6月 ムーンストーン ~小説家になりたい
その夢を抱いてから、何年が過ぎただろう。女性作家の私は、Web投稿サイトに作品を掲載しながら、公式の小説コンテストにも幾度となく挑戦してきた。
新作のPV数は地を這い、ブックマークはゼロ。
読んでくれる人がいるのかさえ分からない。
私は、深いため息をついてはパソコンに向かい、物語を書き続けていた。
私は今日も新しい作品を投稿しようとサイトを開いた。
「えっ?メッセージ?」
喜び開いた先には、
誤字報告。
「そりゃ……ね……」
誰かが読んでくれた。それだけでも喜ぶべきなのに、私は少しだけ肩を落とした。
「面白い作品でした」
「応援しています」
そんな言葉をもらえたら、どれほど嬉しいだろう。
ある夜、ふと思い出した。
六月に締め切られた小説コンテストの結果が、そろそろ発表されているかもしれない。
何気なく公式サイトを開き、選考結果のページを確認する。
一次選考通過作品が並ぶ中、私は自分の作品名を探していた。
そして、見つけた。
「あ、あ、あ、あった!」
何度見直しても、そこには間違いなく私の作品名がある。
数千もの応募作品の中から、一次選考を通過したのだ。
信じられなかった。画面を眺めながら、頬が緩むのを抑えられない。
その日から、作品のPV数は毎日三桁を記録し始める、ブックマークも少しずつ増えていく。
一次選考を通過するだけで、こんなにも読んでもらえるのか。
初めて、自分の書いた物語が誰かに届いているような気がした。
だが、その賑わいは長く続かなかった。
数日後にはPV数が減り、やがて以前と同じように地を這う数字へ戻ってしまった。
「はあ、またか」
落胆はしたものの、今度は少し違った。
二次選考がある、もう一度あの喜びを味わえるかもしれない。
そんな淡い期待を抱きながら、私は発表を待った。
一か月後、二次選考の結果が公開される。
画面をスクロールしていた指が止まる。
「あ、あ、あ、ある……」
椅子から転げ落ちそうになりながら、私は何度も画面を見直した。
夢ではない。一次選考に続き、二次選考も通過したのだ。
その日から、PV数は三桁どころか四桁に届く日も出てきた。ブックマークも増え、これまでに経験したことのない反応が続いた。
会社で嫌なことがあっても、以前なら落ち込んでいたような出来事も、今は耐えられた。
二次選考を通過したという事実が、私を支えてくれていた。
もしかしたら、書籍化するかもしれない。
印税で暮らせるようになるのだろうか。
好きな小説を書くことを仕事にできるのだろうか。
想像は膨らみ、私はすっかり有頂天になっていた。
あとは最終結果を待つだけ。
そう思っていたのに、一か月が過ぎても発表はなかった。二か月が過ぎても、何の知らせもない。
その間に、PV数はまた地を這うようになり、誰にも読まれない日さえあった。
私はパソコンの前で、何度もため息をついた。
気がつけば、この二か月新しい作品を一本も書いていなかった。
選考結果ばかり気にして、公式サイトを何度も確認する。
SNSを眺め、ほかの応募者の様子を探り、発表を待ち続ける。
そんな毎日を送っていた。
一方で、一次選考や二次選考で落選した知り合いの作家たちは、もう次の作品を書き、投稿を始めている。
もし、落選していたら。
そう考えた途端、胸の奥が冷たくなった。
二次選考を通過した、それは確かに嬉しいことだ。
私はいつから、結果が出るまで書かない人間になってしまったのだろう。
窓の外には、雲の切れ間から月が見えていた。
ふと、机の片隅に置いたムーンストーンが目に留まった。
淡い青白い光を浮かべるその石は、以前、創作のお守りにしようと思って買ったものだった。
月の光を宿したような石。
私はそれを手に取り、しばらく眺めていた。
石言葉には、幸運や柔軟性といった意味があるという。
今の私が求めているのは、幸運だけなのだろうか。
頭の中に浮かんだ物語を文章にすること。
自分の知らない誰かに読んでもらうこと。
そして、その人の心に何かが残ること。
私が本当に願っていたのは、そんなことだったはず。
結果を待つことに夢中になり、私は書くことそのものを忘れかけていた。
「……もう、書こう」
誰に聞かせるでもなく、私はつぶやいた。
落選したら、きっと落ち込むだろう。
しばらく何も書けなくなるかもしれない。
でも、結果が出るまで物語を止めてしまうのは違う。
ムーンストーンを机に戻し、私は新しいファイルを開いた。
まだタイトルも決まっていない。
登場人物の名前さえ浮かんでいない。
最初の一行を書き始め、一行が二行になり、やがて数段落になった。
久しぶりに、時間を忘れてキーボードを打っていた。
二か月前と何も変わっていない。
私はこれからも書く、結果を待つ間も、落選したあとも、思うように読まれない日も。
自分の物語を誰かに届けたいという願いがある限り、何度でも新しい作品を生み出していく。
窓の外では、雲が流れ、月が再び姿を現していた。
机の上のムーンストーンが、淡い光を返している。
それは、私に幸運を約束してくれる光ではない。
立ち止まっていた自分の心を、もう一度動かすための光だった。
私は画面に向き直り、タイトルを書き始めた。
タイトル名 『十二石物語』
あとがき
ムーンストーンの石言葉は作中にもありますが、
「幸運」「想像力」「柔軟性」
小説を書くことは、正解のない世界で物語を探し続けることだ。
思うように書けない日も、誰にも読んでもらえない日もある。
でも、想像することをやめなければ、物語は何度でも生まれてくる。
いつか幸運に恵まれ、作品を待ってくれる読者に出会えるかもしれない。
その日が来るまでの時間も、決して無駄ではないはずだ。
思いどおりにならない現実の中でも、自分の願いを見失わずに歩き続けるため、ムーンストーンを見ている。
夢を叶えるために必要なのは、幸運を待つことだけではない。
想像することをやめず、時には考え方を変えながら、自分の物語を書き続けることなのだと思う。




