8月21日:タイムカプセル
朝、ランニングしてからアルト先輩の剣術訓練を受ける。
帰宅後、風呂に入ってアスモと一緒に朝飯を食べる。
そんな生活を夏休み期間中ずっと続けていた。
そんなある日。
コンコン
「はい?」
寮の自室で資料に読み耽っていると、俺の部屋を訪ねるノックの音が聞こえてきた。
ベッドから起きてドアを開ける。
「―よっ、元気にしてたか?」
「久しぶりだな、アイサカ君」
「相変わらず暇そうな顔してんなー、お前は」
そこには、懐かしいように感じる顔ぶれが揃っていた。
「お前ら…!どうしてここに?」
今は夏休み期間中だ。わざわざ俺とウルスたちが会う理由は無いと思うんだが…。
「ただ単に遊びに来ただけ…って言ったら信じるか?」
「…何か面倒事か?」
そちらにはトラブルメーカーのリーナがいるんだ。借金や裏稼業の話の持ち込みは有り得なくない。
さすがに学生がそんなことをする筈は無いと思いたいが。
「そ・れ・が・よぉ!
これを見てみろよこれ!」
やけにテンションの高いウルスが、一枚の羊皮紙を俺の頬に押し付けてくる。
それを受け取って、内容を確認してみる。
「…『学園敷地の調査依頼』?」
『学園敷地の調査依頼』。羊皮紙の上部にはでかでかとそう書かれていた。
…つまり、これはギルドの依頼書というわけか。
しかもただの紙ではない辺り、特殊な依頼と見た方がいいだろう。
「生徒会から募集があってな」
「生徒会から?ギルドじゃなくて?」
「ああ。
ウルスが正面掲示板に貼られてたそれを見つけて真っ先に持ってきたから、私たち4人でその調査に行ってみないか、と思っていたんだけど」
馬鹿野郎。
そんな重要なもんを勝手に持ち出してはいけません。
「生徒会からか…」
そう聞くと違和感を感じるな。
生徒会にはあの最強の生徒会長がいるんだ。わざわざ有志を募る必要もない気がする。
用事があって手が離せないのか、それとも何か裏があるのか。
「てか生徒会の募集だったら報酬とかは無いんじゃないか?」
「だって内容が『未開拓の学園地下の調査』だぜ?そんなの面白そうに決まってるじゃねぇか!」
…この依頼、遊び感覚でやらない方がいい気がするんだけどな。
「キュウキュウ?」
「アスモ?…行ってみたら、って言ってるのか?」
俺が聞いてみるとアスモは頷く。
…う〜ん、危険な香りしかしないが…。
「…まぁそうだな。
よっしゃ、いっちょやってみっか!」
と、悟空さ並の訛りで気合いを入れる。
こいつらだけで行かせたら危ない予感もするし。俺も微力ながら加勢することにしよう。
「…それにしても、リーナが利益以外でこんな事をやるなんて珍しいな」
「あたしだって反対したさ。でもウルスやサクラに押し切られて…」
なるほど。確かに二人から頼まれたら断りづらいわな。
「で、集合日時は?」
改めて羊皮紙に書かれた要項を確認する。
=====
『学園敷地の調査依頼』
内容:先日発覚したエニストル学園の地下施設を
生徒会メンバーと共に調査、及び魔物の掃討
日時:8月21日 午後8時
集合場所:エニストル学園 特別棟
※※※未開拓地区の為、危険な魔物の出没の可能性アリ。用心されたし。※※※
=====
いや「用心されたし」じゃないが。
「こんな依頼学生に出すなよ…」
どう考えてもこれはギルドに回すべき依頼だろ…。
学生の手に負えるような内容ではないんじゃないか?
