8月4日:“強さ”
「……」
ベッドで寝息を立てているアスモを起こさないように、そ〜っと、そ〜っと、音を立てないようにして自室のドアを開ける。
普段着ないジャージに身を包んだ俺は、これまた音を立てないようにして、隠密にドアを閉めた。
――――――――――
リーナの母ちゃん、生徒会の強化合宿、そしてクソ野郎とのフィールドワークを経験して二つ分かった事がある。
一つ。この世界の人間は基本的に身体能力が高い。
ファングのあの異常とまで言えるような剣術の腕、そしてアルト先輩やエリーは(弱っていたとはいえ)龍種と対等に渡り合える戦闘能力を有していた。
全員が全員そうというわけでは無いだろうが、少なくとも俺の周囲の人物には身体能力が発達した人間が多い。
この世界で生き抜くためにはあれぐらいの実力は身につけていて当然、という事だろう。
もう一つは、魔物もそれに倣うかのように凶悪性のある魔物や戦闘能力のある魔物が溢れかえっている、という事。
リーナの母ちゃんが変異したあの化け物、それに生徒会の強化合宿の時のダンジョン遠征、それにフィールドワークの際に生け捕りにした蛇犬。
前者の二つは、西の大陸だったり未確認の生物だったりと、苦戦する理由もある。
しかし、蛇犬はどうなのだろうか。
――後から調べた情報によると、俺たちが捕獲した『サーペントドッグ』はB+ランクの危険度を有している。
あの時はまともに戦闘していなかったから分からなかったが、もし本格的に戦闘していたらどうなっていたかは分からない。――
蛇犬と遭遇したのはここ東の大陸。ミレーア大陸は他の大陸と比べて安全な大陸であると言われている。
安全な大陸ですらあんな大型のヤバそうな魔物が潜んでいるんだ。もし俺が街の外に出たとして、一人で生き残れるかどうか分かったもんじゃない。
もしかしたら、一日もせずに魔物に惨い殺され方をしているかもしれない。
と、異世界にやって来てまだ半年も経たないうちに思いもしないような経験を沢山してきた俺だが。
もうね。さすがに俺も自覚しますよ、そりゃね。
――このままだったら、確実に俺は死ぬ。
多少の傷はすぐ治るからとか、そういう問題では済まされない。
今の俺の足りないものはァ!それはァ!
体力武力知力腕力胆力しぶとさ俊敏さァ!
そして何よりもォ!
『強さ』が足りないッ!
物理的に死ぬのももちろんだが、このままだと周りの生存競争にも生き残れないような気がしている。
物理にも死ぬ日が来そうだし、社会的にも死ぬ日が来そうだ。
そこで俺は、「このままではマズイ、何か策を考えねば」と思い、自分に何が出来るのかを考えた。
結果、まずは一番足りない『強さ』……は置いといて。
すぐにでもスキルアップが目指せそうな『体力』と『武力』、つまりスタミナと戦う術をどうにかしようとした。
そんな経緯で現在、俺は学園の敷地内をランニングしている。
「ぜぇ、ぜぇ……」
この学園の敷地はわかり易く、そして広い。
何せ正方形一辺が約二キロメートルの広さ、つまり約四平方キロメートル。某夢の国が丸々三個くらい入っても全然スペースが余る。
流石に学校敷地に面積を使いすぎだと思うが、ここは学術都市。学問に力を入れるならこういうことがあってもおかしくはない。それにしても広すぎるが。
都市自体の広さもロサンゼルスほどあるのだから、全体的に見れば使い過ぎということは無いのかもしれないな。
とにかく、ここまで無駄に広い学園の敷地はランニングのコースにするにはうってつけだ。
だって壁に沿って一周するだけで約八キロ走ったことになるからね。
そんな味気のない走り方はしないが、学園の敷地を走るだけでも体力づくりになるのは確かだ。
俺は学生寮を出た後、学生寮からノンストップで走って十分ほどで辿り着ける演習場までの道のりをランニングコースとして、俺は走り込みを始めた。
が。
「キッツ……」
その距離、およそ二キロ近く。
学生寮からほぼ真反対にある上に、本校舎や運動場、道のり通り行くのであれば部室棟や旧校舎も通らないといけない。
バカである。この学園を設計した人間は世界一の馬鹿か能無しだ。
流石に二キロをぶっ通しで走る事なんて出来るはずもなく、途中で重くなった足を止める。
気持ち悪い。慣れない運動なんかするから吐き気が込み上げてくる。
……そういえば、遠征の時に全力で走った時があったな。確かシーナが突然独断行動をおこした時だったか。
あの時は走ってる時に疲れなんて感じなかったが、どうしてだろうか?
なんだろうか、人間本気になれば何でも出来る的な根性論だろうか。
どちらにせよ、あの時は何故か走ってる時は疲れを実感しなかった。どうしてかは分からんが、まぁ今となってはどうでもいいか。
過ぎた事象にあまり疑問を張り巡らせても、返ってくるのは自分自身が出した曖昧な答えだけだ。
「ふぅ……」
汗を拭い、息を整える。
しばらく休んで体力も回復した。
再び小走りを始め、ランニングを再開。
しかしまたすぐに息切れを起こす。
少し休んでランニング再開。
息切れ。
無限ループって怖くね?
そんなこんなで、途切れ途切れではあるがどうにか二キロ程の距離を走り切った。
「……もう辞めようかな」
心は折れかけていた。
ここまで辛いとは思わなかった。こんなに自分の体力が無いとは……。
運動不足を思い知らされると共に、挫折感と倦怠感を感じた。
いやいや、こんな簡単に諦めてはいけませんよアイサカさん。
諦めたらそこで異世界終了ですよ……?
