封じる。
シーナはそれにすぐさま反応したが、距離が近すぎたせいで逃げられずに教官に捕まって、そのまま体から地面に押さえつけられた。
「連携は悪くないが詰めが甘い。束縛するなら空間ではなく手足を縛れ」
「くそっ……!」
「そんな……」
ゆらりと立ち上がった教官は、次の獲物を探すように睨みを利かせる。
――ブンブンと木刀を振り回しながら、教官は次々と生徒を失格にしていく。
タイムアップのその時まで、俺がもう一度狙われる事は無かった。それがわざとだったのか。それとも俺を倒すのにかける時間が勿体なかったからなのかは分からないが……。
ビイイィィィイイイイイーーーーーッ!!!!!
演習場に備え付けられたスピーカーから、けたたましいホイッスルの音が流れる。
その音を聞いた教官は動きをピタリと止め、立ち直ると木刀を一払いする。
「終了だ。残ったのは……6名か」
最初は二百名以上いたはずの生徒が、たったの五分で六名にまで減らされた。いや、そりゃあ初手であんな事されたら咄嗟に対応出来ないよ普通。
ちなみに、問題のファング君は終了直前で潰されて脱落しました。
アイツが脱落した後に俺も地面に寝転がるつもりだったのに……。最後まで粘った挙句くたばりやがった。
「謀ったなテメェ……」
おそらく聞こえないだろうが、ファングに怒りの眼光を向けることでこちらの意思を送る。
それを見たファングは「は?」みたいな顔をしていた。
「それでは、これより代表者の発表を行う!名前を呼ばれた者は前へ!」
授業開始と同じように整列すると、出席簿を持ったミーナ教官は代表者の名前を一人ずつ呼び上げる。
「まずはA組!該当者なし!」
六名しかいないんだ。生き残った生徒がいないクラスがあっても不思議ではない。次だ次。
「B組!該当者は1名!
ルイン・エフォルティア、前へ!」
B組の前列の方から、一人の男子生徒が教官の横に出る。中々の美少年のようで、中性的な顔立ちをしているように見える。
「C組!該当者は2名!
サクラ・サウザンド、ザンク・ルヴァーナ、両名とも前へ!」
サクラと男子生徒が同じように前に出る。
そういえば、サクラは開始から終了直前まで姿が見えなかったけど、一体どうやって切り抜けたんだ?
まさか場外に抜け出していた……、は無いか。よりにもよってサクラがそんなことする訳ない。リーナやウルスならいざ知らず。
「D組!該当者は2名!
ユウマ・アイサカ、シャーリィ=ディア・エニストル皇女殿下、両名とも前へ!」
教官に呼ばれ、生徒の列を掻い潜って前に出ようとする。
が、お嬢様が前に出ようとすると道が勝手に開いたのでスムーズに前に出られた。
というか教官ですら「皇女殿下」ってつけるのかよ……。
「E組!該当者は1名!
ディーネ・ミューレシチュア、前へ!」
E組の列から、青髪の女生徒が俺の横に並ぶ。
「……あ、お前は」
いつぞやの水使い。どっかで見た事あると思えば。
「気安く呼ばないでくれると有難いんだけど」
どうやら、四月の一件のことを未だに根に持っているようだ。
代表者として同じ立場に立てたんだし、少しぐらいは心を開いてほしいもんだけどなぁ……。
「以上の6名が、『術大祭』における『校旗衛奪戦』の1学年代表者である!
今回惜しくも代表に成れなかった者、来年の成果を期待する!」
教官がそう言うと、残ったのは二百名近くの生徒からは拍手が巻き起こった。
えぇ……。こんな嬉しくない拍手なかなか無いぞ……。
教官の言葉を捉えれば名誉な事なのかもしれないが、俺としては面倒なだけだ。
後で棄権のお願いしに行くか……。
「頑張ろう、アイサカ君」
「……」
そういう事言われたら抜け出し辛いだろうが……。
仕方ない。友達に「頑張ろう」なんて言われてしまったら、俺もやる気出さないといけないじゃないか。
ここはいっちょ、そこそこやる気出していきますか。




