外伝:試練
-ミレーア大陸、エニストル国領土とダースコル国領土の境界線付近。
森林の奥深くに眠る未踏のダンジョンに、足を踏み入れようとする若者たちの姿がある。
「ここが目的地だな」
若者の1人、ウルスは地図と目の前の扉を見比べながら、ここが遠征の目的地であることを確認する。
「そうだね。
・・・それにしても、本当に今まで見つからなかったダンジョンなのかな?」
「確かに、森の中とはいえこんな目立つ扉があれば、すぐに公になるだろ」
ウルスの後に続く女性と少女、サクラとリーナ。
2人は目の前のダンジョンに対して、当たり前と言える疑問を抱いていた。
リーナの言う通り、いくら薄暗い森の中とはいえ、その中にあるべきではない、異彩を放つようなものがあれば、すぐに気付くはずだ。
そうして発見されたダンジョンはまず、いずれかの国に発見したことを報告し、国からギルドへ、そしてギルドがダンジョン内部を探索して危険度を決め、その結果を公表する。
「・・・で、危険度は?」
「未知数だ」
ギルドが正式に公表していないダンジョンは、勝手に探索することを禁じられている。
つまり、この3人がやろうとしていることは軽く犯罪である。
「・・・」
「そんな目で見るなって!俺だって噂が本物かどうか確かめたかっただけなんだからよ!」
ウルスをジトッと睨みつけるリーナ。
それもそうだろう。リーナにはこのダンジョンの概要を知らされることが無かったのだから。
「まぁ。リーナがダンジョンの内容を知ったら、行かないって言うのが見えてたからね。私の方からも情報を伝えないようにしてたんだ」
「・・・お前ら、性根が腐ってんな」
「まぁまぁ。
・・・一応、学園入学者にはEランクの冒険者資格があるから、どうにかなるだろ」
「それ下手したら退学だぞ?!」
「バレなきゃいいんだよ?」
説得するリーナの肩に、サクラが手を置く。
「それに、アイテムを手に入れる機会なんてもう無いかも知れないよ?」
「っ・・・」
金に目がないリーナは、その一言に大きく揺らぐ。
ダンジョンの最深部には、大体の確率でアイテムが存在する。
そして、そのアイテムは大抵高値で売れるものであるのがほとんどだ。
危険度の高いダンジョンほど、アイテムの希少度も高い傾向にあり、他のダンジョンでも発見されていない、新しいアイテムであればその価値は金貨何千枚にも及ぶ。もちろん、アイテムの内容にもよるが。
なので、こうした未踏のダンジョンには、トレジャーハンターなどの盗賊たちが忍び込み、アイテムを勝手に持ち出すか、ダンジョン内で魔物に殺されるかのどちらかのケースが多い。
「・・・危険だと判断したら、あたしだけでも離脱するかんな!」
「もちろん。俺達も死ぬ気は無いさ」
結局、リーナはアイテムの誘惑に負け、ウルス達に同行することを選択した。
「・・・それじゃあ、扉を開けようか」
サクラが扉の前に立ち、両手に力を込めて扉を押し開けようとする。
「・・・開かない」
「えぇ?」
ウルスが素っ頓狂な声をあげる。
「サクラが開けられないなら、この中でだれも開けられないぞ?」
「・・・私が右を押すから、ウルスとリーナは左側を頼む」
「分かった」
サクラの言う通りに、ウルスとリーナは左側の扉の前に立つ。
「それじゃ、せーのっ・・・!」
サクラの合図で、3人は扉に思い切りの力を込める。
・・・しかし、扉はビクとも言わず、依然として沈黙を貫いている。
「・・・っ、駄目か」
サクラが扉を押す力を解く。
「結界でも貼られてんじゃないのかー?」
「いや、それらしい痕跡は見当たらないな」
ウルスとリーナも扉を開けることは諦めて、どこかに鍵のようなものが無いか辺りの観察に入る。
「押してダメなら引いてみろ・・・とか」
「取っ手が無いなら引きようもないよ」
いかにもそうな案を出したウルスだが、サクラはそれに対して冷静なコメントを返す。
「じゃあ横にスライド方式とか・・・」
「どう見てもスライド出来るような幅無いぞ」
今度はリーナによるものだ。
「・・・壊すか」
「「それは止めろ」」
ウルスの強硬策は、2人によって阻止される。
「えー?