俺の中の太っちょの先生が肩を叩く、ような気がした。
――安東先生……!!特訓したいです…………
しょうもない茶番はさておき。
そんな簡単に諦めるわけにはいかんのは確かだ。
演習場の壁にもたれかかっていた体を奮い立たせ、軽くストレッチを済ませる。
朝のラジオ体操は学生寮前で済ませてきちゃったしな。
「……朝早いですね、魔術の訓練ですか?」
「ん?」
演習場から出てきた人影に声を掛けられる。
朝日に照らされて姿を顕にしたのは、翡翠のポニーテールを輝かせたアルト先輩だった。
――――――――――
「――面っ!」
「イタァ!!」
ブンッと音を立てて撓る竹刀が俺の脳天に直撃する。
この世界に竹刀という道具はあっても、剣道具というものは存在しないらしい。
俺はジャージ姿のまま、アルト先輩の指導で剣術訓練を受けていた。
――。
「剣術、ですか」
アルト先輩と出会った俺は、「丁度いい」と思い先輩に剣術の指導を付けてもらうようにお願いしてみた。
「一応聞いておきますが、剣の心得は?」
「ないです」
「……でしょうね」
生まれてこの方、一度も竹刀などは握ったこtごめん嘘ついた。そういえば体育の時に何回か木刀振り回してたわ。
しかし剣術そのものには触れたことは一切ない。授業で構えなどは教わっても、流派なんかは全く触れることはない。
俺の素人目で見た予想では、アルト先輩はどこかの流派の門下生のような気がする。それも相当な腕前の。
もしかしたら『ディアル流』とかいって自分の家の流派とか受け継いでいるのかもしれない。
関係ない話だけど、『ディアル流』ってなんか『デュアル』と名前が似てるな。
二刀流でスターなんとかうんたらを披露しそう。
「……別に構いませんよ。朝の鍛錬ついでで良ければ稽古をつけてあげます」
「いいんすか」
予想していたよりもあっさりと許諾を得られた。
先輩の事だから、「己の強さぐらい自分で磨きなさい」とか言うものかと思っていたが。
「丁度私も『師範』を名乗っていいと兄弟子に言われていましたので、いい時期です」
「師範名乗れるって……。やっぱりどこかの流派を習ってるんですか?」
「ええ。
『夢幻一刀流』という門下生の少ない流派ですが。
……確か最近、宗家の血筋が完全に途絶えてしまったので今は兄弟子が家元を継いでいますね」
「……それは、大変でしたね」
「はい。私もこの事を知ったのはこの前の合宿から帰ってきた直後でしたので……」
他人事になるが、先輩にとっての師匠が亡くなったという事は、それはある意味義理の親を亡くしたようなものだろう。
どういう心境なのかは分からないが、きっと親しみのある人なら辛い思いをしているはずだ。
……なんか、そんな状況なのに「剣術を教えてくれ」なんて少し気が重いような。
「……さて。湿っぽい話はここまでにしておきましょう。
演習場が空いていますので、そちらの方に移動しましょう」
「よろしくお願いします」
心を切り替え、アルト先輩は出てきた扉を再び潜り演習場の中へ入っていった。
俺もその背中を追って演習場の扉を開けた。
――。
それからというもの。
軽い準備を終えた後からは、三十分間ぶっ続けでみっちりと地稽古を行った。
とは言っても、俺の方から打ち込むことはほとんど出来ず、アルト先輩の打ち込み台と化すだけだった。
しかし、アルト先輩はその間ずっと、手を抜くことは一切しなかった。
威力的には手を抜いていたかもしれないが、立ち回りや技のキレ、そして実戦を想定しているかのような剣捌きで、その動作一つ一つに真剣味が感じられた。
この人、真面目に俺に剣術教えるつもりだ。
……軽い気持ちで「教えてください」なんて言ったが、これは俺も真剣に向き合わないと失礼だな。
「……まぁ分かってはいましたが、相当酷いですね。立ち回り以前に基本がなっていない」
「そこまで酷いんですか」
「酷いです。これならまだシルヴィに剣を握らせた方がマシなレベルです」
マジかよ。
シルヴィは誰がどう見てもインドア派の奴で、運動なんてろくにしなさそうなタイプだと思うんだけどなぁ。
人は見かけによらないという奴なのか、それとも単純に俺がシルヴィ以下の運動能力なのか。
「いいですか?まずは柄を握る両手の間隔を広げるんです。バットみたいな持ち方じゃなくて、柄の端と端を持つようなイメージで」
「こうですか?」
言われた通りに、塚を握る両手の幅を広げる。
「……というよりまず持ち手が逆です。右と左を交換してください」
「……こうですか?」
「後は左手首をもう少し内側に向けて、竹刀を真正面に構えてみてください」
言われた通りに竹刀を体の軸に合わせる。
――。
「……これが刀を構える時の基本的な姿勢です」
「剣術って、割と大変なんですね……」
一通りアルト先輩に剣術の基本を教えて貰い、それっぽい立ち姿をしている。
だが、疑問に思うことがある。
「……でも先輩は、戦闘中こんなキレイな姿勢をしていませんでしたよね?」
剣術の姿勢は、そりゃあ他の人から見たら綺麗な佇まいに見えるかもしれない。
しかし、こんな姿勢を維持したまま戦闘を行うのは至極困難だ。
模擬戦ならまだいい。命を奪われることは無いからな。
しかし、相手が敵意を持った生命体、魔物や犯罪者だったとした場合、この構えを保ちながら戦闘するなんて出来る訳が無い。
こんな構え、相手に魔術での攻撃の隙を与えているようなものだ。
「ええそうですね。私はこの構えを一度たりとも見せはしませんでした」
「ならどうしてこんな構えを?」
「言ったはずです。“基本”がなっていない、と。
基本が出来ない人間に“応用”が出来るわけありません。ですので、まずは基本を覚えてもらうことにします」
うーん……。言ってることはごもっともだけど……。
「……簡単に強くなる方法なんて無いんですね」
「当たり前です。世界各地で活躍している冒険家の人たちだって、各々が日々研鑽を積んできた結果を手にしているのです」
この世界はそんなに甘くないようだ。
……でも、魔術はこの世界に来た時と比べたら一気に成長してると思うんだけどな。
武術と魔術では勝手が違うということか。
「……もう日も昇って来ました。今日のところはこれぐらいにしておきますか」
アルト先輩に言われて初めて、もう太陽が完全に出きっていることに気付いた。
やっべ。軽いランニングのつもりが、まさか剣術訓練でこんな時間まで縺れ込むとは……。
帰ったらアスモに朝飯をやらないと。
「……ん?“今日のところは”?」
「はい。
これから夏休み期間中、7の日以外は毎日ここに来ること。集合時間は5:30とします」
「………………はい……」
非常に面倒なことになってしまった。
これは、捕まえる相手を間違えてしまったのかもしれないな……。
――ちなみに、先輩が言った『七の日』というのは元の世界でいうと『日曜日』のことを指す。
この世界では曜日に代わって、『一の日』『二の日』というように、一週間の日にちを『七の日』で区切っている。
つまり、先輩が言った事は「日曜日以外は毎日朝五時半にここに来い」と言っているのと同じである。――
拒否ってしまえばそれで済む話ではあるが、先輩もわざわざ自分の時間を割いてまで俺の特訓をしてくれると言うのだ。
この好意を無下にするようなことはしたくない。
「では私はこれにて。あなたも帰ったらお風呂に入った方がいいかと思いますよ」
先輩は一足先に、演習場の競技場から離れようと通路へと向かう。
「……あぁ、そういえば」
と、通路へのドアを開ける寸前で足を止め、振り返る。
「武力をつけたいと言うなら、会長を訪ねてみてはどうでしょうか」
――――――――――
それから二時間。午前九時。
俺はアスモと共に生徒会室の扉の前に立っていた。
「ここが生徒会室……」
他の教室とは扉の造りが違うことから、この部屋はこの学園の中でも特別だと言うことが見て取れる。
「ふぅ」と息を吐き、一呼吸置く。
そして、生徒会室の扉を二回ノックし、扉を開けた。
「……ユウマか。どうした?」
会議室のように左右に並べられた長机。その奥に、一際目立つ立派な机に会長は座っていた。
片っ端から書類にサインをしている所を見ると、どうやら執務中のようだ。
「あ〜、お邪魔だったようで……」
「よい。少しそこで待っていろ」
と会長が言うと、先程までとは比べ物にならないような速さで書類へのサインを進める。
そして、一分もしない内に山のようにあった書類を全て片付けてしまった。
「……ちゃんと書いたんだよな?」
「安心しろ。こう見えても走り書きには自信がある。
それでどうした。貴様から訪ねてくるとは珍しいな」
「ああ、実は――」
――。
「……成程、それで貴様は強さを手に入れたいと」
「どうにかなるか?」
一通り会長に説明をし終えた。
あの遠征以来、会長には出来る限りタメ口を話すようにしている。
遠征帰りの途中、本人に「タメ口で話せ」と命令されたからだ。
俺としては目上の人間にタメ口を使うのは些か忍びないが、本人の希望ということであれば仕方がない。どうしてタメ口を好むのかはあまり分からないが。
「ふむ。貴様はあの合宿を経ても尚、力を求めると言うのか。
【暴食】の力を手に入れてもまだ力が足りない、と」
「いや、そこまでは言わないけどさ……」
合宿を経験して得た実力は、確かに俺自身が自分の力で手に入れたものだ。
しかし、烙印の指輪に関しては違う。これは、俺自身の力ではなく、指輪そのものの力だ。
指輪を常に付けているわけにもいかない。俺は、指輪に頼らなくてもそれなりに生き抜ける力が欲しいんだ。
「……ハッハッハ!!!
