第三話
ケイ、十六歳の秋。
ジンと「また金木犀が咲く頃に」と約束を交わしてから、最初の秋がやってきた。
街中に黄金色の花が咲き誇り、甘い香りが漂う中、ケイは『桂花亭』で朝から晩まで待つことが日課になっていた。仕事の手を止め、通りを人が通りかかるたびに勢いよく顔を上げる。
しかし——どれほど日暮れまで待っても、ジンの姿が現れることはなかった。
「……なんで……?」
秋風が吹き抜け、金木犀の花びらが寂しく足元を舞う。
約束の時期が過ぎ、冬の足音が聞こえ始めてもジンは戻ってこなかった。
部屋に戻ったケイは、ベッドの上で胸元の銀の簪を抱きしめ、声を忍ばせて大泣きした。前世も含めて、こんなに誰かを愛しく思い、誰かの不義理に胸を締め付けられたことはなかった。
(ばか……っ。来られないなら、そう言ってよ……っ!手紙くらいよこしなさいよ! 期待させるだけさせて、私の初恋をこんな形で終わらせないでよ……!)
一週間ほど落ち込み、枕を涙で濡らしたケイだったが、じっとしているのは性分に合わない。彼女は溢れ出す感情と涙の塩気をぶつけるように、ひとり厨房に籠もった。
無心で手を動かす。それでもふと涙が出そうになる。
それでも手を動かす。料理をしている方が気持ちが落ち着いていく。
試作台に向かったケイが作り上げたのは、これまでの甘いシロップ煮とは一線を画す「甘じょっぱい」試作品だった。
カリッと香ばしく煎り上げた胡桃とアーモンドに、じっくり煮詰めた金木犀の花蜜シロップを絡め、仕上げに上質な粗塩を惜しみなく振りかける。
口に含むと、まずはガツンとした塩気と香ばしさが舌を刺激し、その直後に濃厚な蜂蜜の甘みと金木犀の上品な香りが追いかけてくる。
「……あ」
一口食べた母親のメアルが、驚きで目を丸くした。
「これ……最初にしょっぱさが来て、そのあとにすごい甘みが追いかけてきて……なんだかクセになるわ! お酒のおつまみにも、お茶請けにも最高よ!」
「『涙の塩キャラメルナッツ〜金木犀風味〜』よ……。塩味が甘みを引き立てて、いくらでも食べられちゃうでしょ」
父親のダンも「これは美味い!」と大絶賛。この甘じょっぱいナッツは『桂花亭』の新名物となり、下町の酒好きや旅人たちの間で爆発的なヒット商品となったのだ。
◇
そして——ケイ、十七歳。ふたたび季節は巡り、約束の【2年目】の秋。
下町の街並みは、悪徳商人「黒雲商会」の横暴によって荒れ始めていた。流通が滞り、人々の表情にも陰りが差している。
ケイは不安と、どこかかすかな期待を胸に抱きながら、今年も金木犀の樹の下に立っていた。
(今年こそは……もしかしたら、遅れてやってくるかもしれない……)
だが、やはり今年も、どれほど待ってもジンの姿はどこにもなかった。
ポロポロと、目から涙がこぼれ落ちる。
「……また、来ないんだ……」
ぎゅっと銀の簪を握りしめ、溢れる涙を袖で拭った。
(……って、ちょっと待って!?)
ケイの心の中で、何かがパチンと弾けた。
ボロボロと流れていた涙がピタリと止まり、目元にメラメラとした情熱——いや、激しい「怒り」の炎が宿る。
「なんで私が毎年毎年、シクシク泣いて待ち続けなきゃいけないのよっ! 待つのは私の性に合わないって言ったじゃない!!」
バンッ!と自分の頬を両手で叩き、ケイは仁王立ちになった。
「ジンさんはいい加減な嘘をつくような人じゃないわ。それなのに2年も来られないってことは、ジンさん自身の意志じゃなくて『来られない外部要因』があるからに決まってる!」
そこからのケイの思考速度は圧巻だった。持ち前のバリキャリ・ロジックが高速回転を始める。
「じゃあ、そのトラブルは何? 今、王都全体を覆っている最大のボトルネックは……後宮の四妃の派閥争いと、それに伴う下町の流通混乱よ! ジンさんもこの混乱の影響を受けて、身動きが取れなくなっているに違いないわ!」
ハッと目を見開いたケイは、両拳を力強く握りしめた。
「原因が分かったなら話は早いわ。ジンさんが会いに来られるようになるにはどうしたらいいか? ——簡単よ、下町の混乱も、後宮のトラブルも、私が直接引き受けて、根本から解決すればいいの!」
「ケ、ケイ……!? 急に何を言い出すんだい!?」
おろおろする父親のダンと母親のメアルを振り返り、ケイはニヤリと不敵で男前な笑みを浮かべて見せた。
「お父さん、お母さん! 待っているだけじゃ何も変わらないわ。私、後宮に乗り込んでこの街の混乱の根っこを叩き切ってくる!」
悲しみを乗り越え、怒りをエネルギーに変えたケイの「後宮殴り込みプロジェクト」が、ついにここに始動したのだった。
このあと、グラン師匠への直談判(第4話)へと続いていく流れになります。
さらにブラッシュアップしたいポイントや、調整したいエピソードはありますか?