てか時刻。
何でわざわざ夜の八時なんだよ?やるなら魔物も大人しい朝方にしとけよ。
…とは言っても、地下でやるなら暗い場所に入り込むはずだし、昼も夜も関係ないか。
「てか今日なんだな」
「ああ。なんでもウルスによれば今朝校舎に用事で入ったら貼り出されていたんだと」
ということは割と前からある依頼書なのか、それとも今日貼りだされた依頼書なのか。
まったく、そんな得体の知れないものを持ってくんなよ…。
まぁいい。
「じゃあ今日の午後七時、特別棟に集合だな」
俺はウルスたちと集合の約束をして、扉を閉めようとした。
「待て待て」
それをサクラに止められる。
「?」
「せっかく久々に会ったんだ。互いに情報交換しないか?」
「…いいね」
俺は三人を自室に招き入れて、談笑に耽ることにした。
―――――
ウルスたちはウルスたちで、中々大変な旅を経験してきたらしい。
俺が生徒会の強化合宿に出発した二日後、ウルスたちはエニストルを発ってダースコル領土へと向かった。
ダースコル領土に発見されたという新たなダンジョンを求めて、三人は馬車で二週間ほどの旅を満喫していた。
その最中、リーナが悪霊に体を乗っ取られそうになるが、そこにギルドの特命でダンジョンの調査に来ていたミューレシチュアに助けられた。
そこから三人は再びダンジョンへ向かい、辿り着く。
開かない扉をこじ開けようとして力を絞るがビクともしない所に、ミューレシチュアと再開。
三人はそこで初めてミューレシチュアがAランクの冒険家であることを知り、ミューレシチュアがギルドの特命でダンジョンの調査に来ていることを知った。
三人はそこで、ミューレシチュアに「今すぐ帰れ」と言われるが食い下がり、そこでミューレシチュアと軽い戦闘を起こす。
―結果は惨敗。一太刀浴びせるどころか、近付くことすらままならなかった。
三人の懇願により、ミューレシチュアは致し方なく“教育”という名目で同行を許可した。
それから四人はダンジョンに突入。攻略を開始した。
深層二十三階。そこで四人は三匹の殺戮狼と遭遇、奇襲で一匹を仕留めた状態で戦闘を開始する。
そのままの勢いで二匹目も仕留め、ラストの一匹を仕留めるところで、殺戮狼が本来使わないはずの魔術を行使。
リーナが分断されてしまったが、四人で連携してどうにか最後の一匹も仕留めた。
殺戮狼が魔術を使ったことにミューレシチュアは異常を感じ、撤退の指示を出し、四人はそこから脱出した。
そこから四人は馬車に乗って、学術都市エニストルまで戻ってきた、というのがウルスたちの旅の大まかな内容だ。
「…そっちも中々過酷な旅をしてきてるじゃないか」
「さすがにユウマには劣ると思うけどな。だって龍種とも戦ったんだろ?」
「そりゃあ戦ったけどよ…。そん時はもうほぼ瀕死みたいなもんだったしな」
寧ろ瀕死で助かった。
体力全快の状態だと、本当に今この場にいられなかったかもしれないしな。
「それに【烙印の指輪】なんてもんまでゲットしてきたんだろ!?
なぁ、少し見せてくれよ!」
「え、やだよ」
リーナに見せたら色々面倒臭そうだし。貸したらそのまま持ち逃げして売られたりするかもしれないし。
「…でも、そうだな。挨拶ぐらいはさせてやるか」
そういえばココ最近はアイツとも喋っていない。たまには日の目を浴びさせるのもいいかもしれないな。
右ポケットを探り、指輪を取り出す。
そしてそれを中指に嵌めた。
【―たァァァァァァァァァ!!!!!!!!
おいおい、何日ぶりだァおい!?テメェよくも俺を放置しやがって!!!俺はそういう趣味は―】
指輪を外した。
「…とまぁ、変な同居人がいるからなるべく付けたくないんだよ。魔力もドンドン持ってかれるし」
「な、なるほど…。アイサカ君も大変だね…」
その場の全員が苦笑していた。
「それにしても、今のが“七つの大罪”の1人とはな…。なんだか信じられねぇ」
「英雄が誰しも聖人ではないという事だ」
暴食の語りによると、コイツは昔からこんな性格のようだし。こればかりは本人に変える気が無いとどうしようもない。
俺も出来ればコイツの性格をどうにかして欲しいもんだけとな。
―そうして適当な談話で、夜までの時間を潰していく。
「っと、もうこんな時間か」
ウルスは壁掛け時計に目をやると、徐に立ち上がった。
現在の時刻は午後五時。いつの間にか長い時間を会話だけで潰してしまっていたようだ。
「じゃあ行こうぜ」
ウルスが玄関のドアを開けると、リーナとサクラもそれに続く。
三人にも色々と準備するものがあるのだろう。各自一旦解散、といった感じだろうか。
「…何してんだよ?」
「あ?」
リーナとサクラが部屋を出た後も、ウルスたちはドアを開けっ放しにしている。
「お前も飯食いに行くだろ?準備しろよ」
「…じゃあ着替えるからドアを閉めてくれるか」
「おう」
ウルスはドアを閉めた。
「…はぁ」
外食か。余計な出費が嵩むな。
最近は自炊するようにしているんだけどな…。まぁたまの贅沢ぐらいいいか。
外食をする事で、料理の腕も上達したりするかもしんないしな。
クローゼットから適当なシャツを取り出して、アスモと共に部屋の外へ出た。
―――――
午後八時前。
俺たちは生徒会に指定された集合場所である特別棟に来ていた。
「…誰もいねぇな」
「そうだな。…確かに今日なんだな?」
「その筈だけど…」
三人は固まって羊皮紙に書かれた内容をしっかりと確認する。
「…アイサカ君、今日は8月21日だよな?」
「そうだけど」
今日は八月二十一日。元の世界で言えば土曜日だ。
日本だったら、そろそろ納涼祭とかが各地で行われるような時期か。近年では九月を過ぎても暑い時期が続く事がほとんどだからな。今の時期がちょうどいい頃だろう。
納涼祭でふと思ったんだが。
「そういえばこのs…、この都市では祭りとかはやらないのか?」
「ん?祭り?」
…まさか、“祭り”という概念すら存在しないのか?
