7月22日〜:「俺のプライドがぜってぇ許さねぇよ」
合宿も終わり、夏真っ盛りとなった七月。
俺たちは重大な危機に直面していた。
「「…」」
机の上に置かれた十枚の金貨を見つめ、俺とアスモは大きな溜息をついた。
「金の消費が激しすぎる」
「キュウ…」
そう。資金問題である。
俺の手元には、元は二十五枚の金貨があった。その額、日本換算でおよそ五百万円。
五百万円あれば、普通の生活を送るだけなら四年はもつ。それが、たったの三ヶ月とちょっとで十五枚も消費してしまった。
いや、浪費の思い当たる節はある。というか思い当たる節しかない。
リーナにスられたり、リーナの借金返したり、リーナの両親の墓を買ったり…。
…貢ぎすぎじゃねぇか?
リーナのために金貨十枚ぐらい使ってる気がするんだが…。
…うーん。さすがに人の為とはいえ無駄遣いが過ぎるな。
それよりも、このままでは破産してしまう。如何したものか。
と、あれこれ考える間もなく、
「バイトするか」
という結論に至った。
―――――
午後一時。
商業区に来た俺たちは、どこかいいバイト先が無いか探していた。
商業区なら卸売や販売業が盛んなわけだし、もしかしたらいい感じの店がバイトを募集していたりするかもしれない、という点に目を付けた。
商業区は前来た時と相も変わらず、品定めする人たちの渋るような声や、値下げ交渉をしている店の荒らげた声なんかで割れるような賑わいを見せていた。
その賑わい方は、いつもの商店街にも負けず劣らずだった。
やっぱり、こういう活気のある方が“街”って感じがするよなぁ。
俺、こういう賑やかなのすこなんだ。
そんなことより。
バイト先はどうしたものか。
「良さげな店が見つかんねぇなぁ」
「キュウゥ」
武具の店、道具雑貨屋、鮮魚屋など、色々な店が立ち並ぶ商店街だが、どこもピンと来るような場所はない。
というより、そもそもバイト募集の貼り紙とかも貼り出されてるわけじゃないしなぁ。募集があるのかどうかも分からない。
こうなってしまうと、一度店内に入ってからバイト募集の有無を確認してみるしかない。
丁度良さげな武具店を見つけた俺たちは、その店のドアを潜り店員にバイト募集をしているかを確認してみる。
「すみません、ここってバイト募集してますか?」
すると店員からは、
「バイト?」
という返事が返ってきた。
…なるほど。どうやら“バイト”という概念もこの世界には無いらしい。
となると、言葉を変えて聞いてみるのが有効だ。
「働き手が足りないとか、ありませんかね?」
「働き手が足りない…、ですか。
それはオーナーに聞いてみないとちょっと…」
と、得られたのは手応えの薄い返事だった。
ここは望み薄のようだ。他を当たるとしよう。
「そうですか。
突然押しかけてすみません、ありがとうございました」
それだけ言って、少しオシャレな武具店を後にした。
―――――
それから、俺たちは良さげな店を見つけては片っ端から声を掛けていった。
そうしている内に、真上にあったお日様はもう海のそこに沈んでいこうとしていた。
「…結局、バイト先見つかんなかったな」
「キュウ…」
アスモと二人、疲れた足を学生寮へと運ぶ。
昼からずっと歩きっぱなしのせいで、大分足が痛い。明日は筋肉痛だろうか。
と思ったが、そういえば外傷は短時間で治るんだったな。なら筋肉痛も起こらないか。
それより、明日はどうしようか。
商業区で勤め先が見つからなかったら、バイトなんて見つかるのだろうか。
一応、明日も学生区を見て回ってみるか…。
「…アイサカ君」
学園の門を潜る所で、シルヴィと遭遇した。
「シルヴィか。一体こんな所で何をしてたんだ?」
「生徒会の案件で、校門の補修を少し。
…そういうアイサカ君は、今帰りですか?」
―あの遠征のあと、生徒会の面々の俺に対する風当たりは、今までのことが嘘かのように良くなった。良くなった、とは言っても今までのが酷すぎるからそう見えるだけだが。
会長が魅了の呪いを解いた結果だろうが、どうして急に改善されたのだろうか。
…これに対するシーナの見解は、「おそらく“嫉妬”によるもの」だと言っていた。
会長が、俺だけには明らかに他の人間とは違う振る舞いをするものだから、魅了に掛かった生徒会の面々はそれに“嫉妬”したのではないのか、ということらしい。
流石にそんなことは無いと思うが、そう考えると割と辻褄があったりすることもある。
とにかく、会長の呪いが解呪されたことによって、俺の人間関係の悩みも改善されたわけだ。
あの様子のまま学園生活を送っていたら、その内殺されるんじゃないか、とも思っていたしね。良かった良かった。
「俺はバイ…、働き先を探していたんだ」
「働き先ですか…。1年から就職活動ですか?」
就職活動ではないが、言い方を捉えたらそうなってしまうのか。
「いや、生活が危ないからな。どこか短期で働ける場所が無いか探して商業区に行ってた」
俺がそう説明したら、シルヴィが不思議そうな顔をする。
「…?
