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金木犀が咲く頃、また会いに来るから待っていて。~待つのは性に合わないので会いに行きます~  作者: 花庫


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第八話

ケイ、十八歳の秋。

あれから三回目の金木犀の季節がやってきていた。


(約束の季節。本当は桂花亭でジンさんを待ちたい。ジンさんに会いたい。でもきっと、今年もまだジンさんは来れないだろう…)


東宮妃様の強い信頼を得たケイは、後宮厨房で確固たる地位を築いていた。


だが、ケイの目的は単に後宮で成り上がることではない。後宮のギスギスした雰囲気を根本から解きほぐし、下町に平和を取り戻して、ジンとの再会を果たすことだ。


そのためにケイが次に仕掛けたのは、情報収集体制の構築——すなわち「女官ネットワーク」の形成だった。


(前世でも、現場の生の声を握っているのはいつだって給湯室やお掃除スタッフだったわ。後宮も同じよ!)


ケイは余った上質な食材や試作品の焼き菓子を使い、下働きの女官たちのために特製の「夜食おむすび」や「金木犀の焼き餅」を振る舞い始めた。過酷な労働に耐える女官たちにとって、ケイの温かく美味しい賄いは心の支えとなり、ケイの周りには自然と女官たちが集まるようになっていった。


「ケイ様、いつも美味しいお夜食をありがとうございます!」


「ふふ、いいのよ。みんなの頑張りがあっての後宮だもの。それにしても……最近、後宮のあちこちでピリピリした空気が続いていない?」


お餅を頬張る女官たちにケイが何気なく尋ねると、女官たちは顔を寄せ合い、声をひそめた。


「実はね……四妃様方の派閥争いを裏で力ずくで抑え込んでいる筆頭執政官の黎(レイ)様が、このところ輪をかけて恐ろしいのよ」


「黎様……噂の冷血な執政官ね」


「ええ。皇帝陛下がお若いのをいいことに暴走する四大貴族を牽制するために、連日不眠不休で働いていらっしゃるらしいわ。冷徹な刀のようなお方で、少しでも不正をした官僚は容赦なく失脚させられるの。夜な夜な、後宮の奥にある『巨木金木犀の庭園』で一人佇んでいらっしゃる姿が目撃されているんだけど……誰も怖くて近づけないのよ」


「不眠不休で、夜な夜な金木犀の木の下に……?」


ケイのバリキャリ・センサーが激しく反応した。


(不眠不休の激務に、重度のストレス……! 四妃の争いを力で抑え込んでいるトップが限界を迎えて倒れたら、それこそ後宮も下町も大混乱じゃない! 根本原因(ボトルネック)はまさにその『黎様』の過労ね!)


冷酷無比と恐れられる筆頭執政官・黎。

ケイの頭の中では、「恐ろしい冷血漢」と「重度の過労に苦しむ最優先ケア対象ターゲット」という二つの像が重なっていた。


(よしっ! その黎様とかいう執政官に、私の特製薬膳夜食を叩き込んで胃袋と自律神経をほぐしてあげるわ! 彼が冷静さを取り戻せば、後宮の鎮静化が一気に加速するはず!)


そして、金木犀が満開を迎え、黄金色の花びらが夜風に舞うある秋の夜。


ケイは重箱に出来立ての温かい夜食と養生茶を詰め、女官から聞いていた後宮の奥深く——「巨木金木犀の庭園」へと忍び込んだ。


月明かりが照らし出す庭園には、巨大な金木犀の樹がそびえ立ち、甘く切ない香りが立ち込めている。


(ジンさん、元気にしているかな。ジンさんに会いたい。)

金木犀の香りに刺激され、気持ちが揺れ、涙腺が

緩みそうになる。


目的の樹の下に、一人の男が立っていた。


纏っているのは、威厳と気品を放つ漆黒の官服。月光を弾く刃のように研ぎ澄まされた、隙のない背中。しかし、その肩はどこかすり減り、深い孤独と疲弊を背負っているように見えた。


(……あの人が、冷酷無比と噂の筆頭執政官・黎様……?)


ケイは意を決して、夜風を切りながら一歩を踏み出した。


「夜分遅くに失礼いたします、執政官様!」


背後からの声に、漆黒の官服の男がゆっくりと振り返る。

その低く冷ややかな声が、静寂な夜の庭園に響いた。


「……こんな夜更けに、宮廷の料理人が何の用だ」


月光が男の顔を照らし出した瞬間、ケイは息を呑み、手に持っていた重箱を落としそうになった。


光を吸い込むような深い黒い瞳。どこか寂しげで、けれど凛とした美しい目鼻立ち。


(……え? ……嘘、でしょ……?)


そこにいたのは、恐ろしい冷血漢でも、見知らぬ官僚でもなかった。


三年前、下町の小さな宿屋『桂花亭』の店先で、向かい合って温かい蒸し菓子を食べた——あの愛しい青年・ジンだったのだ。



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