7.舞台
僕は鏡を見ながら真新しい制服の襟を整えた。
「よしっ」
整えた金色の髪、白と金を基調としたジャケットを羽織る自分の制服姿に少し浮かれた。
出るか、と寮の一人部屋に鍵をかける。
シュレッジ王立士官学校。
そのすぐ横に寮がある、といっても敷地が広すぎて校門まで十五分程度歩かないといけないけど。
校門を通り過ぎた。
校内へ入り掲示板を見て教室の場所とクラスメイトの名簿を確認する。
「ルヴィと一緒のクラスだ」
もう先にいるのかな、と考えつつ廊下を進む。
すれ違った女子生徒と軽く挨拶をする。頭を下げる僕に対し彼女は平然とカーテシーで対応した。
「はー相変わらず、すごいなー」
女子用の制服の上は僕と同じような白と金を基調とした前を閉じたジャケット風だけど男子のズボンと違い腰の辺りから一体化したスカートが広がっている。舞踏会の中にいるみたいだ、と目を輝かせ握った拳を小さく振るわせた。
突然、廊下の先から「あっ」と声がする。
「居ました!」
見ると僕の方を指差す制服姿の生徒が一人。
そして、その後ろから細剣を腰に携えた長身の男子生徒がやってきた。濃紺の長いコートに白いベスト、制服ばかりの廊下だと余計に目立つ格好をしている。
そんな二人組が僕の方に真っ直ぐ近づいて来ていた。
「なにごと……?」
僕は異様な気配を前に一歩引いて警戒する。
「ああ、君が農奴のアルケム・ツォーリくんだね。入学式が始まる前に会えてよかったよ」
長身の生徒が僕を見下ろし笑った仮面みたいな完璧な笑みを見せた。
「じゃあ君、ここから出て行ってくれないか」
視界の端で何かが煌めいた瞬間、喉元に細剣の先があった。
呼吸が一瞬止まった。これでは頷くこともできない。
廊下の隅に追いやられ、もう一人が動けない僕を後ろから抱え、更に動きを封じてくる。
「は……」
上手く言葉が出ない。
下手に喋ると多分、そのまま刺される。そんな雰囲気が彼の笑顔にはあった。
「なぜ」
うんうん、と彼は頷く。
「君はさ、あれなんだよ。脇役なのに演技が下手すぎて舞台上でやけに悪目立ちするやつ。分かる?」
「ああ」
喉から搾り出した息が震えて声のようになる。
口を開けて「分かってくれたか」と彼は更に笑みを強めた。
「君だけはね、この舞台にいちゃダメな客席側の人間なんだからさ、早く降りるんだよ?」
入学早々、話にならないやつに絡まれたらしい。
どうするべきだ。二人とも殴っていいのか。それで、もし『リスト上位』の人間だったら……
「わたしの知り合いに剣を突き立てて、なんの用件かしら」
「うん?」
彼は笑顔のまま首をわざとらしく傾げて振り返った。
剣先が首元から離れる。僕も顔を動かし声の方を向いた。
「ルヴィ!」
女子用制服を身につけたルヴィが腰に手を添えて立っていた。
いつの間にか僕らの周囲には人集りができていたようだ。ヒソヒソと僕らを遠巻きに見て話をしている。
──え?
ふと見えた彼の笑顔はより深まったように見えた。
もしかして、と思い鳥肌が立つ。
「初めまして。わたしはベアーニ伯爵家の嫡女、ルヴィ・ベアーニ。答えなさい。皆平等と謳われているこの学校の中でありながら、どんな権限で彼にそんな蛮行を働いているのかを」
一歩、ルヴィが睨みながら彼に詰め寄る。
目を細めて彼はルヴィの顎を掴んだ。背の高い彼に掴まれ無理やり顔を上げさせられている。
「お初お目に掛かります、ルヴィ嬢。わたくしドーレン侯爵家の次期当主ヴィッグ・ドーレンと申します。四日ほど前にシュレッジ王立劇場様でロミオ役をさせていただいたのですが、見てません?」
彼が名乗ると同時に僕は肘打ちで後ろの生徒を怯ませ、顔を歪めていたルヴィを腰から抱き抱えて後ろに飛んだ。
「ヴィッグ・ドーレン。リスト上位者、だね」
ヴィッグを睨みながらルヴィを廊下に下ろす。
──例の報告書が。
合格発表の日、ルヴィ宛に届いたのは百二十名の合格者一覧だった。
そこから事前の対策としてリスト上でルヴィ以上の権力を持つ人物の名前を全て教わった。彼は要注意人物としてリスト上位に名前があったはずだ。
「答えになってませんわよ、ヴィッグ卿」
