第五話
「持っていけ、ケイ。これが魔窟への切符だ」
グラン老人が手渡したのは、年に一度の『後宮・御用達厨房の新人採用選考会』への推薦状だった。
◇
あれから半月間、ケイの怒涛の猛特訓の日々だった。
早朝は『桂花亭』で甘じょっぱいナッツや蒸し菓子を仕込み、昼からはグラン老人のもとで宮廷料理の極意を徹底的に叩き込まれる日々。
「宮廷料理とは、ただ豪華な食材を並べることではない! 後宮におわす方々は権力闘争のストレスで胃腸を壊し、心を病んでいる者が多い。食した者の身体を癒やし、心を解きほぐす『効能』を引き出せてこそ本物じゃ!」
グラン老人の言葉は、前世で「食べる人の健康と満足」を追求してきたケイの製品開発スピリッツと完璧に合致した。
ケイはノートをびっしりと埋め尽くしながら、薬膳の組み合わせ、食材の相性、そして加熱による栄養成分の変化を論理的に分析・習得していった。
「そうか……! 蓮の実の鎮静効果に百合根の保湿効果、そこに金木犀の香気を合わせれば……疲弊した自律神経を整える最高のヒーリング・フードができるわ!」
「……ほう」
ノートを片手に目を輝かせるケイの考察力、飲み込みの速さに、グラン老人は陰で驚きに目を見張っていた。
(この娘……ただの町娘ではないな。食材の理を熟知しておる。これならば……)
◇
そして、冒頭の件へ…
「持っていけ、ケイ。これが魔窟への切符だ」
グラン老人が手渡したのは、年に一度の『後宮・御用達厨房の新人採用選考会』への推薦状だった。
特訓の最終日、手垢のついた推薦状を胸に抱き、ケイは深々と頭を下げた。
「師匠! 最高の教えをありがとうございました! 私の作った料理で、後宮の連中をまとめて手なずけてきます!」
「フン、威勢だけは一人前だな。……行ってこい、ケイ」
不敵に笑うケイの背中を、グラン老人は温かな眼差しで見送った。
胸元に抱いた推薦状と、絶対に手放さない銀の簪。
ケイの視線は、王都の空に高く聳え立つ、後宮の白壁へと向けられていた。




