2.王都
僕は王都を舐めていたらしい。
王都の正門をくぐった瞬間、強くそう思った。
目の前を通り過ぎる人の数だけで村の人口を超えるかもしれないのだ。
右に左に動く人波に酔いそうになりながら、僕は目的のシュレッジ王立士官学校を目指した。
「うおー、すげぇー」
王都の人々は皆それぞれ個性的なファッションを着こなして悠々と道を歩いていく。ド派手な羽根の飛び出た帽子、チカチカするほど鮮やかなドレス。それをみんな気に留める様子も無い。
こんな世界があること自体知らなかった。
人混みを避けつつ跳ねるように歩き、鼻歌を歌いながら進む。
知らない匂い、知らない音、知らない世界を全身に浴びた。
「どこだ……」
僕は人混みの中から周辺を見渡す。
シュレッジ王立士官学校はここら辺にあるらしいけど……
「わっと」
ここに来て何度目か人にぶつかり人混みから弾き出される。
道路に尻もちをつき、急に視界が開けた。
道の端に高そうな装飾の施された沢山の馬車が並んでいた。
側にいた剣を持った護衛らしき人が僕を見下ろして睨む。
「物乞いのガキが閣下の馬車に近寄るでない!」
視界の端から固そうな靴先が飛んでくる。
酷い言われようだ。
僕は「よっと」と宙返りをして、人混みの方に身を引いた。
「なにっ!?」
固まる護衛を尻目に僕は汚れを払いながら馬車を観察する。
紋章、ということはこれは貴族の馬車らしい。もしかしてずらっと遠くまで並んだこの馬車全てがそうなのか、と僕は目を白黒させた。
「嘘でしょ……」
少し離れた所の大きくて立派な馬車から聞いたことのある声がした。
馬車の窓から顔を覗かせたルヴィと目が合う。ひきつった顔で僕を見ていた。
「ルヴィ様!」
手を振って僕は駆け寄った。
「あんた、どうやってここに来たの」
「荷馬車に乗せてもらって残りは歩きで!」
ルヴィは肩を落としてため息をつく。
「あのねぇ、領地からの勝手な脱走は刑罰の対象、本人がいなくてもご両親が……」
僕は首を横に振る。
「両親は説得しました」
三日間ずっとご飯を食べずにゴネ続けて、半ば諦めのような形で両親から了承をもぎ取った。
行きと帰りの路銀分を貰って、僕は今ここにいる。合格した時のために路銀を使わずに来た。お陰で服はボロボロ、所々青あざと傷になってる。
そんな説明をルヴィにした。
「引くほどたくましいわね」
ルヴィは口元を指で隠し小さく笑って言う。
「爺や」と馬車の中に声をかけた。
「ご両親が心配しているでしょうから手紙を出してあげて。彼の身柄はわたしが保証するわ」
さて、と言いながら開いた扉からルヴィが降りてくる。
「あんたが目指しているのは国家の命運をかけるに相応しいと判断された人だけが入れる特別な場所なの」
そんな前置きをしてからルヴィは手を合わせ、
「なので、入れるように予習をしましょう」
と目を細めて言った。
「もちろん! お願いします!」
僕は頭を下げた。
「試験は三つ。実技、筆記、気品と教養を問う面接が今日から一日ずつ、まずは正午の鐘が鳴ったら受付が始まる実技試験の対策からね」
正午の鐘、と空を見る。日は高い。ほとんど真上だ。
背中に嫌な汗が滲む。
「……あれ?」
「わたしが教えるのよ? 落ちたりしないよう死ぬ気で頑張りなさい」
ルヴィのゾクリとするような微笑みに僕は小さく震え上がった。
「まずはこれね」
ルヴィは腰から以前見た青い剣を抜いて見せた。
「魔道具。これは蒼き彗星の魔臓が剣身になった物なの」
僕は「はい」と質問のため手を上げた。
「魔臓は生き物の中にある臓器ですよね?」
