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1話:「高飛車な女」

「―それでは、次に『生徒会長挨拶』です。

 生徒会長、お願いします」




 新築してからまだ間もない整然とした講堂には、夏休み明けの学生たちが備え付けられた長椅子に隙間なく整列している。

 生徒たちは壇上の演台に注目し、その場に立つ威風堂々とした男の言葉を拝聴する。






「―ここに集まる諸君と今日という日を共に迎えられたことを、我は嬉しく思う!


 この夏休みの間には、各々だけが経験した『何か』があるはずだ!

 皆がそれをどう受け止め、どう活かすかは知らん。しかし、その経験はいつしかこの学園を旅立つ時、必ずや諸君らの役に立つことだろう!



 本日から激動の『2学期』が始まる!!夏休みの気分はこの場で払拭して、気持ち新たに学業に励むがよい!!」



 会長である魔族の男性、キュリエス・ストライフが演説を終えると講堂は歓声に包まれる。




(…なんだ、『魅了(チャーム)』の呪いが無くてもカリスマ性抜群じゃねぇかよ)


 歓声の中1人だけそのまま座り込み、周りの空気にいまいち乗れない青年がいた。






 私立エニストル学園1年、逢坂(あいさか) 優磨(ゆうま)


 この世界には『逢坂(あいさか) 優磨(ゆうま)』という彼の本名を知る者はいない。

 優磨はこの学園で『ユウマ・アイサカ』という名を名乗っている。




 彼は、とある事故からこの世界にやって来た『異世界転生者』という位置づけになる。


 この世界にやって来て早半年が経過した今日。

 彼は未だにぎこちなさを残しながらも、段々とこの世界の住人として馴染んできていた。









「―では理事長、お願いします」


 壇上近くのマイクスタンドに立って司会進行を務めるのは、生徒会に所属しているシルヴィ・ダートナー。


 以前はユウマに対して敵対心を抱いていた者の1人だったが、今では彼への敵対心は無くなっていた。




 シルヴィの進行に合わせて、壇上に1人の男性が登壇する。



(…理事長?)


 ユウマは彼の姿を初めて見ることになる。



 銀髪のロングヘアーを後ろで簡潔に縛り上げ、それを団子状に纏めたヘアースタイル。所謂『マンバン』と呼ばれる髪型だ。

 服装は一応式典に合わせているのか、白のカットソーの上から黒のスーツをボタンを開けて羽織っている。

 そこにミリタリー色のブーツカットパンツを合わせた姿を見ると、この場の空気とはどこか無縁な男とも思えるような姿だった。




(大分ラフな格好だな)


 ユウマは理事長の事を『だらしないタイプの人間』という格付けに押さえた。



 周りの教師陣は皆、各々のスーツに身を包んでこの2学期始業式に参加している。


 生徒ですらちゃんとした制服で臨んでいるというのに、理事長のその服装はまるでこの式典を馬鹿にしているようにユウマは思った。





 しかし、周りの生徒は誰一人としてそのような事は考えていない。


 そう。彼の服装を『異常だ』と思っているのは、様々な式で居眠りをしてその姿をずっと見落としていたユウマだけだった。


 理事長のその服装は、周りの生徒からすれば「もう慣れた」というものだ。






「いやぁ〜、皆久しぶり!元気にしてたかい?


 夏休みは皆楽しい時間を過ごせたかな?もしかしたら、お小遣い稼ぎに必死になってギルドに張り付きになってた生徒もいるかもしれないね」


 そんなだらしない理事長が最初に始めたのは、どこにでもあるような始業式の決まり文句である挨拶からだった。



「いやぁ、この時期は暑くてやんなっちゃうねぇ?

