第三話 宗輔
ーーここは次元の歪みにある妖かしが営むカフェ宿
ここにだどり着くことができたなら、あなたの願い叶えましょうーー
◇ ◇ ◇
僕が彼女と知り合ったのは、まだ社会人一年生のときだった。
先輩について営業に行ったお得意先にいた。
彼女が出してくれたお茶をこぼし、彼女の服にかかり、自分の上着も濡らした。
「すみません!」
「私はそんなにかかっていませんから大丈夫です。それよりもあなたの方が……これからまだ回るんですよね。乾かして来ますので脱いでいただけますか?」
「そんな、申し訳ないです。自分はこのままで平気ですから」
「何を言っているんですか。あなた新人でしょ?最初が肝心なのにそんな格好で挨拶回りに行ったら印象が悪くなりますよ」
先輩からの勧めもあり僕は上着を脱いで彼女に渡した。
最初はそんなありがちな出会いだったが、二回目の出会いは衝撃的だった。
初めての出会いから一ヶ月も経っていなかった。
その日は接待があり、午後十時を過ぎて僕は帰路についていた。
最寄りの駅を降りて歩いて十分ぐらいのところのアパートに住んでいた。
アパートの近くに小さな公園があるのだが、通りかかったとき男女の争う声がした。
僕は歩きながら公園を見た。
ちょうどそのとき女性の方が男性を引っ叩いたのが見えた。
女性はそのあとすぐに走って公園から出ようとしたとき、僕が入り口近くにいてぶつかってしまったのだ。
「……ごめんなさい」
女性は俯いたまま謝って来た。
「こちらこそ不注意ですみません」
僕も謝ると女性が顔を上げた。
「丸山商事の斉木さん…?」
「あっ、光友物産の……先日はありがとうございました」
「いえ…」
「那月、待てよ!」
叩かれた男が追って来た。僕を訝しげに見て言った。
「何だお前、那月の新しい男か!」
「えっ、いえ僕は…」
「そうよ!だからもう付きまとわないで!行きましょう、斉木さん」
彼女はそう言って僕の腕を掴み引っ張って行った。
しばらく歩いて僕から声をかけた。
「あの、僕の住んでいるアパート通りすぎてしまったのですが…」
「あ、ごめんなさい……この近くに住んでいるの?」
「はい、さっきの公園からすぐです」
「じゃあ、私の家に来てお茶飲まない?すぐそこのマンションなの」
僕はどきりとした。女性の部屋に赤の他人の僕が上がっていいものか?
僕はマンションまで来ると立ち止まった。
僕は名刺を取り出して裏に個人の携帯の電話番号を書いて彼女に渡した。
「僕はアパートに戻ります。もしさっきの男性のことが気になるなら何かあったときここに連絡ください。すぐに飛んできます」
「……ありがとう、優しいのね。それに何も聞かないのね」
聞くに聞けない案件なのは鈍感な僕にもわかる。
「それじゃ、またね」
彼女はそう言ってマンションに入って行った。
僕は彼女が見えなくなるまでその場で見送り、アパートに帰った。
翌日、仕事帰り電車を降りて改札口を出ると彼女が待っていた。
「斉木さん、良かった。会えなかったらまた明日待ち伏せしようと思ってた」
「え、と……何か用でも?電話かけてくれれば大丈夫ですが」
「うん。昨日貰った名刺、服のポケットに入れていたら忘れて今朝一緒に洗濯しちゃった。はいこれ。昨日迷惑かけちゃったから」
彼女は小さな紙袋を差し出した。
僕が戸惑っていると彼女は無理矢理手渡して来た。
「私の手作りクッキーよ。自慢するけど絶対美味しいから食べてね。じゃあ」
彼女が振り返って行こうとしたのを僕は何故か彼女の腕を掴んで止めた。
「え、何?」
僕は慌てて手を離した。
「あ、すみません。あの…お礼を言えてなかったので…クッキーありがとうございます」
「私の方のお詫びなんだから斉木さんがお礼を言う必要はないわよ」
「いえ、それでしたら僕の方こそ会社でご迷惑かけたお詫びができていません……その…良かったら週末ランチでも奢らせてください」
