29.幕引き
「さて、どうですかな。今回の実技試験の様子は」
「がっ、学長!」
俺、含めて周囲の教員たちが「お疲れ様です」と勢いよく頭を下げた。
「良い、良い。ちゃんと生徒たちを見ていなさい」
白い顎髭を撫でながら学長は教員たちを手で制した。
それから「ほう」と呟き目の前の試験会場に視線を向ける。
現在行われているのは俺のクラスのチームと三組からのチームの対戦だ。
彼女らのチームに二度目の指名が来た話を聞いた時はどこで何をやらかしたのやら、と呆れたものだった。
「現在は……そうですね。唯一の農奴出身の生徒が出てますよ」
「ああ、彼ですか。名は……アルケム・ツォーリくん、でしたかね」
「流石です! 学長!」
「はい。彼のチームメイトは一人ダウンの判定を受けていますがなんとか一人で粘っています」
教師たちが控える部屋が白い光に照らされた。
これで何度目かの『王の名を冠する役者』が放たれる。それをツォーリはギリギリつま先で弾き、光の軌道を変えた。ホッと胸を撫で下ろす。
ダウンの判定を下すのは現役の軍人、その中でも特別に訓練された者の判断に委ねられている。もどかしかった。
「魔力の無い彼一人に対して魔道具二つ、明らかな過剰火力ですね」
「ええまぁ、ですが立っているのもやっとの状態です。すぐにダウンの判定になるかと」
他クラスの教師が学長に語る。
ふふふっ、と学長は笑って、
「十分でしょう」
とツォーリとドーレンから視線を外す。
学長は試験会場の壁の方を見ていた。
学長の向ける視線の先を追うと一点に燃える火があった。壁が赤く照らされている。
その火の中心に剣を横に振りかぶり溜め切ったベアーニの姿があった。
「チームで決めた作戦に従い彼は役目を果たしたのですから」
「嘘だろ……」と三組を担当している教師がぼやく。事実三組の生徒は二人、魔力切れになっている。
「いや、まさか、あの剣戟の最中に魔力量まで見ていたと!?」
俺は少し伸びた顎髭を触る。やばいな、と周りに聞こえないくらいの声で呟く。
あの魔道具を二つ使った魔力操作もそうだが剣の腕もそこらの軍人を超えているように見えた。
何者なんだ、と俺は殴られ不敵に笑い返すツォーリの姿を見ながら目を細めた。
「なぜ彼がここまで警戒されているのかわたしには分かりません。が、今もなお彼は執拗に一人の生徒を止めようとしている。何か考えがあるのだろうことは分かります」
「そんな……ことが」
皆がアルケム・ツォーリを見ていた。
恐らく俺も含めた全員の頭の中に「なぜ」という言葉が浮かんでいるのだろう。
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「なっ……」
みるみるうちにヴィッグ卿の顔から熱が冷めていくのがわかった。
振り返り見てみると地平線が焼けていた。日の出を思わせるルヴィの眩い光に僕は小さく笑う。
「ハハ……」
ヴィッグ卿がか細く笑い腰に下げた『零によく似た加護』に手を伸ばす。
その瞬間、僕は全体重をかけてヴィッグ卿を地面に倒した。伸ばす手を地面に押し付け魔道具を触らせないよう体で抑える。
一瞬だけ見えたヴィッグ卿は唖然とした顔をしていた。
──僕は……もう良い。
全身が熱く痛かった。まともにもう動けないのだ。
「誰かっ、今すぐこいつを退けろおおおお!!」
近くにいた二人が僕に駆け寄ろうとした瞬間だった。
「暁照らす蒼き彗星」
円形の試験会場を縁から全て炎の波が薙ぎ払い初めた。
壁の上まで噴き上がる熱波に会場からは悲鳴が上がる。
「止まるな! まだ勝てるだろ!」
耳元でヴィッグ卿が叫ぶ。
横道の壁を飲み込む炎の波を見ながら僕は「その後、使用する魔道具の名前と種類を宣言してから作動させてください」という初めての試験の時に聞いた言葉のことを呑気に思い出していた。
──魔道具一つに名前の他に種類まであるんだ……
僕は熱波を感じながら目を閉じた。
「羨ましい火力だ」と呟いて意識を手放そうとした時だった。
「オールダウン!!」
試験官が叫んだ。
目を開けると両手を高く上げて手を振りながらこちらに走る試験官が見えた。
熱波が消え、会場中から拍手が鳴り響く。
「嘘だろ……すげぇ、小さいのよく耐えたな」
「えっ、やっばー!! 超ギリギリじゃん!」
聞き逃すには惜しい賞賛の声がする。僕は歯を食いしばり意識をなんとか保たせる。
抑えていたはずのヴィッグ卿は石になり固まっていた。
──これでジッキーに託された分くらいの働きは出来たかなぁ……
試合緊急停止。オールダウンの判定を聞けばジッキーは喜ぶだろう。
「アルケムくん!」
エーデさんの声がして頭を動かす。
涙ながらエーデさんは僕に駆け寄り魔道具を取り出した。
「慈愛の祈り!」
淡い緑色の光に体が包まれた。
どこかうっすらと温かく、それが眠気を誘ってくる。自然と瞼が落ちた。
「頑張ったね」
エーデさんが強く確かにそう言った。
僕は……ちゃんと頑張れたのだろうか。
「はい。試験終わったから会場から出て下さいねー。君は動かないでー」
どこかから大人の声がする。
終わり、勝ちは勝ちだ。ラヒトー卿の件は起きたら考えよう……
ふいにザッと耳元のすぐそばから土を踏み締める音がした。
「この大舞台で主役を食ったわね」
それはいつも以上に嬉しそうなルヴィの声だった。
僕はフッと笑い高く拳を掲げた。
腕から力が抜けて、落ちる……