 毎日毎日クーラービンビンに効かせてさ、僕なんか寝冷えで夏休みだけで3回も風邪を引いちゃったよ!アッハハハハ…」




 理事長の無理やりな作り笑いにつられる者はいない。


 講堂には、虚しく理事長の笑い声が響くだけだった。








「…さて」


 その一言で、場の空気が一瞬にして凍り付く。


 長期休暇明けの始業式は今回が初めてである1年生たちは、その空気の変容に謎の緊張感を覚える。




 理事長は黒縁の眼鏡を外し、その緑眼の(まなこ)を顕にする。




 そして。




 その口から放たれる言葉は。




 或いは安堵を。



 或いは悲壮を。



 或いは絶望を。




 ―或いは、決意を生み出す言葉となる。
















「…今年の夏休み中、ギルドから報告があった『死亡処理』は2件。


 2年C組、ギル・クランフォーゼ。


 3年E組、エイト・マクリネア。



 両名とも、格上のギルド依頼を受注した数日後に死亡が確認された」






「…な」




 生徒が、死んだ。


 その事実は、ユウマの思考を硬直させた。




 心臓の活動が早くなる。


『死』、学生からは遠くかけ離れたたった一文字。



 その一文字は、ユウマにこの世が残酷であることを認識させた。






(…生徒が死ぬって。何だよ、それ)


 理解が追いつかない。




 ユウマはどこかで安堵していた。


 それは、先に呼ばれた2名に自分の知人がいなかったことに対してではない。



 ユウマはどこかで安堵していた。


 それは、自分がその中の名前に挙げられなかったことに対してではない。






 ユウマは、どこかで安堵していた。



 それは、学生である間は死ぬことは無いと思っていたことに対してである。




 この世界には、魔物が世界に生まれ落ちる限り『安全』などという言葉は存在しない。


 魔物だけではない。

 ユウマは夏休みの間、命を脅かすような経験を何度かしてきた。

 それは、心のどこかで「自分が死ぬことは無い」と油断していたからだ。


 だが、その甘えはこの場で完全に打ち砕かれることとなる。






(…死なない)



 その言葉がユウマに宿させたのは、『決意』だった。




「…絶対に、生きて卒業してやる」


 その決意を胸に、ユウマは改めて当初の目的を果たすことを誓った。






 悲報を経ても尚、理事長の演説は続く。



「…彼らが『無謀だった』とは思わない。

 人生に挑戦は必ず必要になる時は来る。その挑戦を乗り越えられなかっただけなんだよ、彼らは。


 君たちにもいずれ『挑戦』する機会が訪れる日が必ずやって来る。その日に備えて、このエニストル学園で日々の研鑽に励むことを僕は強く願うよ」



 訃報を聞いて涙を流す者もいれば、知人の無事を確認して安堵する者もいる。



 そんな中、理事長は一言。


 ただ一つだけ出来る彼らの手向けを、生徒に促した。








「―黙祷」






 講堂は、死者を尊ぶ静寂に包まれた。







 ―――――







 始業式も終わり、生徒たちはそれぞれの所属するクラスのHR(ホームルーム)教室へと足を運ぶ。

 夏休み中に訪れたという者もいれば、教室に足を踏み入れるのは3ヵ月ぶりだという者もいる。


 ユウマは後者に属する生徒だった。




 どちらかと言えば廊下側に近い席に座するユウマは、頬杖をつきながら教室で駄弁っているグループの1つをボーッと眺める。



(…死者が出たってのに、よくそんな明るく振る舞えるな)


 この世界には死が溢れ返っている。


 そんな世界に赤子の頃から生まれ育ち、今も常に死と隣り合わせの学生生活を送る生徒たちにとっては、誰かの死など些細な出来事だったのかもしれない。


 それが自分の知人なら「残念だ」程度には思うかもしれないし、仲の良かった友人なら「悲しい」とも思うかもしれない。


 しかしそんな彼らであったとしても、今のユウマの目には残虐な心を持つ人間たちにしか見えなかった。




(…そういえば、クソ野郎(ファング)の姿が見えないな)


 一通り、無意識にではあるが教室を見回してユウマは思う。



 ファング・ローヴェイン。


 ユウマとは同学で多少の知見はあったが、夏休み中のとある事件でその関係は最悪なものへと変わってしまった。



 ファングはユウマのことを『醜い人間(クソ野郎)』と称し、ユウマもまたファングのことを『底辺野郎(クソ野郎)』と称した。


 良く言えば『良いライバル関係』、悪く言えば『互いに貶し合う底辺争い』と呼べるものだった。




 ユウマは彼の姿が見えないことに一瞬最悪の結果を想像するが、それはすぐに拭われることとなった。


(あいつはそう簡単に殺られるタマじゃねぇ)