「祭りなら11月ぐらいに体育祭があるな。でも何故そんな事を?」
体育祭て。それは祭りじゃなくて学校行事じゃないか。
でも、“祭り”の概念はこの世界にも存在するようだ。それはなにより。
「リーナ、ユウマはこの都市に越してきたばかりなんだ」
「あー…。
…だったら、まだ楽しみに取っておいた方がいいかもな!」
「楽しみ?」
体育祭に、一体何の楽しみがあるのだろうか。ただの学校行事だろ。
まぁ、二人がそう言うならあまり詮索はしないでおくとするか。
「11月になれば分かるさ。
…それよりも」
サクラが本校舎側に視線を向ける。
三つ、こちらに寄ってくる影が見える。
一つは大柄な男性の影で、もう二つはその後ろに付くようにした小柄な影だ。
「…まさか」
あの人影、ココ最近でどこかで見たような覚えが…。
「…ユウマ!?何でテメェがここに!!」
「あ、アイサカ君。久しぶり〜」
小柄な二つの影の正体は、猫耳をピョコピョコさせた双子の獣人。
ソーマとシーナだった。
「誰か一人でも参加してくれれば上々だと思っていたが…。
まさか、お前まで参加するとはな」
そして大柄な男の影の正体は、生徒会副会長のアイク先輩だった。
「不満ですか?」
「いいや、お前がいるなら問題ないだろう。
あの遠征を経験してきた男だ。頼りにさせてもらう」
三人とも。いや二人とも、か。
合宿の時とは態度が大きく変わって、友好的な反応を示してくれるようになっている。
…ソーマの方は、前と比べたらマシということにしておこう。
「…集まってのは4人…と1匹か。それぞれ学年とクラス、名前を聞いておこう」
「1年D組、ウルス・グランディです!」
「1年D組、リーナ・シルジアル」
「1年C組、サクラ・サウザンドです」
「一年D組、ユウマ・アイサカ。こっちは相棒のアスモ」
「キュウキュウ」
それぞれ自分のクラスと名前を述べていく。
俺は別に名乗る必要も無いかと思ったが、今回は一応『生徒会側』としてではなく『一生徒側』として参加するわけだ。
ここは俺も名乗っておかないといけない、と思った。
「全員1年か…。戦闘経験は?」
「この前、三人でダンジョンの途中まで攻略しました!」
ウルス…。
お前ら、未確認のダンジョンに勝手に侵入しようとした挙句、ギルド員のお情けでどうにか入れただけじゃないか…。
そうだとしても、言ってることは事実だし特に口出しはしないが。
「ダンジョン経験者か、ならば心配はいらんな。
ではこれより、『学園地下の調査』に関する説明を行う」
―
1.参加者は基本的に生徒会の一員と共に行動すること。
2.身の危険を感じた場合、即座に撤退すること。
3.独断行動を起こさないこと。
4.万が一死亡事故が起きたとしても、学園側は一切の責任を負わないこととする。
―
「以上の事に同意する者のみこの場に残れ。
自分の身が大事だと言う者はここから去るんだ」
…死亡事故か。
さすがにこんな大所帯で行くんだ。それにこっちには治癒魔術が使えるサクラもいる。
滅多な事が無い限り、怪我も起こらないはずだが…。
「…このダンジョンって、そんなに危険なのか?」
リーナが質問を投げる。
募集用紙には特に危険については詳しくは書かれていなかった。今の注意事項を聞いて、不安に思うのも無理はない。
実際、俺も少しブルってるしな。
「安心しろ、生徒会の手が届く限りは最善を尽くす」
「…腕前が分からない奴らを信用しろって言われてもなぁ…」
「なんだとぉ!?」
「やめなよソーマ!」
いや、リーナの心配ももっともなものだ。
リーナ、ウルス、サクラの三人はそれぞれ連携が取れるから本来のコンビネーションが発揮出来る。
ソーマ、シーナ、アイク先輩も、生徒会を通して色んな経験をしてきている。三人の連携は見事なものだろう。
しかし、全く別のグループが突然合同でチームを組むことになったらどうなるか。
それは混乱を招くだけだ。
本来三人でやる連携を増員して無理矢理合わせるとなると、余程息が合わない限り即興では到底無理な話だ。
それに、人員が増えたらその分コンビネーションも複雑になっていく。
とてもじゃないが、全く別の二グループがその場で息を合わせるのは極めて困難な行為。
…俺たちは引き上げて、生徒会だけで調査に潜った方がいいかもしれない。
