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勇者の席は誰の手に〜今はまだ幼き村の少年が無型の剣聖と呼ばれるまでの英雄譚〜  作者: 夏草枯々
第一章 『入学試験』

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3.実技試験

「貸し出しの品はこちらになりますね」


 試験後に回収しますので、と言い残し教員は慌ただしく去っていった。

 僕は「どうしよう」と控え室にあった魔道具を見て腕を組んだ。

 試験の順番が近づいたため裏の方へ案内されたものの、ルヴィからは魔道具の仕組みと使う時のルールしか教わっていない。

 まず、この十個程度ある魔道具がそれぞれどんな効果を持っているのかを知らない。『慈愛の祈り(ハート・ヒーリング)』とかこの実技試験でどうやって使えばいいんだ。


「あっ」


 唯一見たことのある苔色のマントを見つけた。

風の加護(ブースト・エア)

 これしか無い、とマントを羽織る。


「受験番号八十五番の方はいらっしゃいますかー」


 受付でもらった僕の二つ前の番号が呼ばれた。


「やばい」


 壁の方に並んだ貸し出しの剣を一本取って出口の扉に走った。

 次は試験の説明を聞かなくてはいけない。

 じわじわと緊張が体の底から湧き上がり、さっきから少し呼吸がしづらい。そんなに走ってないのに額には汗が滲んでいる。


「まず魔道具を使用する際は試験官が確認できるよう魔力が充填されているか、と魔臓が脈動を開始したか、を口頭で伝えてください」


「はい」


「その後、使用する魔道具の名前と種類を宣言してから作動させてください」


 僕は頷く。


「時間はここを出た先に置いてある時計で確認してください。時計の針が一周するまでに試験官を戦闘不能に出来ないと減点となります」


 どうやら横に時計というものがあるそうだ。噂には聞いたことがあるけど見るのは初めて、ぱっと見で何か分かればいいけど。


「うおおおお!!」


 外から大歓声が聞こえてきた。

 僕に説明をした教員の方もその声につられ外を見た。

 あの明るい扉の先で人生を賭けた勝負が行われている。


「ひりつくな……」


 心臓の音がうるさい。

 無性に体が寒く震えた。指の先が凍えたように動かしづらい。


 ──ここで落ちたら……


 いや、考えるな。

 今の僕にはどう足掻こうとこれしかない。祈るように両手で強く剣を握りしめた。

 何度も、何度も、そうやって僕は嫌なことから目を逸らし逃げてきたのだ。


「次、八十七番」


 扉の方から何度も聞いていた声がした。

 唾を飲み込む。

 僕の番だ。


「じゃあ、頑張って」


 僕は教員の方に頭を下げ、光の中に向けて駆け出した。

 室内からだとどぎつい白さを放っているように見えた外も出てしまえばありきたりな昼下がりだと分かる。


「なんだあの小っちゃいの」


「汎用品だし、まーた怪我して終わりだろ」


 そんな批判的な声に少し凹んだけれど、迫ってくる試験官の圧ですぐに頭から消えていった。

 大きく深呼吸をして、マントの真ん中に付いている魔臓結晶を片手で握る。

 試験官の方を見ると机の上に円盤と僅かに傾いた太い針が見えた。あれが一周する前に……


「魔力充填」


 ──魔力は手で握ったものを温める時みたいに流すの。


 事前にルヴィから教わったことを思い出す。

 僅かに指の隙間から淡い緑色の光が見えた。

 大丈夫と少しホッとする。

 手の中で魔臓結晶がかすかに震え出したのを感じた。


「脈動開始」


 教師側の人たちが一斉に紙に向かってペンを走らせた。

 はい、どうぞくらいあってもいいのになと思いつつ教師たちから目を離す。


風の加護(ブースト・エア)


 突如、魔臓結晶から風が吹き出してきた。

 目を開けられないほどの強風に煽られて顔を逸らす。

 マントが激しく揺れて背中を打ちバタバタと音を立てて暴れた。


「何遊んでんだよ!」


 誰かの怒号が耳を打つ。

 うるさいなと強く剣を握り、一瞬教師側を見る。

 時計の針は半分程度進んでいた。


 ──魔力操作の基本は筋肉に力を入れる感じで。


 剣を突き出し力を込めた。

 右手に風が一点に集中する。


「行くか」


 試験官はゆっくりとこちらに近づいている。

 僕も死線上に向かって歩いていく。

 鎧の揺れる音が聞こえて来た。

 試験官を見上げて剣を構える。

 剣の長さは大体同じくらいだけど体格が全然違う。背は頭二つ分くらい高いし肩幅も広い方だと思う。

 そして何より問題なのは、この剣ではあの鎧を突破するのは厳しそうだというところ。上手くやらないと前の彼みたく何もできないままやられてしまう。魔道具の使い方も見られてるだろうし、上手く使ってみたいけど。


