30.保健室
目が覚めると僕はベッドの上で寝ていた。ベッドの周囲が薄い布で囲われている。一瞬病院かと思ったけれど騒がしい学生たちの声が聞こえ、ここが学校の保健室だと気付く。
「イテテ」
体を起こすと脇腹が痛んだ。
片方の瞼は何故か開かない。
服を捲ってみるとお腹全体に布が巻かれていて、瞼の方を触ると布が当てられていた。足や腕、手のひら、額など様々なところに処置の跡がある。
それでも痛いは痛いが動けないほどでは無いなと思う。恐らく試合中の不調のほとんどが魔力切れによるものだったのだろう。そういえば試合中に血を吐いたけど、あれは大丈夫なのだろうか。
「……誰か」
ふとベッドの脇を見ると椅子が三つ並んでいた。そばの机に籠に入ったお菓子が置いてある。
『お見舞い』
と、メッセージカードが付いていた。
ちょうどお腹も空いていたので、ありがたくお菓子を摘む。
「勝ったんだよな、僕ら……」
包帯の巻かれた手のひらを見下ろす。
こんなに怪我したけど戦い続けた。ずっと、必死に。
「やっと、一つ」
ベッドの上で背を丸め、拳を握りしめた。
「……よくやった方だよね」
エーデさんも「頑張ったね」と言っていたし、少しは自分のことを認めてやっても良いはずだ。
──勝ちたい。
そう強く願ったこれまでの自分にちょっとは応えられただろう。
ふと仕切りの外から騒がしい声がした。
「ちょっと寄っていくから、じゃあまた後でな」
ジッキーの声がして、
「失礼しまーす」
と扉を開く音がする。保健室の先生らしき声も聞こえた。
僕は仕切りの布を動かし開く。
「おっ、ちょうど起きたか! 起きましたよ先生!」
ジッキーがこちらに駆け寄ってくる。ジッキーの片腕が白い布で覆われていた。
「ああ、これ?」
僕の視線に気付いたジッキーは腕を見下ろした。
「見た目ヤバいよな。一月くらいで治るらしいから大丈夫」
「そうなんだ」
良かった、と息を吐く。
「アルの方は大丈夫か?」
「うん。あちこち傷だらけだけどジッキーほど酷そうなところは特に──」
「はああ!?」
保健室の先生が僕らの会話を遮った。
驚いた僕らは先生の方を見る。
「君ねー、ツォーリくんだっけ。試験だからって無茶しちゃダメだよ。君は相当危なかったんだから」
そう言って、つらつらと僕の負った傷を並べていく。
「特に呼吸器系は今回のことで大分ボロボロだから当分安静。激しい運動や魔力の使用は控えるように、担任の先生にも伝えてるから」
「……はい」
どうやら全然ダメだったらしい。そこまで傷が酷い感じはしなかったが……分からないものだ。
「まーまー、勝てたし。ナイス一勝」
おちゃらけた調子でジッキーが言うと先生からのゲンコツを喰らっていた。
ちょうどそのタイミングで他の生徒が目を覚ましたらしく「安静にね」と言葉を残して先生は離れていく。
「聞いたぜ。俺がダウンした後にサレの一戦目以来二度目のオールダウンを取ったんだって? すげぇじゃん」
「ルヴィの魔道具が強すぎたんだよ」
「ああ、なんか会場自体がやばかったってみんな言ってたな」
「試験会場を火の海に出来るってルヴィは言ってたけど、本当にそんな感じだった」
ハハハ、とジッキーは苦笑いを浮かべた。
「ルヴィやエーデさんは大丈夫そう?」
軽く他のベッドを見た感じ二人の姿は無かった。
「ああ、大丈夫。でも早く教室に帰って顔を見せてやれよー。エーデなんか『もっとうちが頑張ってれば』って寝てるアル見て泣いてたからさ」
そうなんだ、と答えエーデさんのことを思い心苦しくなった。
「……あれ? 僕ってどのくらい寝てたの?」
数時間くらいかと思っていたが、治療が終わっていたりお見舞いが置いてあったり思った以上に時間が経っていそうだと思う。
「丸一日くらいだな」
ポカンと口を開けた。
「丸一日……」
それは寝過ぎだ。
授業や試験結果、ラヒトー卿の件など色々残したままになっている。
「アルが寝てる間に色々あったぜ? サレの二戦目だったり新しい色んな魔道具が出てきたり、後は……今回の新入生たちの中から初めて死者が出たな」
「え? 誰?」
「いや、俺も両方他クラスのやつで詳しくは知らないんだけど、以前から何か揉めてたらしいところがぶつかって……らしい」
「そっか……ついに」
「なんかその暴れたやつは騎士団の中でもやばいやつらしくてさ」
「騎士団?」
騎士団にヤバいやつがいるイメージはあまり無い。
ジッキー然りサレッド然り。良い人というイメージが強いのに……
「いや、同じ王立の騎士団でも俺たちとはまた違う所属だから、そいつのこと全然知らないんだよな」
何故か嫌な予感がした。
ヴィッグ卿の時みたく絡まれたりしないと良いけど……
僕は「そうなんだ」と答えベッドから立ち上がった。
グーッと背を伸ばす。
「もう大丈夫? 授業戻るー?」
保健室の先生は他の生徒の処置をしながら言う。
「はい」
「じゃあまた放課後来て、治療の経過を見るのと書かないといけない物が色々あるから」
「はい、じゃあまた放課後来ます。ありがとうございました」
僕は頭を下げて扉のほうに向かう。
「次の実技試験までに僕らも色々準備しておきたいね」
ジッキーは「そうだな! 連勝目指そうぜ」と強く頷く。
ふと、こんなに対人戦ばっかりやっていて魔王との戦争に役立つのか、と軍事教練の根本についての疑問が浮かぶ。死んでいった英雄たち。勇者学校。僕らは死人を出しながらどこに向かっているのだろうか。
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