31.教室
教室への道中、ジッキーはずっと浮かれた調子だった。
鼻歌を歌い手を大きく振って跳ねるように歩いている。
「あれが……?」
僕へ向けられる視線が以前と少し違うように思う。
何かが変わっていた。
閉められたままの教室の扉を見て僕は息を吐き出す。
その瞬間、ジッキーが勢いよく扉を開いた。
「我らの花形が帰還したぞ!!」
手を広げ教室の中に向けて大声で言い放った。
「ちょ、ちょ、ちょっと……」
僕は慌ててジッキーの口を抑えた。
顔が熱い。突然なんでそんなことをしたんだジッキーは。
「おおお! 帰ったか!」
「おかえりー、体は大丈夫ー?」
「上からみんなで応援してたよ!」
クラスメイトたちが口々に言う。
僕は瞬きをした。
何度も、何度も。
それから隣のジッキーを見上げた。
「それだけの偉業なんだぜ? アルがしたことはさ」
ニッとジッキーが笑っていた。
「おかえり!!」
エーデさんが立ち上がり、こちらに駆け寄ってくる。
「すいません。ご心配かけて」
「いやいや、良いって。それより大丈夫、体は? どこも痛くない?」
エーデさんは喋りながらペタペタと僕の顔を触れた。香水だろうか、甘い匂いが強く香る。
「安静に、と言われてますけど普通に動けます」
「そっか。良かったー……」
僕の両肩に手を置いたままエーデさんは俯いてハーと深く息を吐き出していた。
「やけに騒々しい帰還ね」
腕を組んだままルヴィが側に立っていた。
「ルヴィ!」
「やっと全員揃って今回の試合の反省会が出来るわね」
「ルヴィ……」
「あとこれ、あんたの評価」
ルヴィが紙を差し出す。
評価、ということは試合後に受ける監督からの報告か。
後で受け取りに行こうとは思っていたけど。
「なんで、それをルヴィが……」
僕は紙を受け取り試合の評価を読んだ。
『序盤から魔力量が少ない中で存在感を放ち適切にその役目を全うしていた。中盤以降、チームメイトが離脱してからは危険な綱渡りが何度もあったものの必死に喰らいつく姿は非常に印象に残る戦いぶりであった。試合を通し勝利に大きく貢献した』
「わたしも評価の通りだと思うわ」
「そうかな……」
勝利に大きく貢献した。
最後の一文を読み返し曖昧に笑ってみる。
実感はなかった。
「ああ、間違いなくだ!」
「実際、ヴィッグ卿相手に抑えられる人はこの学園でも十人居ないでしょうから」
「ねっ、ちょー凄いことっしょ!」
──ちゃんと僕は僕の役目を果たしきったんだ。
守り切ったと思って良いだろう。
自分の席を、居場所を。うん。きっとそうだ。
「ありがとう」
顔を上げ、みんなを見て頭を下げた。
「ふふっ、こちらこそだし」
「おう! 根性見せたな!」
グッと親指をジッキーは立てていた。
「これであんたもエリートコースの道が見えたんじゃないの」
ルヴィの言葉に僕は目を丸くする。
「何? 目指せるのなら目指すわよね? 今回の勝利で上位陣には入っていると思うし」
僕の戦績は一勝、一敗。
ただしヴィッグ卿相手の勝利と言うことで半分よりは上ということだろうか。
ルヴィは「まっいけるかどうかはあんたの今後次第でしょうけどね」とそっけなく言って片手で髪を払った。
「一緒に?」
ジッキーがブフッと吹き出す。
ルヴィの表情がみるみるうちに変わっていく。
口と目を開けて驚いたかと思えば、表情を険しくして息を吸い込み、
「そんなわけないでしょ! あんたが勝手に目指せば良いじゃないってこと。わたしは元々目指してたんだから!」
と激しい口調で言い切った。
「はい……」
「まーまー、ルヴィっちは乙女だからねー」
目を細めてエーデさんが言う。
ルヴィは「別にそういうのじゃないから」と鼻を鳴らしそっぽを向いた。
「あと明日の放課後、あんた時間を作ってちょうだい。ヴィッグ卿との件をこれで終わらせてくるから」
急に振り返りルヴィが真面目なトーンで言う。僕も「分かった」と迷わず答えた。
「ラヒトー卿とも話がついてるから、あんたは……まぁ、立ってなさい。悪いようにはしないから」
貴族たちを相手に僕に出来ることは元々ほぼ無い。
「仰せのままに」
と仰々しく胸に手を当て床に片膝をついてルヴィに頭を下げた。
「明日はあいつの敗戦処理をするから」
顔を上げると不敵な笑みを浮かべたルヴィがいた。
ヴィッグ卿の今後を想像して少しだけ僕は同情した。




