第十話
月明かりの下で想いを確かめ合った夜から、ケイとジンの「後宮改革タッグ」が本格的に始動した。
「四妃様たちの対立は、各実家の貴族たちが権力目当てに煽っているのが一番の原因よ。お妃様ご本人たちは、過剰なプレッシャーと孤独で追い詰められているだけなの」
ケイの鋭い分析に、ジンは感心したように頷いた。
「ああ。私も力と法で貴族たちを抑え込もうとしていたが、それだけでは根本的な解決にならなかった。ケイ、君に策があるのか?」
「もちろん! 人の心をほぐす一番の近道は——美味しいものを一緒に食べることよ!」
ケイが打ち出したのは、後宮史上初となる『四妃合同の秋のお茶会』だった。
本来なら火花を散らすはずの四妃が一堂に会する場。すでにケイに心を許している14歳の東宮妃が「ケイが作ってくれるお菓子なら行くわ!」と快諾したことで、他の三妃(西・南・北)も興味を示し、参加を拒めなくなったのだ。
◇
お茶会当日。豪華絢爛な庭園の東屋には、重苦しい緊張感が漂っていた。お互いを牽制し合い、一触即発の空気が流れる中、ケイは優しく微笑みながら一皿ひと皿を運んでいく。
ケイが用意したのは、四妃それぞれの故郷と身体の悩みに寄り添った特製のお茶請けだった。
南妃には、蒸し暑い南国の風土で育った体に響く『安神柑橘と蓮の実のジュレ』。
西妃には、香ばしい穀物が豊かな西方の風景を思わせる『胡桃と黒ごまの養生月餅』。
北妃には、厳しい寒さに耐える北方の体を芯から温める『生姜とナツメの温かな花茶』。
そして最後に出されたのが、最年少である14歳の東宮妃の故郷由来の小鉢だった。
湯気とともに立ち上った香りに、東宮妃の大きな瞳がパッと見開かれる。
「……なぁに? すごく甘くて……甘酸っぱい、良い匂い……」
「東宮妃様のご故郷である南方の温暖な領地は、今の時期、美しい蜜柑の果樹園が一面に広がる頃とお聞きしました。幼い頃にお召し上がりになっていた温かな蜜柑の思い出に、お心をほぐす葛と金木犀の香りを添えた『温蜜柑と山査子の金木犀コンポート』でございます」
柑橘の皮や果肉には、滞ったストレスを巡らせ、胸のつかえを降りやすくする薬膳効果がある。
東宮妃は小さな手でスプーンを取り、一口ふわりと含んだ。
「……あたたかい……。お家のお庭で、みんなで一緒に食べた蜜柑の味がする……っ」
故郷の温かな日差しと家族の記憶が蘇り、14歳の東宮妃の目からボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちる。
「私……本当はすごく怖かったの……っ。政治なんて難しいこと分からないし、皇帝だって待てど暮らせど会えないし!!もう!お家に帰りたくて……っ!」
素直に感情を溢れさせて泣く少女の健気な姿に、それまで冷ややかに構えていた他の三妃たちの表情から、スーッとトゲが消えていった。
「あぁ……こんなに幼い子にまで、私たちは立場を振りかざして牽制し合っていたのね……」
「ええ……。私たちだって実家の道具にされて。ただ安心して過ごしたかっただけなのに……」
ケイはそっと一歩前へ出て、お妃様たちを見渡した。
「皆様、実家のご都合や立場はおありでしょう……皆様がこの後宮で日々、どれほど重いお立場と孤独を背負って戦っていらっしゃるか、私たち後宮に勤める者たちには痛いほど伝わってまいります。どうか今日くらいは、重荷を下ろして美味しいものを召し上がってください」
ケイの温かな言葉と、体調に寄り添った料理の優しさが、かたくなだった四妃の心をじんわりと溶かしていく。
ぽろぽろと涙をこぼしながら、いつしか四人は手を取り合い、互いの苦労を労い合うようになっていた。
食事を通して四妃が心を通わせたことで、後ろ楯である四大貴族たちの暗闘も急速に沈静化。さらに、裏で市場を荒らしていた悪徳商人「黒雲商会」と不正官僚たちの繋がりも、ジン率いる監察方によって一網打尽に解体されたのだった。
「見事だな、ケイ。君の料理が、長年誰も解決できなかった後宮の陰謀をすべて溶かしてしまった」
庭園の影で、ジンは誇らしげにケイの髪を撫でた。
「ふふん、言ったでしょ? 相手のニーズを分析して最高のアプローチをかけるのは、開発者の基本なんだから!」
後宮と王都に、ようやく本当の平和が訪れようとしていた。
全体を通してかなり完成度が高まってきましたが、他に気になるところや微調整したいシーンはありますか?




