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外伝:とある一日 〜リーナ・シルジアルの場合〜

 少女の一日は、朝食作りから始まる。


 限られた資金で、なるべく節約しながら栄養のある料理を作らなければいけない。


「・・・よし、これでいいな」


 少女が朝食の支度を終えると、キッチンから居間へと移り、そこで寝ている人物を優しく起こす。


「母さん、もう朝だよ」


 少女の母親は、少し咳き込んだ後に体を起こした。


「・・・また、朝か」


「ご飯出来てるよ、食べよ?」


 母親は布団から出て、食事の並ぶ卓に体を向ける。


「ゲホッ、ゲホッ・・・」


 スプーンを持ってスープをすくいあげようとした時、突然少女の母親が咳き込み始めた。


「だ、大丈夫!?」


 少女は母親のもとに駆け寄り、背中をさする。

 暫くして、母親の咳は治まった。が、顔色が悪い。


「なに、いつもの事じゃない」


 母親は心配させまいと無理して笑うが、少女の顔から心配の表情は消えない。


「きょ、今日は学校休むから無理しな」

「駄目よリーナ」


 少女が看病をすると言うが、母親はそれを拒む。


「リーナ、学校にはちゃんと行きなさい。そうしないと、いずれ私のようになるわ」


「で、でも・・・」


 少女、リーナが戸惑っていると、母親は優しくリーナの肩に手を乗せる。


「あんたは、私みたいな人間になっちゃ駄目よ。ちゃんと勉強して、将来やりたい事を見つけなさい」


「・・・母さん」


 少し真面目な顔になったかと思うと、母親はまた、今度は無理をしている表情では無く普通の笑顔で言葉を発する。


「それに、私はもういつ死ぬか分かんないんだから。わたしの近くにいると、あんたに病気が感染っちゃうかもしれないわよ?」


「し、死ぬなんて簡単に言わないでよ!」


 リーナは母親の言葉を本気にしたのか、泣きじゃくってしまった。


「あらあら、いつまで経ってもガキはガキね」


「ガ、ガキって言うな!」


 リーナは、母親に暴言を放った。


「そうそう、それでこそ私の娘よ」


「・・・また母さんのペースに乗せられた・・・」


 リーナは、暫くして泣き止んだ。目尻にはまだ少し涙が溜まっている。


「さて、そろそろご飯食べましょうか。早くしないと遅刻するわよ」


「・・・うん、分かった」


 リーナは少し不満げな表情をしたが、すぐに母親と一緒の卓についた。



 ーーーーー



 リーナの家は、商店街の路地裏の奥深くにあるスラム街に位置する。


 朝からチンピラ同時の喧嘩が絶えないので、少女はいつも建物の上を飛び越して学校へ向かう。

 長年スラム街で生き抜いてきて、リーナが自力で習得したオリジナルの魔術『脱兎』だ。脚力を連続的に強化して常人では得られない跳躍力を身につける。


 -今回の物語とは関係ない話になるが、リーナの習得した脱兎以外にも、質のいい強化系統の魔術は沢山存在する。

 しかし、リーナのようにオリジナルの魔術を作る、というのは歴史に名を残す機会になることでもあるのだ。


 自作の魔術を、ギルド協会本部に論文と使用方法をまとめて提出し、それが有用であると認められると世界にこの魔術が広まる。

 その魔術が本などに載る際には、作成者の名前が同時に記載される。歴史に名を残す機会というのは、この事である。


 リーナもギルド協会本部に論文を提出しようと考えたが、なにせギルド協会は南の大陸のバルランという国にある。

 ここから行くには時間がかかるし、お金もない。何より、どうやってこの魔術を使用するのか曖昧な理解なので、論文など書けない。この魔術は、リーナが生き抜いていく過程で勝手に習得していた魔術なのだ。


