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勇者の席は誰の手に〜今はまだ幼き村の少年が無型の剣聖と呼ばれるまでの英雄譚〜  作者: 夏草枯々
第一章 『入学試験』

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1.魔道具革命

 救国の英雄が死んだ。

 そんな話題で王都は持ちきりだったらしい、と僕はこの村で一年遅れの今日、知った。

 仮に僕が王都にいても何か出来たわけじゃない。それでも──


「ここで祈ってるだけよりか……」


 頬を叩き顔を上げた。

 こういう気分が沈んだ時は練習場に向かうと決めている。

 畑仕事の手伝いを終えて、木剣を家の裏手へ取りに行く。

 木剣と言っても隠さないと薪にされてしまうようなただの木の棒だけど。それでも僕にとっては間違いなく剣だ。


「だから、いい加減もうやめてって!」


「いいだろ、俺の金だろうが!」


「誰のお金とかじゃなくて!」


 家の中から父と母の激しく言い争う声が聞こえてきた。

 どうせまたいつも通り父が酒場で賭けに負けてきたのだろう。

 家具が壊されないといいけど、と思いつつため息をついて家を後にした。


 村の外れに作った自分だけの練習場を見渡す。

 太い丸太を杭のように地面に打ち込んだ藁人形が一つあるだけの簡素なものだ。

 奥歯に力を込めて木剣を握る。

 目の前の藁人形に向けて一歩踏み込む。同時にささくれだっていた気持ちや焦りが自然と消えていく。

 ふっと息を吐き、体を沈ませ、剣を打ち込んだ。


「ッツ……」


 木剣を振っていた途中で手のひらのマメが潰れた。

 血が滲みジクジクと痛く熱い。視界がぼやけた。


「くそっ」


 邪魔だ、と服の袖で目元を乱暴に拭う。地面には折れた木剣が何本も転がっていた。

 藁人形に打ち込むたび痛みは骨を通じて全身へと走った。

 荒い息をしながら、それでも僕は剣を振り続ける。

 剣を握っている時だけ、僕は余計なものを考えなくて済むから。


「もう一回……」


「あんた、こんなところで何してるわけ」


 不意に凛とした高い声がどこからか聞こえた。


「誰?」


 僕は後ずさりしながら声の聞こえた方に目をやった。

 二人のお付きに挟まれた少女が腕を組んで森の中からこちらに近づいてくる。

 切れ長の青い瞳、小さくへの字に結んだ唇。紺色の髪をてっぺんで丸くまとめ、宝石の散った金色のリボンで飾っている。歳は僕より少し上くらいに見えた。


「わたしはルヴィ・ベアーニ。あんたは」


 光沢のあるドレスを揺らしルヴィと名乗った少女がこちらに近づく。

 森の空き地で彼女だけがやけに色鮮やかだった。


「アルケム……アルケム・ツォーリ。君は……」


 ふと彼女にベアーニ伯爵の名前がついていることに今更気づく。

 僕は口を開けたまま固まった。

 少なくとも伯爵の親戚か、もしくは……


「失礼しました!」


 僕は慌てて頭を下げた。

 気づいてから冷や汗が止まらない。

 確か近くにベアーニ伯爵の別荘があるし、もしかして散歩がてら寄ったのか……


「あーお堅いのはやめてよね。わたしにはお兄様がいるから、よくわからない貴族のやつと結婚しない限り、あんたとさして変わらないわ」


 ルヴィはそう言って近くの切り株に真っ白な布を広げ、その上に腰掛けた。


「それで、あんたも勇者を目指してるの?」


 なんの話をしているのか分からず僕は瞬きを繰り返す。

 勇者とルヴィは言った。でも僕の知る限り勇者は剣と魔法を使い世界を救った、おとぎ話に出てくる人物だ。多分、村のみんなが知ってるくらい有名な話ではあるものの……目指すものではない。