しかし、幸いな事に俺は二つのグループのどちらとも連携が取れる。
ウルスたちとも、生徒会メンバーとも一度は行動を共にしている。互いの実力はある程度知っている。
ここは、俺が架け橋となって二グループをサポートするしかない。
…そもそも、今から行く場所がそれほど危険な場合だったらの話だが。
「では行くぞ。地下へと続く扉はこっちだ」
会長は部室棟の中に入っていく。
「テメェ…!」
「んだよ、やんのか?」
リーナとソーマの二人は頭突きあっている。
「お前ら喧嘩すんな!今は仮にも“チーム”なんだぞ!?」
「…ふん!!」
「…チッ」
俺が二人を制止すると、お互いに顔をそっぽに向けた。
ああ、これはあれだ。
「喧嘩するほど仲がいい、って奴だね」
「「誰がこんな奴と!!」」
サクラは二人に怒鳴られた。
―――――
懐中電灯を照らし先頭を歩くアイク先輩に続いて、俺たち一年組が後を追う形で学園地下を進んでいく。
学園の地下に続く道があったのは特別棟として使われている校舎だ。
その棟の一階の端っこ、『科学準備室』の横の扉。そこが地下に繋がる扉となっていた。
話を聞いているだけだと、何故今までそんな場所にある扉がバレなかったのかという疑問も抱く。
三日前。とある少女が部活帰りに特別棟から立ち去ろうとした。
しかしその少女は、一階に降りると謎の違和感を覚える。
その違和感がどうしても拭いきれない少女は、違和感の正体を探し始める。
そして、少女は呆気なくそれを見つけてしまった。
特別棟一階北方、『科学準備室』のすぐ隣。
そこだけ何故か、一枚の大きな貼り紙のようなものが僅かにめくれていた。
少女がそれに気付き、捲れに指をかけ一気に剥がす。
すると現れたのは、何百年も前の物と思われる錆びた鉄の扉だった。
少女は自分の何倍もの重さのあるその鉄扉を無理矢理押し開け、奥の構造を確認する。
そこにはなんと…―。
「階段から湧き上がってくる大量の魔物がぁぁぁぁ!!!!!」
「…さっきから一人で何言ってんだ?」
どうやらこの方たちは怪談に興味はないようですね。
「んだよ、折角盛り上げようとしたのに…。
って痛い痛い!だからつつくなって!」
隣で突然大声をあげたことに怒りを感じたアスモが、俺の旋毛を口先の尖った部分でつついてくる。
「…おい、ユウマ」
「出来れば、私たちの為にも大声をあげないで貰えると助かるかな〜…」
俺の前を歩くテールナー兄妹からも咎められた。
…そういえば猫の獣人か。
猫は人の三倍は聴覚が発達していると聞く。だから、今の声も彼らには頭が割れるような騒音に聞こえたのだろう。
「すみませんした…」
次からは気を付けよう。
後、怪談話は人を選ぶようにしよう…。
―ちなみに、この怪談には一応オチがある。
少女が扉を開けた先は、闇へと誘うかのように続く階段。
そこからは冷たい風が僅かに感じることが出来る。
つまり、少女の感じた違和感の正体は『扉から吹く隙間風の音』でした、という事だ。
…まぁ大体は俺が捏造した話なんだけどね。
―――――
それから学園地下を進み続けること五分。
「ここは…」
俺たちは最下層まで到着した。
最後の階段を降りて半開きの扉をくぐると、大きな広間に出た。
地面の踏み心地は校庭のそれと酷似しており、周囲は楕円を描くように岩壁に囲まれている。
パッと周囲を見回して、階段のようなものが無いことを確認するとここが最下層だということが分かる。
「…まるで運動場のような場所だな」
運動場。アイク先輩の表現はあながち間違っていないかもしれない。
ウルスたちに振り返り、俺たちが出てきた扉の方に目を向ける。
「どうしたユウマ?急にこっち向い…て…」
俺につられてウルスたちも後ろを振り返る。
「これって、まさか…」
そう。俺たちが今まで歩いてきた場所は、おそらく校舎の中。
学園地下に埋め立てられていたのは、おそらく何百年も前のエニストル学園の校舎だったのだ。
「驚いたな。まさかこんな建物が未だに形を残しているとは…」
何百年前までかは分からないが、木造建築の造りやそこら中に生えた苔などを見る限り、長らく放置された場所のようだ。
こんなのが学園の地下に存在していたとは…。もしここが崩壊したら、本校舎も同時に崩れ落ちるんじゃ?
