6.入試
「まだ勉強してたの」
振り返るとピンクのガウンを羽織ったルヴィがいた。
僕は「あと少しだけね」と小さく笑って答える。
「頑張るのはいいけど、明日寝過ごしても知らないわよ」
「そうならないように起きる時も頑張るつもり」
ルヴィは「あっそ」と近くの椅子に腰掛けた。
僕はペンを置いて、眠気を飛ばすため体を動かす。
まだ勉強しておきたいところばかりだ。
「それで勉強の方は順調なの」
「まぁまぁって感じかな。特に魔道具については知らないことばかりだよ」
例えば昼間の実技試験の途中で起きた急な立ちくらみや手の震えは体内の急激な魔力の低下、魔力欠乏症によるものだった、とかだ。しかもその状態でさらに魔力を込めると最悪の場合は内臓が破裂して死に至るらしい。
それを知った時、自分の進もうとしている道の不安定さと命の軽さを突きつけられた気がした。
「魔王の五年間の侵攻によって我が国の失った領土は本来の領土のどのくらいか」
「三分の一」
何個か問題を出してルヴィは腕を組んだまま頷いた。
問題の範囲はかなり広い。歴史や算術なども出てくる。
「こんなに色々、本当に必要なのかな」
「増やされたのよ」
「なんで……」
「貴族の連中が軍人に有利過ぎるってみっともなく騒いだから」
「はあ?」
「だって、ここ国で一番の学校よ? 卒業するだけで家名に箔がつく場所なんてプライドの高い貴族連中が狙わないわけないじゃない」
「……もう少し受験する側の気持ちも考えてほしいよ」
僕は肩を落とした。
変な意地に巻き込まないでくれ。
「目下の死活問題だものね」
ため息をつく僕の姿がおかしかったらしく笑いながらルヴィは言った。
本当に、と僕は唇を歪めて答える。
「ふぁ……」
ルヴィがあくびをガウンの袖で隠した。
月に照らされた瞳が僅かに潤んでいる。
「失礼、もう眠気が限界みたい。あまり遅くならないようにね」
「うん。ありがとう色々と、おやすみなさい」
ルヴィを見送ってから僕は再び問題用紙に向き合った。
まだ全然足りない。足りないのだ。
この差し込む月明かりが消えるまでは、せめて……
「で、客室に帰る途中で力尽きたと」
僕はルヴィの前で床に両膝をついて項垂れていた。
「はい……」
僕はルヴィのお屋敷の廊下で倒れていたらしい。
朝、日が登る前から動き出した使用人の方が僕を見つけて屋敷はしばらく大慌てだったそうだ。
「本当に大丈夫なんでしょうね。ちゃんと寝れてないんじゃない?」
「おっしゃる通りで」
「しっかりしてよ」
ルヴィが息を吐き出し去っていく。
僕は顔を上げてルヴィの後を追った。
今日が試験日だからか既にルヴィはドレス姿になっている。
「これ、ありがとう」
借りていた問題用紙を返す。
「ああ、はい」
ルヴィは受け取った問題用紙を見て立ち止まった。問題用紙を広げ、まじまじと見ている。
「書き込んでいいとは言ったけど……」
一面、どころか紙の両面が真っ黒になるまで書き込んだ。
覚えるだけのところは既に書いてあるところを二重になぞったりしたが、それでもこれだけ汚れてしまった。
そのかわり……
「おかげでほとんど覚えられたはずだよ」
「それが口だけじゃないことを祈ってるわ」
ははは、と笑い僕は頭の後ろを掻く。
「朝食、取るわよね? せっかく来賓がいるんだからって料理長が食堂に用意してるらしいの」
「ありがとう、いただくよ」
それから、ゆっくりと朝食を取ってから馬車に乗って試験会場へ向かった。
ルヴィが道中、問題を出してくれた。内容は全て空で暗記しているらしい。
「騎士の標準装備であったプレートアーマーの弱点は」
「魔法に対し鈍重かつ脆弱」
時代の移り変わりを象徴する解答だと思う。
馬に乗り平野を駆け圧倒的機動力を有していた騎士に対し鈍く遅い、なんて……
「士官学校の入試の問題にこの問題が出るんだね」
「仕方ないわよ。多くの騎士は引退か領地に引きこもって一年前に死んだ英雄が最後の剣の時代の生き残りだったもの」
「ああ」
それで王都で噂になっていたのか。
僕は窓から王都の街並みを眺めた。忙しなく動く人々を追い越し馬車は進んでいく。曇りのせいか昨日よりも街はどこかどんよりとして見えた。
「なに? 騎士に憧れてたりしたの? 剣振ってたくらいだし」
聞かれてルヴィの方を見る。
特に憧れていたわけではなく首を傾げた。
「違うのなら良いの。そう見えたってだけだから」
「うーん……」
多分、僕は羨ましかったんだと思う。
