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20話:始まりは月華の下で

 図書館に寄ると、何故かいつも帰りが遅くなる。


 俺が図書館を出る頃には、もう本校舎に明かりは無かった。


「やれやれ・・・。アスモ、今日は外食にしようか」


「キュウ!」


 アスモは嬉しそうに翼をはためかせる。

 まぁそりゃあ、何も手を加えていない生野菜よりかはおいしい料理の方がいいよな。

 これから料理の練習でもしておこうか。


 ちなみに調べ物の方はと言うと、あまり進展が無かった。

 情報量が多すぎて何を読み取ればいいのかよく分からなかった。ので、ゆっくり調べるために貸出をした。


 -ここで少し、うちの図書館の貸出システムに関して説明しておこう。


 うちの図書館(他の図書館は知らない)では、昔の学校でやってたような、あの、なんか・・・、貸出カード?に名前を書いて貸し出すようなことはしない。

 本の裏表紙の下の方にQRコードのような模様があり、それを『認証のルーン』なるもので読み取り、貸出をする。

 ただし、これだと誰がどの本を借りたのか分からない。


 そこで、学生手帳にも同じように本を貸し出す用の模様があり、それと本の模様を読み込んで貸出をするようになっている。


 一人が同時に借りれる本は五冊までで、返却期限は無し。

 返却期限が無いのは、図書館に来る人があまりいないので借りたい本が被ることも無いだろう、ということで今年から無期限で貸し出せるようになったとか。


 -以上が、うちの図書館の貸出システムについてだ。


 俺は誰にこんな説明してんだろ。


 脳内で謎の説明をしている内に、商店街の明かりが見えてきた。


 さて、アスモはなんの料理が喜ぶかな。



 ーーーーー



 夕食も済ませたし、家に帰るか。


「・・・まさか、ドラゴンでもコーラを飲むとは」


「キュキュウ!」


 アスモは満足したと言わんばかりに体を動かす。


 やがて疲れたのか、俺の肩に乗っかって大人しくなった。

 食事を済ませた直後だからだろうか、やけに重い。


「・・・アスモ?」


 隣から大人しい息が吹いてくるので様子を確認すると、アスモはうつらうつらになっていた。

 よっぽど疲れたんだろうな。


 俺も疲れたし、早く家に帰ろうか・・・。


 早足で家へと帰ろうとしていたその道のりの途中。


「・・・ん?」


 女の人が道で座り込んでいた。

 服装はボロボロで、年に似合わずやせ細っている。


 一瞬酔っ払いかと思ったが、こんなところで寝込む酔っ払いがいるのだろうか?

 いや、酔っ払いは何処でも寝込む可能性があるからな。案外ありえるかもしれない。


 どっちにしろ放っておくのは気が引けるので、声をかけることにした。


「あの、大丈夫ですか?」


 ・・・返事は無い。寝ているのか?

 幸せな時間を邪魔するのは悪いが、もう一度声をかけてみる。


「・・・あのー?生きてますか?」


「・・・はぁァァぁ・・・」


 返事は溜息で帰ってきた。

 やべ、怒らせちゃった?何か怒鳴られるかな。


 女の人は起き上がり、俺の顔を見る。


「あ。すみませんけど、そっちで寝てると野蛮な男達に何されるか、分からな、い・・・」


 女の人の肌を見て、血の気が引いた。

 肌色が、人間のものとは思えないほどに緑になっている。

 もともと人間の顔は緑ではない、なんてボキャブラリーを言っている場合では無い。これは異常だ、早く医者に連れていかないと。


「い、今すぐ医者の所に行きましょう!ヤバイですよ!」


 女の人の右肩を支えるが、女の人はそれを拒み、


「グアァァウ!!」


 突然、強く押し飛ばされた。


「なっ・・・!?」


 咄嗟にアスモを片手で抱え込みながらもう片方の手で尻餅を防ぐ。

 もう一度、確認のために女の人の顔を覗き込むと、そこには、人間の顔では無い、何か別の生物の顔があった。


 ヤバイ。これは病気でなく狂気だ。俺の勘がレッドゾーンレベルの警報を鳴らしている。

 この女の人、いや、この化け物から早く離れないと死んでしまう。


「な、なんだよ一体!」


 アスモも目を覚まし、危険を察知したのかすぐさま警戒態勢をとる。


「アスモ、逃げるぞ!」


「キュウ!」


 アスモは返事をするが、その場から動く気配は無い。

 何してんだよ!?


「アスモ!早くこっちに来い!」


 化け物はジリジリのアスモに近付いてくる。

 しかしアスモは動かない。

 一体何を考えている!