そのハングリー精神、気に入った!流石は我が認めた漢よ!」
と、突然笑いだした会長はそう言って、右の指をあげた。
「ならここは1つ、『鬼ごっこ』と洒落こもうではないか」
「『鬼ごっこ』?」
「ああ。
ルールは簡単。我が鬼で貴様が獲物。我に捕まったら貴様は半殺し。以上」
「ちょっと待て」
今コイツ「半殺し」とか言わなかったか?
待て待て待て。俺は訓練的なものを所望していると伝えたはずだ。
なのに何故、命を掛けたリアル鬼ごっこをしなくてはいけないんだ?
「遊びでやるようでは強さを身につけるなど夢のまた夢だ。我は鍛えるとなれば全力で鍛えるからな」
「……あ〜」
そういえばそうだった。
合宿の最中、俺はこの人から色んな魔術の訓練を徹夜で、しかも一夜漬けで仕込まれたんだった。
あの時は本当に死にかけるような場面もあった事を考えると、コイツはやる時はガチでやるタイプの人だ。
……あの地獄を、もう一度味わうのか?
「……範囲は?」
「む?」
「鬼ごっこなら、逃げる範囲も指定しないといけないだろ?」
やってやろうじゃないか。
悔しい事に、コイツのスパルタ特訓は実際に実を結ぶ。今回の特訓も乗り越えることが出来たのなら、俺はそれなりの強さを身につけることが出来るだろう。
……生き残っていれば、の話だが。
「……そうだな。では逃走範囲はこの都市全体とする」
「はぁ?」
流石に広すぎるだろ。
この都市全体っていったら、それはつまりロサンゼルス全体が舞台のようなものだ。
いくら会長と言えども、それは流石に舐めプが過ぎる。砂漠の中から一粒の砂を見つけるようなものだ。
「ふっ、我を見くびっては困る。いざとなれば『千里眼』を使うことも出来るからな」
「スコープアイ……」
会長が目を見開いて見せると、その青眼の瞳がジワジワと紅色に変色していく。
言葉の響きとその行為から、『スコープアイ』と呼ばれるものが何となく「遠くを見通す力」だということを察する。
「ちょ、それチート……」
「さすがに使いはしないがな」
と、瞳の色を元の青色に戻した。
なんだそれ。まさか“魔眼”的な何か?スッゲェかっけぇ。
「時間は、そうだな……。
我が行動を開始するのは11時から。その間までに貴様は遠くへと逃げるがよい。
終了時刻を午後7時とし、刻限丁度に学園の正門に集合することとする。間に合わなければその時点で敗北とみなし、我は貴様を半殺しにする」
怖っ。
時間に間に合わなくても死、捕まっても死とか。俺にデメリットが多過ぎないか?
「そんだけ不利な条件なら、俺が勝ったら何かあるんだろうな?」
「む。……成程、それもそうだな……」
と、会長は顎に手を当ててしばし考える。
「……そうだな。
もし貴様が勝てたとしたら、我がストライフ家の財産全てを譲ろう」
え?
「そマ?」
「マジだ。万が一にでも勝てたら、の話だがな」
いやいやいや、いいんですか?会長さんよぉ?
俺、どんな手使ってでも逃げちゃうぜ?
って、こっちも命を掛けてるんだったな。それぐらいの報酬はあっても当然か。
まさか、こんな形で逃走中を経験するハメになるとはなぁ……。
「……ああ、それともう一つ」
と、会長は俺の頭に乗っかっているアスモをヒョイとつまみ上げた。
「キュウ?!」
「此奴は参加禁止だ」
「何でだよ!」
「貴様自身で言っていたではないか。“己だけの実力を身につけたい”と。
この雛龍も、貴様の実力に含まれるのか?」
「……」
そうだ。
アスモは別に俺の半身というわけじゃないし、俺もアスモの力を借りているようじゃ、自分の実力を身につけられない。
アスモがいると上空からの索敵とかも出来てしまうからな。
これは俺自身の問題だ。アスモには悪いが、少し留守番をしていて貰おう。
「アスモ、少し留守番していてくれるか?」
「………………キュウ」
アスモはかなり悩んだようだったが、渋々といった感じで首を縦に振った。
「此奴は我が生徒会が責任を持って預かっておこう」
会長はアスモを、生徒会長用のデスクにチョコンと乗っけて、軽く首を鳴らす。
「それと、指輪もこちらに渡せ。使用禁止とする」
「……やり過ぎじゃねぇか?」
口では言いつつも、右ポケットから指輪を取り出して会長へと投げ渡す。
それを受け取った会長は、アスモの背中の鱗にそれを引っ掛けた。
「では始めだ。今から1時間半、貴様には逃走の猶予を与えよう」
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
俺は生徒会室を飛び出し、廊下を駆け抜けた。
――――――――――
それから一時間。
会長が動き出すまで後三十分。
俺はまだ訪れたことのなかった冒険家区に来ていた。
「ほぉ〜……」
冒険家区と呼ばれるだけあって、街ゆく人々は皆それっぽい格好をしている。
重厚そうな鎧に身を包み、背中に大剣を背負う厳つい男。あれはどう見ても戦士だろう。
身軽そうなローブに身を包み、首元から杖の先端部分であろう不思議な宝石を見せる可憐な女。あれも魔術師だと見て取れる。
また別には、上半身裸で武器のようなものを持たない無骨な男。おそらく武闘家だろうか。
とにかく、十人十色の職業がこの地域には溢れていた。
「さて、と」
俺がここに来た目的。まだ来たことが無いことからの好奇心もあるが、メインはそこじゃない。
そう。もちろん会長から逃げるためである。
そして俺はこの場の光景を見て、逃げるには絶好の場所と確信した。
人には、特に親しい人物や憧れの人物には大体、その人物に対する固定観念が存在する。
例えば俺から見た“キュリエス・ストライフ”という人物は、大胆不敵で傍若無人、そして圧倒的な実力を持つ男というイメージだ。
その人物が大人しくなって不良にボコられるような光景を俺が目撃したら、俺はその人物をどう思うだろうか。
おそらく、そのボコられている人物が“キュリエス・ストライフ”ということにすら気付かないような気がする。
つまりどういうことが言いたいのか。
人が急激に変わってしまったら、おそらくその人間は知人に気付かれないのでは?ということだ。
というわけで。
「あいよ、毎度あり!」
そこらの露天で暗めのフード付きのローブを購入。それをその場で徐に羽織る。