冬を越すため豚を切り分けた時に見た赤くて柔らかい物を思い浮かべる。
魔力はあっても人間に魔法が使えないのは魔力を外に出す臓器、魔臓が無いからだと神父様から教わった。それが人間と汚れた魔物との差なのだとも。
ルヴィは「そう」と頷く。
「その魔臓を結晶化する技術が最近錬金術師たちの手によって実用化されたのよ。ちなみに蒼き彗星は落ちてきた星を守る大きな蛾ね」
「ガ?」
僕は首を傾げた。
あの蝶より地味で、羽をベタッと壁にくっつける、あの虫だろうか。
「ええ、虫の蛾よ。人が縦に五人分くらいの大きさらしくて、青い炎を纏いながら飛んでいるそうよ」
この馬車くらいね、とルヴィは言って僅かに顔を後ろに向ける。
──魔力充填、脈動開始。
ルヴィが魔道具を使う前に口ずさんだ言葉を思い出す。
「その結晶化した魔臓に魔力を流して外に放つ。魔法の再現、それが魔道具ってこと?」
「正解ね。魔臓結晶を内蔵した道具を魔道具と呼ぶわ。ただし魔道具は魔法みたいに万能じゃないの。急な体内の魔力低下は体に負荷を」
そこで正午の鐘が鳴った。
先頭の馬車が一気に動き出し、人混みの方もより騒がしくなり始めた。
「まぁ……実技試験だし大丈夫でしょ。じゃあ、会場に向かうからあんたも乗りなさい」
「はい、え?」
「何よ。いいでしょ爺や」
開いた扉の先にいる爺やと呼ばれる人物に向けてルヴィは声をかける。振り向いて「良いって」と言い残し、そのまま馬車の中に入って行った。
ルヴィの少し前の馬車が動き始めたのが見えた。
行くしかないと覚悟を決める。
「お邪魔します」
馬車の中は豪華絢爛という言葉がしっくりくる高級感を全面に出した内装だった。真っ赤なシートに金の装飾。控えめな紫紺のドレスに白いエプロンとキャップを身につける若いメイドとシワのない燕尾服に白髪の凛々しい初老の執事。住む世界が違いすぎて目が回りそうだ。
席に着くと生成色のダサい服を着た僕だけがやけに浮いている気がする。いや、浮いている。
「モジモジしないでよね。わたしが人攫いみたいじゃない」
「はははは」
思わず乾いた笑いが出た。
「ルヴィ様、こちらの方は少し、その……」
若い女性は僕を見て顔をしかめ、ルヴィに耳打ちしていた。
「分かってるわ。今回だけよ。彼、そこらの道化師より面白いから」
お付きの二人から意外な顔をされる。僕は小さく縮こまった。
それから馬車に揺られつつ爺やと呼ばれていた男性とお付きの侍女を紹介してもらい試験の手続きと説明を終えた。さすが貴族。はなから待遇が違ったし、僕を見るとみんな露骨にギョッとしていた。すごく恥ずかしい。
「僕らの順番になるまで時間があるね」
受け取った試験番号を見ていた。
僕の後に続くようにルヴィの番号が来ている。
「そうね。せっかくだし他の人たちの様子を見ていきましょうか」
ルヴィに連れられ僕は試験会場であるシュレッジ王立士官学校の廊下を歩いていく。
突如、廊下の先から轟音が響いた。窓ガラスが揺れている。
「はぁ!?」
落雷でも近くに落ちたような音だ。
雨も降ってないのに幸先が悪すぎる、とその場で立ちすくむ。
「始まったみたいね」
ルヴィが歩調を早める。
「え?」と僕はルヴィを追って扉を抜け屋外に出た。
村の畑くらい広大な敷地に何個も四角く区切られたスペースが用意されていた。観客がその周りでビール片手に騒いでいる。
これが魔道具の実技試験会場。
「僕ら見せ物かよ……」
「良いじゃない。仮に勇者となれば周囲の目はこんな規模じゃ済まないわよ」
ルヴィはサラリと言って、空いていた席に着いた。
「あれが、実技の相手」