お小遣い稼ぎぐらいなら、ギルドの依頼を受けたらどうですか?家賃は学生寮で賄われてるわけですし、学生の内はそれだけでも暮らしていけると思いますが…」
「…」
オォウ、その手があったか。
「それだ」
明日の予定が決定した。
―――――
翌日。
俺たちは早朝から冒険家区のギルドに足を運び、依頼の掲示板とにらめっこをしていた。
「うぅ〜ん…」「キュウゥ〜…」
農場の手伝い、庭の掃除、引越しの荷物運びなど、俺たちが受けられるランクの仕事は大体そんな感じがほとんどで、報酬額も大した額では無かった。
―俺たち『エニストル学園』の生徒たちには、入学が確定した時点で冒険家ランクのEランクと同じ効力を持つ学生手帳が発行される。
それは学年が上がるにつれてランクも上がっていく。二年ならDランク、三年ならCランク、といった具合にだ。そして、無事学園を卒業出来た者には冒険家Bランクの証が卒業と同時に発行される。
つまり、エニストル学園を卒業出来るだけでBランクの冒険家と同程度の実力があると認められるのだ。
但し、この制度には二つ制限がある。
まず、入学した時点で冒険家ランクがD以上だと、学園に通う間は強制的にEランクにされる。
これは、実力ある生徒の真似をして戦闘経験が浅い生徒が無茶な真似をしないようにする為の防止策だという。
例えば、この制度が無い状態でSランクの冒険家がエニストル学園に通い、休みの日にAランクの仕事を受けたとする。
その仕事ぶりを見た、戦闘経験の無い他の生徒が「同学年に出来ることなら自分にも出来る」と、調子に乗ってEランクの討伐依頼を受注する。
戦闘訓練を多少した程度の人間が、初めて、一人で魔物と戦うとどういうことになるだろうか。
結果は大方予想できるものだろう。
あと一つ。学園に入学している間は、学年の昇級以外で冒険家ランクの昇降は起こらない。
これも、先程のように「自分の身丈に合わない依頼を受けて死亡事故が起こらないため」のものだろう。
まぁ、そもそも自分のランクより上の依頼はワンランク上までしか受注出来ないんだけど。
それでも、学園側としては事故防止に努めているつもりなのだろう。
ちなみに、夏休み等の長期休暇の間は本来のランクの依頼を受けることが出来るらしい。
俺のランクはEランクなんで、これについては詳しいことは分からない。
そんなわけで、俺たちはEランクとDランクの依頼を一通り見定めてみたが。
Eランクは報酬額がショボいクセに時間を取られるし、Dランクの依頼は討伐依頼がほとんどで、身の安全が保証出来ない。
いくらリジェネ能力を持っているとしても、命まで安全とは言えない。
普段から俺が一番恐れているのは心臓を貫かれることと首を撥ねられることの二つだ。命を落としかねないからな。
だから、受けるとしたらEランクの中でも数少ない討伐依頼なわけでが…。
「…んん?」
Eランクの【畑を荒らす魔物の討伐依頼】という貼り紙を剥がそうと手を掛けた時、その裏にもう一枚貼り紙があるのに気付いた。
一枚目を捲って、その裏のもう一枚の貼り紙を確認する。
「…『ギルド非公式依頼』?」
その貼り紙は、確かに依頼のそれだった。しかし、一番上に書かれていたその文字に目が行ってしまった。
=====
※ギルド非公式依頼。これを受注する者は、ギルド受付に受注受付をせずに直接以下の住所まで赴くこと。受注しない場合、速やかにこの用紙を別の依頼用紙の裏に貼り付けること。
住所:学術都市エニストル 貴族街
中院 ローヴェイン邸
報酬額:金貨三枚
=====
と、依頼用紙に書かれていた。
そして、俺が驚いたのはその依頼主だった。
「…こいつは…―」
―――――
時を移して、俺たちは指定された貴族街の住所の目の前まで来ていた。
「貴族ってのは、どこもこんな豪邸に住んでんのかよ…」
ここは貴族街だ。見渡す限り、屋敷豪邸洋館邸宅が辺りを埋めつくしていた。
城下町までは来たことがあるが、その上に位置する貴族街には来たことは無かったから、相当衝撃的な光景だった。
この都市に、こんな所があったなんてな…。
ちなみに、学生区から歩いたら何時間かかるか分からない。冒険家区から城下町まで転移陣で直行だったからな。
いやぁ、ルー〇が使えるってこんなに便利なものなんだな。
それはともかく。
ローヴェイン邸の大きな正門の前に立ち、門柱に取り付けられたインターホンを鳴らす。
そして、大声でこう叫んだ。
「―ファぁぁぁぁンんんんんんんグくぅぅぅぅぅううううんっ!!!!!!
あっそびっましょおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!」
…暫くして、豪邸の中から出てくる一人の影が見えた。
「…申し訳ありませんが、人様の家の前で大声を出すような輩に坊っちゃまを合わせる訳には参りませんな」
出てきたのは、執事らしき老齢の男だった。
あらら、想定してたのと違うのが出てきてしまった。
というか、ちゃんと聞こえてたのか。あんだけ大声出せば当然か。おかげで喉がヒリヒリする。
「いや、依頼を見て来た者なんすけども」
老人にこちらの用件を手短に話し、例の依頼用紙を手渡す。
それを見た老人は、
「…確かに。少々お待ちください」
と言って豪邸の中へと姿を消した。
「…キュウキュウ」
「イテテ。
いや悪かったって、急に大声あげて」
今の大声で一番被害を受けたであろうアスモに頭をつつかれる。
当人からしたら、隣で急に大声をあげられたのだ。耳に響くし、心底驚いただろう。
謝罪の句を述べて、なお頭をつつき続けるアスモの両腕を掴んで制止させる。
そしてそのまま、頭を撫で責めながら依頼主の登場を待つことにした。
そうして待つこと三分。
今度は老人ではなく、一人の青年が豪邸の扉を開けた。
「―…まさか、貴様が受注するというのか?」
家から出てきてから開口一番、舐められた発言を受けた。
「俺に見つかったのが運のツキだったな。えーと名前は…」
「貴様がさっき大声で叫んでいただろう!」
そうだった。ちゃんと覚えいるとも。
ファング・ローヴェイン。
俺のクラスメイトであり、学級委員長でもある貴族の男だ。
魔術は平凡以上程度の腕前だが、剣術に関しては一流。その腕前は、一流派の初伝を凌駕する程の腕前だ。
その上勉強まで出来る。
文武両道、それに加えてイケメンなのも相まって、学校中からの女子の評価はかなり高いらしい。
つ・ま・り。
「てめぇは俺の敵だパァァァンチ!!!」
正門を飛び越え、その憎たらしく整った顔面目掛けて思い切り拳を振り下ろす。
それをファングは一メートル横にずれることで簡単に回避した。
「なんでぇぇ???!」
「殴り掛かって来たら避けるのは当然だろ…!
それとも、貴様は殴られる方が好みだったか?」
それもそうか。よく考えなくても急に殴ってくるやつの方が頭おかしい。
「…それより、これはどういう事だ!