「サイズは?ちゃんと合ってるか?」
「ああ、全身隠れててバッチリだ。ありがとな、おっちゃん」
店主にお礼を言って、その場を去っていく。
そう、変装だ。
ここには、今の俺と同じようにローブを羽織っている冒険家たちがわんさかいる。
その中に俺が紛れ込んだとしても、多分誰も俺の事を認識出来ないはずだ。
しかし、やってはいけないことが一つある。
それは、ビクビクしながら行動することだ。
ビクビクしながら行動をすれば、その分俺は周りから浮いたような存在になってしまう。
周りに溶け込めていないと、それだけ俺の存在がバレてしまう確率も跳ね上がる。
周囲の会長の存在に最大限の警戒を払いながら、それでいて堂々と立ち振る舞う。
今の俺は『冒険家のユウマ』だ。『エニストル学園のユウマ』ではない。生き残るためには、その役を最大限演じきらなければ。
フードを深く被り直し、冒険家区の人混みに紛れて歩く。
どこかで現在時刻を確認したいな。良さげな場所はないだろうか。
「……ここか」
人混みに流されながら街を歩いていると、冒険家ギルドの所まで辿り着いていた。
ここなら時間も確認出来るし、冒険家として身を紛らせるのにはうってつけだ。
ギルドのウエスタンドアを押し開き、ギルドへと足を踏み入れた。
――――――――――
現在時刻、午前十一時半。
会長が動き出してから三十分が経過した。
「……」
俺はそのまま冒険家ギルドに居座り、そのままカウンターで適当な飲み物と美味そうな食い物を注文して、そこで昼飯を摂ることにした。
……内心、かなりビビっている。脈拍が大きく跳ね上がっているのが自分でも分かる。
今この場で食事をしている最中、会長がギルドのドアを開けて中に入ってでもしてみろ。
おそらく俺はその場で気絶するだろう。
バンッ
「っ?!ゲホッ、ゴホッ!!」
突然ギルドのウエスタンドアが雑に開かれた。
変な考えを巡らせていたその時だったので、思い切りポテトを喉に詰まらせてしまった。
どうにか水でそれを流し込む。
「……っぷはぁ……」
死ぬかと思った。
命懸けの鬼ごっこをしている最中に食べ物を喉に詰まらせて窒息死とか全然笑えない。
全く、一体誰がそんな乱雑にドアを開けたんだ。
「――テメェが『グラン・ブリスベン』だな」
「は?」
ドアを開けた狡猾な男たちは迷うことなくことらへと歩を進め、そして食事中の俺の胸倉を突然掴みあげた。
「な、何か用ですか?」
俺は身に覚えがないが、穏便に事を済ませるために一応礼儀正しい反応を返す。
すると、俺を掴む大男が怒鳴り声をあげた。
「とボケてんじゃねぇぞ!!
テメェが俺たちの塒から金塊を盗み出したのは知ってんだ!!ぶっ殺してやる!!」
おしっこチビりかけました。てか少し漏っちゃった。
どうやらこの男たちはどこの誰かさんと人違いをしているようだ。
俺はグランうんたらという名前じゃないし、金塊なんてもんも全く覚えがない。
どうにかして誤解を解かなければ。
「ちょ待てよ!俺はユウ」
バキッ
言葉を言い終える前に、気付けば俺は床に叩き伏せられていた。
「ああ?!聞こえねぇなぁ!!」
「……テンメェ……」
要するに聞く耳持たずってわけかよ。
「俺たちの財産を盗み出したようなならず者だ、テメェは奴隷商に売り渡してやるよ!!」
成程、そういう魂胆か。
金に困った男たちは弱そうな人に適当な言いがかりを擦り付けて、無理矢理捩じ伏せて奴隷商に売り捌き、そして金銭を稼いでいる。
それにしても、奴隷商なんているのか。
おじさんとてもワクワクしちゃうぞ。
「……あ?何ニタついてやがる」
「いやちょっと、妄想が膨れ上がりまして」
「ああ?今ので頭イカれちまったか!」
ガハハ、と三人組の男たちは爆笑する。
その声は、突然の出来事で静まり返ったギルド内に響き渡った。
「――じゃあお望み通り、奴隷商のとこに連れてってやるよ!!」
大男が拳を放つ。
先程は不意打ちで喰らってしまったが、二度目は通じん。
それは直撃寸前でギリギリ回避し、大男の空振りに終わる。
「……テメェ、おちょくってんのか!!」
どうやら、俺が回避したことにより大男の沸点が頂点に達したようだ。
「テメェら!囲め!!」
大男の号令で、取り巻きの二人の男たちもダガーを取り出して臨戦態勢に入る。
さすがにマズいな、これは暴食の力を借りるしか……。
「……」
ポケットの中を探るが、指輪の感触は無い。
そうだった。
鬼ごっこを始める前に、会長にアスモもろとも預けていたんだった。
悪魔め!!
「へっ、俺様に楯突いたことをあの世で後悔するんだなぁ!!」
どうするどうする?俺だけの力ではこの場を丸く収めることは出来ない。
……さすがに人を殺すのはマズい。全力を出すことは出来ない。
だったら手加減してあしらうか?
無理だ。相手はこちらを殺そうとしている。殺意のある相手と手加減して戦えるほど、俺には実力がない。
殺すのも駄目、戦うのも無理、だったらどうするべきか――。
「……いや!策はあるぜ!」
「ああ??」
「たった一つだけ、とびっきりお気に入りの策がある!」
「ほう?是非とも聞かせてもらいたいも」
「『煙幕』!!」
油断している隙に周囲に煙幕を生成。ギルド内は煙に包まれ、辺りからは動揺の声があがる。
「テメェ、まさか!!」
そう、俺がこの場を切り抜けるただ一つの方法。
「逃ィげるんだよォ!スモークゥゥゥ!!」
「な、なんだこの男ォ!!追え!!!逃がすなァ!!」
俺は取り巻きの男二名を引き連れてギルドを飛び出した。
――――――――――
冒険家区の建物の隙間から路地裏に入り、突き当たりを右に曲がったり左に曲がったり。
「しっつこいな……!!」
俺はまだ大男たちとのチェイスを続けていた。
かれこれ走り続けて三十分は経過しているだろうか。
一度は振り切ったと思いきや、すぐに見つかりまたチェイスが始まる。そんな事を延々と繰り返している。
魔術で適当に追い払おうともしているんだが、相手も中々の使い手のようで尽く撃ち落とされる。
ヤバいな。このままではスタミナが尽きてしまう。
奴らに捕まれば俺は奴隷商人の所まで連れていかれるらしい。それだけはなんとしても……。
……いや待てよ?
