4.貴族の務め
ルヴィはそのまま歩きながら出て行って、
「魔力充填、脈動開始、夜焦がす蒼き彗星」
と一息に言った。
近寄る試験官の前に魔剣を振ってUターンし、こちらに戻ってくる。
試験中ずっと散歩でもしているような調子だった。
ルヴィの背後が青く光り、会場から小さく悲鳴が聞こえた。ガシャンと鎧が落ち、けたたましい音が続く。
「何よ。わたしがこんなところで躓くわけないでしょ」
戻ってきたルヴィは唇を尖らせ不服そうな表情をしていた。
出て行く時に見えた僅かな緊張の気配も消えている。
僕は「いや」と小さく首を横に振って笑う。
「流石だなって」
どんな状況であろうとルヴィはルヴィらしい。
「あっそ。褒めたって次の試験対策を優しくしたりはしないからね」
「ああ、次……次か」
僕は足早に試験会場を去っていくルヴィの後を追う。
確か次は筆記だ。
一応、村の教会で読み書きは教わっていた。
「一旦、模擬試験用のテストをしてみましょう。普通に受かりそうなら面接の方に時間を充てられるし、ちょうどいいでしょ」
それから借り物を返したり飲み物を買ったり色々な手続きをしたりして馬車に戻ってきた。
ルヴィが分厚くゴワゴワとした紙を広げる。
筆記の問題が書かれていた。
村では神父か商人くらいしか持っていなかった紙が当たり前のように出てくる。
「ちなみに聞くけど自信の方は?」
「村一番の頭脳と呼ばれてた」
「へぇ、意外ね。典型的な体が先に動くタイプかと思ってたわ」
「まあ結果が全てだから、見ててよ」
羽ペンを構え、問題用紙に向き合う。
息を吐き出し問題一つ一つに向かって集中していく。
途中、難しい問題にぶつかり歯を食いしばった。
考えろ、考えろ。
ここで躓いてこのチャンスを逃すわけにはいかない。
「解けた」
顔を上げる。
羽ペンを返しルヴィに問題用紙を渡す。
ルヴィは眉間にしわを寄せたまま採点を始めた。
ソワソワとしながら僕は飲み物を持って待つ。
しばらくしてルヴィが顔を上げ口を開いた。
「てんでダメね」
「ああ、てんでダメ。やっぱり」
「魔道具のところで失点するのはまだ良いとして、剣の方で失点してるのは何?」
「それは嘘だぁ」
笑って言った。
剣の方は間違いなく解けた自信があったのだ。
「この、士官学校で鍛錬用に使われる剣の長さはどのくらいかの問いは」
「日による?」
僕の場合は日によってまちまちだ。
「騎士の標準装備であったプレートアーマーの弱点は」
「ない」
ルヴィは額を抑えてため息をつく。
「じゃあどうやってさっき勝ったのよ」
「それは魔道具が……」
「風の加護に鋼鉄の鎧を貫くほどの力は無いわ」
「え」
「てっきり狙ったものと思っていたのだけれど」
僕は先ほどの試合を思い返す。
最後に剣が当たった場所は……
「胴体と腰のパーツの隙間」
「そう」
「でも、あれは感覚で……」
体が勝手に狙った場所だ。
ほとんどあの瞬間、僕は相手も剣も見ていない。
初めての魔力操作に限界まで集中していた。
「ルヴィお嬢様」
爺やが声をかける。馬車が止まった。
シュレッジ王立士官学校を出てからあまり時間は経っていないように感じる。
王都近辺か、まだ王都の中だろうからどこかに寄っていくのだろうか。
「まぁ良いわ」
扉が開き、ルヴィが馬車から降りていく。
僕も後に続くと目の前には鉄柵の門、その先に大きな屋敷が見えた。
「ええっ!?」
そんなに王都から離れていないはず、と辺りを見渡す。
ごみごみとした都市の喧騒から一転、上品な建物ばかりが並んでいた。辺りに人はいるものの全てが静かで穏やかだ。王都に来た時に感じた別の世界に足を踏み入れたような感じ、道を通る馬車も全部高そうで……
「王都の本邸よ。と言ってもわたしと従者しか今は居ないけど」
ルヴィは植物で作られたアーチの並んだ道を進んでいく。
僕は門の前で立ち止まったまま彼女の後ろ姿を見ていた。
入れない。足が動かない。僕がいるべき場所では無い、と体が訴えかけているように。
「何よ、勉強するんでしょ」
数人の従者に深々と頭を下げられながらルヴィは振り返って言った。
「ごめん。やっぱりさっきのテスト用紙借りられないかな。近くの道端か、どこか適当な場所で勉強してくるからさ。もちろん、汚さないように気をつけるよ」
ルヴィの眼光が鋭くなる。
僕は慌てて「ごめん、何でもない。内容は思い出しながらにする」と両手を振った。
それはそうだ。紙は貴重品だし。
ただ、このままだと普通に落ちてしまう。正直、テストは壊滅的だ。明日までになんとか頑張らないと。
「ウジウジしてなに? 本当に言いたいことはそんな事じゃないでしょ。言いなさいよ」
詰め寄るルヴィの圧に押され僕は仰け反る。
僕の本当に言いたいこと、それは……
「ルヴィは何でそこまで僕にしてくれるの?」
僕に返せるものは何もないのに。
ルヴィは怒り眉のまま顔を逸らし少しの間があって、
「わたし飢えたことないのよ」
「へ?」
「昔、ある一人の従者が屋敷にやってきて働き始めて一月くらいで倒れたの。理由は空腹と過労だったんだけど、その子は『何もないから仕事だけは覚えなきゃって思ったら止まらなくて』って言ったの」
「何の話を……」
「その時初めて人は飢えたら倒れることを知ったのよね。思えばわたしお腹を空かせる前にシェフが用意してくれるし、服はボロくなる前に変わっているし、周りにはずっと人がいて、貴族として生まれてこの方何一つとして足りないものが無かったのよ」
僕と正反対だと思った。
「今わたしは貴族だし、これからも学校で結果を残し貴族として生き続ける。だから今後も貴族の務めから逃げない。飢えているものには手を差し伸べるわ」
ルヴィが何を言っているのか僕にはよく分からないけれど、ルヴィの御眼鏡に適ったってことなのか?
「だって、すごく頑張っている人には報われてほしいと思うことはそんなに悪いことではないでしょう?」
「そうだね」
「で、どうするの?」
門の内側から差し出されたルヴィの手を見た。
しなやかな細い指が向けられている。
僕自身にルヴィの言うすごく頑張っている人という実感はない。
村は苦しくて、逃げ出したくて、溢れてくる力を剣に乗せていただけだ。頑張ったというよりは暴れていた方が感覚としては似ている。
「必ず、受けた恩は返すよ。いつ返せるかは分からないけれど」
僕はルヴィの手を取り、誓う。
信頼は重い。
それは村を出る時にも感じた重みだったけれど、ここでは村のように逃げ出すことはしたくない。
じゃあそれは背負うしかない重みだ。
「そっ、じゃああんたが爵位を得たら利子付けて返してね」
ルヴィが屋敷の方に向かう。
僕もその後に続いた。
「利子つけてって……」
「返ってくる頃には千倍くらいかしらね」
「ぼっ、暴利」
屋敷の扉が開かれた。
そこで僕は空腹と過労で倒れた従者を紹介してもらうことになった。




