28.王都の風
「王の名を冠する役者」
辺りを焼き尽くす白い光が近づいてくる。
足の裏で土を抉り、跳ね飛ばし、僕は加速した。躱した先、直線上にヴィッグ卿を捕らえて目が合う。
一秒無く斬りかかれる場所だ。
「構えろ!」
ヴィッグ卿は体を翻し壁役の後ろに向かう。
僕の突き出した剣は風の盾に受け止められ、流される。
剣を持っていた腕から捻るようにして一回転する体。
肩から地面に落ちて跳ねるように回る。口の中で鉄の味がした。
地面に手をつき、顔を上げると壁役がこちらに走り込んでくる。
大きな剣を振りかぶっていた。
僕にシールドは無い。体勢を低く沈め、振り下ろされる剣の軌跡を線のように捉え目で追った。
──ここ。
後ろに引いて躱す。着地すると同時に風に乗って前に向けて飛ぶ。
地面に刺さった相手の剣を超え、僕はガラ空きの背中に向けて剣を振った。シールドの割れた衝撃で壁役は前に倒れ込んだ。
その隙にヴィッグ卿へと距離を詰めていく。
頬に吹き付ける風が心地良い。
晴れているのに曇って見えた村の空も、山からの風が湿って感じた村の風も……このためにあったような気がした。
「行けー!」
観客席から声が聞こえた。
風に舞う木の葉のように揺らぎ深く沈み、剣を躱すと同時に溜め、素早く斬りあげる。
ヴィッグ卿は観客席に聞こえないくらいの舌打ちをして後ろに引く。
僕は追撃のため間合いを詰めた。
細く尖った剣先が煌めく。
今、三連撃がくる予感がした。
咄嗟に腰を引いて重心を大きく後ろに下げた。風を前に向けて揺らす。
その瞬間、三連撃が太ももを斬り付け脇腹を擦っていた。飛ばされた肌と血が火花のように散る。
痛みは無かった。心臓が激しく動き、剣振りを導く。
ヴィッグ卿は「小賢しい」と苦々しく言う。
僕は片手で剣を振り上げた。
風の力を使い普段より倍は早く深い踏み込みを出す。
正しい剣の構えは確かな姿勢と重心に支えられていた。
──ああ、なんて良い場所なんだ。
王都の風が僕を自由にしてくれている。
振り下ろした剣がヴィッグ卿の前を通り過ぎた。僕らの視線が交差する。見下ろすヴィッグ卿を僕は下から睨み返す。
「火付け石」
腰から取り出すと同時に点火する。
勝手に体が震えていた。指先から熱を感じなかったし、剣を持っている感覚もなかった。
ヴィッグ卿と壁役が何も言わず同時に斬り込んで来た。
壁役の方の剣を剣先で受け止めて横に流し、ヴィッグ卿の剣を足を引いて体の軸をずらすことで躱す。
風を慎重に剣に纏わせていく。
頭上から水の矢が降り注ぐ。
──後一回かな。ヴィッグ卿を狙い続けよう。
石を近づけ剣に火の力を宿す。
横に斬り払うと同時に水の矢が熱波によって蒸発した。
頭の中がグワングワンと揺れている。視界が狭く辺りが暗い。
小さな視界の中で捉え続けていたヴィッグ卿が細剣を引く。
あの構えは、また突きが来る。
この魔力操作をしながら風で去なすのは無理だ。
──なら、受けよう。
当たりどころが良ければまだ試合は続けられる。
不意にヴィッグ卿の足元、つま先の少し先に『蠢く砂漠の薔薇』が伸びた。
恐らく、足を狙ったエーデさんのものだ。
僕の立ち位置が悪く狙いを誤ったのか。
──でも、ちょうど良い。
ヴィッグ卿の溜めが一瞬ではあるが遅れていた。
剣を小さく振る。自爆覚悟の熱波が僕とヴィッグ卿の間を走った。
かっぴらいていた僕の眼球を覆っていた水分が焼き飛ぶ。
痛みに細めた視界の中でヴィッグ卿のシールドが熱波で割れているのを見た。