奴隷商の元に行けば、他の奴隷の方々とも接触する機会があるはず。
奴隷ということは、着せられている服はみすぼらしいものがテンプレだ。
つまり。
わざと奴隷商の元に行って女の子と接点を持てば、女の子のウハウハな所を眺め放題……!?
いや、もし奴隷商の手から解放してやる事が出来れば俺は英雄扱いされてハーレムになれるのでは!?
……さすがにそんな上手くいくはずもない。
まずコイツらに捕まった時点で生きて帰れるかどうかも分からんのに、そこから奴隷商のとこになんて行ってみろ。
本当にどっかに売り捌かれて一生奴隷として生活するのがオチだ。
それはいかん。自分の安全第一で行動しないと。
女の子のみすぼらしい姿は気になるが!気になる、が!!
「ちょぉぉっとストォォップ!!」
ごめん、将来の安全なんかでは目の前の欲望には勝てなかったよ……。
急制動を掛けて振り向き、男たちに停止するよう促す。
「んなぁっ!?何だテメェ!」
「……お金、欲しくないか?」
「は?」
「俺を奴隷商の元へ連れてけっつってんだよ!」
俺が大声をあげると、男共は酷く困惑したような表情を見せた。
「えぇ……?」
まぁそりゃそうなるよね。
だってさっきまであんなに嫌がってた奴が、急に「奴隷商の元へ連れてけ」なんて言ったら俺でも困惑する自信がある。
まぁ俺なんだけど。
「ア、アニキどうします?さすがにこんな奴と関わり合いになるのは……」
「いいや好都合だ!
俺たちはまとまった収入が入ってお前は望み通り奴隷商の元に行ける!これ以上のギブアンドテイクな関係があるか!?なぁ、お前もそう思うよなぁ!?」
「まったくだ」
そう。これはお互いがウィンウィンになる取引だ。どちらも損をしないし、それどころか利益しかない。
……命を張ることになるのはこの際目を瞑ろう。
「いよぉし!じゃあテメェを奴隷商の所に連れてってやる!!有難く思え!!」
こうして俺は、晴れて奴隷となった。
――――――――――
午後四時。
「ほう、お前が新しい奴隷か」
「ユウ……。グラン・ブリスベンです」
さすがに本名を出すのはマズいと思ったので、大男たちが言っていた謎の名前を出すことにした。ごめんよグランさん。
しかし陰気臭い部屋だ。
四方を囲む壁は五メートル四方ほどの正方形を形成しており、その中に俺は手足を縛られた状態で椅子に座らされ、奴隷商であろう太った成金の男と対面している。
「な、貴様言葉が分かるのか!?」
「?
当たり前d……でしょう」
俺が名乗りを上げたことに奴隷商は鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をする。
俺の方も、なるべく逆上させないように丁寧語を使うようにしよう。
「あの野郎ども、言葉が通じないからと言って売り出した癖に……!」
「何か不都合でも?」
俺が言葉を分かってしまうのがダメなことなのだろうか。人なんだから誰でも喋れるに決まってるだろう。
ましてやここは学術国。言葉が通じない方が……。
……ああ、そういうことか。
奴隷には言葉が通じない方が、つまり勉強をしていない人間の方が都合がいいわけか。
もし言葉が通じてしまうのなら、奴隷の搬送先とかも筒抜けになってしまうからな。
クソっ、だったら迂闊に名乗りをあげたのは失敗だったか。
「……まぁいい。
お前の買い手が見つかるまでは檻の中で大人しくしているんだな」
檻、か。
やっぱり奴隷といったら檻の中に閉じ込めるのが定番だろうか。
となると、女の子が手錠をしているような姿も……。
「デュフ、デュフフフ」
「な、何だお前!急に気味の悪い笑みを浮かべおって!」
「妄想が膨れ上がりまして」
「はぁ?」
何はともあれだ。
まずは脱出の方法を考えないとな。
――――――――――
奴隷商に連れられて、長い長い螺旋階段を降りていく。
「ここだ」
そして当初の思惑通り、みすぼらしい女の子と一緒の檻の中に閉じ込められることになった。
「入れ」
「……な」
エルフの女の子は酷く衰弱しており、本来なら艶があるであろう銀髪はパサパサに荒れていた。
壁に掛けられた鎖に手を繋がれた少女は、死んだような虚ろな目で空を見つめていた。
体の方もとても健全とは言い難く、肉付きがあるはずのその手足は酷く痩せ細っていた。
「……この人、生きてんのか?」
「フン、1週間飯をやらないだけでこのザマだ。お前には早く買い手が見つかるといいな、こうなりたくなければの話だが」
ドンッ、と奴隷商に背中を押され、無理矢理檻の中に閉じ込められた。
奴隷商は鉄格子の扉を閉めると、ガチャンと音を立てて南京錠に鍵をかけた。
「おい、何か飯は……!」
「奴隷にそんなものあるわけないだろう」
と、スタスタとどこかへ歩き去っていった。
ふぅ。
「これはいよいよだな」
さすがに色々とマズい状況になってしまった。四時間ぐらい前の卑しい考えをしていた自分を殴ってやりたい。
チラリ、と痩せ細った少女の姿を見やる。
……まずは命を最優先にするべきだな。脱出は後で考えるとしよう。
少女へと歩み寄り、少女の口元に水魔術を生成する。
「魔術の水はあまり体に良くないらしいけど、とりあえず飲んどけ」
そして、少量ずつ少女の口に流し込む。
それから程なくして、少女は大きく咳込んだ。
「大丈夫か?」
「……ァ……」
少女の瞳に光が宿り、紅の瞳が俺をしっかりと見つめる
やだ、そんなに見つめられるとわたし照れちゃう///
なんてふざけた事を言っている場合ではないな。
「言葉は分かるか?」
「……コト…………バ……」
うん。単語の意味は理解していないことは分かった。
しかし、答えを返した所を見ると会話自体は成立するようだ。
「名前は?」
「…………シェル……」
シェル。少女の名前らしい。
「ここから出るぞ」
「……?」
キョトンとしたような表情を一瞬見せると、シェルは自分の置かれた状況をようやく思い出したのか、手枷をガチャガチャ鳴らし、辺りに大きな金属音を響かせる。
「シーっ!!奴隷商が来たらどうすんだ、大人しくしてろ!」
「………………」
シェルはそれっきり、ピタリとも動かなくなった。
よし、大人しくなったな。エロいエロい。
煩悩ッ!!