「・・・くそっ!」


 いよいよ化け物の射程距離範囲内にアスモが入った途端、化け物は拳を素早くアスモに振り下ろした。


 間一髪、俺がアスモを庇う形でその間に割り込み、拳を左の腕でガードする。


「キュウ!?」「がっ・・・?!」


 拳が腕を殴った途端、感じたことのない嫌な感触がした。


「がぁぁぁぁぁ!!!!」


 言葉にならない激痛が左腕中に広がり、その場で転がり込む。

 これは、骨が折れた。間違いなく折れた。


「!!」


 痛みに耐えている間にも、化け物の攻撃は続く。

 転がり込む俺の顔面目掛けて、今度は蹴りを入れる。

 それを、当たるすれすれで右に避ける。


「っ・・・、火炎球(ファイアボール)!!」


 蹴りを外した隙に動く右手で火炎球を作り、放つ。狙いは頭だ。

 急ごしらえの為、大したダメージにはならないはずだが、多少の時間稼ぎは出来るはずだ。


「グシャア!!」


 火炎球は顔面に見事に着弾した。

 化け物は怯み、数歩後ろに下がる。

 その隙に立ち上がり、鞄とアスモを捕まえて化け物と反対方向に全速力で走る。


「グゥゥゥ・・・、グォォォォ!!!!!」


 女性という見た目に反して、野太い雄叫びを近所に響かせる。

 どうやら、火炎球の着弾によって化け物の怒りを買ってしまったようだ。


 化け物は猛スピードでこちらとの距離を詰める。

 おいおい嘘だろ、三百メートル近くをたった一瞬で・・・?


「シャアアアア!!!」


 まずい、せめてアスモだけでも・・・。


 そう思ってアスモを鷲掴みにして投げようとした時。


「『激流弾(ラピッドライフル)』!!」


「グアァッ!?」


 女性の声が聞こえると同時に、化け物の短い悲鳴が聞こえる。

 化け物に目を向けると、右腕に小さな穴が空いていた。


 一体、何が起こった・・・!?


「・・・あなた、エニストル学園の生徒ね?」


 後ろから声が聞こえる。おそらく、化け物に風穴を開けた張本人だろう。

 振り向き、その声の主を確認する。


「早く家に帰りな、さい・・・」


 青髪を後ろでポニーテールにまとめた、真紅の眼をした少女。

 ローブの下には、うちの制服を着込んでいる。


 てことは、うちの生徒・・・。


「・・・あ」


 いつぞやにサンドイッチを台無しにした女子と、姿形が一致した。


「グオ、グォォォォ!!!!」


 化け物が荒々しい雄叫びをあげる。そうだ、まだアイツは死んだわけでは無いんだ。今は、この少女の出会いを思い出している場合ではない。


 化け物は逆上してこちらに向かってくるかと思うと、予想に反して俺たちに背中を見せた。

 一体どういうつもりだ?


「!、今ここで逃したら・・・!」


 そう言って少女は、先程の魔術であろうものをより貫通力を高め、化け物目掛けて撃ち出す。


 が、化け物は斜め前方に大きく跳躍し、建物の屋根を伝ってどこかに去ってしまった。


「ちっ・・・!」


 壁となるはずの目標を失った水弾は、地面に着弾して弾け飛ぶ。

 その際に、少し地面のコンクリートがえぐれた。


 あ、あれにどれ程の貫通力が込められてんだよ・・・。


「・・・・・・・・・あなた、怪我はない?」


 一拍置いた後、俺の命を助けてくれた少女に尋ねられる。


「・・・ああ、大丈夫だ」


 本当は左腕がイってしまったが、何故か痛みはあまり感じない。

 骨折ってこんな感覚なのか?


「・・・そう。なら早く家に帰りなさい」


 少女は化け物が去った方に足を進める。

 おそらく、あの化け物を追うつもりなのだろう。


 しかし、あんなのに人間が勝てるとは思えない。自殺行為だ。


「・・・アイツは一体何なんだ?」


 少女はこの急な場面に柔軟に対応した。もしかしたら、あの化け物について知っていることがあるのかもしれない。


「そんなの私が聞きたいわよ・・・。話は終わり?」


 いかにも鬱陶しいと言った口調で会話を打ち切ろうとする。


「待て、名前を聞かせてくれ」


「あんたに教える義理は無い」


 少女はこちらを見もせずに立ち去ろうとする。


「キュウ!!」


 それを止めたのはアスモだった。

 アスモの鳴き声で少女はこちらに振り返り、同時に不思議そうな表情をする。


「・・・・・・・・・はぁ、ディーネ・ミューレシチュア」


「え?」


「名前よ!ミューレシチュア!」


 ああ、名前か。やけに長い苗字だな。


 ミューレシチュアと名乗った少女は、名前を告げると足早にその場を去った。


「・・・とにかく、命は助かったな」


 先程までの急展開から開放されたと思うと、一気に疲れが溜まった気分になる。

 それも当然か。一歩間違えると俺は死んでいたんだからな。命のやり取りっていうのはここまで緊迫するものだとは思ってもいなかった。


「・・・キュウ、キュウ?」


 横でアスモが心配そうにこちらの様子を伺う。

 コイツのさっきの行動は、もしかすると俺が逃げる時間を稼ごうとしてくれていたのかもしれない。

 全く、生まれたばかりなのに随分と忠実なペットだな。


「さっきはありがとな、アスモ」


 飛んでいるアスモを腕の中に抱き抱え、優しく頭を撫でる。

 アスモは嬉しそうに目を瞑りながら、それを受け入れる。


 やがて、アスモはまた眠りについた。

 そうだよな、コイツも命のやり取りをして疲れたんだろう。

 早く家に帰って休ませてあげよう。


 またさっきの化け物と遭遇しないように、急いで自宅へと向かった。

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