貴様が受注主など聞いてないぞ!」
「そりゃそうだろ、ギルドの掲示板に貼ってたんだから」
こちとら金銭が貰えるから依頼を受けに来たんだ。依頼主は別に誰だっていいし、なんなら依頼内容だってなんだっていい。ごめん嘘ついた、命大事に。
「ていうかどういう事だ?『ギルド非公式依頼』っていうのはよぉ」
「ぐっ…」
ギルド非公式依頼、つまりギルドを通さずに無断で“依頼”としたもの。
個人で知人に頼む程度なら罰には問われないが、こういう「不特定多数の人間の中から依頼を受ける人物を探す」というのは、ギルドを通さないと罰則があったはずだ。
前例があったかどうかは知らないが、こういうのを通報されたらコイツはどうするつもりだったんだろうか。
「むしろコレを見たのが俺で感謝して欲しいぐらいだぜ。
今頃ギルド員にバレてたら、お前最悪牢屋行きかもしれないぞ?」
「それは…」
「というか何でギルドを通さなかったんだよ?普通に依頼として出せば済む話じゃねぇか」
俺が質問責めにしてやると、ファングは「ぐぐぐ…」と唸ったまま黙ってしまった。
少し虐め過ぎたか。俯いて見えないが、今頃涙目かもしれない。
仕方ない、ここらで許して
「名高き貴族であるローヴェイン家が、人様に頭を下げてお願い事など出来るわけないだろう!!」
えぇ〜…。突然逆ギレしちゃったよ…。
てか名高き貴族が犯罪スレスレの事やってる方が恥ずかしいよ…。
「大体何だ貴様は!それが依頼主に対する態度か!」
「お願いしてるのはそっちじゃねぇか…」
むしろそっちが請負人に対する態度なんですかって。
「もういい!貴様に頼むぐらいならギルドを通して依頼を出した方がマシだ!」
それは困る。
この仕事の報酬額は金貨三枚。つまり約六十万円だ。
この仕事を手放す=六十万円のチャンスを逃す、ということ。こんな大仕事、滅多に回ってこないのに簡単に手放してたまるか!
「まぁ待てファング君、少し落ち着き」
「黙れ!貴様は早くこの場を立ち去れ!不法侵入で訴えるぞ!!」
あぁ話聞いてくれねぇ!
ヤバイヤバイ。このまま帰ったんじゃあこの場だけじゃなく、学園でも雰囲気が悪くなる恐れがある。
そうなった場合、ヒラの俺と委員長のコイツ、どちらが悪者にされるか。
間違いなく俺だ。
つまり、この場でマウントを取られることは学園生活を陰湿なイジメで埋め尽くされることになる。それはどうやってでも避けなければ。
「…俺、こう見えても強いんだぜ?」
と言いながら、手のひらに火炎球を生み出して自分の実力をアピールしてみる。
「何だ貴様、逆上して俺の家を焼き討ちにするつもりか!」
どうやら逆効果だったようだ。
というか出す魔術のチョイスをミスった。
どうする?ここはこのまま引き下がった方がいいのか…?
いや。さっきも言った通り、ここでマウントを取られてしまえば学園生活が危うい。
それに、この仕事もそう簡単に手放したくない。どうにか説得しなければ。
…ん?
「そういえば依頼内容ってなんだ?」
「は?
…フィールドワークの護衛だが」
質問には素直に答えてくれた。
なるほど。フィールドワーク、つまり夏休みの宿題か。
それの護衛、ということは相当な実力者が来ることを想定してたのだろうか。
だったら尚更、ギルドを通して依頼を出せば良かったものを。
…ここは一つ、カマを掛けてみるか。
「フィールドワークかぁ。
じゃあちょうどいい。俺もフィールドワークの題材が決まってないんだ。どうだ、一緒にやらねぇか?」
「何故貴様のような人間と一緒にやらねばならん」
このお坊ちゃんには、おそらくだが友達がいない。
ならそこにつけ込んで、『フィールドワークを通して初めてのお友達作っちゃおう大作戦』を決行することにした。
内容は簡単。
一.一緒にフィールドワークへ出かける
二.一緒に内容をまとめる
三.気づいたら友達!
ね?簡単でしょう?
「貴様とやるくらいなら俺一人でやる」
簡単じゃなさそうですね、ハイ。
…こうなったら、やりたくなかったが最終手段を取るしかない。
「…あーあー、そうですかい!
どうやら、ローヴェイン家の御曹司様は大分沸点が低いようで!こんな御曹司だったら、ローヴェイン家も大したことないんじゃねぇか?」
挑発。
おそらくこれが一番効果的だし、一番険悪なムードになる方法だろう。
最初にコイツは言った。「名高き貴族であるローヴェイン家」と。
なら、コイツは少なからず自分の家に誇りを持っているはずだ。そこをついて、こいつの自尊心を逆撫でする。
…本当は取りたくない方法だったが、こちらとしても金貨三枚は譲れないし、少なからず馬鹿にされている。
このまま引き下がりたくはなかった。
「…貴様。
いくら同学だからといって、言っていい事と悪い事があるぞ」
どうやら釣り針に引っかかってくれたようだ。
「その通りだろ?
短気な上に人の手を払い除けるその慢心。どこからどう見ても底辺人間のそれじゃねぇか」
「―貴様ぁぁぁぁッ!!!!」
ファングはそう叫ぶと土魔術を形成、そして一瞬の内に十発の弾丸を撃ち放つ。
「『炎針』!!」
それを炎針のマシンガンで全て撃ち落とす。
炎針とファングの土魔術が接触。そして爆発を起こし、辺りを砂埃で埋め尽くす。
「アスモ下がれ!」
俺の掛け声と共に、アスモは上空へと飛び立って行った。
そして、レイピアを持った鬼の形相のファングが砂埃を突っ切ってこちらに突進してきた。
「ちょ、実剣かよ!」
まさか本物を持ち出してくるとまでは予想していなかった。相当頭にキたらしい。
レイピアの一突きを体を捻らせて避け、その勢いで裏拳を見舞う。
それをファングは左手で軽く払い除け、即座に矛先が俺を捉える。
マズい、避けられない―!
「『爆破』!!」
俺が術を唱える。
すると周りの砂埃は発光したかと思うと、砂埃が及ぶ領域全てを爆発させた。
「―っぶねぇ…!」
先程の炎針の中に、微かに魔力を残しておいた。
今の術式を起動すれば爆発が起こるように、保険として用意しておいたが…。
「流石にやりすぎたな…」
ローヴェイン邸の庭が酷いことになっていた。
いくら貴族とはいえ、ここまでやったら直すのにも一苦労だろう。だったら、その補修費も俺に多少は来るはずだ。
やべぇよやべぇよ…。
金を稼ぐどころか、また散財するハメになっちまう…。
というか、ファングはどうなった?