「……さて」
現状を簡単に整理するとしよう。
俺はシェルと呼ばれるエルフの少女と同じ牢屋に閉じ込められて、どうにか脱出の糸口を探そうとしている。
シェルは少し回復したとはいえ衰弱していて、派手な動きは起こせない。それに壁掛けの手枷が繋がれていて自由に動けない。
……そういえば、なんで俺には普通の手枷だけなんだろうか。
単につけ忘れただけなのか、それとも舐められてるのか。
どっちでもいいか。壁に繋がれなかった分、行動が楽になったと思えばいい。
だとしたら、最初の関門は手枷をどうにかすることからだな。
シェルの手枷は鉄製の頑丈な造りなのに対し、俺の手枷は木製の質素な造りで出来上がっている。
俺のは簡単に壊せたとしても、シェルのをどうしようかが問題だな。
とりあえず、俺の分だけでも先に壊しておくとするか。
「『火炎球』」
小型の火球を作り出し、まずは手枷を真っ二つに焼き斬る。
そして片方の腕で片方の枷を完全に外して、また逆の事をする。
そして、俺を縛る木の板は完全に外れた。
「よし」
両手を握り直しながら、健在を確認する。これなら問題なく魔術が使えそうだ。
さて。後はシェルの手枷なんだが。
一つ、危ない方法を思いついた。
「シェル、動くなよ」
俺の呼び掛けにシェルはコクリと頷いた。
俺はシェルの頭上にある鉄の枷に手を乗せ、しっかりと固定する。
そして、鉄の枷に獄炎弾を押し当て始めた。
「ッ……」
しっかりと、ゆっくりと。鉄の枷に炎を焼きこんでいく。
溶接工事とは違い火花は飛び散らないが、それでも今は鉄を無理矢理溶かしている作業の途中だ。
今切断面に触れると、その部分には一生残る火傷が刻み込まれることだろう。
「――っはァ、はァ……」
そして、五分にもおける切断作業はどうにか無事に終わった。
別に魔力を使いすぎたというわけではないが、シェルに飛び火がいかないようにするために物凄く神経を消耗した。
しかし、おかげて派手な音を出さずに鉄錠を外すことが出来た。
カシャンと、小さな音を立ててシェルの両手首に付いた鉄錠が外れた。
「……ァ……」
これで第一関門は突破した。
次は“いかにして鉄格子の南京錠を解錠するか”だが。
「……ん〜」
南京錠は生憎鉄格子の向こう側に取り付けられている。
俺が南京錠に触ろうとすると、それに連動して鉄格子も少なからず音を立てる。
これは、バレずに鍵を外すのは難しいか?
いや、南京錠のロックを溶かせばいけるんじゃないか?
先程のようにして、熱で鉄を溶かすようにすれば……。
「……」
と思ったが寸前で止めた。
下手をしたら、錠を壊すのではなく鍵穴が壊れてしまい、最悪一生出られなくなってしまうからな。
となると後は。
「掘るか」
シェルのもたれ掛かる壁に手を当てて、コンコンと叩いてみる。
どうやら、この奥もぎっしりと最後までコンクリートたっぷりのようだ。
……そういえば、ここは地下牢だったか。
だったら掘って脱出するにせよどれくらいまで掘らないといけないのか、掘った先にどこに繋がるのかも分からない。
あまり安直に掘り進めるのも得策ではないか。
……八方塞がりだ。
そう思っていた矢先、シェルが鉄格子の前に立って物珍しそうな様子で格子を軽くつつく。
「……格子か」
そうだ。別にわざわざ御丁寧に出入口から出る必要もない。
扉がダメならすぐ横を破壊すればいい。
格子の扉をつつき続けるシェルの横に屈み、シェルにしてやったのと同じ要領で鉄格子に人一人が通れるぐらいの穴を開けていく。
今回は人に気を遣わなくてもいい分、作業も楽に終わらせられた。
一本一本、音を立てないように外れた鉄格子は空いた手でしっかりと掴み取り、最後の一本を焼き切った。
よし、これで脱出出来る。
「シェル」
シェルに呼び掛けて、脱出を促す。
ついでに、護身用として焼き切った鉄棒を一本ずつ持っていた方がいいか。
シェルに手頃な鉄棒を一本手渡し、それを受け取ったシェルはそれを軽く振り回し始めた。
三振りほどした後、シェルはその行動を止めてコクリと頷いた。
どうやら戦闘の心得はあるようだ。
「よし」
ジェイルブレイクだ。
俺はシェルと共に牢屋を抜け出した。
――――――――――
長い長い螺旋階段を昇っていく。
降りた時にも感じていたことだが、ここの階段はやけに長い。深層で言ったら二十層ぐらいはあるんではないだろうか。
「……ハァ……ハァ……」
「大丈夫か?」
先程からシェルの息切れが激しい。
一週間何も口にしていなかったんだ。きっと体力も大きく衰えているのだろう。
それにしても、この階段こんなに長かったか?降りてきた時よりも長くなっているような気がする。
行きはよいよい帰りは怖いとは言うが。まさか幻術に引っ掛かっていたりするのか?
幻術。ならばクルシア先輩から習った解幻魔術がある。
……と思ったが、そういえば魔術の名前を聞いただけで詳しい詠唱は分からない。
魔術の発動を短縮するには、というよりそもそも発動させるには詠唱文を覚えておかないといけない。
俺の場合、何故か一度使った魔術は詠唱文無しでも発動できるが、それでも一回目は必ず詠唱文を唱えないといけない。
詠唱文が分からない魔術は、たとえ名前が分かっていたとしても発動することは出来ない。
つまりこの幻術に対抗する術がない。
脱走者対策の幻術だろうか。だとしたらあの奴隷商、見た目の割に随分と用心深い奴だ。
それとも、ただ単に螺旋階段が長く感じるだけか?
「……ああ!!もう面倒だ!!」
あれこれ悩んでいても幻術が解除されるわけではない。考えるだけ時間の無駄だ。
シェルの消耗も激しい。このまま螺旋階段を昇るのも得策ではない。
こうなれば最終手段。
強 行 突 破 ユ ウ マ ラ ガ ン
「ひっさぁぁぁぁつ!!!」
右手を高く掲げ、煉獄破を実体化させる。
サイズはもちろん身丈を大きく超えるサイズ……にしようかと思ったが、崩落が怖いので俺の等身と同じぐらいのサイズにしておく。
煉獄破の底部に固定された噴出口を作り、そこからガスを噴射して体を宙に浮かせる。
よし、飛べるぞ!
