8.夜会
「さて、これから一年間この教室で同じ時間を過ごすことになったわけだし、早速一人ずつ自己紹介といきたいところだが生憎と始業式までに時間がなくてね。夜会の方で自己紹介もするだろうから先に一つだけ何より大切なことを言っておきたい」
黒髪の担任の教師が教卓に手をついたまま言った。
目つきは鋭く、放つ空気は重い。
新入生たちはみじろぎ一つせず席に座っている。もちろん僕もそうだ。
「今月末、早速だがクラス対抗の実技テストが行われる。四人一組のチームで挑むことになっていて、もちろんその結果は成績に反映される。だから、この教室内では派閥を一旦置いておき、クラス一丸となり他クラスに勝てるよう切磋琢磨し協力し合うこと。分かったか」
「「はい!」」
示し合わせたような返事に思わず僕は声のした方に振り返る。
赤いコートをまとった騎士団に所属する生徒たちが返事をしたようだ。
「これからは俺からの分かったかの問いに対しては必ず『はい』と返事をしろ。そして自分で発した言葉の通り理解しろ。分からなければ後で他の仲間に聞くか俺に聞け。以上、各自始業式の行われる式典用のホールへ移動するように。分かったか」
「「「「はい!」」」」
僕らは声を合わせて返事をする。
今日から本格的に士官学校が始まったのだと実感した。
入学式のホールまでルヴィと一緒にと思ったのだがさすが伯爵令嬢。お近づきになりたい人たちに囲われて近づけない。
仕方なく僕一人で外廊下を歩いていると、
「あれ? サラさん!」
ドレス姿のサラさんが日傘をさして立っていた。
僕は手を振る。
サラさんも気づいたようで小さくお辞儀をしていた。
珍しいな、と僕は駆け寄る。普段なら外回り用のメイドがいるはずなのだけど。
「ルヴィ様からのご指名もあり今日だけは屋敷の管理を爺やに任せてきました」
「そうなんですね。でも……」
空を見上げる。日は高い。夜はまだ遠そうだ。
「かなり大掛かりな準備が必要でして、使用人の方は皆この時間から。アルケム様も夜会、頑張ってくださいね」
僕は頷き手を振って別れた。
でも夜会って頑張ったりするところあっただろうか。
食事のマナーとかかな、と僕はホールの方に向かった。
その後、校長の挨拶を聞いて入学式が終わる。
後は各自、夜会が執り行われるパーティーホールの方へと移動になった。
「おかしい……」
案内された席についたまま僕は呟く。
十人が座れる円卓型のテーブルにポツンと一人手を組んだままいた。
周りでは忙しそうに動く使用人の方々や大きな楽器を運び込み準備をする演奏家たちの姿が見える。
──なに、夜会ってご飯を食べておしゃべりするところじゃないの。
ホールをぐるりと一周見渡す。手に冷や汗が滲んでいた。
この広い空間に一人というのが気まずすぎる。
ルヴィに夜会を聞いておけばよかったものの入学式を終えてからは姿を見ていない。フラフラと何となく一人で来たのも良くなかった。
「何かご入り用でしょうか。アルケム様」
キョロキョロしていると見知らぬ使用人らしき人に話しかけられた。
何か探していると思われたらしい。
「あっあのー、お水を一つ。お願いします」
何も頼まないのも気まずく、とりあえず水を頼む。
緊張のせいか喉が渇いていたのも本当だし。
「かしこまりました」
席にすぐ水が届いた。
「プハァ」
一気に飲み干し僕は立ち上がる。
よし、一旦外に出よう。
「申し訳ございません。ただいまこちらの方では既に他の生徒様たちがご準備中でして。もうしばらくお席の方でお待ちください」
この夜会、何かがおかしい。
それからしばらくするとホールの壁に使用人の方たちが並び始めた。背を伸ばし手を前で重ねている。それに合わせて演奏家の人たちの気配も変わる。
ホールの空気全体が張り詰めているような気がした。
布の擦れる音すらない完全な無音の箱。
その沈黙を壊したのは、指揮者が棒を振り上げた瞬間からだった。
金色の楽器から走り始めた音が合わさり高く太い確かな一つの曲へ変わっていく。
ホールの真ん中に人が立ち簡単な挨拶をした。
「まず紹介させていただきますは次期近衛騎士団長候補筆頭、サレッド・ソルウィン様」
扉が開かれた正面に剣を縦に構えたサレッドが立っていた。
胸元に緑の葉をつけ髪や服装も朝見た時とは違う正装となっている。
──はあ?
僕はぽかんと口を開けて悠々と進むサレッドを眺めた。
続々と騎士団所属の生徒たちが入ってくる。赤いコートを靡かせ隊列を組み、一糸乱れぬ行進を見せた。
それから王都一の大商会の名前が上がり、その商人ギルドに所属するいわば商人側の生徒たちが入ってくる。名前のついでに学校にどれだけの出資をしたかと物を寄贈したかまで紹介されていた。
「続きましてベアーニ伯爵家令嬢。ルヴィ・ベアーニ様」
紺色の髪を下ろし宝石みたいに輝くドレスを着たルヴィが入ってきた。その後ろ、ルヴィの影に潜むようにしてサラさんもいる。
席の割り振り方でなんとなく察していたけどルヴィはどうやら別の卓のようだ。
この卓にまだ知り合いはいない。一応クラスメイトの人はいるけれど、話したことがないしどうしよう。
「続きましてゴード公爵家次期当主。ラヒトー・ゴード様」
僕はラヒトーの名前を頭に叩き込む。
順番的に彼はここの卓。そしてリスト上位者。要警戒対象だ。
卓の他の面々もラヒトーの名を聞いて顔持ちが少し強ばったような気がする。
「この卓ではまずわたしからじゃあないかい?」
近くからそんな声が聞こえた。
卓から視線をずらし見ると隣の卓で使用人の方がグラスにワインを注いでいた。
「失礼しました」
使用人の方は頭を下げて声をかけた人物の側に素早く寄る。
ゴンッと鳴って靴を潰す勢いで使用人の方は足を踏まれた。それでも平然とワインを注ぎ続けている。
顔を逸らす人やしかめる人は居ても、誰も直接彼の蛮行を止めようとはしていない。
──ごめんなさい!
僕も見なかったことにして顔をゆっくり逸らした。
突如、爪でテーブルを叩く音が響く。
ラヒトー卿が椅子にどっかりと腰掛けて僕を真っ直ぐ見ていた。
身動きが取れず視線を外せない。ただ見ているだけなのに圧があった。
「さて、わたしたちは既に大舞台で自己紹介を済ませた。だが君のことだけはほとんど何も聞いてない。風の噂で君が農奴の生まれであることしか。だから君が地べたに這うのでは無く、我々と同じ食卓を囲むに相応しい知性ある人物か、自己紹介をしてほしいのだ」
まずい。呼吸が浅くなっていく。
先ほど水を飲んだばかりなのにもう喉が渇いている。
ふいに同じ卓の一人が手を上げた。
「わたしとしても賛成だ。あと君ついでに食事の前の祈りも代表して頼んでいいかね」
他の面々もそれに同調し頷く。
座り直し、体を僕に向けた。
ただ見ているだけに見せて、その目の奥には値踏みする秤が見えている。
気付けば僕は背中に汗をかいていた。




