2月 アメジスト ~報われぬ恋
高校に入ってすぐ、クラスの女の子に一目惚れした。
毎日毎日、彼女を眺めていた。
人は好き過ぎると話しかけられなくなるのだと、僕はこのとき初めて知った。
長い髪を束ねる姿に、何度も目を奪われた。
話しかけることすらできない僕は、ただ眺めるしかなかった。
しかし、チャンスは突然やってきた。
柚木ちゃんには親友がいる。
岡本はよく喋る女で、僕の隣の席だった。
授業中、岡本が小さな手紙を渡してきた。
なんだ?と開くと、
『好きな人居るの?』
と書いてある。
お喋りな岡本に答える必要はないと、
『居ないよ』
と返事を書いた。
授業が終わるなり、岡本が小声で呟く。
「あんたのこと好きって言う女の子がいるよ」
「えっ?」
嬉しかったが、いや、まさか、そんなはずはない。
「それって誰?」
意地悪な顔をした岡本は、
「あんた、好きな人居ないんなら、知らなくても良いでしょ」
「ちょ、ちょっと待ってよ、教えてよ」
慌てて懇願する僕に、
「授業始まるから、またね」
と言って、さっさと席に座り教科書を開く岡本。
次の授業の間、気が気ではなかった。
岡本が間に入ってまで僕を好きだと伝えてくる相手なんて、一人しか思い当たらない。
柚木ちゃんが?僕を好きなんだ!
絶対そうだ。
昼食時になったら岡本に詰め寄って、誰が僕を好きなのか問い詰めてやろう。
ところが昼食時、岡本は柚木ちゃんと弁当を食べ始めてしまう。
僕はまた眺めるしかなかった。
午後になっても授業が頭に入らず呆けていると、岡本からまた小さく折り畳まれた手紙を渡される。
『顔がアホみたい』
こ、こいつ……。
睨みつけると、声を出さずにケラケラ笑っている。
ここで怒るより、岡本から聞き出すことを優先するべきだ。
僕も手紙を書き、岡本に手渡した。
すると岡本は手紙を開かずに制服のジャケットへ、ソッとしまったではないか。
いや、読めよっ!
口をパクパクさせて伝えるが岡本は満足そうな顔のまま授業を聞いている。
さらに、授業が終わるなりトイレへ逃げ込んだ。
完全に遊ばれている……。
それからも岡本は、授業中に折り畳まれた手紙を何度も手渡してきた。
『昨日、何時に寝た?寝癖酷いよ』
『部活、レギュラー頑張りな』
『好きなお菓子は?』
『何月誕生日?』
女の子と手紙交換してくれよ……。
そう思いながらも、僕は返事を書いては手渡していた。
『2月生まれ』
『私もっ!』
岡本の個人情報はいらん……。
すべては、柚木ちゃんが僕を好きなのかを知るために。
そして、ついにその日がやってきた。
いつもの手紙を渡され、開くと、
『柚木があんたを好きなんだって』
何回も何回も読み返しながらガッツポーズをとり、岡本に返事を書いて手渡した。
『僕も柚木ちゃんが好き。告白したいから伝えてほしい』
岡本は手紙を読みながら、僕を見ることなく、また手紙を書いて渡してきた。
『わかった、伝えとくよ。頑張ってね』
翌日の夕方、待ち合わせ場所に柚木ちゃんの姿があった。
「ずっと好きでした!付き合ってほしい!」
顔に血が昇り、心臓がうるさい。立っているはずなのにフワフワしている。
柚木ちゃんの手が僕の手に触れた。
「私も気になってた、嬉しい」
顔を上げたとき見た柚木ちゃんの笑顔は、一生忘れることはないだろう。
1ヶ月後、
「別れよう」
いとも簡単にフラれた……。
理由は、僕が柚木ちゃんを好き過ぎて喋れなかったせいだ。
別れたくなかったが、自分の気持ちを伝えることすらできないまま初恋は終わった。
卒業までの間、岡本は以前と同じように友人として接してくれた。
それが救いだった。
何かと相談しやすい異性の友人として、卒業してからも岡本とは連絡を取り合っていた。
在学中も卒業してからも、僕の中から柚木ちゃんの存在が消えることはなかった。
告白したときのあの笑顔を忘れることはない。
大学を卒業し、社会人としてスタートした頃、一通のメッセージが届いた。
久しぶりに高校時代の皆で集まろうと、岡本が提案してきたのだ。
メッセージには参加者の名前が並び、その中に柚木ちゃんの名前もあった。
即、参加すると返信し、その場で跳び跳ねた。
嬉しくて嬉しくて、感情が抑えきれない。
ワクワクしたまま当日を迎え会場の焼き鳥屋に行くと、見慣れた顔がスーツを着て並んでいた。
「久しぶり~」
軽く挨拶しながら見渡すと、柚木ちゃんの姿があった。
相変わらず変わらない姿で、
「久しぶりだね」
と声をかけてくれた。
大学時代に何人かと付き合ったこともあり、今では柚木ちゃんともふつうに会話ができる。
「久しぶり、元気だった?」
「なんだか大人になったね、雰囲気が違うよ」
柚木ちゃんに褒められたのは嬉しかったが、どこか違和感もあった。
「岡本ちゃんから聞いてはいたんだけどさ。高校のとき喋ってくれなかったのは、緊張してくれてたんだよね。私、嫌われてるのかと思ってたから……。ごめんなさい」
柚木ちゃんが頭を下げるので、僕も慌てて言った。
「やめてよ、もう昔の話だから」
いやいや、何を言ってるんだ僕は?