「…よし、我々の目的は達成した。脱出するぞ」
周囲を見回したアイク先輩は、危険な存在が存在しないことを確認すると来た道を戻り始めた。
みんなもそれに続いて校舎の中に入っていく。
…本当に、これだけなんだろうか?
「…ユウマ?何してんだよ、早く行こうぜ」
「…いや」
違う。
この場所は決して安全なんかではない。
俺たちの目的である『学園地下の安全確保』はまだ達せられていない。
「アイサカ君?」
運動場の隅っこに歩み寄り、地面の砂を軽く払う。
そこに現れたのは、古錆びた鉄の板。その表面には、こう刻まれている。
=====
エニストル学園 第206期生
彼らの卒業を記念して、彼らの努力をここに修める。
=====
タイムカプセル。
二〇六期生ということは、俺たちより約二百年も前の卒業生のものだろう。
掘り起こそうと周りの土を掘ろうとするが、硬化しすぎて素手ではとても掘れそうにない。
魔術を使おうにも、下手をすればタイムカプセルにまで影響を及ぼすかもしれない。
「アイサカ、何をしている?」
俺の様子を見かねたのか、全員がタイムカプセルの前に集まっていた。
「二百年くらい前のタイムカプセルです」
「タイムカプセル?そんなものがあったのか…」
アイク先輩はタイムカプセルの前に屈み、その表面に手を触れようとする。
バチッという電気が奔る音と共に、タイムカプセルはアイク先輩の接触を拒んだ。
「何…!?」
―そして、タイムカプセルに刻まれた文字が紫色に淡く輝き始める。
これは。
「罠!!」
瞬時に厳戒態勢に入り、運動場一帯を見回す。
が、特に先ほどと変わった様子は見られない。以前この運動場は静寂に包まれている。
いや、静寂ではない。
何かが空を切る音が、どこかから聞こえてくる。
何処だ、一体何処から…。
「―ユウマ、上だ!!」
「っ!」
ウルスの掛け声に合わせて、その場にいた全員が左右に散開する。
ズガァァァァンッ
何者かが地面を砕く轟音と共に、砂煙が周囲を埋め尽くす。
「ケホッ、一体何だ…!」
砂煙に咳き込みながらも、全員が何者かを一点に集中する。
砂の霧が晴れると共に現れたソレは、顔から脚まで黒の甲冑に身を纏った大男のような者だった。
大男の右手にはバスタードソードが握られており、それを片手で軽く扱う腕力を持っている。
「…貴様は何者だっ!何故我々を攻撃する!?」
アイク先輩が正体不明の甲冑の男に問いかける。
しかし、返ってきたのは突如として発生した風の魔術だった。
「ちっ!『雷撃』!!」
アイク先輩の右手から雷が奔り、男の放った風魔術と相殺される。
急に攻撃を仕掛けてくるような男なら、こちらも手加減する必要はない。
【…何故ダ…】
「喋った…?」
全員が臨戦態勢に入ると、甲冑の男が突然声を発した。
いや、それを“声”と呼ぶにはあまりにも無機質な音で、まるで暴食が喋るような声に近かった。
【…何故、彼ラガ犠牲ニナッタノダ…!】
「彼ら…。二〇六期生のことか?」
大男は、悲しみに満ちたような無機質な音で喋り続ける。
犠牲とは一体何を指しているのだろうか。
【…オオオォォォオォォオオォオッ!!!!】
「っ、戦闘準備!!陣形を組め!!」
アイク先輩の号令で、俺たちは一丸となって鶴翼の陣に前衛を増やしたような陣形を整える。
前衛で囮を務めるアイク先輩とリーナ、ソーマ。中衛で攻撃魔術を用いて敵に攻撃を仕掛ける俺とウルス、アスモ。後衛で前衛の補助に回るサクラとシーナ。
周囲からの攻撃では使えない戦法だが、相手が単体や真正面からくる場合なら有効的な陣形だ。
【―俺ハ、俺ハァァァアアアアァァァァ!!!】