俺は爆発に巻き込まれてもすぐに回復するから問題は無い。
いくら魔力を少なくしたからって、爆発を喰らえばただで済むはずは
ヒュンッ
「…!」
爆煙の中からレイピアが飛んできて俺の頬を掠めた。
爆煙が晴れる。
その先には、服をボロボロにしたファングの姿が浮かび上がってきた。
「…貴様は許さん。
貴様の尽くを壊し、踏み躙り、そして消し飛ばしてやるっ!!!!」
そう叫んだファングは、土魔術で形成した刺突剣を両手に真っ直ぐこちらに突っ込んでくる。
マズい。今度接近されたら何も出来ない。
というより、コイツに接近されたら勝ち目は無い!
「『土錬』―」
「遅いっ!」
右手に土の盾を形成しようとしたが、右腕を土のレイピアで叩き潰された。
「がっ…!!」
そしてもう片方のレイピアで、右から左から上から下からと全身を殴打される。
レイピアは本来、斬る為ではなく突き刺す為の剣。だが、土で出来たそれには殴り殺すことも十分に可能な質量を秘めていた。
「か、はっ…」
最後に顎を強打した俺は、力なく芝の上に突き飛ばされた。
地面に突き刺さったレイピアを抜いたファングは、その矛先を俺の首筋に向ける。
「取り消せ」
「…何をだよ?」
「分かっているだろう」
「はっ、思い当たる節が多すぎて分かんねぇな…」
「…我が一族を馬鹿にした事、そして俺のことを『底辺』呼ばわりした事だ」
やっぱり相当頭に来ていたようだな。この方法を取って正解だったようだ。
計算外だったのが、コイツの剣の腕前が尋常では無かった事だ。さすがに高を括っていた。
本当なら、今頃力で捩じ伏せて言う事を聞かせていたはずなんだがな…。
底辺には上しかいない、ということだ。
「…ローヴェイン家を馬鹿にした事は謝る。
だがな、テメェはやっぱり底辺だよ」
「…何だと」
この勝負は俺の負けだ。恥ずかしながら、自分でふっかけた喧嘩だけどな。
だけど、コイツにはそう簡単に勝ちを譲れねぇ。
コイツはやっぱり、いけ好かねぇ奴だ。コイツにだけは、勝ちを認めさせたくねぇ。
「事実を言って何が悪い!テメェは短気だし人の差しのべる手を払い除ける!そんな奴に勝ちを譲るなんざ、俺のプライドがぜってぇ許さねぇよ!!」
「この後に及んでまだそんなことを…!
醜い人間なのはどっちだ、ユウマ・アイサカ!!」
「ああ俺は醜い人間だよ!!
だけどな!ファング・ローヴェイン、テメェも負けず劣らず醜いヤツだ!!」
「っ、貴様ぁぁぁ!!!」
「そういう所を言ってんだよぉぉぉ!!!」
煉獄弾を、奴の目の前に生成する。
俺の喉が貫かれるのが先か、煉獄弾が貫くのが先か。
「双方とも矛を納めよっ!!」
と、邸内に怒号が響く。
俺たちが声の先を振り返ると、そこには先程の老齢の執事が立っていた。
「坊っちゃま!ローヴェイン家の人間ともあろう者が庶民に全力を出すとは何事ですか!」
「…俺はまだ全力のつもりではない。
俺が本気を出せば、こんな奴すぐに殺せる」
矛先を引いたファングは、その場を去って豪邸の中へと姿を晦ませた。
「…申し訳ありません。客人にこのような仕打ちを…」
そして、執事は何故か俺に謝罪を述べてきた。
「いや、そんな…」
寧ろ謝るのはこっちの方だ。
家主の息子を爆発に巻き込み、あろうことか庭園を滅茶苦茶にしてしまった。
その全ての元凶は俺だ。俺が奴を挑発し、奴の逆鱗を逆撫でした結果だ。
何故謝られているのか謎に思うくらいだ。
「…失礼ながら、坊っちゃまとの会話を上から拝聴させて頂きました。
貴方は坊っちゃまを、外の世界へ連れ出そうとしてくれていたのでしょう?」
「―」
俺が、アイツを?
そんな事は無いはずだ。
俺はただ、断固として断るアイツにムキになって、それで色々な方法を使ってアイツに「はい」と言わせようと…。
…。
どうなんだろうな。
俺は、本当にただ単に金が欲しかっただけ、なんだろうか。
もしかしたら、アイツに無理矢理にでも俺の事を認めさせようとしていたのかもしれない。
そんな事をしてなんの意味があるのかは分からないが、俺の事を頑なに拒み続けるアイツに腹が立ったんだ。
俺は、アイツと“友達”になりたかったんだろうか?