僕はドキドキしながら彼女の顔を見た。
「いいの?嬉しい。でも週末のランチは友達と約束があるから夕飯でもいい?」
「全然大丈夫です!」
僕は思わず声を張り上げてしまった。恥ずかしさが込み上げて来たが、彼女は楽しそうに笑っていた。
そのまま一緒に歩いて駅を出た。
僕のアパートに着くまでの十分間、昨日のことを話してくれた。
彼女は僕より三つ年上だった。
昨日の彼とは三ヶ月前に彼の浮気が原因で別れたが、相手の女性に振られてしつこく復縁を迫られているそうだ。
「居酒屋で知り合って何となく付き合おうかってなって……あー、浮気の理由が私がやらせてくれないからだって。付き合い始めてまだ数回しか会ってないのよ。お互いまだよく知らない間柄だし、しかも愛があったわけでもないのに、全て捧げられるわけないでしょ。それで浮気するような男願い下げよ。唇を許したことだけでも腹が立ってきたわ」
僕は聞きながら少し恥ずかしくなった。付き合う=身体の関係は当たり前と思っていたからだ。
実際大学時代、周りはそんな男女ばかりだった。
僕も告白されて付き合うとすぐにそういう関係になった。だが、それ以外面白みがないと言って振られるのがお決まりだった。
見た目と内面がずいぶん違うとよく言われた。
僕にはよくわからなかった。何が違うのだろう。勝手にイメージされても僕は僕だ。それ以上でも以下でもない。
でも彼女はちゃんと相手を知ろうとするんだなと思った。
僕は彼女に好感を覚えた。
週末、僕たちは最寄り駅近くの居酒屋で落ち合った。
彼女は金曜の夜によくこの居酒屋に立ち寄るらしい。
「絶品料理がたくさんあってね。全部注文して食べると食べ過ぎちゃうから、毎週品を変えて注文するの。でも今日は二人だから色々食べれるわね。嬉しい」
「お酒は強いんですか?」
「そうね…生中を七杯飲んだときフラフラしてるのがわかるぐらいで記憶をなくすことはなかったかな。色んな種類を飲むとダメね。二日酔いになりやすい。斉木さんはどうなの?」
「僕は弱いと思います。生中一杯程度しか飲んだことないです」
お酒の話から大学時代のこと、会社の愚痴など話が弾んだ。
彼女はよく喋るけど、僕の話を遮らずに最後まできちんと聞いてくれる。
人の悪口も言わないし、嫌味な言葉も出てこない。
ただありのままの事実と自分が感じたことだけを言葉にしている。
他人の気持ちをさもわかりきったように代弁する人は多いが、彼女には一切それがない。
一緒にいて心地良かった。
僕は彼女のいる金曜を狙って居酒屋に通い始めた。
仕事関係の人から飲み友達に昇格した。
そんな関係が半年続いた頃、僕は彼女に対しての感情が何であるのかをはっきり自覚した。
彼女となら一生共にしても、僕のこの穏やかで身体の奥から湧き上がってくるような深い愛情は変わることがないだろうと思った。
僕は一大決心をして金曜の夜、いつもの居酒屋に行った。
彼女は僕より先に居酒屋に来ていた。いつものカウンター席に座っている。
当たり前のように彼女の隣に座り、生中を注文する。
生中が僕の前に置かれるとジョッキを手に取り、いつものように彼女と乾杯をした。
「お疲れ様!今週も仕事よく頑張りました!」
いつものセリフを彼女が笑いながら言い、ビールに口をつける。
僕はビールに口はつけず、そのままジョッキをカウンターに置いた。
「どうしたの?調子でも悪い?」
彼女はビールに口をつけなかった僕のこと心配しているようだった。
「アルコールが入る前に那月さんに言いたいことがあります」
僕は姿勢を正して彼女の方に向いた。
「やだ、何?あらたまって、ちょっと怖いんですけど?」
彼女は微笑みながら言った。
「麻生那月さん、結婚を前提としたお付き合いをしていただけないでしょうか!」
僕は右手を彼女の前に出して目を閉じた。