その音は、まるで泣き叫ぶかのよう。
甲冑の男は地面を抉るような轟音と共に、こちらとの距離を一瞬で縮めた。
「シルジアル、ソーマ!両翼から攻撃を仕掛けろ!!」
その号令と共に、前衛の三人は三方向に分かれる。
「『煉獄弾』!!」
「キュウウウゥゥ!!」
「『暴風砲』!!」
迫り来る大男を撃退すべく、俺たちは各々の魔術を一斉に男に向けて放つ。
三つの魔術を大男はそれを避けるでもなく、空いた左篭手で軽く振り払った。
「何っ!?」
威力はそれぞれ強弱があったと言えど、三つまとめて防がれるとは。
こいつには生半可な魔術は通じないのか。
「俺たちを舐めるなよっ!!」
大男はその右手に持つ大剣をアイク先輩に振り下ろす。
アイク先輩はいつの間にか右手に嵌めたメリケンサックを握りしめ、その形状を変化させる。
アイク先輩の右手に一瞬の閃光が輝くと、メリケンサックは龍の形を模したガントレットへと姿を変えた。
「『腕力増強』!!」
そこにすかさずシーナが魔術を発動。
アイク先輩の右腕が緑色の輝きを放つ。
【オオオォォォオォォオ!!!!!】
「はァァァァァァァァァ!!!!!」
そして、男のバスタードソードと先輩の拳が激突する。
その衝撃は余波を生み出し、周囲を大きく吹き飛ばすような衝撃波を発する。
大男との力比べを制した先輩は、大男の剣を弾き大きくよろめかせる。
「2人共、今だ!!」
「『脱兎』!」
大男の後方で隙を伺っていたリーナとソーマは、その合図と共に瞬時に飛び掛る。
「「ハァァッ!!」」
狙うは甲冑と兜の合間、首。
いくら甲冑を身に纏おうとも、人間ならば首を切られれば死ぬ。
ここで人殺しを躊躇っている余裕はない。相手が殺しにきているのだから、こちらも本気で殺しにいかないと殺られるのは俺たちだ。
そして、二人の持つナイフが大男の兜の下に入り込み首筋を突き刺した。
「よし!」
「やったか!」
「バカ野郎!!」
圧倒的フラグを立てる二人を怒鳴りつける。
「な、なんだよ!」
「完全に死ぬまで、いや死んでも『やったか』とか口にすんじゃねぇ!!」
それはまだ死んでいない証拠になっちまうだろうが、と俺が言う前に。
大男の被る兜が、音を立てて地面に転がり落ちた。
「…な」
「…顔がない、だと!?」
ほら言わんこっちゃない。
【…コノ兜ヲ外サセルトハ、貴様ラハ生キテ帰サン!】
しかも激おこスイッチまで入っちゃってるじゃないか。
【コノ兜ハ我ガ“復讐”ノ証!ソレヲ外ス時ハ復讐ガ成シ遂ゲラレタ時ナノダァァァァアアアアア!!!】
本気を出したのか、それとも兜が外れた分身軽になったのかは知らないが、首無しの鎧はそれまでと打って変わってかなり俊敏になってアイク先輩を切りつける。
「ぐっ!」
アイク先輩はそれを拳で受け止める。
しかし鎧の攻撃は一撃だけでは終わらず、二撃、三撃と次々打ち込まれる。
それをアイク先輩は、右手のガントレット一つでどうにか受け流し続ける。
「っ、『治癒』!!」
サクラの治癒魔術がアイク先輩が受け止められずについた掠り傷を癒すが、鎧の剣戟はそれを上回る速さだった。
「『煉獄弾』!!」
先輩をどうにか援護しようと魔術を放つ。
しかしそれを鎧は、剣戟の最中だというのに左拳で軽く払い除けた。
バケモンかよこいつ。
…仕方がない。
右ポケットから指輪を取り出し、それを中指に嵌める。
「―力を貸せ、【暴食】!」
【―たァァァァァァァァァァァァァ!!!!!
呼ばれて参上暴食さんだぜぇ!!?今回はかなりスパンが短ぇなァオイ!!!一体どういう了見だゴラァ!!!】
「御託はいい!
