第十一話
後宮を長年覆っていた陰謀と対立の霧は完全に晴れ渡り、王都には穏やかな秋の陽光が戻っていた。
四妃が和解し、悪徳商人「黒雲商会」と悪徳官僚が解体されたことで、下町市場の流通も正常化。両親が営む宿屋『桂花亭』も、平和を取り戻した街で連日大繁盛していた。
後宮の混乱を収め、国に大きな安寧をもたらした最大の立役者として、ケイは若き皇帝から宮殿の大広間に呼び出された。
「宮廷料理人ケイ。其方の見事な料理と智謀、後宮の者たちを救った功績は誠に甚大である。望む通りの褒美を取らせよう。金銀財宝か、あるいは名誉ある地位か。何なりと申してみよ」
絢爛豪華な玉座の前で、ケイは清々しい笑みを浮かべ、まっすぐに皇帝を見つめた。
「皇帝陛下、ありがたき幸せに存じます。私が望む褒美は、二つございます」
「ほう、二つとな? 申してみよ」
「ひとつは、宮廷と下町を自由に行き来し、両方の食材や文化を活かした新たなメニューを研究できる『宮廷・下町合同商品開発室』の設立をお許しいただくこと。……そしてもうひとつは」
ケイは隣に立つ、漆黒の官服を纏った最高権力者——ジン(筆頭執政官・黎)へと視線を向け、不敵にニヤリと笑った。
「この頑固で過労気味な筆頭執政官様を、私の生涯の夫として頂戴することです!」
「……っ!?」
不意を突かれたジンは、一瞬で顔を真っ赤にし、柄にもなく狼狽してみせた。
大広間に控えていた高官や女官たちから、ドッと温かな歓声と笑いが巻き起こる。
「くははは! 面白い! 黎の奴をそこまで手玉に取る者は後にも先にも其方だけだな! よい、許可する!」
皇帝の朗らかな宣言により、後宮史上最も異例で、最も祝福された婚姻が決定したのだった。
◇
数ヶ月後。
王都の小道には、再び甘く切ない金木犀の香りが漂っていた。
新設された開発室で、ケイは袖をまくり上げ、真剣な眼差しで新作のお菓子を試作していた。
「ふむ……やっぱりこの比率ね。後宮の高級な生薬と、下町の新鮮な米粉を合わせれば、冷え性にも効く最高のテクスチャになるわ!」
「ケイ、また夢中になって昼食を忘れているだろう」
後ろから優しく抱きすくめられ、ケイは振り返った。そこには官服を脱ぎ、すっかり表情の柔らかくなったジンの姿があった。
「ジンさん! ちょうど良かった、これ試食してみて! 新商品の『金木犀と百合根の極上月餅』!」
「ふふ、喜んで」
ジンが木匙を取り、一口頬張る。
口いっぱいに広がる優しい甘みと、黄金色の華やかな香り。
「……やっぱり美味いな。君の作る料理は、いつだって私の心を解きほぐしてくれる」
「当然よ! 私の開発者としての情熱と、ジンさんへの愛がたっぷり詰まってるんだから!」
胸を張るケイを引き寄せ、ジンは愛おしそうにその額へキスを落とした。
「あの時……君が『待つのは性に合わない』と言って、後宮まで会いに出てきてくれて本当に良かった。君が私の運命を変えてくれたんだ」
「ふふ、当たり前じゃない。待っているだけの人生なんて、今も昔もごめんだわ! 欲しい未来も、大好きな人も、全部自分の手で掴み取るのが私の主義なんだから!」
甘い金木犀の香りが風に乗って吹き抜ける中、二人は笑顔で唇を重ねた。
自分らしく突き進む元バリキャリヒロインと、愛する人を支え続ける執政官。
二人が紡ぐ黄金色の未来は、これからも甘く香しく、どこまでも続いていく。
(完)