 ──まぁもっと子供の頃に少しは憧れたりしたけどさ。


 そもそも人間には魔法が使えない。だから、魔法が使えた勇者はおとぎ話の存在で……


「あら、違うの? 凄く剣に熱を入れている音がしてたから、もしかして同じ人かな、と見に来たのだけれど」


「まぁ勇者の伝説は好きですけど、とてもなれるとは思えませんよ」


 手を広げ首を横に振る僕にルヴィは眉をひそめた。


「バカなの? おとぎの話をしてるわけないじゃない」


 何を言っているのか分からずキョトンとする僕にルヴィは「え? シュレッジ王立士官学校の話よ? 本当に知らないの?」と少し困惑した様子を見せた。


「ふーん。まぁ、違うのならいいの。わたしの勘違いだったみたいだから」


 ルヴィはそっけなく言い、失望を表情に出したまま切り株から立ち上がり歩いていく。

 興味を失ったらしい。

 反対に僕はもっとその話を聞きたくて「ねぇ」とルヴィを呼び止めた。勇者を目指す学校、そんなものが世界には存在しているらしい。自然と口の端が上がっていた。


「そのシュレッジ王立士官学校、だっけ。そこにはどうやったら入れるの?」


 学校だし試験とか、とルヴィに聞いてみる。

 背を向けたままルヴィは練習用の藁人形の側で立ち止まった。


「そうね。王都で一週間後に試験があるわ」


「それは、だっ誰でも受けられるの?」


「……何、あんた今から受けにいく気?」


 ルヴィが振り返り僕の目を覗き込むように見る。青い瞳が鈍く光っていた。

 いや、その……と僕は言葉に詰まり目を逸らす。


「ここで祈ってるだけよりマシかなって……思うし」


 救国の英雄が死んで勇者を目指す場所ができて、僕の知らないところで世界が変わり続けている。正直、悔しかった。

 それに……僕は握りしめていた木剣を見下ろした。


「……これ、わたしも使っていいかしら」


 少し顔を上げてルヴィの表情を伺う。

 ルヴィは練習用の藁人形を指差して言った。

 僕は咄嗟のことで「ああ」と生返事する。


「じゃあ、遠慮なく」


 剣身を鞘から引き抜きながら高い音が鳴っていた。

 陽光に照らされた剣先が青く煌めく。冬の頃に見た氷柱(ツララ)を思い出す。

 ルヴィは片手で剣を持ち横に構えた。


「魔力充填」


 ルヴィが呟くと同時に剣が淡く発光し始めた。ゆらりと動き出し剣を縦に構える。

 僕は息を呑んで剣に見入った。


「脈動開始」


 ルヴィの声に合わせ剣からドクンと心臓の鼓動が聞こえた。青い光は輝きを増していく。

 自分の腕に鳥肌が立っていた。


「夜焦がす蒼き彗星(アズル・コメット)


 ルヴィは藁人形に向かって三日月形に剣を振る。

 リーン、と高い金属音が静寂の中で響き──剣の軌跡をなぞるように青い炎が爆ぜた。

 突如、吹き荒れた熱波を腕で遮りながら顔を逸らし尻もちをつく。

 目を開けると藁人形が炎に包まれていた。周囲の地面は抉れて黒く焦げている。


「わたし、好きなのよね。頑張ってる人。来賓のために慌ただしく稼働してる厨房とか、廊下ですれ違うメイドのお人形さんみたいに真っ直ぐ伸ばした背中とか」


「あんたの血に汚れた手とかね」とルヴィは僕を見下ろし不敵に笑う。


 僕は燃える藁人形とルヴィの顔を交互に見て「まっ魔法?」と思わず呟いた。でも魔法は魔物だけの能力だし……

 ルヴィはムッとしたような顔をした。


「わたしが化け物に見えてるの?」


「いっいえ!」


 だけど、じゃあさっきのことはいったい何なんだ。


「剣で紡がれた英雄たちの時代はもう終わり」


 ルヴィは鞘に納めた魔道具を撫でた。


「これからは誰もが使える魔道具の時代なんだから」


 ドレスの裾を翻し背を向ける。


「ここを出て行く前に懐かしいところを回れて良かったわ」


 軽く髪を払ってルヴィは颯爽と森の中に消えていく。

 魔道具。それは多分魔法に変わるもので……世界は今もなお進化しつつあるんだ。


「待って!」


 僕は立ち上がり手を伸ばして叫んだ。

 そしてルヴィに「ありがとうございました」と深く頭を下げた。

 彼女がそれを見たかどうかは分からない。けれど、湧き上がる感謝の念だけは僕が伝えたかったのだ。


「まっせいぜい頑張んなさい」


 しばらくして顔を上げるとルヴィはもうそこにはいなかった。木漏れ日の中で鳥が鳴く。

 僕は灰になって崩れた藁人形に目をやる。

 後に残ったものは焦りや葛藤ではなく、燻る赤い一点の光だった。


 顔を上げ、一つの木剣を拾って森の練習場を抜けた。


 歩きながら生まれ育った村を見渡す。

 道中、畑を眺めている村人がいた。ひび割れた畑の土を二人で見ているようだ。


「今年も全然雨が降らないからねぇ」


「神様の機嫌がずーっと悪すぎるよ」


 全くだ、と頷くと同時に僕に気づいたらしく村の人がこちらに振り向いた。


「おーアル。ちょっと背が伸びたか?」


「若いのの手はなるべく早く借りたいからなぁ。早く大きくなってちゃんとご家族の手伝いをするんだぞー」


 小さな頃から同じようなことを何度も聞かされた。

 出て行ったらきっと恨まれるだろう、と思う。


「ああ。うん」


 曖昧に返事をして僕はその場から駆け出す。

 遠くの方に家が見えた。まだ両親が仲の良かった頃を思い出す。

 二人は、僕が村を出たいと言ったら怒るだろうか。

 色々とお金もかかるはずだ。

 じゃあ両親に止められたらやめるのか。

 その問いに僕は首を横に振る。

 木剣をさらに強く握ると傷が開いたのか血が滴り落ちて痺れるように痛んだ。


 ──それでも。


 ふいに、もう二人に会えなくなるかもしれないと思い涙が溢れた。

 ごめんなさい、と呟く。吐き出す息が震えた。

 木剣を両手で握りこみ強く意識する。変わらない現実に合わせ、いつからか祈るために合わせていたはずの手は剣を握るようになっていた。


「僕には剣があるから」


 信じるんだと自分に言い聞かせながら歯を食いしばって顔を上げた。


 涙の跡を残しながら歩く。


 魔道具による革命の風が王都に来ている。


 生まれとか、神様とか、運とか、そういうものに左右されない場所がそこにきっとあるから。


 それは神父様の語る永遠の命や天国よりもワクワクすることだ。


 なら、このチャンスを逃すわけにはいかないだろ。


「僕も、王都に行く」


 それ以外無い。

 ただ一つの覚悟を持って僕は三日後、生まれて初めて村を出た。


 王都についた瞬間に僕は自分の間違いと現実を叩きつけられる事となった。

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