「おおお」


 先に試験官が間合いに入り剣を振り上げた。

 剣の長さ、踏み込み、切り付ける速さ、狙う場所。

 全て手に取るようにわかった。

 背を逸らし、鼻先を通り過ぎる剣の軌跡を確認する。

 大丈夫、見えてる。落ち着いてる。

 不意に頭の後ろ側から金属同士が擦れる小さな音が聞こえた。


「おおっ!?」


 観客の声を聞きながら僕は後ろに飛ぶ。

 瞬間、正面から風にあおられて想像の倍くらい下がった。着地の反動で足が痺れるように痛む。

 僕がいた場所に前のめりになって僅かに体勢を崩した試験官が見えた。片手で掴みかかろうとしていたらしい。


「……あれ?」


 風が止んだ。

 マントを見ると魔臓結晶に灯っていた光が消えている。

 時間は、と見ると残り四分の一程度。

 冷や汗が一気に吹き出してきた。


「魔力充填、脈動開始。風の加護(ブースト・エア)


 一気に言って距離を詰めようとした瞬間、視界が揺れた。

 地面に膝をつく。吐き気もするし手も震えている。弱々しくマントが揺れていた。


「なん、だ……これ」


 ──ただし魔道具は魔法みたいに万能じゃないの。急な体内の魔力低下は体に負荷を。


 心臓が痛いほど激しく動く。顔が上がらない。

 正面から土を踏み込む音がした。地面に伸びた影が揺らぐ。

 口を開けたものの空気が吸えない。背中から感じる圧に体が潰されたと勘違いしたのかもしれない。口をパクパクと動かす。苦しい。

 こめかみに血管の出っ張りがわかるくらい血が昇っていた。

 まずい……ああ、もう逃げるか。振り回されっぱなし、無理だったんだ。


 ──魔道具なんて。


 ゆっくりと全ての息を吐き出し全身から力を抜く。強ばっていた体がほぐれて軽くなる。会場がざわついていた。


「気絶したか?」


「まずいかもねー」


 溶けるような脱力に風が止む。

 影の動きと踏み込みから相手の狙いを予測して全身を使い加速、真上に高く飛ぶ。肌に触れる風が涼しい。


「そう」


 滑らかな宙返り。そのまま振り下ろされた剣が地面に刺さるのを見下ろし考える。

 着地後、ゆっくりと正しく構え直す時間は無い。

 勝手に体が剣を動かしていく。何千、何万回と繰り返した剣振りの構え。

 それが今、一番正しい動きなのだと信じて。


 ──少し余裕がある……いまなら。


 魔力の流れに集中し風を動かす。魔臓結晶の光が再度、強くなる。

 着地。

 そのまま強く踏み込んだ踵が土を抉った。剣を下から横薙ぎに試験官の脇腹を狙う。


「貫け!」


 願い、叫ぶ。

 風に乗った剣が強く押され、鉄と鉄が激しくぶつかり削れる音が響く。

 吹き荒れた風に土煙が舞い上がった。


「おいおいおい!」


「えっどうなった?」


 そんな声が観客席から聞こえてくる。


「大丈夫」


 試験官の上半身を正面から抱えて支えたまま僕は小さく呟く。

 残りの半身は地面に立ったままになっていた。


「おおおおお!!!」


「汎用なら初めてじゃないか」


「小っちゃいのにやるなー!」


 騒がしい観客の声とパラパラと鳴る拍手を聞きながら上半身の鎧を持って教師側の方に歩いた。

 鎧から土が落ちて靴に当たりどんどん軽くなっていく。


「終わった」


 先程まで殺し合いをしていたはずなのに僕にはその軽さが無性に悲しくて教師たちの前に立つ頃には涙ぐんでしまっていた。相手が人間ではなかったとしても、初めて剣と剣を持った同士の試合だった。その相手が真っ二つになって軽くなっていくのが、少し怖くなったのだと思う。


「ありがとうございました」


 頭を下げて鎧を預け、試験会場を後にする。

 これといった高揚も無く漠然とした疲労感だけを背負い薄明かりの室内に戻った。

 魔道具を使えたというより終始振り回されていた方が感覚としては近い。最後の一瞬だけは何か掴めそうだったものの……


「見ててヒヤヒヤしたわ」


 魔剣を抜いたルヴィが正面に立っていた。


「頑張って」


 僕は拳を握りルヴィに声をかける。

 彼女の表情にほんの僅かながら不安が滲んでいるように見えたから。

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