第七話
後宮御用達厨房に配属されたケイを待ち受けていたのは、陰湿な嫌がらせだった。
「新人、お前の担当だ」
厨房長から無造作に押し付けられたのは、四妃の一人「東宮妃様」の献立。周囲の料理人たちが「気の毒に、しくじって追放だな」とニヤニヤと笑い合う。
東宮妃は、四妃の中でも最年少のわずか14歳。
実家の権力争いのために幼くして後宮へ送り込まれ、大人たちの冷烈な思惑と重圧に押し潰され、深刻なホームシックと冷え性で心身を病んでいた。どんな豪華な宮廷料理を運んでも「いりません」と拒絶し、部屋に閉じこもっているという。
(……14歳なんて、前世で言ったらまだ中学生じゃない! そんな幼い子に政治の重圧を背負わせて、食べられなくなったら見捨てるなんて……!)
バリキャリ・ケイの胸に、強い怒りと温かな保護欲が湧き上がる。
(ターゲットは、過度のストレスと寂しさで胃腸が縮こまっている14歳の少女。重い高級食材なんて受け付けるはずがないわ。必要なのは、安心感と、身体を芯から温めるやさしい一皿よ!)
ケイが作ったのは、精神安定効果のある百合根とナツメをじっくり炊き込み、ほうれん草のペーストで淡い翡翠色に彩った『百合根と金木犀の翡翠お粥』。
◇
東宮妃の宮。
豪華すぎる帳の奥で、小さな身体を丸めて震えている14歳の東宮妃。
「……誰も来ないで。何も食べたくない……お家に帰りたい……」
弱々しく泣きじゃくる少女の前で、ケイは膝をつき、そっとお粥の蓋を開けた。
「東宮妃様、お召し上がりにならなくても大丈夫ですよ。まずはこの香りをかいでみてくださいね」
ふわりと広がったのは、優しい出汁の匂いと、どこか懐かしい秋の金木犀の甘い香り。
東宮妃はそっと顔を上げ、大きな目をパチクリさせた。
「……これは? すごく……甘くていい匂い……」
「頑張っていらっしゃるお妃様のお腹と、お心を温めるお粥です。一口だけ、いかがですか?」
ケイの温かい笑顔と優しい声に促され、東宮妃は小さな手で木匙を取り、お粥を一口含んだ。
「……っ!」
とろけるような滑らかさ、百合根のホクホクとした甘み、そして身体の奥までじわ〜っと広がっていく温もり。
「美味しい……! すごくあたたかい……っ」
一口、また一口。今まで何を差し出しても拒絶していた14歳の妃が、あっという間に器を空にしてしまった。
「う……ううっ……っ!」
食べ終えた瞬間、東宮妃の大きな瞳からボロボロと大粒の涙が溢れ出した。
ケイがそっと抱きしめると、東宮妃はケイの服の袖を小さな手でキュッと握りしめ、幼子のように声を上げて泣いた。
「怖かった……! みんな冷たくて、誰も私を見てくれなくて、怖かったの……っ!」
「もう大丈夫ですよ。私が毎日、美味しいものを作って温めてあげますからね」
◇
この日を境に、14歳の東宮妃はケイに猛烈に重用……いや、懐くようになった。
「ケイ! 今日の『山芋と棗のふわふわ蒸しパン』、すっごく美味しかった!」
「ケイ、どこにも行かないで? 一緒にお話ししよう?」
ケイが自室に来るたび、東宮妃はぱっと顔を輝かせて駆け寄り、ケイの服の袖をちょこんと引っ張って甘えるようになった。ケイの隣にちょこんと座り、嬉しそうに金木犀の養生茶を飲む姿は、まるで年の離れた妹そのものだった。
「ケイは私の専属料理人よ! 誰にも渡さないんだから!」
東宮妃が小さな胸を張ってそう宣言したことで、嫌がらせをしていた厨房長たちは顔を青ざめさせ、二度とケイに逆らえなくなった。ケイは東宮妃という最高の味方と後ろ楯を得て、後宮厨房での揺るぎないポジションを獲得したのだ。
(よしっ! 東宮妃様の笑顔を取り戻せたわ。次は……この幼い子を追い詰めている後宮の元凶、あの冷酷な『黎様』とかいう執政官を攻略してやろうじゃない!)
ケイは満足げに胸を張り、次なるターゲットへと思考を巡らせるのだった。