じゃあどうするんだよー・・・」
折角のダンジョン探索が出来ると思っていたウルスは、中に入れないことに対して駄々をこねる子供のようになっていた。
「・・・誰?!」
「「「っ!」」」
茂みから聞こえた人の声に、3人はすぐさま気を締める。
―まさか、ギルドの調査員。
サクラがそんなことを考え、この場をどう切り抜けようかと案を張り巡らせていると―。
「・・・って、あなた達は・・・」
「あ・・・」
茂みから出てきたのは、青髪をポニーテールに纏めた、に紅眼の少女。
そう。先日サクラ達の命を救った、水系統使いの少女である。
「な、なんでこんなところに・・・?」
その姿に若干の動揺を見せつつも、すぐに気を取り戻して少女に問い掛ける。
それに対して少女は、
「・・・あなた達には関係無い。
すぐさまこの場を離れなさい。規則違反で捕まえないといけなくなる」
と答え、3人はこの少女がギルドの調査員であることを悟った。
「と言うよりお前、前にユウマを手助けしてた奴だよな?」
「・・・あれは手助けじゃない。
ギルドの指令で動いていただけ」
少女は、立ち尽くす3人を無視して先程まで開かなかった扉の前に立つ。
「・・・ま、待てよ!
よかったら、俺達も一緒に中に入れてくれないか?」
「は?」
呆けていたウルスは、少女が扉の前に立ったのを見てハッとし、少女にどうにか出来ないか頼み込む。
ウルスからすれば、ずっと前から計画していた遠征である。それに、20日も掛けて来たのに、収穫無しで帰るのは嫌なものなのだろう。
当然、少女は「ふざけるな」と返す。
「そこをどうにか」
「・・・『一般冒険家が攻略を許可されているのは、ギルドの確認によって難易度が設定され、それに見合った実力をしたダンジョンのみである』。
こんなことも言わないと分からないわけ?」
ウルスは「うっ」と黙り込む。
「それにね、このダンジョンは現在の推定でもA+はあるんだから、あなた達では無理に決まってるでしょ」
「・・・私からも、どうかお願い出来ないだろうか」
ダンジョンの攻略難易度を聞いたサクラは、少女に頭を下げる。
「・・・自殺志願者か何か?」
「もちろん、危険を感じた途端即座に撤退するよ。それに、そちらの指示にも従う。だから・・・」
「・・・どうしてそこまで入りたがるわけ?
死ぬかもしれないのに」
その問に3人は、
「アイテム目当て」「フィールドワーク」「強くなりたい」
と、各々の目的を口にする。
それを聞いて少女は、眉間に指を当てる。
同行を許可するか悩んでいるからでは無い。3人の協調性の無さに呆れたからである。
そして、しばらく3人を見つめた少女は。
「・・・いいわ、試してあげる」
「なに?」
ウルスが少女に問うよりも前に。
―水の刃が、3人の首元に押し付けられていた。
「はい、これであなた達は1回死んだ。
・・・私に一発喰らわせる前に、一体何回死ぬのかしらね」
「なっ・・・」
と、3人がその言葉に怯んでいる内に。
「2回」
少女は心臓に刃を3人に突きつけていた。
リーナは、これは遊びでは無いと理解した途端、後ろに大きく飛び退く。
サクラとウルスも臨戦態勢に入り、各自の武器を構える。
「3回」
サクラとウルスの腕には、刃が今にも振り下ろされようとしていた。
唯一、リーナだけがその動作に反応し、魔術を回避した。
「ふぅん・・・?」
「くっ・・・!」
木の上に飛び移ったリーナは、悟る。
―一発喰らわせる?
こんなの、間合いにすら入れないじゃないか・・・!