暴食!あの鎧を倒す方法を教えろ!」
暴食に敵の存在を知らせるべく、俺は首無し鎧を視界に入れる。
【…なるほどなァ。『デュラハン』と似たような姿形をしているが、どうやらそれとは違う種族のようだ。
奴が『デュラハン』と同じ原理で動いているのだとすれば、顔となる部位にある『駆動印』を消せば動きは止まるが…。
おそらく、奴はそんなんじゃ消えやしねぇなァ】
「ならどうしろと!」
【いいかユウマ、奴はおそらく“怨念”によって突き動かされていやがる。
その怨念の元を断てば、奴も動きを止めるだろうよ】
怨念の元って言ったってよ…!
奴と話が出来るなら、その根源も分かるかもしれないが。
俺たちの話を聞いてくれる様子にはとても見えない。
なら、奴を倒すことは不可能という事か…?
…いや、待てよ。
鎧は俺たちがタイムカプセルに刻まれた罠を起動したことにより現れた。
約二百年前の卒業生のタイムカプセルに。
二百年前。
それは大罪戦役が起こった時代。
…つまり、この鎧は。
この『復讐の怨念』は。
「…お前、まさか二百年もの間あのタイムカプセルを護っていたのか?」
【……………何?】
俺の言葉を聞くと、復讐の怨念はピタリとそれまでの動きを止めた。
【貴様、今何ト言ッタ?】
「二百年。
お前は二百年もの間そのタイムカプセルを守り続けてきたのか、と聞いたんだ」
復讐の怨念は再度俺の言葉を聞き返すと、その右手に持つ大剣を手放した。
【モウ、200年モ経ッタト言ウノカ?】
やはりそうだ。
「…お前は、二百年前に魔神に殺された生徒の一人なんだな」
「…何だって?」
【…ソウダ。
俺ハ、俺タチハ200前ノアノ日に、コノ場デイツカノ再会ヲ誓ッタ。
世界ニ“魔神”ガ訪レタノハ、ソレカラ直グノ事ダッタ。
魔神ハ北ノ大陸ヲ滅ボシタ後、次ニ標的トシタノガ東ノ大陸ダッタ。
俺タチハ魔神ニ何ノ抵抗モ出来ナイママ、ソノ命ヲ散ラセタ】
「…二百年って、それじゃつまり」
「あたしたちの大先輩ってわけじゃないか…」
【皆ハ先ニ旅立ッタ。俺ダケガ取リ残サレタ。
ダカラ俺ハ最後ノ足掻キトシテ、コノ誓イノ場ニ眠ル彼ラノ“努力”ダケハ守リ抜コウト、コノタイムカプセルニ我ガ身ヲ封印シタノダ。
コノ“努力”ダケハ、魔神ノ手カラ守リ抜クト。
魔神ニ、復讐ヲ誓ウト】
二百年前から続く復讐の記憶。
ここはその記憶が封じ込められた、怨念の場所だったのだ。
俺が感じた違和感の正体も、きっと彼の怨念を感じ取ったものだったのだろう。
【だったらもう安心して逝け。魔神は俺たちが封印したからよ】
【…ソウカ。世界ハ平和ニナッタノダナ?】
「ああ。
俺たち後輩に後は任せて、安心して同窓会に行ってきてくれ」
【…アア、ソウスルトシヨウ…】
復讐の怨念のその身が、淡く光り輝いていく。
【…オ前タチノヨウナ後輩ニ会エタ事ヲ、嬉シク思ウゾ…―】
その言葉を遺して、彼は天へと昇っていった。
「…さて」
改めてタイムカプセルの周りに集合した俺たち。
彼らが遺した“努力”の正体を確認しようとしていた所に、タイムカプセルに一つの変化が起こったことに気付いた。
「…こんな一文あったか?」
「いや無かったな。
…全く、年の離れた先輩も粋なことをするものだな」
=====
エニストル学園 第206期生
彼らの卒業を記念して、彼らの努力をここに修める。
二百年先の後輩たちに、我らの“努力”を託す。
====
―――――
後日。
タイムカプセルの中身はギルド本部に送られることとなった。
「しかし、あんなのを送って良かったのかねぇ?
仮にも学生の努力の結晶だぜ?」
「仕方ないだろ?生徒会側がそれを決めて、理事長がそれを許可したんだからあたしたちにはどうしようもない」
「そうそう。
一応ギルドにアレが承認されたら私たちの学校経営費に充てられるようだし、まぁ無駄にはならないさ」
「…それにしても、昔の先輩たちは凄かったんだな」
「キュウキュウ」
―タイムカプセルの中身。
それは当時の学生たちが悩み、時には話し合い、そして試し、色々な試行錯誤を繰り返して完成された幾つかの魔術の術式だった。
紙に書かれたそれらは二百年という時を経て随分とボロボロになってしまっていたが、それでもまだ読めるぐらいには形を残していた。
俺たちはそれを持ち帰り、翌日別の紙にそれを書き写してから理事長に提出した。
原本となる彼らの“努力”は、あの地下へと再び戻すことになった。
彼らの“努力”は、俺たちにそう簡単に扱えるものでは無かった。
「―そうだ!