「オラァアア!!」
熱波を躱したらしい壁役が走り込んできて剣を振り下ろす。
風の盾は起動させたままだけどシールドは無い。
ついに一人魔力が枯れたらしい。
「よしっ」
風を吹かして下がり躱す。
ふいについ先程まで僕の周りを漂っていた風が止んだ。
自分の手を見下ろす。
──ヤバいな。
剣から火と風が消えていた。
手から力が抜け始め、剣のグリップから指が離れ始めている。
喉に何かが詰まる感覚があって下を向く。
「うっ……」
口から血が塊で飛び出してきた。
血溜まりを見下ろしながら腕で口元を拭う。体の中でどこかが壊れたらしい。
ここで膝でもつけばダウンになるんだろうな、と目を瞑る。
──託した。
鼓膜に残った声を聞く。
そうだ。
そうジッキーは言っていた……なら、まだ彼らに喰らいつくしかない。
特にヴィッグ卿はまだ魔力が残っているはずだ。
神速の三連撃。
あれを止めないと僕は託された壁役という役目をきちんと果たせないだろう。
──考えろ。考え続けるんだ。
僕は顔を上げ片足を引いて剣を前に出す。
ヴィッグ卿と同じ構えに変えたのだ。
「自分の方が上手いってか? 挑発も大概にしてくれよ、なぁ!?」
「ヴィッグ卿、の……舞台で」
自分でも妙案ではないと思う。
それでもなんとか絞り出し考え、結局もう何でもやってみるしかないのだとあの日と似たような結論に至った。
「ハハハッ! そうかい! そうかい!」
顔を赤くし歯を剥き出しにして分かりやすく怒っていた。
瞬間、剣先が動く。僕の足を鞭のように狙う下段。
それに合わせて僕も剣先で斬り払い弾く。
怒りに満ちた表情の割に剣の動きは冷静だった。油断ならないな、と思う。
三連撃の加速が乗る間合いの外に出つつタイミングを狙う。
前に詰められ過ぎないように剣先を揺らしフェイントをし掛ける。時折、前に詰める。
そうだ。全部、ヴィッグ卿が僕に向けてしていた動きだ。
「優しくしてたらつけ上がりやがってさ、あんまり僕を舐めるなよ」
ヴィッグ卿が剣先を上げ、踏み込んでくる。
狙いは胴体か。
後ろに引く。
躱すと同時に腕を伸ばし剣先を相手の腕に回り込むようにして切り上げる。
剣先が掠めてシールドを砕いた。
一歩、前進。
観客席から思わず飛び出た「上手い」の声。
「穿つは雨の雫」
ヴィッグ卿が後ろに大きく飛び退く。
「王の名を冠する役者」
正面から踏み込む。
もう行くしかなかった。
会場全体が息を呑むのを感じた。
地面を滑るようにして躱す。
横に向けた顔、耳のすぐ上を水の矢が通り過ぎていく。うねる水音が間近で聞こえた。
体を上げて辛うじて届いた剣先が白い光に飲み込まれたところから折れた。
──間に合え!
伸ばしたつま先でヴィッグ卿の剣を蹴り上げた。
親指の肉が光によって削がれたのが分かる。
そのまま僕はヴィッグ卿に倒れ込んだ。
怒りを超え歪んだ表情を間近で見た。
視界の端から肘が迫り、僕の瞼に直撃した。
「邪魔だぁ!!」
立ったままヴィッグ卿にしがみつく僕は髪を掴まれ、腹を蹴り上げられた。
脇腹の骨が折れたかも。
ああ、でもダウンの判定にはするなよ。
──心はまだ折れちゃあいないんだから。
ゴンッと鈍い音がして頭全体が揺れた。
会場から小さく悲鳴が起こる。
片目を閉じたまま、ヴィッグ卿の拳を止めた。
「僕、なんかに……びびったな」
口の端を引き上げて笑ってやる。
ヴィッグ卿は答えなかった。
見ると目を見開いたまま僕の背後、何か一点に釘付けになっていた。