「4回」
サクラとウルスの両足首に、刃を押し付けられる。
「くっ、そおぉぉっ!」
ウルスはメイスを構え、少女に突撃する。
「5回」
少女が呟いた途端、ウルスの動きが止まった。
否、動けなくなった。
ウルスの眼前には、2本の水の針。
このまま直進すれば、失明は免れない。
「『炎針』!」
サクラは魔術を即座に唱え、数発の炎の針を構成する。
「一気に20回」
その僅かな間に、サクラの周りを水の凶器が、瞬時に形を変えてサクラを殺す。
それに構わず、サクラは炎針を放つ。
が、少女の身に当たるはずであった攻撃は全て防がれ、他はただ地面に突き刺さるだけだった。
「『脱兎』―」
リーナは持ち前の速さで、少女を翻弄する作戦に出る。が―。
「あんたはもう動かなくていいよ。
今の隙に動けなくしたから」
リーナの周りをドーム状の水が覆う。
リーナにはこれが、触れれば命に関わる危険なものだと察知した。
「―で?
もう何回死んだっけ?」
それから1分。
ウルスとサクラは満身創痍になり、その場に仰向けに倒れ込んでいた。
「・・・化け物かよ」
「言っとくけど、この中は2回目3回目、なんて無いから。
分かったらとっとと帰りなさい。今ならギルドにも通報しないでおいてあげる」
「・・・」
少女を見つめるサクラの眼は、まだ反抗を止めようとしない。
少女が扉を開けようと後ろを向いた時。
―『陣』、起動
少女に聞こえないように、サクラは呟く。
途端。
「・・・へぇ」
少女の足元に五芒星の魔法陣が浮かび上がる。
魔法陣からは鎖が放たれ、少女の体を束縛する。
「さっきの炎針に何か仕組んでる、って思ってはいたけど。
まさか、炎系統から幻術を発動させるとはね」
「なっ―」
少女は束縛されるフリを止めて、サクラの元に歩み寄る。
「・・・まさか、そこまで見抜かれるとはね」
「幻術は思い込ませるのが大事なのよ。
例えばあんたの耳だって、普段は他の人に見えていないようにしているけど・・・。
残念ながら、私に幻術の類は効かないの」
「そんなの相手に、勝てるわけ無いじゃないか・・・」
サクラは溜息をついて、仰向けになった体を起こす。
「・・・なぁ、本っ当に、どうしても駄目か?」
「ダメなものはダメよ。
・・・と、言いたいところだけど」
と、少女は大きな溜息をつく。
「・・・このままだと、他の場所でもそんな風にしそうだから、学習させる為に、少しだけ同行を許可するわ」
「本当か?!」
それを聞いたウルスは、子供のように元気に飛び起きる。
「元々魔物の強さを測定したら撤収するつもりだったし、丁度いいでしょ」
「最深部までは行かないのか・・・」
リーナはアイテムが拝めないことを知って、心底残念そうにする。
「当たり前でしょ。私だって何が眠っているか分からないんだから」
少女は再び扉の前に立ち、手をかざす。
「・・・そういえば、そこはどうやって開けるんだ?」
「一般人が開けられないように、ギルドの方で魔術で鍵を掛けておいたわ。
・・・まさかあんた達、無理やり開けようとしてたわけ?」
「うぐっ」
ウルスは後ろ指を刺されたような気がして、申し訳なさそうにする。
「でも、結界が貼られた痕跡は無かったぞ?」
「当たり前でしょ。中から鍵を掛けたんだから」
少女が扉に魔力を込めると、
ガチャッ
と南京錠の外れるような音がした。
「中から鍵って・・・、一体どうやって」
「ギルドの中には、そういう天才も居るってことよ。
もう少し視野を広めなさい」
リーナの質問に軽く答えつつ、少女は扉を押し開ける。
「・・・来ないなら、早く帰りなさい」
「い、行きます行きます!」
疲れきった体を引きずりながら、ウルス達は少女の後ろに続いた。