「…無いですよ」
絶対有り得ない。
アイツとは死んでもウマが合う気がしねぇ。わかり合うなんて以ての外だ。
おそらく、アイツと俺はこれからもずっと衝突し続け、その度に一騒動起こし続けるだろう。
とにかく、今後の面倒を避ける為にもこれからはアイツに関わらないようにしておかねぇと…。
「お騒がせしてすみませんでした。今回の依頼は辞退させてもらいます」
と、ゆっくりと体を起こして土埃を払い、邸内を出ていこうとする。
その後ろを、執事に呼び止められた。
「お待ちください」
「?」
執事に振り向き、何事かと顔を合わせる。
「良ければ、私からお願いしたいのですが」
「お願い、とは?」
「お坊ちゃんの護衛です」
―――――
それから三日後。
「何でテメェなんかと…」「何故貴様なんかと…」
俺はファングの野郎と二人で、都市から約二キロ離れた小さな森林にやって来ていた。
あの後、執事さんに無理矢理押し切られた俺は、渋々依頼の受諾を了承した。
いや、そりゃあ「三倍の金貨九枚支払う」なんて言われたら、金に目が眩むに決まってるじゃないか。
だって百八十万円ですよ?心の底から敬遠してる奴の護衛をするだけで、百八十万。
俺の心の平穏と金、どちらを取るか。
満場一致で金を選ぶだろう。
しかしそれには野郎の承諾が必要となる。
という訳でなんとこの執事さん。
無理矢理ファングに非を認めさせやがった。
「私は短期で慢心の強い底辺野郎です」としおらしく発言した野郎の姿は、写真に撮って永遠の弱みとして取っておきたかったぐらいだ。
と、そこまでは良かったんだが。
俺の方も何故か同じような事をさせられた。
あろうことか奴の目の前で「私は傲慢で人を見下す底辺野郎です」と言わされた。
その時の奴の顔と言ったら、もう。
思い出すだけで腹が立ってきたので、横を歩くファングをグーパンで一発殴った。
「っ、急に何をする!!」
「ムカついたから殴った」
残念な事に空振りに終わったが、まぁコイツに回避行動を取らせたということでよしとしよう。
その後、お互いの非を強引に認めさせられた俺たちは、無理矢理和解の握手を交わさせられ、表面上の仲直りという形になった。
あの爺さん、実は俺の事相当憎んでるだろ…。
その後、俺たちは爺さんの説案した遠征計画を無理矢理実行させられる形となり、今に至る。
期間は一泊二日。場所は郊外の小さな森林。
条件として、二人だけで行ってくること。
つまり、今この場にアスモはいない。
あいつは今頃、ローヴェイン家の厚い待遇を受けて極楽の一時を過ごしていることだろう。
「何が悲しくて野郎二人で森に入んないといけねぇんだよ…」
「それはこちらのセリフだ。何故お前のような奴と…」
お互い思っている事は同じようだ。
「それで?一体何をするのかは決めてんのか?」
「この森に生息する『サーペントドッグ』を捕獲、それを持ち帰って家で解剖する」
うっわグッロ。
「そういうのが趣味なのかよ」
「なんならお前を解剖してやっても…。
…やっぱりダメだ、お前のイチモツなど見たくない」
「俺だってテメェなんかに見られたかねぇわ!」
コイツ急に何を言い始めるんだ!気色悪ぃ発言すんじゃねぇよ!
「だったらとっとと捕まえて、早く帰るぞ」
「馬鹿かお前は。ディルディアの話を聞いていなかったのか?」
ディルディア。あの老齢の執事の呼び名である。
「俺たちに課せられたのは1泊2日だ。捕まえるなら2日目の明日だ」
「…まったく、面倒な執事さんだな」
「まったくだ。こんな面倒な条件を…」
早く帰ってアスモを引き取りたいのに、何でその時間をコイツと過ごさなきゃならん。
…しかし、金のためだ。この仕事を完遂すれば、俺の手元に金貨九枚が入ってくる。
そうなれば、しばらくはまた仕事をしないで済む。何としても成功させないと。
「…ちょっと待て、じゃあ俺たちは一体何をしてるんだ?」
「夜の寝床探しだろう。
…そういえば、何故お前は着いてきている?」
「はぁ?」
寝床探しぃ?
何でわざわざ馬鹿正直に森の中に入って寝ないといけねぇんだよ。
どうせ都市から二キロしか離れてないんだから、街の適当な宿屋で一泊して、二日目に森で獲物を捕まえればいいじゃねぇかよ。
わざわざ危険な場所で寝る神経が分からん。
「…もう少しで日が暮れるな。この辺りの木を伐採して、適当な空き地を作るか」
と、ファングは腰に納めたレイピアを取り出し、腰を低く落とした。
そして、一閃。
弧を描くようにして輝きを放つ銀閃は、その細身ではでき得ないであろう行為を成し遂げた。
ミシミシと、鈍い音を立てながら周りの木々が外側に倒れていく。
「へぇ。やるもんだな」
素直に賞賛するべき事だ。
レイピアで大木を切り倒す。それも複数本同時に、だ。
こんな荒業、おそらくレイピアの達人にも成し得ないだろう。
「褒めたところでお前の寝床は出てこないぞ」
「は?
…ってテメェ!何で一人分のスペースしか作ってねぇんだよ!!」
ファングは、一人分の寝床と焚き火がどうにか収まるかといったような狭い空間に、テキパキと寝支度を済ませる。
一分後には、野宿としては完璧な野営地が出来上がった。
「別に、二人だけで行けとは言われたが二人で行動しろとは言われてないだろう。
必然的に俺がお前と行動を共にする必要は無いわけだ」
…確かに言われてはないが。
こちとら“護衛”の名目で行動してるんだ。コイツの元を離れるわけには―。
「まぁ?お前の方から『一緒に居させて下さい』と言うなら?話は別だがなぁ?」
「―テメェには絶対頼らねぇっ!!!」
俺は仕事を放棄することにした。
―――――
茂みの奥を掻き分け、静まり返った森の奥を進んでいく。
どこか開けた場所が無いかを探っている最中だ。
夜の森を一人で行動するのは正直危険だ。
夜になると、所構わず『悪霊』が発生する可能性がある。
魔術結界が張られている場所、町中などなら発生する恐れは無いが、こういう森の中だとそういう訳にもいかない。
悪霊に襲われないようにする為には、自ら結界を張る必要がある。
「…魔術結界ぐらいは貰っていくべきだったか」
あいつは今頃、安全な魔術結界の中で寝息を立てている頃だろう。
魔術結界を使う為の魔術符を一枚、それに加えて予備としてもう一枚貰っていたはずだ。
どうする。今からでも強奪しに奴のとこに戻るか?―
「…そういえば」
ゴソゴソとポケットの中を探る。
カツンと手触りがあったそれを取り出すと、俺が合宿で会長から譲り受けた『烙印の指輪』が姿を見せた。
普段は着けないようにしてたからすっかり忘れてたわ…。
魔力を吸われていくのには抵抗があるが、この際構わない。
指輪を右中指に嵌め、アイツを呼び出す
【―たァァァァァッ!!!!
一体いつぶりだァ?!えぇユウマさんよォ!!】
「うるせぇよ!!静かにしねぇと魔物が来るだろ!!?」
甲高い奇声と共に魔力の繋がりを感じる暴食は、相変わらずうるさかった。
やっぱり外そうかなぁ…。
【いやおめェも十分うるせぇけどなぁ!
んで?俺を呼び出したってこたぁ有事だってこったろ?】
「別に大した事じゃねぇんだけどよ…。
お前、魔術結界の張り方って知ってる?」
曲がりなりにも、コイツは二百年前に大活躍した英雄だ。
もしかしたら、魔術結界の呪文とかも知っていたりするかもしれない。
もし知らなかったとしても、話し相手ぐらいにはなるだろう。
【魔術結界?まァた古めかしいものに手ェ付けんなぁ?