金属のフルプレートアーマーで固めた試験官が長剣を構えていた。確か試験のルールではあの試験官を倒せると判断されれば満点の評価を得られると説明を受けたが相当堅そうに見える。一筋縄ではいかなそうだ。
相対するは魔臓結晶を先端につけた杖を構える少年。身なりはそれなりに整っているように見えた。少なくとも僕よりは良いところの生まれっぽい。
「あの杖も特注かしらね」
「特注?」
「この試験、魔道具持ち込み可能なのよ」
ええ、と呆れが声にそのまま出てしまった。
不公平じゃないか。
というか貸し出しの品が無いと詰むんだけど、と苦笑いを浮かべた。
「魔力充填。脈動開始!」
少年の声に合わせ杖の先が淡く光る。
それと同時に最前列に並ぶ教員らしき人が一斉にペンを動かす。
「いけ!」
誰かの声と共に金属の擦れる音がした。
杖を構える少年に向かって試験官が動き出している。
試験官の動きはどこか少しぎこちない。
わざとらしく大きく剣を振りかぶって、剣が少年に触れる寸前──
「穿て、岩拳の突き上げ」
突如、岩の拳が地面から突き出た。打ち上げられた試験官が校舎の二階くらいまで飛んでいく。
周囲から歓声と拍手が起こった。
「おお、あれは一発で合格だろうなぁ」
「さすがー!」
僕は「はぁ!?」と目を疑った。
「しっ、死んだんじゃない!? あの人」
今まさに地面に叩きつけられそうになっている試験官を指差しながらルヴィに声をかけた。
「あれは大丈夫よ」
地面に落ちて、試験官のヘルムが飛んでいく。
中から飛び出したのは、黒い土だった。
力が抜けて、なぜか僕は笑ってしまった。
先ほどの受験者が立ち去り「次」と試験官が言う。
「ああー」
「つまらない試合になるな」
「帰れ、帰れー!」
周囲から口々に失望の声が聞こえ、見えたのは苔色のマントを羽織った少年だった。
「あれは学校の汎用魔道具ね」
「貸し出してるやつってこと?」
「そっ、多分剣もそうかしら」
じゃあよく見ておかないと。
僕は膝の上に置いた拳を強く握り、少し前のめりで試合を注視する。
「魔力充填、脈動開始、風の加護」
少年のマントが激しく動き出す。
「はああああ!!」
浅い踏み込み、重心もズレている。
それでも僕の踏み込みより二倍くらい速い。
少し仰け反ったまま一瞬で試験官に向かって剣を振り下ろす。
「やっぱりな」
予想通り、キンッと鋭い音を出し剣が弾かれた。
試験官が肩から突っ込み少年に重いタックルをかます。
「おおお」と周囲からざわめきが起こった。
少年は僅かに飛んで地面に叩きつけられた。
そのまま動きは無い。
「え?」
周りから慌ただしく教師側の人たちが飛び出し、少年をどこかに運んで行く。
少年の倒れていた場所には血の跡がくっきりと残っていた。
「次」
すぐに次の受験者がやってきた。血のついた所を一瞥して避け、剣を構える。
淡々と試験は進んでいく。
もう少ししたら今度はあの場所に僕が立つのだと思い、冷たいものが背筋をよぎった。
「嘘だろ……」
唖然とする僕の横から、
「まさか、ここまで来ておいて怖気付いたりしないわよね?」
とルヴィが言った。
隣を見ると澄ました顔に微笑が浮かんでいた。
僕はルヴィから目を逸らす。膝の上の僕の拳が小さく震えていた。
緊張か。それとも──と考え、ゆっくりと息を吐き出す。
「ああ、ちゃんと戦うよ」
ルヴィの青い目を真っ直ぐ見ながら答えた。
なんであろうと関係なく、こんなところで折れる気は無い。
その後、僕らはゆっくりと他の受験生たちの試験を観戦してから席を立った。
命懸けの実技試験がもう目前に迫っていた。