今でも目の前の柚木ちゃんに、心臓がバクバク……して……ない……。
幹事の岡本も現れ、さっそく乾杯して、昔話を肴に盛り上がった。
岡本は、
「まだ柚木ちゃんのこと好きなんでしょ?わざわざ皆も集めたんだから感謝しなよ」
「柚木ちゃん、今フリーだから、狙うなら今日しかないよ」
そう言って席を離れた。
「ゆ、柚木ちゃん」
不思議そうな顔で
「なに?」と振り返る柚木ちゃんに、僕は言った。
「あのさ、あの」
外に出ないかと言おうとするより先に、
「ねぇ、外行かない?」
柚木ちゃんのほうから誘ってくれた。
僕たちは会場を出て、近くの公園まで一緒に歩いた。
「ねぇ、岡本ちゃんのこと知ってた?」
「ん?岡本がどうしたの?」
突然真顔になった柚木ちゃんに、戸惑ってしまう。
「高校のときからずっと、君のことが好きなんだよ?」
「ん?なにそれ。岡本が僕を?」
「そだよ。ずっと君のことを好きなまま、今もたぶん……」
柚木ちゃんは、学生時代のことや、卒業してからの岡本とのやり取りを、少しずつ教えてくれた。
手紙を使って、僕の本心を探っていたこと。
自分が結びつけ役になったことを、当時の柚木ちゃんも知らなかったこと。
卒業してからの僕とのやり取りを、岡本が嬉しそうに柚木ちゃんに話していたこと。
そして、まだ柚木ちゃんを忘れられずにいる僕のために、今日の会を用意してくれたこと……。
「あ、でもね、私も今日ここに来たのは君に会いたかったからだよ。岡本ちゃんのために来たんじゃないの」
上目遣いで恥ずかしそうに話す姿は可愛い。可愛いが……。
なんでだ?ずっと柚木ちゃんのことを想っていたはずなのに。
「柚木ちゃん、ごめんね。今日は会えて嬉しかったよ」
「……会場に戻ろ?」
あれほど会いたかった柚木ちゃんは、もう僕の中にはいなかった。
「フラれちゃった……のかな。私はこのまま帰るね」
柚木ちゃんの後ろ姿を見送り、僕は会場に戻った。
「お!おおっ!柚木ちゃんに伝えられましたかーっ!」
悪酔いした岡本が絡んできた。
「岡本……」
僕は真顔で伝えた。
「な、なによ突然……」
戸惑っている岡本に、
「気付かなくて、ごめん」
と頭を下げ、柚木ちゃんから聞いた話を伝えた。
「なんだ、柚木ちゃんにはバレてたんだ」
「岡本、好きな人居るか?」
僕は心臓をバクバクさせながら、岡本を見ていた。
「居るよ」
そう言って、バッグからメモ紙を取り出し、ボールペンで何か書いている。
「帰ったら見てよね」
折り畳まれた手紙を、手渡される。
「わかった」
僕は顔を真っ赤にしながら、その手紙を受け取った。
あとがき
アメジストの石言葉は、
「真実の愛」「気高い愛」「誠実」
好きな人の幸せのために、自分の気持ちを押し殺してまで身を引く。
そんなこと、所詮は小説の中の話だと思われたかもしれませんが、知り合いから聞いた実話です。
今、二人は幸せな家庭を築いていて、笑い話のように話してくれました。
ちなみに私も2月生まれ……。
欲望まみれの私にはこんな良い話はない。