てか今どういう状況なんだよこれ】
「実は―」
―。
【なるほど。魔術結界を張りたいのはそういう事か】
「知らねぇか?」
【知ってるには知ってるが…。俺が覚えてんのは相当複雑だぞ?魔力もごっそり持ってかれるし】
「いや構わん。お前を着けてる時点で魔力もクソもねぇよ」
【ハッ、そういえばそうだったなぁ!
じゃあテメェの記憶に焼き付けてやるから気絶すんじゃねぇぞォ!】
暴食がそう言うと、激しい頭痛が一瞬走り渡る。
そして、気付けば俺は魔術結界の使い方を識っていた。
「え?お前今何したの?」
【言ったろ、テメェの脳内に魔術の使い方を記憶させた。
今のテメェなら、魔術結界を使えるはずだぜ】
確かに、俺の記憶には魔術結界の術式が全て刻み込まれている。
これならちゃんとした奴を使うことが出来そうだ。
「よし、ありがとうな」
【オォォォォォォォイ!!!!!用済みの瞬間これ―】
ベルゼブブの言葉が終わる前に指輪を外した。
だって着けてるだけで魔力吸われていくもんね。出来る限り外しておきたいからね、しょうがないね。
さて、じゃあ早速魔術結界を張るとしますか。
「―アイサカ?」
媒体となる適度なサイズの葉っぱを一枚ちぎり取ると、そこで何故かファングと遭遇した。
「ファング?テメェこんな所で何して…」
「それはコチラのセリフだ!お前正気か!?夜の森を一人で出歩くなど!!」
いやあなたが「別行動がいい」って言ったからなんですけど。
「…まさかお前、わざわざ探しに来たのかよ?」
もしそうだとしたら、結構殊勝なトコあんじゃねぇの。
「んなわけあるか。俺はただ周囲の安全を確認して―」
ファングがそう言うや否や、俺の頬にポツリと一滴の雫が降り掛かった。
「…雨?」
と呟くと、俺の言葉は現実のものとなってしまった。
ポツポツと小雨が続いたかと思うと、突然大きな雨が降ってきた。
「雨か。流石に想定していなかったな…」
「んな悠長なこと言ってる場合か!早く避ける所探さないと風邪引くぞ!」
と、俺が雨宿り出来る洞穴か何かを探し求めて駆けようとしたら。
ファングの野郎はポケットから筒を取り出したかと思うと、徐ろにそれを広げた。
_人人人人人人人人人人人_
> 折 り 畳 み 傘 <
 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^ ̄
「何でそんなもん持ってんだよ!!」
「雨が降ったら傘をさすのは当然だろう!」
そこは一緒に濡れつつも洞穴を探しに行くトコダルォ!?
というかこの流れどっかでやった気がする!デジャヴ!
「…荷物が心配だ、俺は野営地に戻る。
お前は好きにしろ」
踵を返して、ファングがどこかへ行ってしまった。
…えぇ?本当に周囲の安全の確認しに来ただけかよ…?
随分薄情な奴だと内心思いつつも、雨に濡れないように出来る限り木の根元を辿って歩くようにしながら雨を凌げる場所を探した。
―――――
「ふぅぅ〜…」
洞穴の中でようやく一息ついた。
外では今も雨が降り続いている。
今頃アイツも、何処かで雨宿り出来ているだろうか。
それとも、折り畳み傘一本でどうにか凌いでいるのだろうか。
…どちらにせよ、俺には関係の無いことか。
奴は俺の手を払い除ける。なら、救いの手を差し伸べても無駄だろうな。
「…しかし…」
洞穴の奥に火炎球を撃ち込み、奥の様子を照らし出す。
ボゥという音と共に地面に着火した火炎球は、その周囲を弱々しく照らして燃え盛る。
ここはちょっとしたダンジョンになっているのか。それとも、ただ少し先が続いているだけの小さな洞穴か。
ダンジョンだとしたら中々危険な場所をチョイスしてしまったかもしれないな。
なんてのんびり考えていると、洞穴の奥に無数の光が見えた気がした。
「?」
目の錯覚かと思い目を擦ると、今度は“それ”がハッキリと目に映った。
バサバサバサと無数の羽音が聞こえたかと思うと、暗闇の中から大量のコウモリがこちらに接近してきた。
「んなぁぁぁ?!!」
あまりに突然の事で驚いた俺は、咄嗟に洞穴の外に飛び出した。
コウモリの群れはそれに続くように、洞穴の中から雪崩のようにどんどん出てくる。
そして、その群れは余すことなく俺の事をターゲットとして襲い掛かってきた。
「マジかよ!」
流石にこの量は一人で手に負える数じゃない。
それにコウモリの生態もよく分かっていない。毒を持ってるのか、どんな攻撃や魔術を使ってくるのか。アクションの一つ一つが要注意行動なのだ。
戦闘の中で見極めるしかない。
群れの中から三匹、三方向同時に飛び掛かってきた。
「『炎針』!」
それを速射出来る魔術で全て撃ち落とした。
焼き焦げたコウモリの死骸がボトリとその場に崩れ落ち、それを合図に群れの全てが一気に牙を剥いた。
「っ、『乱射』!!」
俺はそれに向けて、炎針を所構わず乱射しまくった。
上下左右全方位三百六十度。無限に湧き出てくるそれらを無心で撃ち続けた。
そして。
撃ち漏らした一匹の接近を許してしまう。
「しまっ―」
気付いた時にはもう遅い。
俺は迎撃の姿勢をとることも出来ず、ただコウモリの一噛みを喰らってしまっ―
ビュッ
「キッ…―」
と、土の塊に吹き飛ばされたコウモリは絶命の悲鳴をあげながら力無く横たわった。
「な…」
「―『ベイルディン流』初伝奥義」
―『クロスディレイ』。
その声が俺の耳に静かに響く。
その瞬間、コウモリの群れは一つの衝撃波によって半分が周りの木々ごと吹き飛ばされる。
遅れて、もう一つ衝撃波が残ったコウモリを纏めて吹き飛ばした。
「キィキィ」という断末魔が無数に聞こえ、コウモリの群れは塵になって跡形もなく消え去っていった。
風で粉微塵にするとか、ルス〇ハリケーンかよ…。
激情させて、あの攻撃だけは受けないようにしなければ。
「…まったく。お前は何処にでも行くし何処ででも面倒事を起こすな」
茂みの奥、技の主であるファングが出てきた。
なんだ、やっぱり多少は心配してくれてんじゃねぇかよ。
「今の技、人に向けては絶対撃つんじゃねぇぞ」
「…!