十秒だ。十秒経っても手に何の感触もなければ目を開けよう。
一、二、三…………十……あと、あと十秒、一、二、三、四、五……
指先に温かい感触があった。
僕は目を開けて指先を見た。
確かに僕の指先に白い滑らかな指が触れている。
僕は彼女の顔を見た。
頬を赤らめて少し涙ぐんだ彼女の顔が僕の瞳に映った。
僕の告白から三ヶ月後、僕たちは結婚した。
家族と親しい友人だけのささやかな式だったが、最高の一日だった。
いや、これからまだまだ最高の日を更新できる自信がある。
彼女とならそれが可能だと確信できた。
彼女は結婚してからも毎週土曜日の昼間は大学時代からの親友と会っていた。
彼女曰く、親友夫婦は目の保養なんだとか。ご主人の方とは大学卒業してからはあまり会ったことはないそうだが。
せっかくの休み二人でいたいという気持ちもあるが、那月が幸せならそれでいいと思っていた。
結婚してから一年ぐらいが経ったある日、家で夕食を食べているときだった。
彼女の親友のご主人から電話があった。電話に出た彼女の顔は驚いたような顔をして親友を心配するような言葉を発していた。
電話切ったあと彼女は慌てた様子で、
「紗栄子と連絡が取れないって相田先輩から!家にも実家にもいないらしいの。ちょっと探してくる」
そう言って出かけて行った。
僕は「気をつけて」と言って見送った。
深夜零時が過ぎても彼女は帰って来なかった。
スマホに電話をかけても呼び出し音は鳴るが出ないし、LINEも既読にならない。
何かあったときのためにお互いGPSを入れてある。あまり使いたくはなかったが、心配なので彼女の居場所を探した。
なぜか近くの神社にいることをGPSが示していた。
もしかしてそこで親友と話でもしているのだろうか。何か事件にでも巻き込まれていないだろうか。
僕は不安になり、その不安を払拭するためだと言い聞かせて神社に向かった。
人気のない夜の神社は少し不気味だった。
僕は足音を忍ばせながら境内を見て回った。
神殿がある裏の方へ行ったとき、暗闇の中人らしきものが倒れているのが見えた。
僕は周りを気にしながら倒れている人に近づいた。
「那月!!」
僕は慌てて救急車を呼び、消防職員の指示に従って、息があるか、心臓が動いているか確認した。
意識はないが心臓も動いているし息もしていることを伝えると、怪我をしていないか問われた。
見た目に怪我をしている様子はない。
僕は消防職員に伝えながら少し安堵していた。
すぐに救急車を向かわせるとのことだった。
彼女は病院で二日間意識がないままだった。
三日目にようやく目を覚ました。
何があったのか聞いてみたが、彼女は何も答えなかった。
退院して仕事にも復帰したが、何かに怯えているような様子がときどき見られた。
彼女の屈託のない笑顔を見ることも心地よいおしゃべりを聞くこともなかった。
そして決して欠かすことのなかった親友との週末の交流も行かなくなった。
彼女が神社で倒れていた日から一ヶ月が経った。
「那月、何かあるなら言って欲しい。僕では頼りないかな?」
僕が言うと彼女は涙を流しながら首を横に振り俯いた。
僕は彼女を抱きしめた。
「那月が言いたくないなら無理に言わなくてもいい。でも僕は那月に幸せでいて欲しいんだ。那月が心から笑えるためなら僕は何だってするよ」
彼女は僕の胸に顔を埋めて嗚咽をした。
その晩、僕は彼女から机の引き出しの鍵のスペアを預かった。
「もしわたしに何かあったら引き出しの手紙読んで」
彼女から鍵を受け取ってから一ヶ月ほど経った朝だった。
「那月!那月!」
彼女の心臓は止まっていた。
葬儀の後、僕は彼女から預かった鍵の引き出しを開けた。
僕宛の手紙と彼女がつけていた日記があった。
『宗輔へ この手紙が読まれているということはわたしはもうこの世にいないか、行方不明になっているかね。どうしてそうなったのかは日記を読めばわかると思うから、あとはどうするか宗輔の判断に任せる。