「シェル!しっかり掴まってろ!」
左手でシェルの体を抱き抱えて、ドリルの回転を始める。
あの独特な効果音と共にドリルは回転し始め、焔を辺りに飛ばし散らす。
「――『突破』ゥゥゥゥゥ!!!!!!!」
そして、勢いよく天に向けて急上昇を始めた。
ドリルは物凄い速度で地下を掘り進み地上を目指す。
「突き抜けたなら俺の勝ちィィ!!!」
――そして。
その途中、掘り抜けた一室で奴隷商と目が合った。
「な、何だァ!!?」
「お宅の奴隷ちゃん、頂きまぁす!!」
ほんの一瞬の出来事だった。
しかし、俺はしっかりと奴隷商の驚愕した顔を記憶に焼き付けたし、奴隷商の方も俺の満面の笑み(卑)をしっかり目撃したことだろう。
そして。
俺たちは街の上空へと体ごと飛び出した。
「イィィィィヤッホォォォォウ!!!!!」
どこぞの不死鳥さんでは無いが、夕暮れの街並みの空に身を投じた俺は無性に叫びたくなってしまった。
空から見る、夕焼けに照らされた城下町の光景は今までに見たどの光景よりもキレイだった。
ああ、異世界最高。こんな感動するような光景が見れる日が来るとは。
前の世界では、世界百景とかまったく興味が無かったからな。せいぜい「へー、きれーい」程度の感想しか出てこなかっただろう。
この世界にはこんな光景が溢れかえっているのかと思うと、再び異世界ということに胸を踊らせてしまう。
さ、て、と。
「着地どうしよう」
上に蹴られたボールが落下するように、上空に飛んだ俺たちが地面へと落下していくのもまた事実。
つまり、今現在急速に地面との距離が縮まっている。
「キャアアアア!!!」
シェルが初めて女の子らしい声をあげた。
不安から俺にしがみつくその姿に少し気分が高揚したが、それを堪能するのは後にするとしよう。
今はこの状況を打開するのが先だ。
水を下に作ってクッションにするか?
いやダメだ。あの時とは状況が違いすぎる、もし水を生成すれば街が洪水になる恐れもあるし、何より作ったところで水が逃げていく。
ならドリルの噴射で着地するか?
ダメだ。ガスの噴射量を細かく調整出来るような技術が無い。飛ぶことは出来ても、着地にはとても使えない。
ならば今ここで新たな魔術を考えるか?
論外。時間が足りない。
そうこう考えているうちにも、地面との距離はみるみる縮まっていく。
若干走馬灯のようなものがチラチラ見え隠れしているが、俺はそんな中「前に校舎から飛び降りた時はどれくらいの高さだったかな?」なんてことを考えていた。
少なくとも、今の高さの方が校舎より断然高いのは明らかだった。
だって上空からうちの校舎見えましたもん……。
「……シェル!!しっかり掴まってろぉぉ!!」
こうなれば、俺がクッションになってシェルを守るしかない。
しかしそれだけでは完全に衝撃を吸収しきれない。シェルにも多大なダメージが入るだろう。
それは水魔術でどうにかフォローするとしよう。
「……!!」
シェルは首を横に振ると、突然俺にしがみつく状態から俺を抱き抱える姿勢となった。
「シェ、シェルさぁぁぁぁん???」
あまりに突飛な、無謀な行動に理解が出来ない。
シェルは一体何をしようとしているんだ!?死ぬ気か?!
そして、地面と激突する瞬間。
「――はァァァァァ!!!」
シェルは突然大声を出し、足から地面とぶつかった。
そして、跳躍。
その反動をバネに、再び軽く上空へと飛び上がる。
そして衝突。
また跳躍。
三回目の衝突で完全に勢いを殺したシェルは、俺の身を投げ出してその場を転がり倒れた。
「痛ってぇ……!」
ゴロゴロと投げ出された身に小石や砂利などがチクチクと刺さり、地味に激しい痛みが俺を襲う。
が、些細なダメージだ。
シェルが受けた衝突のダメージと比べたらな。
「――シェル!!」
体を起こし、十数メートル先で転がっているシェルの元へ駆け寄る。
ピクリとも動かないシェルの体を揺するが反応は無い。
ま、まさか死んだんじゃ……!
「……スゥ……」
呼吸はある。
どうやら気絶か、或いは眠ってしまっただけのようだ。
「ハァァァァ〜……」
ビビった。完全に死んだと思ってしまった。
生きているなら安心だ。
後はこれからどうするか……。
……そもそもここどこだ?
城下町にある裏路地の奴隷商店から抜け出したのだから、城下町である確率が高いが……。
派手に飛んだしなぁ……。もしかしたら城下町から大きく移動してしまったのかもしれない。
「……お母さん……」
「……」
とりあえず、シェルを親御さんの元に送り届けるか。
俺は眠るシェルを背負い、表通りを目指して歩き出した。
――――――――――
それから一時間。午後六時半。
俺は貴族街を抜けた先、つまり王宮へとやって来ていた。
「――貴様、何者だ!やけにボロボロだが……」
「あ、怪しいものじゃありませんよ」
城門に配備された衛兵に呼び止められて、俺はすかさず左ポケットから生徒手帳を取り出してそれを見せる。
槍を構えた衛兵はそれを見ると、構えを解いた。
「……エニストル学園の生徒が国王に何用か?」
「国王に用事ってわけじゃないんですけど……。
迷子センターってどこですかね?」
「まいごせんたー?」
おっと。言い方を変えないと。
「……なんか、最近エルフの女の子が誘拐されたとか、そんな捜索願とか出されてませんか?名前はシェルって言うんですけど……」
「エルフ……シェル……。
……そういえば、城下町に住むエルフの母親がそんな名前の女の子を捜していたような気がするな。
母親は毎日7時頃に『娘が戻ってきていないか』とここにやってくるな。きっと、一日を費やして各所の関所なども聞き回っているのだろう」
「なるほど」
となると、シェルの母親はもうすぐここにやって来るわけか……。
「じゃあ、その母親が来たらこの子を返してあげて下さい」
と、俺の背中で寝息を立てるシェルを衛兵へと託す。
「この子……、もしかして捜索願が出ていた女の子か!?一体どこに……?」
「奴隷商に捕まってましたよ。俺も脱出するついでに助けました」
本当は「女の子を助ける」という名目で奴隷になったわけだが。これ以上変な目で見られたくはないからそれは言わないでおこう。
さて、用事も終わった事だし帰るか。
「――シェルッ!!!」
踵を返すと、エルフ特有のツンとした耳を持つ女性が門前に来ていた。
「……君自身で母親に伝えてやったらどうだ?これは君の功績だ」
「功績なんて……」
別に名誉目的でやったわけじゃあ無いんだけどな。
俺はただ、奴隷の女の子を助けまくってハーレムを作りたいと考えていただけですしグへへ。
「ああ、シェル!!こんなに痩せてしまって……!」
母親はシェルを抱き抱えると、まるで大事なものを取り返したかのようにギュッと抱きしめた。
いい母親を持ったじゃないか。
「あなたがシェルを助けてくれたんですね……。ありがとうございます……!」
「偶然ですよ」
そう。俺が“シェル”という少女を助けたのは単なる偶然だ。
俺がシェルと同じ牢屋に入れられていなければ、別の誰かと一緒の牢屋に入ったとしたら俺はそいつと脱出しただろうし、独房に入れられれば単独で勝手に脱出していただろう。
俺がシェルを助けたのは、いくつもの“偶然”が重なって出来た奇跡のようなものだ。
だから、感謝されてもあまりいい気分ではない。
シェルにしがみつかれた事や抱き抱えられた事は役得としておこう。
「……ちょっと待て、少年。確かユウマ君だったか。
彼女を助けたということは、奴隷商の所に行ったということか?」
「?