そうか、今のでお前も巻き込んでおくべきだった…!」
コイツぶん殴ってやろうか?
まぁいい。嫌々ながらも命を助けて貰ったんだ。多少の憎まれ口ぐらいならチャラにしてやろう。
「さて、今度はどんな言い訳が飛び出てくるんだ?」
「言い訳だと?!お前、助けて貰っておいてなんだその態度は…!」
「おお、今回は“助け”に来てくれたのか!殊勝な心掛けだなぁ、ファング君よぉ!」
「なっ…!!」
俺との口争いに負けたファングは耳の先まで真っ赤にしてレイピアの柄に手を置いた。
やべぇ、流石にやりすぎたか。
「…やはり貴様とはどう足掻いてもウマが合わないようだ!もう勝手に行動していろ!」
と、急に冷静さを取り戻してレイピアに掛けた手を離す。
そして、いつものように俺に背を向けてどこかへと歩き去っていってしまった。
「…勝手に行動していろ、ねぇ」
―――――
翌朝。
「ふぁぁ〜あ…」
結局俺は、あのまま洞穴の中で一夜を明かした。
あいつの元に戻るのもなんか癪だし、それにあっちから「自由にしろ」と言ってきたんだ。護衛の任があるとはいえ、どこで寝ようが俺に咎められる理由も無い。
さて、今日も一日張り切って行きましょうか。
「やはりここにいたか」
「…何しに来やがった」
俺が朝の準備運動をしていると、荷物をまとめたファングがやって来た。
「それはこちらのセリフだ。
…それは一体何をしているんだ?」
「見て分かるだろ。『ラジオ体操』だよ」
「らじおたいそう?」
「知らんのかスネーク」
夏休みの朝、ガキンチョの頃は誰でも一度は経験した事ある体操のはずだが。というより学校とかでもやっていたりするだろう。
「俺はファングだ。
…そんな体操、やってて効果があるのか?」
「何だと?
ラジオ体操とは体力向上と健康の保持増進を目的として発案されたもので、夏季休暇中の学生は皆これをやっているんだぞ?」
「そんなものは初耳だ」
オゥフ。ラジオ体操まで存在しないというのか、この世界には。夏休みのラジオ体操ガチ勢の俺としては実に遺憾の限りである。
「お前も一緒に体を伸ばせ!
ほら、まずは深こきゅーう!」
「はぁ?」
とりあえず、少しずつラジオ体操を布教していくことにしよう。この世界の人類にとって身近なものにすることが出来たなら、きっと街のそこらでラジオ体操を行う地区も出てくるはずだ。
「ラジオ体操第二!」
「第2まであるのか!?」
せっせせっせと、手際よく体操を済ませていく。
ファングの野郎はと言うと、俺の行動に困惑しつつも一応見様見真似で体を捻ったり動かしたりしている。
何だ。口では嫌だ嫌だと言いつつも、なんだかんだやってるじゃねぇか。
「はぁい、じゃあ『ラジオ体操の歌』ー!」
「歌まであるのか!!?」
「はい俺に続いて大声でー!
あーたーらしーいーあーさがっきたー―」
―そうしてラジオ体操の布教を続けること約十分。
「…もう終わりだな!?何も無いな!?」
「ラジオ体操終わり!」
“ラジオ体操”という単語に一瞬体を強ばらせたファングだが、俺が終わりと言ったら緊張を解いた。
「はぁ〜…、庶民はいつもこんなことをしていたのか…」
「いんや、多分どこでもやってねぇよ」
「さっきまでの体操は一体何だったんだ!?」
別に存在しないとは言っていないんだがな。
そうかそうか。今やラジオ体操というものを知っている人間も俺だけしかいないのか。
少し悲しい気もするが、まずは近隣の友人などに広めていくことにしよう。
ラジオ体操っていうのは、皆で集まってやるのが楽しいからね。
―――――
「いたぞ」
森林の奥地。
俺たちが標的とする魔物『サーペントドッグ』が一匹、獣道を闊歩している。
その容姿は名前の通り、犬と蛇の特徴を兼ね合わせたような見た目で、その図体は一般男性よりも一回り大きい。
大まかな外見は犬をベースとしている。
大きく見開かれた有鱗目は獲物を探して右往左往しており、口の隙間から垣間見えるのは鋭利な牙と二股に分かれた長い舌。
先程犬の外見をベースとしておると言ったが、その中でも尻尾だけは蛇のそれを受け継いでおり、尻尾部分は硬そうな鱗に覆われている。
一見だけで表現するとすれば、コイツには“異質同体”という単語が相応しいだろう。
「あの牙に噛まれたら痛そうだな〜」なんて舐めた考えをしていると、横のファングが五本ほど針を取り出した。
「それは?」
「捕獲用の神経毒針だ。これに刺された生物は一時的な神経麻痺に陥る。
…体験したいなら刺してやるが?ストックは沢山ある」
勘弁してくれ。森の中に置いていかれたら生きて帰れる保証がない。
「…足止めを、一瞬だけでいい」
「…へっ、ようやく人様を頼る気になったか?」
「勘違いするな。お前の手など借りなくてもこれぐらい1人でこなせる。
ただ、お前の口からディルディアへの報告が無いと何を言われるか分からんからな」
男のツンデレは需要ないって、それ一。
いや、腐女子にはあるか?