あたしたちもタイムカプセルを作ろうぜ!」
「は?」
リーナが突然そのような提案をしてくる。
「いやいや、まだ俺たちは一年生だぞ?
タイムカプセルってのは普通卒業生が作るもんでだな…」
「んなこた知ってるよ。
だから、『学生』としてのあたしたちじゃなくて『友達』としてのあたしたちで、何かを遺すんだよ!」
「ふむ、それは面白そうだね」
「確かに、それならアリかもしれねぇな」
「キュウキュウ!」
「お前ら…」
ったく、リーナも随分とクサい台詞を言うようになったもんだ。
てかアスモまで乗り気かよ。
仕方ない、その提案に乗ってやるとしよう。
「よし、じゃあどこに埋める?」
それから俺たちは、タイムカプセルを埋める場所を話し合った。
―――――
都市を少し離れて、俺たちは平原の適当な地点に来ていた。
「こんな所に埋めるのか?」
ここは街から外れており、魔物が出てくる地域だ。
そんな場所にタイムカプセルを埋めるなんて、少し危険じゃないか?
「埋めるなら自分たちだけが知る場所がいい、って言ったのはアイサカ君だぞ?」
「確かに言ったけどよ…」
だからって、郊外に埋めることはないだろうに。
五十センチ程度の穴を掘り終えて、そこに手頃なサイズの箱を置く。
「よし、じゃあ皆中身を入れていくか」
真っ先にウルスが、ポケットから出したものを入れ始めた。
「お前、なんてもん入れてんだ…」
「いいだろ?未来にこれを見たらきっと驚くぜ?」
そりゃ驚くだろうな。
「私はこれを」
と、次にサクラが中身を入れる。
「そんなもの入れていいのか?」
「ああ。こういうのは普段から大事にしているものを入れるものだろう?」
そうかもしれないが、今現在使っているものじゃなくてもいい気がするんだがな…。
「次はあたしだな」
リーナは一つだけを箱の中に入れる。
「…それだけでいいのか?
俺たち五人だけなんだから、もっと入れても…」
「いいんだよ。今は生活が苦しいからな、あまり無駄にはしたくないし」
だったら何でタイムカプセルなんて提案したんだよ。
「キュウキュウ」
アスモは色々と中に入れていく。
「なるほど、確かにアスモ特有のものだな」
「キュウ!」
アスモは中身を入れ終えると、俺の頭上に乗っかってきた。
十年後二十年後、コイツも相当成長していたりするんだろうな。
「俺が最後か」
俺は右ポケットから指輪を取り出して、その中に放り込もうとする。
「「「待て待て待て待て」」」
三人に引き留められた。
「冗談だって」
指輪を仕舞い、代わりにポケットから取り出した物を箱の中に放り込む。
「お前…そんなの入れていいのか?」
「いいんだよ。未来の俺が見たら今の俺に感謝したくなるだろうな」
「うわぁ〜…、やな奴」
「いやまだあるぞ?」
もう一つ、ポケットから取り出して箱に放り込む。
「これは?」
「将来説明するよ」
ウルスがそれを拾い上げるが、今は説明しない。
今放り込んだ物に特に意味は無いが、タイムカプセルにはそういう“意味”が重要じゃないんだ。
タイムカプセルってのは、昔の自分たちを懐かしむことが出来るのならそれでいいんだ。
それを入れたことを覚えているかは分からないが、まぁボケてたらボケてたで仕方がないとしよう。
「じゃあ、埋めるぞ」
リーナが土魔術で穴を塞いでいく。
「きっと将来、また皆で来よう」
「当たり前だろ?そのためのタイムカプセルなんだ」
「そうだな。あたしたちも将来無事に再会出来るように頑張ろう」
「キュウキュウ!」
各々の思いを口にして、埋められていくタイムカプセルを見つめる。
そうだな。きっとみんな、無事でまた会えるさ。
卒業にはまだまだ遠いが、俺たちはきっとこの場所にまた集まる。
「―十五年後、またここで会おう」
「1年目:夏 〜残暑編〜」完結