そうですけど」
「ならばその奴隷商の居場所を教えてくれないか?今回の事件、おそらく他にも捜索願が出されている人物もいるかもしれない」
なるほど、確かにこういう事件はプロに任せるのが一番か。
素人は下手に手を出さず、後の事は衛兵の方々に任せましょう。
「じゃあ着いてきて下さい」
俺は衛兵の人を案内して、奴隷商の隠れ家へと向かった。
――――――――――
結果として、奴隷商は既に姿を消していた。
俺が最初に捕まっていた部屋はすでに伽藍堂としており、衛兵が扉を蹴破った際にも鍵は掛かっていなかった。
それから、俺が捕まっていたであろう牢屋に案内するために螺旋階段を降りようとしたのだが。
階段はある地点まで大きな穴が空いており、とても渡ることは出来そうになかった。
誰だよここに穴開けた奴……。
そういえば俺だったわ。
仕方が無いので土魔術で穴を補修して、どうにか下へと降りていく。
「それにしても、どうやったらこんな大きな穴が空くんだ?」
「いやぁ、ちょっとメンドくなっちゃったんで……」
突っ切っちゃいましたって感じですかね、はい。
「……天井を突き破って無理矢理脱出ねぇ。
俺は魔術が苦手だからな、そういう戦法が出来る君が羨ましいよ」
「魔術は使い続ければ多分誰でも扱えますよ、多分」
実際俺もそうだったし。
てか現在もまだまだ成長しているのが実感出来る。
俺は寧ろ、武術を心得ている衛兵さんの方が羨ましいな。
「――ハァッ!!」
道を阻害する瓦礫を吹き飛ばし、通路を開通させる。
そこには、俺が囚われていた牢屋とそれ以外にも多種多様な種族が牢屋の中で酷く昏睡していた。
俺たちが脱走を企てても物音一つしなかったのは、みんな眠っていたからか。
「これは……!今すぐ救助するぞ!」
「分かりました!」
俺は衛兵さんと協力して、牢屋から全員を救出した。
――――――――――
助け出された奴隷は全員緊急搬送された。
奴隷商の隠れ家の場所が味方して、ちょうど大型の病院が近くにあったのが幸いだった。
病院ですぐに目覚める者もいれば、中には意識不明の重体を負った子たちもいたそうな。
どちらにせよ、ここから先は俺には関係ない事だ。
後は国に任せて、俺は学生寮に帰宅することとしよう。
……何か大事な事を忘れている気がするな?
――――――――――
「ハァハァハァハァ……」
息が切れるまで走った。
時刻はとっくに七時を過ぎており、もうすぐ八時となる頃。
俺は学生区へ戻ろうと転移陣に魔力を込めた所で、今日俺が何をしていたか思い出した。
会長と鬼ごっこしていたんだった。
それも、命懸けの。
マズいマズいマズいマズいマズいマズいマズい!!
確かルールには『午後七時までに学園正門に辿り着けなければ半殺し』というのがあった。
もうとっくに約束の時刻を大きくオーバーしてしまっている。
あの会長との約束を破ってしまうと何が起こるか分からない。
もしかしたら怒ってしまうかもしれないし。そうなれば何をされるかも分かったもんじゃない。
もしかしたら、本当に殺されるかもしれない……。
恐怖に支配された俺の体はより一層速さを縮める。
とりあえず一刻も早く戻り、精一杯の誠意で土下座しなければ。
そして、ようやく学園の門へと辿り着いた。
そこには、仁王立ちで佇む会長の姿があった。
「……す、すみませんでしたァァァァ!!!」
邂逅と共にスライディング土下座を行う。
これだけで許されるとは思っていない。しかし、悪いことをしたのならまず最初にやるべきは謝ることだ。
「顔をあげろ。
フン、随分と波乱の冒険をしたようだな?」
「え?」
顔をあげて会長の顔を伺うと、会長の左目が紅色に変色していた。
千里眼。
つまり、会長は俺の動向を全部見ていたことになる。
「それは使わないっていうルールじゃあ……」
「貴様もルールを破った。それでおあいこだ」
……それで今回の遅刻を無かったことにしてくれるなら優しいもんだ。
「……で?
貴様は今日、街で経た出来事を通して成長出来たか?」
「………………まさか、会長」
最初っから俺を追いかける気なんて無かったんじゃ……!?
「ああ。俺はここから貴様をずっと観察していた。
いやはやしかし、貴様も随分と楽しそうな事件に巻き込まれるなぁ!
悪漢に襲われたと思ったら自分から『奴隷になりたい』などとほざき、挙句の果てに奴隷の少女を連れて脱走するとは!
そんな経験をする男は、この学園、いやこの世界中を探し回っても貴様しかいるまい!」
確かに波乱の一日だったけどさぁ……。
「俺を鍛えてくれるっていう話じゃなかったのかよ?」
「ああそうだ。今日だけで随分と鍛えられただろう?」
はい?
「そもそも“強さ”というものの定義は、人によって千差万別であやふやなものなのだ。
『武力があるから強い』『魔術の腕前が1級品だから強い』『折れない心を持つから強い』……。強さというのは本当に曖昧な定義なのだ。
貴様からは『強くなりたい』という要望しか聞いておらんかったのでな。だから俺が思う強さ、『生き残るための力』を身につけさせたつもりなのだが……。
……貴様はどうやら己の強さをもう手にしているではないか」
「……そういうことか……」
会長が『鬼ごっこ』を提案したのは、無茶なルールを色々提案したのはただの建前で、そのルールを鵜呑みにする俺が「生き残りたい」という本能のもと、色んな事を起こすのが会長の目論見だったのか。
……そういう点で言えば、今回の訓練は成功だったのかもしれない。
確かに俺は、会長の思惑通り今日一日で色んな体験をした。それはおそらく、会長の予期していない出来事もあったはずだが、それも全て俺の成長の糧になる出来事だった。
しかし分からない。
「俺の強さ、というのは?」
会長は既に「俺はもう自分の強さを身につけている」と言っていた。
一体、俺の強さとはなんなのか。
「何を言う。貴様はバカがつくほどに『優しい』ではないか。
それは、人として立派な“強さ”だ」
……優しい?俺が?
いやいやいや、そんなわけない。
もし仮にそうだったとしても、それは俺が追い求める“強さ”ではない。
そんなものは、戦闘ではただの足枷でしかない。
俺はただ、自分が生き残るための強さが欲しいだけなんだ。
「……まぁそれが貴様の求める“強さ”かどうかはさておき、その優しさは失くしてはならんぞ?
それはおそらく、貴様が『人』であるために必要な唯一の感情だ」
「ひでぇ言い草だな」
俺が優しくなくなったら、俺は人じゃないって言うのかよ。
……まぁいいか。
今日の経験は確かに、俺が追い求める強さの糧になったはずだ。それだけでも収穫だ。
「……ありがとな、俺の我侭に付き合ってくれて」
「構わん。おかげで面白いものも沢山見せてもらったしな」
会長はそう言って、俺に歩み寄る。
「それはそれとして、だ」
「?」
そして、俺の肩に手を乗せた会長はこう告げた。
「『捕まえた』」
――その後、俺は会長の溜めていた仕事の手伝いを徹夜で片付けさせられた。