この手紙を書いたのは親友の紗栄子のことを守って欲しかったから。わたしにはもう彼女を守ることができない。だから紗栄子が頼ってきたら守ってあげて欲しい。お願いします。
最後に宗輔、あなたに出会えたことがわたしのとって最高のギフトです。愛しています。 那月』
僕は涙が止まらなかった。
日記を読もうとしたが涙で字が霞んで読めなかった。
僕は彼女の遺骨を置いている部屋に彼女の布団を敷いて横になった。
彼女の気持ちや行動を見落とさないようにゆっくりと丁寧に日記を読んだ。
日記は僕と付き合い始めた頃から書かれたものだった。
初めのページにこう書かれていた。
『もしも宗輔と仲違いしたときに初心を思い出いだすために。それからこどもが生まれたらお父さんお母さんがどれだけ思い合っていたか伝えるため日記を記す』
僕たちの出会いから僕の告白。プロポーズに結婚式。新婚生活。
日記は僕への想いで溢れていた。
僕は一晩中寝ないで読んだ。ときどき流れ落ちる涙を拭いながら。
彼女の葬儀から四日目の夜のことだった。
玄関チャイムが鳴り、出ると彼女の親友だった。
僕は日記を全部読み、彼女が神社で倒れていた日、何があったか知っていた。
そして抑えきれない感情をどう処理しようかと考えていたところの訪問だった。
僕はとりあえず彼女の親友を通した。
家の中に入れるか入れないか迷っているときに彼女の親友は泣き出した。
僕は慌てて中に入れて、彼女の遺骨を置いている部屋に入ってもらった。
遺骨の前で彼女の親友は泣き崩れた。
僕はそっと部屋を出た。
彼女は親友を死ぬ間際まで心配していた。その原因が親友のご主人だ。
だがそもそも彼女の親友と関わったがために起きたことだ。僕は悪くないのはわかっていても彼女から笑顔を奪った親友のことも許せない気持ちがあった。
しかし泣き崩れる姿を見て苦しんでいることを知った。
彼女にも頼まれている。一晩だけ泊めてあげることにした。
翌朝、僕は仕事だと偽って早朝に家を出た。本当はあと二日休みをもらっている。
僕たちの家で他の女性と二人きりでいるのは彼女に対して不誠実のような気がした。彼女は怒らないだろうが。
僕は彼女が倒れていた神社に向かった。
日記に書かれていたことで彼女自身も不信に思っていたことを現場を見て確認したかったからだ。
僕は彼女を見つけた神殿の裏に行ってみた。次に境内奥にある池に行った。
日記では足を滑らせ池に落ちたはずだと書かれていた。
そこからの記憶がなく気がついたら病院のベッドの上だったようだ。
親友のご主人だが助けてくれたのだろうか?だが人気のない神殿裏に放置をするなどあり得ない。
それに本当に池に落ちたのだろうか?僕が見つけたときには服は濡れていなかった。
境内を行ったり来たりしたが答えは見つからなかった。
僕はそうしているうちにますます親友のご主人に怒りを覚えた。
嘘をつき彼女を呼び出して親友に二度と会うなと脅したそうだ。
彼女がそれを断ると殺気だった顔で彼女の胸ぐらを掴んだ。彼女は恐ろしくなって手を振り払い走って逃げた。
そして足を滑らせて池に落ちたのだ。
僕は池を覗いた。
底は見えないのでどれくらいの深さがあるのかわからない。
もしかしたら自力で這い上がり朦朧とした状態で神殿の裏まで行き倒れたのだろうか。
親友のご主人は彼女が逃げた時点で帰ったのかもしれない。
僕はボーっと池を見つめているうちに、この中に入れば彼女に会えるのではないかと思い始めた。
彼女のいないこれからの人生をどう生きていけばいいのかわからない。
いっそのこと僕の人生も終わりにしてもいいか。
僕はふらっと池の中に落ちて行った。
コーヒーのいい香りで目が覚めた。
僕は浴衣姿で布団で寝ていた。
ここはどこだ?