「おい、また雌兎が飛んでるぜ」


「いつもの事だろ。あんな糞ガキほっとけ」


 リーナは、スラム街からの人間からは『雌兎(めすうさぎ)』と呼ばれている。これも脱兎という魔術の名前に由来する。


 リーナは、下の人間たちの愚痴を軽く聞き流し、今日の晩ご飯は何にしようか、と考えながら屋根から屋根へ飛び移り学校へ向かった。



 ーーーーー



「へぇ、そいつの名前決まったのか」


「ああ、アスモって名前だ」


「キュウ!」


 学校での昼休み、屋上でリーナとその学友たちは昼食を取っていた。


「アスモか、いい名前じゃないか」


 うさ耳を隠さずにいる黒紫色の長く美しい髪をした獣人は、黒色のアスモと呼ばれたドラゴンか爬虫類か見分けがつかない生物を足に乗せて頭を撫でる。

 リーナはそれを少し羨ましいと思った。


「・・・って、富豪その絆創膏はどうしたんだ?」


 リーナは、アスモの飼い主である少年の左腕に絆創膏が貼られていることに気付き、聞いてみる。


「ん、これか?ちょっとな・・・」


 少年は、どう答えればいいか分からないと言った曖昧な答えを返した。


「ふーん、まぁ何があったのか大体想像つくけどさ」


 リーナはどうでもいいと言うように昼食を再開した。


「そうだ、ユウマは夏休みに何か予定あるか?」


 茶髪の好青年が飼い主の男、ユウマに問いかける。


「夏休み?なんでそんな先の話を・・・」


「ん?ユウマって転校生なのか?」


「・・・転校生っていうか、高校からこの国に来たんだ」


「そうか。この国では、夏休みは6月の頭からだぞ」


「マジで!?」


 ユウマは驚いたように聞き返す。

 やけに驚くので、好青年も若干たじろぐ。


「お、おう。8月いっぱいまで・・・」


「やったぜ。」


 ユウマは謎のキメ顔でガッツポーズをとる。


「・・・で、夏休みに何かあるのか?」


 リーナも少し気になり、好青年に問いかける。


「良かったら夏休みの課題一緒にやろうぜ、って思ったんだけど・・・」


 ユウマは一瞬で「は?何言ってんだコイツ」という表情になった。


「夏休みの課題って言ったら、フィールドワークか」


「そうそう、皆でやった方が早く終わるだろ?」


 ユウマは不満げな表情から一変して、疑問符が浮かび上がりそうな表情をする。


「フィールドワークッテナンデスカー」


「その名の通り、この国の外に出てなにかをしてくるんだ。魔物の討伐、観察とか・・・」


「・・・そんなの富豪に出来るのか?」


 ユウマはリーナの方に向き直って、人差し指を立ててキザなポーズをとる。


「チッチッチッ、俺ゃ昨日のテストの時とは違うのですよシルジアル君」


「殴っていいか」


「俺は密かに家でも魔術の練習してるんだ!テストの時よりは確実に魔術の精度は上がってるぜ!」


「・・・まぁ、確かに現場で倒れたりしたら困るのは俺たちだけどな」


「全くもってその通りでございます」


 ユウマは項垂れて肩を落とす。


「キュイ!キュイ!」


 すると突然、少女の腕の中で大人しくしていたアスモが鳴き声を上げた。


「そうだユウマ、アスモも連れてこうぜ」


「・・・だ、大丈夫なのか?」


 ユウマが心配するのも無理はない。アスモはまだ体も小さく、まともに戦えるような力も持ってはいないだろう。


「そんな危険な所に潜り込むわけでもないし、いざという時は飛べるんだから大丈夫だろ。・・・多分」


「不安やなぁ」


「キュウ」


 2人(1人+1匹)揃って心配そうな表情をする。


「この事は、夏休みが近づいてから話すか」


「そうだな。今から浮かれてても仕方ないしな」


 好青年とリーナが話を強引にまとめる。


 それからしばらくの間、リーナは学友たちとの楽しい食事の時間を過ごした。



 ーーーーー



 6時限目の魔法歴史の時間。


「・・・ふぁ〜あ・・・」


 リーナは暇を持て余していた。


 黒板の方では教科担任が何やら古代の魔術の特徴やら概念やらをノンストップで書き込んでいるが、リーナはそれをただ眺めているだけだった。


 他の生徒にも少しは居眠りをしている生徒もいるが、大半の生徒がノートに文字を熱心に書き込んでいた。


 ・・・リーナは、ノートを持っていない。ノートどころか、鉛筆すら持っていない。

 生活が苦しいので、少しでも母親のために食費に回そうという考えから、学用品の1つも買っていない。


「・・・というわけで、古代の魔術師たちは現代で失われた滞空の魔術をーーー」


 というわけで、実の所リーナは全教科の大半を耳で聞いて出来る限り脳に記憶している。


 鉛筆とノートさえあれば、彼女はとてつもなく頭脳明晰な子になるであろうが・・・。



 ーーーーー



 学校での一日が終わった帰り道。


「すみません、とうもろこしを3分の1下さい」


 リーナは商店街で買い物をしていた。

 母親へ栄養のある食事を作るため、なるべく安値の食材を探していた。


「・・・はいよ」


 店主と思しき男性は、とうもろこしを雑に切り分けてリーナに渡す。


 それに対してリーナは、値段ちょうどの銅貨を何も言わずに置いて立ち去るだけだ。


 -つい先日まで、彼女は商店街の人々に盗人として顔が割れていた。

 その為、商店街の人々からは彼女が当たり前のように商店街を歩いていることは、あまり気持ちのよい事ではないだろう。


 それでも最低限の対応をしてくれる分、少しは信頼が回復しているのだろうか。


 リーナは、建物と建物の間に入り込み母親の待つ自宅へと向かう。今彼女が通っている道は自宅への最短ルートなので、跳ぶより歩いた方が早い。


 そして、家の前で母親に自分が帰ってきた事を知らせる。


「ただいま」


 そして、彼女の一日は-。

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