僕の袖を摘んで引いたままルヴィは声を張った。
「ああ失礼。それ、ルヴィ嬢のお付きか何かでしたか? 困るなあ、舞台は始まったばかりなのに劇の進行が早速乱れた」
「劇進行の乱れなんてよくあることでしょう。それとも一人芝居ばかりで、あまり舞台上の劇は知らない感じかしら?」
彼の額に青筋が立っていた。
結構、効いたらしい。
僕はといえば村に劇場なんて無かったので何も言い返す言葉が見つからない。
「それ以上の発言には気をつけたまえよ、ルヴィ嬢」
青い前髪を手で払いながらヴィッグは言う。声から隠しきれていない怒気が滲んでいた。
「……寛大な配慮に感謝いたします。ではわたしたちは用がある故、これで」
ルヴィに手を引かれ僕も彼に背を向け歩く。
「魔力充填。脈動開始」
背後から聞こえた声に僕は振り返った。
ヴィッグが光を放つ細剣をこちらに突き出している。
周囲で悲鳴が上がり、剣を抜いた生徒もいた。
「嘘だろ」
「王の名を冠する役者」
咄嗟に手を広げて前に出る。
最悪、二人まとめて窓を突き破る覚悟だ。
「零によく似た加護」
僕達の前、ヴィッグに立ち塞がるようにして赤いコートが靡いた。
眩い光が廊下に満ちる。
細かなガラスが落ちるような音がして、彼の周りにキラキラと砂粒のようなものが舞った。
「「おおお!」」
周囲から騒めきが起きる。
「さすが団長の」
「やっぱ、実戦の経験者は落ち着いてるねぇ」
赤いコート。
ここに来てから見覚えがあった。
王都の最重要施設、王城の防衛などを任される大役。
「近衛騎士団団長の息子、サレッド・ソルウィン」
僕らの前に立つ人物の名を呼んだ。
僕でもすぐに分かるくらい、この学校の中で一、ニを争う有名人だ。
「何事かね。入学式もまだなのにこんな騒ぎを起こして」
「誰に向かって話しかけているつもりだ。剣振り風情が」
「おや失敬。ヴィッグ卿とはつゆ知らず、剣振り風情のご無礼をお許しください」
サレッドは廊下に片膝をつけて頭を下げた。
「はっ、もういい。興が醒めた、僕は舞台袖に帰らせてもらう」
「おい」とヴィッグのお付きなのか僕を抑えていた生徒を呼ぶ。
「あとさ誰でもいいから、それを叩き出しておいてくれない。演者の名前に場違いなそれがいるだけで僕、腹が立つんだよね。劇全体の格が落ちた気がして」
ヴィッグは僕に指をさしたまま教室の方へ向かっていった。
周囲の人間は苦笑いのまま彼を見ていた。でも、どこかその表情に「仕方ない」と彼を少し肯定しているような気配を感じて……
「はああああ」
僕は大きくため息をつく。
ある程度の批判は覚悟したけれど、こんなに早く、しかも面と向かって言われるとは思っていなかった。
「早速、災難だったわね」
ルヴィが隣に立つ。
「ああ、本当に」
「あと、ああいう時、前に立たないでくれる。敵が見えないとわたしの対処しようがないでしょ」
「……はい」
肩を落とす。
身を挺して庇ったつもりが邪魔だったらしい。
「いやいや、お付きとしてはよくやっていたよなあ。命をかけて主君を守る覚悟に、つい俺も動かされてしまったんだからよ。彼を褒めてやってほしいよ。俺としては」
振り返ったサレッドが歯を見せ眩しいくらいの笑顔を見せながら溌剌とした声で言った。その声は大きすぎて廊下に少し響くほどだ。
「後で褒めるわ。誰彼構わず聞かせるほどわたしの褒美の言葉は安くないの」
「ルヴィー!」
「それよりサレッド様、この度は大変お世話になりました。また要らぬ手間を取らせたことをこころよりお詫び申し上げます」
「いや、なに。大それたことはしていない。使った魔力量もヴィッグ卿に比べれば些細なものだ」
それに騎士として当然の義務だろ、と言って豪快に口を開けて笑う。
「おーい、サレ! 始まるぞ。行こうぜ」
「おうよ」
じゃあ、とサレッドは手を上げ教室の方に走り去っていった。
周りに集まっていた人たちもいつの間にかいなくなっている。
「わたしたちもいきましょうか」
「うん。あー楽しみ」
クラスメイトとの初顔合わせ、始業式、その後には新入生歓迎会なるものまで夜にあるらしい。
どれも初めてのことばかりだ。
僕らは教室の扉を開けた。