起き上がりキョロキョロしていると障子が開いて、金髪朱眼の若い男が入って来た。
「宗輔、目が覚めた?」
「何故僕の名前を…?それにここはどこですか?」
「ここは次元の歪みにあるカフェ宿khaosだよ。服が濡れていたから洗濯して乾かしておいたよ」
男はそう言って僕の服を差し出した。
「ありがとう…ございます……」
僕はそう言いながら服を受け取った。
何だよ、次元の歪みって⁈
男がさらっと言ったことに違和感を感じながらも質問することができなかった。
初対面なのに僕の名前を知っているし、もしかしたらここはあの世なのかもしれないと思った。
「服を着替えたら下のカフェまで来て。お腹も空いているでしょ」
男はそう言って部屋から出て行った。
僕は急いで着替えて下へ降りて行った。
表示板に書いてある通りに歩きカフェに着いた。
カフェの中に入って僕はギョッとした。
数人の客がいたが、確信もって言える、人間じゃない。人間には頭に耳はないし、尻尾もない。
やっぱりここはあの世なんだ。
「宗輔こっちに来て」
さっきの金髪の男が手招きした。
僕は客を見ないようにして金髪男の方に行った。
厨房からもう一人男が出て来た。今度は白銀髪で金と緑が混ざったような瞳だ。
あまりにも浮世離れしたその顔に僕は神様だと思い、思わず手を合わせた。
「何その手?僕は神様じゃない。ただの妖かしだ」
えっ、妖かし?つまり妖怪?へぇ〜ーー⁈
僕は個室に案内された。
テーブルにはミートグラタンと野菜たっぷりのポトフが置かれていた。
「……どうして?僕の名前を知っているし、ミートグラタンとポトフは那月の得意料理だ。ここは本当にあの世なのか…?」
僕が戸惑っていると金髪男が言った。
「那月もここに来たことあるからね。宗輔のこと惚気てたよ」
「えっ、那月が?やっぱりここはあの世なんだ……」
「いや、あの世ではないよ。まだ生きている人間が来れるところだからね」
僕は訳がわからなかった。
「君はkhaosに呼ばれてここに来た。ここにたどり着いた人間はなんでも願いを一つだけ叶えることができる。ただしその代償に十年分の寿命を頂戴する」
白銀髪男は淡々と言った。
僕は頭が混乱したが、なんでも願い事が叶うという言葉だけ信じた。
「那月を、那月を甦らせてください!」
「申し訳ないが、肉体を失った者は魂を入れる器が存在しないので無理だ」
「なんでもと言ったじゃないか!」
「じゃあ器を用意してください。それなら魂を呼び寄せましょう」
無理だと思った。彼女の肉体はもう骨だけになっている。
悔しかった。こんなことが起きるなら冷凍保存でもしていれば良かった。
僕はふと彼女は何を願ったのか気になった。
「那月は…那月は何を願ったのですか?」
「彼女は親友の相田紗栄子が困ったときにここに呼んで願いを叶えてあげてほしいと」
僕はショックだった。
たった一つ叶えられる願いが親友のためにだとは。
僕は彼女にとって親友より劣るのだと。
僕が肩を震わせ涙がこぼれるのを我慢していると金髪男が言った。
「僕が自分のことを願わなくていいのか聞いたら那月が言っていたよ。宗輔と一生一緒にいる自信がある。だから私は一生幸せだから願いはないって」
僕の目から涙がこぼれ落ちた。拭っても拭っても止まらなかった。
「ここでのことは元の世界に戻ると忘れるんですよね。那月は何も言わなかったから」
僕が尋ねると銀髪男が頷いた。
「僕の願い決まりました。さっき教えてくれた那月の言葉忘れたくないです。この胸に一生刻んでおきたい。この願い聞き入れてもらえますか?」
「いいでしょう。その願い叶えましょう」
僕は不思議な色の湖に入りながら彼女の言葉を繰り返した。
僕は神社の神殿の裏で倒れていた。
確か池に落ちたはずなのにどうしてここに?それに服も濡れていない。
状況が彼女のときと同じだ。
僕は目が覚める直前夢を見ていた。
那月が出て来てこう言うのだ。
『私は一生宗輔と一緒にいられる自信がある。だから一生幸せよ。私の肉体はもうないけど魂は宗輔のそばにいるからね。これは夢の中だけど夢じゃない、本当のことだから忘れないでね』
◇ ◇ ◇
「宗輔は一生那月のことを思って暮らすのかなぁ」
「そんなわけない。人間の脳は不必要と判断したら過去の古い記憶を消していくようになっている。那月のことや言葉は忘れないでいても那月への想いは薄れていくさ。新しい幸福感を求めてな」
湖白はコーヒーを啜りフーッと息を吐いた。
「ただ、そうして薄れていく那月への想いを責めるようになるだろうな宗輔は」
「うん、自分で自分を責めて苦しめるんだろうね。思考はそれが好きだから。あ、ほら水晶に何か映ったよ」
空夜に言われて琥珀が水晶を覗いた。
「相田紗栄子だ。那月の願いを叶えるときがきたみたいだな。もうすぐkhaosがここに連れて来るだろう」