「仕留めるのは?」
「ダメだ、確実に生きたまま拘束しろ」
「無茶言いやがって。
…しゃあねぇ、これも仕事だしな」
金貨九枚のために、一肌脱いでやるとしますか。
ガサッという音をたてて、俺はサーペントドッグの前に躍り出る。
「おい、そいつと交戦するつもりか!?」
「一瞬でも“隙”を作ればいいんだろ?」
目の前に格好の獲物を見つけたサーペントドッグは、ジュルリと舌なめずりをした後、品定めをするかのように俺を見回す。
―どんな生物にも、必ず“隙”が出来る瞬間が一つだけある。
それは“食事”。脳噛さんが出てくるアニメでそう言っていた気がする。
つまり、この世のものとは思えないような醜い姿をしたコイツですらも、食事の時には隙が生まれる。
そう。
俺を喰らえば、そこに隙が。
「グァルル!!!」
勢いよく駆け出したサーペントドッグは、俺を視界に捉えたまま一直線に突っ込んできた。
いやぁ、分かってたとはいえこうやって真正面に立って見るとやっぱり怖ぇな。
流石に死んだりしないよな…?
「グルルァ!!」
そして、牙を剥き出しにして思い切り飛び込んできた。
スマン、やっぱ滅茶苦茶怖ぇわ。
「『煙幕』!」
噛みつかれる直前、サーペントドッグの眼前から瞬時に退き、目元に煙幕を放つ。
「グァ?!」
それまで無抵抗だった餌が急に無くなったこと、そして突然視界が暗闇に包まれたことに戸惑い、サーペントドッグ、もとい蛇犬はその場で大きくじたばたし始めた。
「針を貸せ!どこに刺せばいい!?」
ファングから針を無理やり奪い取り、そのまま暴れ回る蛇犬目掛けて全力ダッシュ。
「脊髄だ!背中辺りを狙え!!」
背中って。普通脊髄って首辺りじゃないのか?
とりあえず言われた通りに、俺は蛇犬の背中に飛び乗った。
「チクッとしますよぉ!!」
そして、奪った神経毒針を乱雑に全てぶち込んだ。
「ギャウッ…!!」
即効性だったのか、毒針を刺した瞬間蛇犬は先程までの元気が嘘だったかのようにピタリと静止したかと思うと、そのままドサリと崩れ落ちた。
「ふぅ、やったk」
危ない危ない。危うく蛇犬がまた動き出しちゃうとこだった。
「やったか、じゃない!お前は何を考えてるんだ!!」
「どうにかなったからいいじゃねぇか」
「そういう問題では…!
…ああもう、貴様と問答していると無駄な時間を過ごしているように思える!」
時間は計画的に使いましょう。
「…そいつを荷車に詰め込むぞ!手伝え!」
「マジかよ…」
こんな巨躯を街まで運び込まないといけないのかよ。なるほど、確かに朝の内でやらないと明日まで掛かってしまいそうだ。
「昨日のうちに組み立てておいた。早く持ち上げろ」
と、ファングはどこから用意したのか立派な荷車の上に乗っていた。
「組み立てておいたって…。そんな材料どこに」
「ここは森だぞ。車輪さえ用意しておけば、後はなんとでもなる」
…あの時か。
あの時、森林を伐採して寝床を確保していたのかと思っていたが、それだけでなく荷車の材料集めも兼ねていたのか。
コイツ、まさかそこまで計算してやっていたとは…。
「…ん?」
待てよ。
材料はあったとしても、作る時間は一体どこにあった?
流石に一日で完成するようなサイズの荷車でも無いし、かといって森の中に持ち運べるようなサイズでもない。
…まさかコイツ、徹夜で作業していたのでは…。
「…おいファング、お前―」
荷車の上のファングに目をやる。
…寝ていた。
大きく口を開け、だらし無く涎を垂らしながら子供のようにグッスリと眠っていた。
「オイオイ…」
後のことは俺だけでやれ、と。つまりはそういう事なんだろう。
…どうやら、護衛を雇ったのは正解だったようだな。ファングさんよ。
―――――
「………ん」
「おはよう、随分寝覚めが良さそうだなぁ?」
「…今何時だ?」
「知るか。夕方なのは確かで、日没までに帰れるか怪しいところだ」
森林を出て八時間程経過していた。
俺は荷車に蛇犬を無理やり突っ込み、ファングの荷物の中から頑丈そうなロープを抜き取ってそれをがんじがらめにして雑に固定した後、森を抜けた。
その間魔物に襲われたりもしたが、まぁ大した奴はいなかったので苦労はしなかった。
問題はコイツだ。
何よりもクッソ重い。
荷車に載せる時もそうだったが、いざ運び出そうと引っ張るともう筋肉の節々が悲鳴をあげるのなんの。
特にキツかったのが坂道。
一般男性以上の体重がある魔物+人一人乗っけた荷車を抑制しながら、ゆっくり、ゆっくりと坂を下る。
いやぁ、もう。ね?
ファング君を降ろしてやろうかと思いましたね。
「で、起きたなら代わってくれませんかねー?」
正直もう限界だ。
八時間ずっと労働しっ放しで体のあちこちが痛い。これじゃあまるで奴隷だ。
コイツの奴隷というのを考えただけでも嫌悪感が込み上げてくるが、それ以前に奴隷扱いされてるのが気に食わない。
俺が八時間ずっと歩きっ放しの間、コイツはずっと寝ていた訳ですからねぇ?少しはお坊ちゃんにも労働の苦しさを味合わせないとなぁ?
「グガー、スピー」
「狸寝入りしてんじゃねぇ!!」
どうやら代わってくれないようだ。
まぁ俺も同じように、俺が夜寝ている間にもコイツはずっと作業していたわけだしな。少しぐらい大目に見てやってもいいか。
アイサカさんはどっかの誰かさんと違って寛大だからな。
「…それよりも、神経毒は大丈夫なのか?八時間くらい経っているが」
「…暴れ出す心配は無い。少なくとも12時間は全身に毒が回っている」
「そうか」
なら後ろから喰われたりもしないわけだな。
ていうか、コイツよく魔物のすぐ側で眠れたもんだな。獣臭いとかは無かったのだろうか。
貴族だと言うなら、そういう汚れ物とは無縁な感じがするが。
「というよりお前、どこから入ろうとしている?
貴族街は南門だぞ」
「こっからまだ歩かせるの!?」
流石にそれは鬼畜過ぎる。
「ほら、喋っている暇があるならとっとと足を動かせ。お前は俺の“護衛”なんだろ?」
「てんめェ…」
殴りたい衝動に駆られたが、その労力すら惜しい。
コイツの言うとおり、今は口じゃなく足を動かすべきだ。
ヒィヒィ言いながらも荷車を引き続け、俺たちは一日ぶりに都市へと帰ってきた。