 ユウマは内心彼のことを貶していても、その実力“だけ”は認めている。

 ファングの方はユウマを認めているは謎だが、少なくともユウマは彼の実力を理解しているつもりだった。



「…ま。あんなヤツがどうなろうと関係ない、か」



 ユウマはそう結論付け、机に行儀悪く足を乗っける。

 今にも倒れそうな椅子のバランスを保ちながら、ユウマは時間を持て余していた。






 ―突然、閉じ切った教室の引き戸が開かれる。




「よし、今日も全員出席しているな」



 戸の向こうから現れたのは、ユウマが所属する1年D組の担任であるミーナ・モニアだった。


 艶を失った長い赤髪の所々から解れ毛を散乱させながら、相変わらず黒のタンクトップの上から身の丈にギリギリ合うぐらいの白衣を着た女性。


 その姿を見るのも3ヵ月ぶりだな、なんてことをユウマは考えながら閉じられない引き戸の奥を覗き込む。





「今日はお前らに転入生を紹介する」



(…またか?)


 今年度2度目の転入生。


 その出来事にユウマは不自然さを覚える。





 4月、ユウマの属するD組に1人の転入生がやって来た。



 名をリーナ・シルジアル。ユウマがこの世界にやって来て初めて接触した人物であり、そして彼女に関して色々な事件があった。


 それを解決した彼女は今、この教室の窓際の席で転入生という単語に興味を示していた。




「転入生?」

「留学か他の学校からの転校生か?」

「うちに来るんだから相当レベルが高いんだろうな」



 転入生というワードを聞いた生徒たちは、ヒソヒソと内輪話を始める。

 入学直後に転入してきたリーナとは違って、この時期に転入してくる生徒にはあまり抵抗はないようだ。



 ユウマも内心若干の興味を示しつつ、素振りは興味のない様子を決め込む。








「―では」




「はい」




 扉の奥から聞こえてきたのは女性の声。

 つまり、転入生は女性ということになる。






 ―はい来ましたハーレム確定フラグゥゥゥゥ!!!!!






 ユウマは心の中で意味のわからないことをボヤきながら気分を高揚させる。しかしその様子は決して表には出さない。


 ユウマはポーカーフェイスを決めるのが特技のようだった。




 そして、戸の奥から()()の男女が教室に姿を現す。




「…は?」




 片方は見覚えのある男。


 ユウマが忌み嫌っている男、ファングの姿がそこにあった。



(な、何でクソ野郎(ファング)が転入生の隣に立っていやがるんだ!…?)


 心の中でそう思うユウマだったが、彼の立場を考えればいくらでも説明はつく。



 このクラスの委員長を務めるファング。彼は転入生である少女の引率役を引き受け、今こうして隣に立っている。

 または、右も左も分からない彼女に校内を案内していた、とか。


 そう考えたユウマは、役得のファングに対して謎の敗北感を覚えた。




 しかし、彼が転入生と共にいる理由はそのどれでもなかった。


 その理由が役得な事には変わりなかったが、そればかりはユウマにはどうする事も出来なかった。






「では()()殿()()。自己紹介を」



「ええ」




(―皇女殿下、だって?)




 ユウマがファングの言葉を知覚した時には既に、転入生の自己紹介は始まっていた。






「―ご機嫌麗しゅう。

 (わたくし)はエニストル学術国における現国王『ファー二ー=ユング・エニストル』が一人娘、

『シャーリィ=ディア・エニストル』と申します。


 皆さんとは半年の間、ご学友として共に切磋琢磨していきたいと存じます。

 お手柔らかに宜しくお願いします」






 シャーリィと名乗る少女の自己紹介に、教室は硬直する。


 まさか、自国の皇女殿下が同学になろうとは誰が考えようか。



 このあまりにも衝撃的過ぎる転入生には、さすがのユウマも唖然とした。






 しかしすぐに思考を再開し、改めて皇女殿下に視界を定める。



 シャーリィが一礼をすると、セミロングに揃えた金髪がまるでハサリと音を立てたような錯覚を覚える。

 学生服に身を包んだシャーリィは、その抜群のスタイルが服の上からでも見て取れる。


 ユウマはその碧眼と目が合った。



 ユウマは一瞬胸をときめかせるが、シャーリィが笑みを返したことで確信した。






(―ああ、こいつは)








「高飛車な女」





 ユウマのその声は、拍手に包まれた教室に掻き消された。

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