剣で自分の人生を切り開いていくその自由な生き様に──嫉妬していた。
あの村にいた頃の僕を思えば、そんな気がした。
「試験問題、始め」
張り詰めた空気の中で一斉に受験者たちが動き出す。
紙の上で滑るペンの音があちこちから聞こえてくる。
ルヴィと別れ僕は一般枠の会場で入試の問題を受けていた。
ペンを動かす手に汗が滲む。
問題用紙を睨んだ。思い出せ、思い出せ。
──くそっ。
僅かな眠気が思考にうっすらと霧をかけてくる。
手で自分の髪の毛を強く掴む。
『士官学校で鍛錬用に使われる剣の長さはどのくらいか』
馬車で聞いたルヴィの声が浮かぶ。
王立・基準でアーミングソードは三十三インチに統一されている。
うん、解ける。実技試験よりずっと落ち着いてる。
事前に対策してなかったところは無理だけど、それでも──
「大丈夫」
僕は小さく自分に言い聞かせるように呟いた。
それから一週間後、季節は三月の終わり。試験の結果が発表される日。
貴族は社交界の幕開けに慌ただしく動き出し、村の人たちは泥にまみれながら種まきを始める頃。
僕は──
「落ちてる気がする……」
屋敷の長椅子の上でカーペットの虎みたく伸びていた。
「あー! もう鬱陶しい。じゃあさっさと見てきなさいよ!」
先に手紙で合格を知っているルヴィが叫ぶ。
初日くらいまで「きっと大丈夫よ」と言ってくれたのに。
「無理無理、あー絶対落ちてる。面接がダメすぎた」
頭を抱えてうずくまる。
一人で地道に打ち込める勉強と違い、相手がいるとどうも緊張してしまうらしい。
──あなたの得意なことはなんですか。
「えと、すごく頑張るところです」
終わった。なんだそれ。
面接官の方も顔をしかめてたし。
「もうダメだぁ……」
「一週間ずっと言いっぱなし!」
ルヴィが苛立った声を上げた。
手を叩く音が聞こえる。
「サラ! わたしの声も聞けないこのバカを摘み出して! あんたは結果を見てくるまで帰ってこないで!」
「申し訳ありません。アルケム様」
脇を抱えられ外に出された。
「落ちてたら、どうしよう」
道を歩きながら落ちていた場合の未来を考える。
この世界を知って、より村には帰りたく無くなった。
でも、ずっとルヴィの世話になるわけにはいかないし……
満開のアーモンドの木が並ぶ広い中庭。
そこに続く正面入り口は混んでいた。
なんとか人混みをかき分け、合格者一覧のボードから自分の番号を探す。
八十番台の列を見つけ、上から指でなぞっていく。
「八十一……八十五」
一気に飛んだ。
──お願いします。
指先が震える。心音がうるさい。
下にずらして──
「八十七番!」
自分の数字を見た瞬間、思わず拳を握りガッツポーズをした。
一気に肩の力が抜ける。
空を見上げると青の中に薄桃色の花びらが舞っていた。
「やったー!! 見て、お母さん。うち受かってたよ!」
「よしゃあああああ!! オラァァ!」
合格者たちはそれぞれの方法で喜び合っていた。
踊り出すもの、飛び跳ねるもの、叫ぶもの。
「っしゃあああ!!」
僕も拳を突き出して飛ぶ。
この一週間、ソワソワと落ち着かない日々を過ごしていたのだ。
このくらいは許してほしい。
それからスキップをしながら家、もといルヴィの屋敷に帰った。
二人は変わらず居間にいると思う。廊下を駆けた。
「受かってましたー!」
僕は扉から手を広げて飛び出す。
「おめでとうございます。料理長にも伝えておきますね」
サラさんは手を合わせ笑って言った。
「そう」
ルヴィは素っ気なく言って椅子の肘掛けに肘をつき顔を逸らす。
まだ怒っているのだろう。それはそうだ。
謝ろう、と僕が口を開きかけた時──
「おめでとう」
ルヴィが顔を横にしたまま呟いた。
サラさんは口元を手で隠し目を細める。
僕は勢いよくルヴィの元へ駆け出した。
「ルヴィー! ありがと!! ごめんね、ずっとウジウジして」
「この一週間はウジウジっていうかジメジメって感じだったけどね、あんた」
ルヴィが大きく息を吐き出す。
「大丈夫だと思っていても結果が出るとやっぱりほっとするものね」
「うん。これからは同級生として一緒によろしくね」
僕の差し出す手を見てルヴィは「はいはい」と小さく笑った。
不意に部屋の扉が叩かれた。
ルヴィは背筋を伸ばし座り直す。
「どうぞ」
使用人の方が頭を下げて部屋に入る。
「学校から例の報告書が」
その手には一通の手紙があった。
その手紙に関連する人物によって僕は数日後、学園内で殺されかけた。




